第15話 これも飴ちゃん?
部屋のドアを開けると、司祭がすでに座っていた。
僕らが入ると司祭は立ちあがり、僕らに座るように促す。
「勇者ユウマ様、お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ、あの……もう夜も遅いので登録を済ませて帰りたいのですが、なにかありましたか?」
司祭はシスターから、どうやら僕とエミとナナノのパーソナルカードと思しきものを受け取って、裏を向けてテーブルに置く。
表面は、名前、職、性別、年齢など、基本的な情報。
裏面には、戦闘で必要な情報が記載されている。
司祭は僕のカードを指差して、こう尋ねた。
「この表記は一体なにか御存じですか?」
「え?」
司祭は、像の前にいる時とは違って、
なるほど、像の前の司祭然とした態度は勇者に対するポーズということか。
「最初、申し訳ないのですがユウマ様がパーソナルカードに
「あっ」
「あっ」
「ん~?」
「あーっ!」
それは、『いちごみるく』の飴ちゃんによって得た、『スキルレベル上限突破』というスキルの表記です。
……うーん、改めて考えてみても冗談みたいなフレーズだ。
僕がもしこれを言われたら「は?」って絶対になる。
「あと更に……、このエミさんの装備スキル欄についている、『飴ちゃん
「!?」
エミの飴ちゃん袋についているスキルはそんな名前だったのか……。最初エミから話を聞いた時は『スキルキャンディバース』と言っていた気がするけど……。もしかして、エミ個人の持ち物だからスキル名がエミ用にローカライズされたのか? それとも、ダンジョンの中では表示が変わるとか…。外で出す飴ちゃんは『いちごみるく』以外は普通の飴ちゃんだし…。
カードには装備によってついているスキルももちろん表記される。ナナノのカードには『幻影』のスキルが記載されているはずだ。
「『飴ちゃん
「せやねん、この袋からなあ……飴ちゃん出せるんよ」
エミはつぎはぎの袋をテーブルに置く。
「あっ、司祭さんとシスターのお姉ちゃんも飴ちゃん食べる? 好きな味あったら教えて?」
「えっ? あ、飴の好きな味? 飴に砂糖以外の味があるのですか?」
「えっ? あるよ?」
「はぁ……。飴って砂糖の塊では?」
「うん、そうやけど……。ぶどうとかももとかいちごとかオレンジとか……」
「それは果物ではないですか?」
「だから果物の味の飴ちゃん…」
「?」
「?」
疑問符を出しながらエミは情報の
そう、僕らはそれを見たら驚かずにはいられない。
エミの世界の飴ちゃんに砂糖以外の味がついているということに。包装紙の技術力に。その飴ちゃんを口に含んだ時の、至福とも思える味の広がりに。
「じゃあ、好きな果物は?」
「わ、私はリンゴが……」
「わたしはぶどうが好きです」
「司祭さんはリンゴね~、はい、シスターのお姉ちゃんにはぶどうの飴ちゃん」
エミは袋入りの飴ちゃんを、彼らの掌に置いた。しげしげと見つめながら、彼らはそれをくるくると回す。もはや様式美だなこの光景は。
ナナノが二人の方に回ってピリピリと袋を破り、彼らの掌に載せる。二人は人差し指と親指でつまみながら匂いを嗅いだり、光にすかして見たりしている。
「私にもちょうだい~。いちごがいいわぁ」
「お酒飲んだ後は甘いもんが欲しなるもんね。ホンマはラムネ菓子が出せたらええんやけ……ど……。あっ、出たぁ! え~、これも飴ちゃんなん? 知らんかったわぁ」
えっ、でた? 何が?
ごそっと袋から出てきたのは、今までとは
……なにこれ?
「いちごの飴……じゃないわよねこれ? でもこのボトル、可愛いわねぇ」
「せやろ、せやろ! ウチもこのボトル好きやねん。ささ、いちごやないけどぐいっとどうぞ」
エミはボトルのふたをぽんっと、
本当に飴か?
「僕にも少しくれない?」
「もちろんええよ!」
「あっ、わたしも」
僕とナナノは二人でエミの前に掌を差し出す。
数粒コロコロと出てきたそれは、やはり飴とは感触も見た目も異なるように思えた。
「ん~。なにこれぇ! ちょっと舐めただけでゆっくりほろほろって味が溶けるぅ! この感覚癖になるかも!」
頬に手を当てて一足先に口に入れたティアがそう口にする。それに続いて僕らもこの白い塊を口に含んだ。
「ふわ~、ほんとですねえ! 口の中がスッキリするのに、ほのかにあまいです!」
「なんだ、この味……?」
妙にスッキリする。でもミントとは違う感じだ。しっかり甘さがあって、でも飴ちゃんほど甘さがしつこすぎない。少し舐めていると、ほろりと溶け出す。溶け出すとまたぶわっと味が口全体に広がって、もう少しだけ……と思う頃に溶けてなくなってしまう。
「ラムネ美味しいよねえ。お酒飲んだ後はね、なんか麺とか甘いもんとか食べたくなるやろ? それって血糖値が下がってるからなんやって! ラムネはねえ、動きが悪くなった肝臓にブドウ糖を補給してくれるらしいんよね」
「ケットウチ? とかブドウトウ? とかよく分からないけど、そうなのねぇ。私、このラムネ? の味好きかもぉ。なんだか頭が少しすっきりする気がするわぁ」
皆でニコニコしながらラムネと飴ちゃんを舐めていると、はっ! と我に返ったように司祭が僕らに尋ねる。
「ところで結局あの『+』の表記は一体……?」
「あっ」
エミは話の腰を折るのが絶妙にうまいというか、ついつい流されて最初の本題を忘れそうになってしまう。僕はどう説明したものかと考えていたが、エミがそれに答える。
「あ~、これなあ……女神のお姉ちゃん、ええと……、メム……? メ……メリ……あ! そうそうメルトちゃんや! えへへ、ド忘れしたわ。『飴ちゃん
「メルト……?
司祭は机の上に置かれた、お世辞にもとてもそうには見えないつぎはぎの袋を見て、目を白黒させている。
「豊穣を司る神様かどうかはウチも聞いてないし知らんけど、名前はメルトで、すごい美人だったのは間違いないわ。……せやねえ、神の加護を受けたアイテムっていうことになるねぇ」
元来深くは考えない性格なのか、エミはのほほんと笑いながらそう言った。
司祭は絶句している。シスターもぽかんとしている。
……普通はそうだろうなあ。僕だって多分、先に『いちごみるく』を食べて、『スキルレベル上限突破』の光と声が降ってこなければ信じられなかった。僕ら、この世界の人間の常識では、スキルはダンジョンの中で手に入れるか、ダンジョンで手に入れた武器や防具で付くものなのだから。
それを、レベルが1でダンジョンに一度も潜っていないはずのエミが、司祭も見たことのないスキルの付いた道具を持ち、そのパーティメンバーの内三人に二人が見たことのないスキルらしきものを持ち……。頭の整理が追いつかないのも無理のないことだ。
「ええ~、なんなのぉ、私だけ仲間外れだったのぉ? そんなのずるぃい!」
不満げな声を上げたのはティアだった。
「ず、ずるいって言われても……」
「ん? ティアちゃんも『いちごみるく』食べたいの?」
「私だって、みんなの仲間でしょぉ? そうじゃないのぉ?」
エミが袋に手を入れようとした瞬間、今度こそ、僕はエミが袋から『いちごみるく』を出すのを阻止する。
「わっ! なんやの、ユウ君」
「ちょ、ちょっとこっち…」
僕は飴ちゃんの袋を手にしたエミの腕を引っ張って部屋から出た。
「エミ、その飴ちゃんはそんなにポンポン渡せる飴ちゃんじゃないだろ?」
「せやねえ、それはそうやけど……」
「パイルが彼女の力を保証するとは言ってたけど、そもそもそのパイルだって、ナナノの知り合いで僕らの直接の知り合いじゃない」
「……」
「明日、四人でダンジョンに潜るんだし、その飴ちゃんを渡すのは、彼女の力を見てからでも遅くないんじゃないか…?」
ここまで言えば、分かってくれるはずだ。
『いちごみるく』の飴ちゃんは残り一個。渡す相手は十分に力を見てからじゃないと、食べてしまったらもう取り返しがつかない。
エミには、僕が真面目に『いちごみるく』の飴ちゃんを渡す相手を考えている、というのは分かっているだろう。今のところ、ティアはまだ助っ人という立場。これからずっと一緒に冒険するとは決まっていない。
「でも、ウチは結局ティアちゃんに渡すことになると思うけどなあ……」
なんでもないようなエミの一言。その一言で、なぜか僕の頭にかっと血が上った。
「……もしかして、彼女のこと……あの力でなにか分かってるのか?」
「あの力……って? なにかって、なに?」
きょとんとした表情のエミに、僕は声を荒げる。
「僕が口にしていないことや、ナナノが口にしていないことも……分かるんだろ? あの力だよ……っ! オーサカの人間が持ってる特殊スキルなんだろ!? それがあれば、僕に分からないことだって、エミには当然分かるよなぁ!!」
「ユウ君……」
こんな風にエミに詰め寄りたいわけではなかったのに、とうとう口に出してしまった。
自分が彼女のように、人の顔色や気持ちを読み取ることができないから、彼女のように神の装備を持っていないから。
――彼女のように……リーダーの資質がないから……?
「僕だって……」
僕だって、そんなスキルや特別な力があれば……エミの事をこんなに
あいつらだって、出て行かなかったはずなんだ。
僕の言うことを、聞いてくれよ……。
エミに当たり散らしたってどうにもならないことなのに、僕は一体、何をやっているんだろうか……。
―――――――――――――――――――
えっ!? ラムネ? そんなのあり!? と思われたかと思うのですが、いわゆるラムネ、フリ〇クなどタブレット菓子は、
お酒を飲むと、血糖値(血中のブドウ糖の値)が下がります。森〇のラムネは、ブドウ糖の含有量が非常に多いということで、低血糖の状態の体にとってもおいしいお菓子ということです。
お酒の後にお腹がすいたな~って時は、体が糖分を欲している証拠。ラーメンを食べるより、鞄に一つ、ラムネ菓子を忍ばせてみてはいかがでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます