第14話 戦闘職の託宣

 ごはんを食べ終えて、教会に向かう道すがらで、エミは僕の幸運の女神なのかもしれないなあと、彼女を横目に見ながら考えていた。

 なんだかんだ言いながらパーティメンバーが一日で三人揃ってしまった。まだナナノが戦えるかどうかわからないから、揃ったとはいえないかもしれないが。あと、この酔っ払いの力も。

 ティアは、まだ酔いが完全に醒めていないので、あっちへふらふらこっちへふらふらと危なっかしい。後ろでおろおろとナナノが彼女を支えようとしているが、あまりにも挙動に一貫性がないので、どうしたらいいのか迷っているようだ。

 本当なら僕が彼女を支えるべきなんだろうけど、何かまた言われて暴れられても困るので女性二人に任せる。

 

「一晩寝たら酔いも醒めるから、大丈夫よぉ~。戦えるところ、見せてあげるわぁ~。……っひゃん! んもう~、痛いぃ」


 言いながら道中にある木箱につまずくやら、段差につまずくやら……。ドッカン、ビッタンと、一人でモーモー言いながら暴れ回って、そのたびにエミとナナノが起こしている。……勘弁してくれ。

 もう、テン君に引っ張ってもらえばいいんじゃないかな?

 

「や、やっと着いた……」

 

 僕らは、教会へと足を踏み入れる。

 教会に入ってすぐには吹き抜けのホールがあり、そこにパーティの申請を行ったりクエストの受注などを行ったりするカウンターと、パーティメンバーの募集やクエスト情報の掲示板などがあるが、まずは先にナナノの戦闘職を確定させる必要があるので、奥へと進む。


「……ウチ、こういう教会ってもしかして入ったの、初めてかも。神社はよく参ったけどなあ」

 

 キョロキョロと物珍しそうにあたりを見回しているエミ。

 ホールを越えて重々しいドアを開くと、いくつもの石の柱で支えられた、荘厳そうごんな礼拝堂。一番奥には雄々おおしいムルン神の像が武器を持ち立っている。ムルン神が持つ剣は『ムルンバスターソード』と言って、エミが貰うのを放棄した武器だ。

 いいなあ、僕が欲しい……。一撃で敵をほふれる武器なんて、全世界の勇者の憧れだ。僕も神の使いを助けたら、こんな武器を貰えたりするのだろうか……。

 ムルン神の像の前にはでっぷりと太った白髪の司祭が立っている。もう夜も更けているというのに、司祭様はキリリとした顔をして、眠気など関係ないといった風だ。


「勇者よ、なんじはここへどのような用向きで参ったのだ?」

「この子、ナナノ・ペルーモの職の託宣たくせんを頂きに参りました」

「良かろう。ナナノ・ペルーモよ、ムルン神の像の前でひざまずくがよい」


 司祭はムルン像の前から少し移動して、ナナノはムルン像の前に跪き目を閉じる。 

「ムルンよ、汝の使徒たるナナノ・ペルーモに、託宣を」


 ナナノの頭上に、光が降り注ぐ。それは五秒ほどだっただろうか。光が消えて、ナナノは立ちあがって振り返る。心なしか動揺しているようだ。

 ん? 一体どうしたっていうんだ? 格闘家か盗賊だったんじゃないのか? それとももしかして、戦闘職の託宣はなかったとか……。もしそうだとしたら、色々考え直しが必要になってくる。

 ドキドキしながら、司祭の言葉を待つ。


「この者の職は『忍者』、なかなかに珍しい職の素養を持っていたようだな」


 忍者だって!? 

 侍のオウギよりもさらにレアな職じゃないか。格闘家と盗賊の娘だから、忍者の素質を持っていてもおかしくなかったが、思い至らなかった。それで、盗賊の母親が着ていた『幻影』のショートパンツも、難なく使いこなせていたのか。 


「忍者! こっちの世界にもおるんやね、忍者!! 侍がおるって聞いてたから、もしかしてとは思ってたけど……いや~、ウチ忍者に会うの初めてやわ。まさかナナノちゃんが忍者やったとは……」

「あら~、すごいわねぇ。私も忍者に会うのは初めてよぉ。ひっく」


 なぜか大興奮なのはエミだった。オーサカという都市は物騒みたいだし、戦える職を持つ者も少なくないのだろう。それでも初めて会うということは、向こうでもレアな存在ということだ。


「わ、わたし……良かった……。みなさんの役に立てそうで」


 ぶるぶると震えて、泣きそうなナナノ。


「えっ、えっ? どうしたん、ナナノちゃん……?」

「わたし……もし戦えなかったらどうしようって……、思ってたので……」

「なんや~、それを悩んでたん? 教会に近付くにつれて、ナナノちゃんの顔色が悪なってきてると思てたから、心配してたんよ」

 

 ――えっ!?

 パーティリーダーなのに全く気付かなかった。エミを見ていると、自分のリーダーの能力のなさを目の当たりにさせられる。多分僕が見逃しがちなパーティメンバーの心の動きも、彼女には見えているのだろう。この観察眼があれば……三人も出て行かなかったのだろうか、と少し気落ちしてしまう。

 

「ほっとしました……。わたし、みなさんと一緒に旅ができそうで……」


 ナナノと呼応するようになぜかぶるぶると震えだすエミ。ちなみにティアは多分別の意味で震えている。

 ここで吐くなよ!? 


「ああ~! もう! ナナノちゃん!! 可愛い!! もう!! プリティ! プリティ水玉忍者!!」

「水玉?」

「み、水玉はもう忘れて下さい~」


 たかぶりすぎて何を言っているのか意味がよくわからないが、エミがナナノを力強く抱きしめている。ナナノのどのあたりが水玉なのか分からないティアはぽかんとしていた。

 司祭は満足げに二人を見ている。


「とにかく良かった……。このままパーティ登録を済ませて帰るとしよう」

「汝らの旅に、ムルン神の加護があらんことを」


 僕らは礼拝堂から出て、パーティの受付カウンターへと滑り込む。実際僕らの他に冒険者はおらず、こんな時間に冒険者が来ることはあまりないとは思うが、カウンターの中にいるシスターは、ニコニコといつものように笑っている。

 もう時間は22時を超えている。カウンターは23時までだったはずなので、ギリギリセーフだ。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「エミとナナノのパーソナルカードを作成後、この三人をユウマ・シンドウのパーティに加入してください」

「承知いたしました」

「ティアは、パーソナルカード持ってるよな?」

「ええ、持ってるわぁ」


 ティアは、胸の谷間に上からズボッと手を突っ込んだかと思うと、指で挟んでカードを僕に渡してくれた。

 そ、そこから出すのかよ……。

 大きい胸がコンプレックスみたいなことを言っておきながら、十分すぎるほど活用しているじゃないか……。

 ナナノがちらりと自分の胸を見下ろしたのを、僕は見逃さなかった。持つ者は持たざる者を無意識に傷つけるものなのだなぁ。

 僕が自分のカードを出していると、エミが後ろから僕をつんつんと突いてくる。  

「なあ、パーソナルカードってなんなん?」

「作れば分かるよ」

「それでは、エミ様こちらへ。あ、どうぞモンスターも一緒に」 


 パーソナルカードの作成のための作業は別室で行われる。

 パーソナルカードは、その冒険者の職、レベル、スキル、筋力、魔力、スピードなどといったものの数値や能力が記載されるカード。また、勇者はこのカードで教会にお金やアイテムを預けることも可能だ。

 一度カードを作ってもらうと、情報の更新は勝手にされていく便利な教会アイテム。

 教会に来れば誰でも作れるが、冒険者位しかこのカードを必要としない。なにせ、ほとんどの人間はレベルは1のまま一生を終えるし、他の人間も使いたいような便利な機能は勇者しか使えないように制限されているから。普通の人間も使えてしまうと、教会の機能がパンクしてしまう。教会を便利に使えるのも、勇者の特権の一つといえる。

 僕の持っている『読み取りリード』の最上位スキル、『読み取りリード神淵しんえん』を持ったブラザーないしシスターによって最初のカードは作成される。

 『読み取りリード神淵しんえん』のスキルを手に入れられるダンジョンは、教会によって厳重に封印されていて、教会の関係者しか潜れない。何年かに一度、教会の認めたブラザーとシスターが教会付きの勇者と潜って手に入れてくるという話だ。そのダンジョンの中がどうなっているのか知りたいが、今までその情報が教会外に漏らされたことはない。ちなみに、『読み取りリード』のダンジョンのレベルは3。この上の、『読み取りリードさとり』はレベル20のダンジョンで、こちらは入れる。

 シスターが不思議そうな顔をしながら、部屋からエミを連れ立って出てくる。


「それでは、ナナノ様こちらへ」


 ナナノのパーソナルカードの作成作業も終わり、僕らはカードができるまで思い思いに待っていた。

 彼女たちの情報は、正式に僕がパーティリーダーになったら共有が可能だ。それがあるからパーティメンバーへの指示がスムーズにいく。

 ホールをナナノを連れて珍しそうに見て歩くエミ。椅子に座ってくったりしているティア。

 ……遅い。こんなに遅いはずがないんだが。


「申し訳ありません、司祭様がお呼びですので、皆さまお部屋に入っていただけますか?」

 

 シスターが部屋から顔を出す。 

 え? パーソナルカードは?

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