第23話 武器を試そう

「それでは、武器を試しに行きましょうか」

 

 店内にあるドアをハザルが開くと、ヒンヤリとした冷たい空気が僕らを撫でていく。左に向かって、店の奥行に沿うように、横幅もある穴が続いていた。天井は店内より高く、少し離れた場所にモンスターフラワーが何匹か並んでいて、入ってきた僕らを一斉に睨みつけている。

 モンスターフラワーとは、人や動物が近付くと捕食しようとする植物で、モンスターの一種ではあるが、その場から動くことはできない。鍛冶屋や武具屋などでは、試し切りや魔法の試射などに使われるポピュラーなモンスターだ。倒してしまっても、また種を植えれば二、三日もすれば生えてくる。

 花のパターンによるが、大体おしべとめしべの少し上に捕食口が付いており、そこから動物を捕食する。攻撃のパターンは『噛みつき』と『巻きつき』。


 本来、モンスターはダンジョンの中にしか生息しない。

 しかし、大地の中にはダンジョンを生成するとされる大地の神グーヴェの力が満ちており、モンスターが生息することができる。それを利用して、山の中もしくは地下にモンスターフラワーを植えて、武器の試し切りなどに使われているのだ。


「では、エミさんが気に入った武器からいきましょうか」

「はい! やっぱりウチ、このねこじゃらしがええわ!」

「この武器の正式な名称は『モゥストフェザー』と言います。先の穂の部分に、モンスターの視覚を集中させる工夫がされています。もちろん、使い手にもよりますが、ノルカヒョウを操れるエミさんなら、問題ないでしょう」

 

 エミはさっき手に取ってからずっと手放さなかったそれを、ご機嫌に振りながら近付いていく。彼らの敵対範囲は、大体僕らの身長より少し長い程度。敵対範囲にはまだ入っていないはずだが、すでに目を奪われ、穂の動きに合わせるようにモンスターフラワーは右へ左へと揺れて踊っているように見える。


「ふふっ、フラワーロックみたいやねぇ」

「フラワーロックって?」


 ロックフラワーという石でできた固い花のモンスターなら、この世界にもいるが…。 


「えと、ウチが元々おった世界にあった、音楽とか音に合わせてゆらゆら揺れるおもちゃやねんけど、まあ知らんわなあ」

「おもちゃの名前か。音楽に合わせて揺れるなんて、面白いね」

 

 遊ぶようにモゥストフェザーを振っていたエミは、何かを感じ取ったのかぴたりと止めて、ゆっくりとモンスターフラワーに近付いていく。

 敵対範囲にはもう入っている。

 モンスターフラワーが、エミに襲いかかろうとタイミングを伺っているのは、離れて見ている僕らにも十分に分かった。サイズがそれほど大きな種ではないから、丸呑みなどという事態にはならないが、エミはレベル1だし、攻撃されれば相応に痛いだろう。僕も、戦闘訓練の時はモンスターフラワーとよく戦ったものだ。

 膠着こうちゃく状態が少し続いたが、エミがちらりと目を離した瞬間に、それを隙と見たモンスターフラワーは茎と花をと伸ばし、猛烈な勢いで上部から襲いかかった。


「エミっ!」


 僕は声を上げたが、エミは動じなかった。

 恐らくわざと外したのであろう視線をモンスターフラワーに戻したエミは、その口を開けた恐ろしい姿に怖気おじけづくことも、その場から引くこともなく、手に持ったそれを揺らしながらを描いていざなうようにひゅるりと右下へと振った。

 僕らの視線さえ奪うようなその動きに、モンスターフラワーが抗えるはずもない。

 モンスターフラワーは自分の意思とは違う方向へと向き変え、したたかに地面に花弁の部分をぶつけて、


「ギィイイ」


 と、痛そうに鳴き声を上げた。

 声につられるように、それまで僕らの隣にいたはずのテン君は、ふわりと音も立てず走り出す。タタン、と壁を足場代わりに使いモンスターフラワーの後ろへと飛び上がった。


 ――なんてはやさだ。


 起き上がりエミに攻撃を入れようとするモンスターフラワー。テン君は触れる間も与えず、モンスターフラワーの斜め後ろ上空の壁を蹴り、その茎に噛みついて倒した後、エミの隣にスタッと優雅に着地して、それは終わった。

 その一連の動きはあまりにも鮮やかに僕らの目に焼き付いて、そこにいたメンバーは言葉を失った。誰も声を発しない。

 初めてテン君を見た時の恐怖。それが彼の戦闘を見たことで舞い戻ってきた。それほどに圧倒的で、こちらが唖然あぜんとするような流れだった。

 これが、レベル1の戦闘だと言うのか……?

 多分僕以外の三人も、同じことを思っていただろう。

 エミは、テン君を一撫でして、何かをボソボソと話したあと、こちらを振り返って微笑んだ。 


「他の武器試してないけど、ウチ、これにする。ええかな、ユウ君?」

「あ、ああ……うん。いいと思う」

「素晴らしいですね。本当に、びっくりしました」

 

 ハザルがそう言うと、エミは走って戻ってきて「バトンタッチ」と言ってナナノの肩を叩いた。


「あ、は、はい!」

「ナナノ様は何をお試しになりますか?」

「えと、私は鎖鎌を試してみたいです」

「かしこまりました」


 ハザルが持ってきた鎖鎌を持ち、ナナノはエミが倒したのとは別のモンスターフラワーへと近づいていく。

 

 あれ? なんか……茎が、太いような? ……あっ、あの種類は!!


「ま、待った! ナナノ、止まれ!!」

「えっ? なんです……きゃあ!? な、なんですかぁ!? これ……べとべとなんですけど!!」


 ナナノがこちらを振り向いたのと同時に、粘液ねんえきを飛ばすモンスターフラワー。


「なにっ!? えっ!? なんですかこれぇ!」


 混乱のあまり、二階同じことを言うナナノ。 


「おやおや、どうやら植えた種に紛れ込んでいたようですね。気づきませんでした」

 

 ハザルはびっくりしているのかいないのか、微妙な口調でそう言った。店主のせいなのにちょっと落ち着きすぎじゃないか…?

 エミの倒した種類が、レベル1だとすると、ナナノが近付こうとした種類はレベル5相当。エムモンスターフラワーという種だ。『噛みつき』と『巻きつき』の他に『粘液』も飛ばしてくる種類。当然敵対範囲も少し広い。フラワーモンスターと見た目もそっくりだし、分かりづらいのだが、違いは茎の太さ。エミの倒したモンスターフラワーより遠いところにいたから、気づかなかった。遠近法の妙だな。

  

 べとべとになりながら、退散してくると思いきや、ナナノは鎖鎌を地面に置き、自前の爪をシャキリと伸ばして戦闘態勢に入った。

 明らかに怒りの浮かんだその目に、僕はむしろわくわくしてしまった。


 亜人種は、元々人間より強い。

 その中でも、モータル族はその長い爪、よく聞こえる耳、そして鼻。戦闘能力が高い種だ。

 つまり、何が言いたいかと言うと…、彼女の戦闘は武器なしでも成立するはずだということだ。


「こんなべとべとにしてぇ! 許しません、からぁ!!」

 

 そう言いながら、彼女がその爪で花の部分から茎の部分まで、刈り切るのにそう時間は掛からなかった。エミとは別の部分で、彼女の戦いっぷりもレベル1ではないのがこれで証明されたと言える。

 

「うーん、こんな光景…どっかで見たことあるような…?」


 エミがそうぽつりと言う。


「あっ、あれやわ……ドッキリとかお笑いとかの……ぬるぬるローション」 

「ぬるぬるになりながらモンスターを倒したりするのか……?」

「いや、モンスターは倒さんけど……。女の子がぬるぬるになってるのはちょいちょい見るなあ。でも最近は、女の子より芸人がそのぬるぬるの餌食になることが多いかなあ」

「へえ」

 

 エミの世界にはエムモンスターフラワーに不注意に近付く輩が多いのだろうか。注意喚起もあって、女の子が近付くことは少なくなったが、芸人がそのぬるぬるを芸に活用するために近付かざるを得ないというところか。

 ……ぬるぬるを活用する芸ってなんだ?


「ひぃ~ん……。あ、あの……どこかこれを洗い流せるところありますか?」


 半泣きでナナノは僕らの方に戻ってくる。ぬるぬるを通り越してべとべとになってしまっていて武器選びどころではないなこれは。当然鎖鎌もぬるぬるべとべとだ。


「武器は私が手入れしておきます。私の落ち度ですから。私の店の奥に水場がありますので、そちらで洗い流しましょう」 


 苦笑しながらハザルはそう言った。

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