第15話 これも飴ちゃん?

 部屋のドアを開けると、司祭がすでに座っていた。

 僕らが入ると司祭は立ちあがり、僕らに座るように促す。


「勇者ユウマ様、お呼び立てして申し訳ありません」

「いえ、あの……もう夜も遅いので登録を済ませて帰りたいのですが、なにかありましたか?」


 司祭はシスターから、どうやら僕とエミとナナノのパーソナルカードと思しきものを受け取って、裏を向けてテーブルに置く。

 表面は、名前、職、性別、年齢など、基本的な情報。

 裏面には、戦闘で必要な情報が記載されている。

 司祭は僕のカードを指差して、こう尋ねた。

 

「この表記は一体なにか御存じですか?」

「え?」


 司祭は、像の前にいる時とは違って、なんじとか言わず普通に話しかけてくる。

 なるほど、像の前の司祭然とした態度は勇者に対するポーズということか。 


「最初、申し訳ないのですがユウマ様がパーソナルカードに悪戯いたずらをしたのかと思ったのですが、どうやら先ほど作成した二人のパーソナルカードにもついているので……。ユウマ様のカードを例に出しますと、このSMスキルマスターマークの隣についている……『+』という表記。本来であれば空白の場所なのですが。そちらのお二人はレベルが1ですし、まだダンジョンに潜られたことはないようですので、スキルが一つもなかったのですが、『+』はついているんですよ。ここの、ほら……もしスキルを取ったなら表記される場所の、一番上のところだけですけど……」

「あっ」

「あっ」

「ん~?」

「あーっ!」


 それは、『いちごみるく』の飴ちゃんによって得た、『スキルレベル上限突破』というスキルの表記です。

 ……うーん、改めて考えてみても冗談みたいなフレーズだ。

 僕がもしこれを言われたら「は?」って絶対になる。


「あと更に……、このエミさんの装備スキル欄についている、『飴ちゃん インフィニティ』というのは、初めて見るのですが……。これはどちらのダンジョンで得られた装備ですか? あ、いえ、これに関しては興味があるだけで、お聞きしたかっただけなのですが……。様々なダンジョンのスキルや武器防具に関する書物を所持しているとはいえ、我々教会がダンジョンで得られた装備スキルを全て知っているというわけではないですからね……」

「!?」

 

 エミの飴ちゃん袋についているスキルはそんな名前だったのか……。最初エミから話を聞いた時は『スキルキャンディバース』と言っていた気がするけど……。もしかして、エミ個人の持ち物だからスキル名がエミ用にローカライズされたのか? それとも、ダンジョンの中では表示が変わるとか…。外で出す飴ちゃんは『いちごみるく』以外は普通の飴ちゃんだし…。

 カードには装備によってついているスキルももちろん表記される。ナナノのカードには『幻影』のスキルが記載されているはずだ。


「『飴ちゃん インフィニティ』ねぇ。私に出してくれた飴はエミのスキルなのぉ?」

「せやねん、この袋からなあ……飴ちゃん出せるんよ」


 エミはつぎはぎの袋をテーブルに置く。


「あっ、司祭さんとシスターのお姉ちゃんも飴ちゃん食べる? 好きな味あったら教えて?」

「えっ? あ、飴の好きな味? 飴に砂糖以外の味があるのですか?」

「えっ? あるよ?」

「はぁ……。飴って砂糖の塊では?」

「うん、そうやけど……。ぶどうとかももとかいちごとかオレンジとか……」

「それは果物ではないですか?」

「だから果物の味の飴ちゃん…」

「?」

「?」

 

 疑問符を出しながらエミは情報の齟齬そごに戸惑っている様子だった。

 そう、僕らはそれを見たら驚かずにはいられない。

 エミの世界の飴ちゃんに砂糖以外の味がついているということに。包装紙の技術力に。その飴ちゃんを口に含んだ時の、至福とも思える味の広がりに。


「じゃあ、好きな果物は?」

「わ、私はリンゴが……」

「わたしはぶどうが好きです」

「司祭さんはリンゴね~、はい、シスターのお姉ちゃんにはぶどうの飴ちゃん」

 

 エミは袋入りの飴ちゃんを、彼らの掌に置いた。しげしげと見つめながら、彼らはそれをくるくると回す。もはや様式美だなこの光景は。

 ナナノが二人の方に回ってピリピリと袋を破り、彼らの掌に載せる。二人は人差し指と親指でつまみながら匂いを嗅いだり、光にすかして見たりしている。


「私にもちょうだい~。いちごがいいわぁ」

「お酒飲んだ後は甘いもんが欲しなるもんね。ホンマはラムネ菓子が出せたらええんやけ……ど……。あっ、出たぁ! え~、これも飴ちゃんなん? 知らんかったわぁ」

 

 えっ、でた? 何が?

 ごそっと袋から出てきたのは、今までとはおもむきの違う……半透明のボトル状の何か。

 ……なにこれ? 


「いちごの飴……じゃないわよねこれ? でもこのボトル、可愛いわねぇ」

「せやろ、せやろ! ウチもこのボトル好きやねん。ささ、いちごやないけどぐいっとどうぞ」


 エミはボトルのふたをぽんっと、小気味良こぎみよい音をさせながら開けて、差し出されたティアの掌にボトルの中身を数粒出す。掌に出す時の音がカラカラと軽い。

 本当に飴か? 


「僕にも少しくれない?」

「もちろんええよ!」

「あっ、わたしも」

 

 僕とナナノは二人でエミの前に掌を差し出す。

 数粒コロコロと出てきたそれは、やはり飴とは感触も見た目も異なるように思えた。


「ん~。なにこれぇ! ちょっと舐めただけでゆっくりほろほろって味が溶けるぅ! この感覚癖になるかも!」

 

 頬に手を当てて一足先に口に入れたティアがそう口にする。それに続いて僕らもこの白い塊を口に含んだ。 


「ふわ~、ほんとですねえ! 口の中がスッキリするのに、ほのかにあまいです!」

「なんだ、この味……?」

 

 妙にスッキリする。でもミントとは違う感じだ。しっかり甘さがあって、でも飴ちゃんほど甘さがしつこすぎない。少し舐めていると、ほろりと溶け出す。溶け出すとまたぶわっと味が口全体に広がって、もう少しだけ……と思う頃に溶けてなくなってしまう。


「ラムネ美味しいよねえ。お酒飲んだ後はね、なんか麺とか甘いもんとか食べたくなるやろ? それって血糖値が下がってるからなんやって! ラムネはねえ、動きが悪くなった肝臓にブドウ糖を補給してくれるらしいんよね」

「ケットウチ? とかブドウトウ? とかよく分からないけど、そうなのねぇ。私、このラムネ? の味好きかもぉ。なんだか頭が少しすっきりする気がするわぁ」


 皆でニコニコしながらラムネと飴ちゃんを舐めていると、はっ! と我に返ったように司祭が僕らに尋ねる。


「ところで結局あの『+』の表記は一体……?」

「あっ」


 エミは話の腰を折るのが絶妙にうまいというか、ついつい流されて最初の本題を忘れそうになってしまう。僕はどう説明したものかと考えていたが、エミがそれに答える。 


「あ~、これなあ……女神のお姉ちゃん、ええと……、メム……? メ……メリ……あ! そうそうメルトちゃんや! えへへ、ド忘れしたわ。『飴ちゃん インフィニティ』はメルトちゃんっていう女神のお姉ちゃんが、この飴ちゃんの袋に付けてくれたスキルなんよ。なんか最初きいた時と名前は違う気がするけど…、多分そうやと思う。で、その中でもウチが一番好きな『いちごみるく』の味の飴ちゃんに、追加でお姉ちゃんが入れてくれたのが『スキルレベル上限突破』っていうスキルで、スペシャルな神のスキルって言ってたから、それちゃうかなあ?」

「メルト……? 豊穣ほうじょうつかさどる美神メルト様ですか? では、この袋は神の加護を受けたアイテムということですか?」

  

 司祭は机の上に置かれた、お世辞にもつぎはぎの袋を見て、目を白黒させている。


「豊穣を司る神様かどうかはウチも聞いてないし知らんけど、名前はメルトで、すごい美人だったのは間違いないわ。……せやねえ、神の加護を受けたアイテムっていうことになるねぇ」


 元来深くは考えない性格なのか、エミはのほほんと笑いながらそう言った。

 司祭は絶句している。シスターもぽかんとしている。

 ……普通はそうだろうなあ。僕だって多分、先に『いちごみるく』を食べて、『スキルレベル上限突破』の光と声が降ってこなければ信じられなかった。僕ら、この世界の人間の常識では、スキルはダンジョンの中で手に入れるか、ダンジョンで手に入れた武器や防具で付くものなのだから。

 それを、レベルが1でダンジョンに一度も潜っていないはずのエミが、司祭も見たことのないスキルの付いた道具を持ち、そのパーティメンバーの内三人に二人が見たことのないスキルらしきものを持ち……。頭の整理が追いつかないのも無理のないことだ。


「ええ~、なんなのぉ、私だけ仲間外れだったのぉ? そんなのずるぃい!」


 不満げな声を上げたのはティアだった。


「ず、ずるいって言われても……」

「ん? ティアちゃんも『いちごみるく』食べたいの?」

「私だって、みんなの仲間でしょぉ? そうじゃないのぉ?」

 

 エミが袋に手を入れようとした瞬間、今度こそ、僕はエミが袋から『いちごみるく』を出すのを阻止する。


「わっ! なんやの、ユウ君」

「ちょ、ちょっとこっち…」

 

 僕は飴ちゃんの袋を手にしたエミの腕を引っ張って部屋から出た。


「エミ、その飴ちゃんはそんなにポンポン渡せる飴ちゃんじゃないだろ?」

「せやねえ、それはそうやけど……」

「パイルが彼女の力を保証するとは言ってたけど、そもそもそのパイルだって、ナナノの知り合いで僕らの直接の知り合いじゃない」

「……」

「明日、四人でダンジョンに潜るんだし、その飴ちゃんを渡すのは、彼女の力を見てからでも遅くないんじゃないか…?」 

 

 ここまで言えば、分かってくれるはずだ。

 『いちごみるく』の飴ちゃんは残り一個。渡す相手は十分に力を見てからじゃないと、食べてしまったらもう取り返しがつかない。

 エミには、僕が真面目に『いちごみるく』の飴ちゃんを渡す相手を考えている、というのは分かっているだろう。今のところ、ティアはまだ助っ人という立場。これからずっと一緒に冒険するとは決まっていない。


「でも、ウチは結局ティアちゃんに渡すことになると思うけどなあ……」


 なんでもないようなエミの一言。その一言で、なぜか僕の頭にかっと血が上った。


「……もしかして、彼女のこと……あの力でなにか分かってるのか?」

「あの力……って? なにかって、なに?」


 きょとんとした表情のエミに、僕は声を荒げる。


「僕が口にしていないことや、ナナノが口にしていないことも……分かるんだろ? あの力だよ……っ! オーサカの人間が持ってる特殊スキルなんだろ!? それがあれば、僕に分からないことだって、エミには当然分かるよなぁ!!」

「ユウ君……」


 こんな風にエミに詰め寄りたいわけではなかったのに、とうとう口に出してしまった。

 自分が彼女のように、人の顔色や気持ちを読み取ることができないから、彼女のように神の装備を持っていないから。

 ――彼女のように……リーダーの資質がないから……?


「僕だって……」


 僕だって、そんなスキルや特別な力があれば……エミの事をこんなにねたましいと思わずに済んだんだ。

 あいつらだって、出て行かなかったはずなんだ。

 僕の言うことを、聞いてくれよ……。

 エミに当たり散らしたってどうにもならないことなのに、僕は一体、何をやっているんだろうか……。

 

 ―――――――――――――――――――

 えっ!? ラムネ? そんなのあり!? と思われたかと思うのですが、いわゆるラムネ、フリ〇クなどタブレット菓子は、錠菓じょうかといわれ、商品区分においては、飴ちゃんの一種であるとされています。

 お酒を飲むと、血糖値(血中のブドウ糖の値)が下がります。森〇のラムネは、ブドウ糖の含有量が非常に多いということで、低血糖の状態の体にとってもおいしいお菓子ということです。

 お酒の後にお腹がすいたな~って時は、体が糖分を欲している証拠。ラーメンを食べるより、鞄に一つ、ラムネ菓子を忍ばせてみてはいかがでしょうか。

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