第13話 酔っ払いに飴ちゃん

 時間も割と遅くなってきたし、飴ちゃんを食べたとはいえお腹もちょうど減っていたので、酒場に行くのは正解だったかもしれない。

 着いた酒場の店内を見回しながら、三人で入った。ただ、僕の元パーティに会わないかどうかが気がかりだったが、どうやらいないようでほっとした。僕の中のどす黒いものは、エミによって大分浄化されているが、今会ってしまったら、まだあいつらに何を言うか分からないから。

 酒場にいた冒険者の大半は、やはり最初はエミの美しさに見とれて、その後ろからぬぅっと入ってくる獣に目を丸くしていた。当然猛獣使いモンスターテイマーは、モンスターを連れているものなので、酒場にも他のモンスターを連れている冒険者もちらほらいたが、他の冒険者もモンスターもちぢみ上がってしまって、早々に帰っていった。

 うーん、どうにもテン君は目立ちすぎる。何か対策を講じないと、いろんな店を出禁になるのでは……? かといって、モンスターを入れておけるような便利な道具はないし、テン君の威圧感をどうにかしようとしても多分無理だし。仕方ないのでこのままいろんな店を出禁にならないようにだけ祈るしかない。こちらは特にルールをおかしているわけではないし……。

 酒場の主人はいい迷惑だという顔をしながら「ご注文は?」と僕らに尋ねたが、僕らはそれを少しだけ待ってもらって、片隅で突っ伏している女性に近付いた。


「あの、すみません。ティア・スピィタさんで間違いないですか……?」

「んぇ~? 誰ぇ??」

 

 とりあえずは顔を上げて、彼女は僕らの方をとろんとした目で見た。だがその目は僕らを捉えているのか捉えていないのかよく分からない。年は僕と同じか少し上くらいだろうか、真っ直ぐな長い銀色の髪の毛、蒼い目に、長い睫毛。一般的に見ても、美しい部類に入るだろうが、いかんせん……酒臭い!!

 びっくりするほどお酒の臭いがする。本当にパイルが保証できるほどの魔法の腕を持っているのか? 

 この酔っ払いが?  


「パイルさんから話を聞いて…あなたを勧誘しにきました」

「………」

「……あの??」

「………zzz」


 寝てる!! 人が話しかけてるのに寝るなよ!! なんなんだこいつは!


「はぁ~」

 

 溜息を吐きながらごそごそと飴の袋を探るエミ。

 えっ、なに!? 何を出す気だ!?


「はい、この飴ちゃん、その子にあげて」

「……わかった」

 

 今回もどうやら『いちごみるく』ではないようだ。ほっとしたが、眠っている彼女の口にどうやってこの飴ちゃんを放り込むか。


「多分、袋開けて口元に持って行ったら起きると思うで」


 僕は袋を破り、彼女の口元へとその飴ちゃんを持っていく前に匂いを嗅ぐ。ああ、か。確かにこれは……目の覚める匂いだ。これを飴ちゃんにしようとは、エミの世界はなかなか面白いことを考えつく。

 口元に持って行ったその匂いに、ばちっと目を開いたティア。


「???」

「ユウ君! 今や!!」

「喰らえぇぇ!!」

 

 その言葉と同時に半開きになった口に飴ちゃんを放り込んでやる! 


「なんっぐ!? にゃにこれっ!? !? !!? ………は、はぁ~スーっとするよぉ。……ミント、じゃない……飴?」

 

 飴を口の中で転がしながら、ティアは恍惚こうこつとした表情を浮かべている。


「目覚めスッキリ、ハッカの飴ちゃんや! どう? 目ぇ覚めた?」

「こんな味の飴、食べたことない。口の中にミントの味がぶわっと広がってすっごい鼻がすっきりするわぁ。でも飴だから少しだけ甘くて……美味しいぃ。あなたたち、一体何者ぉ?」

「僕はユウマ、彼女はエミ、そしてこの子はナナノ。パイル・ヴァルードさんの紹介で、あなたを僕のパーティにスカウトしにきました」

「……ヴァルードの?」

「そう、パイルさんからはこう言われ――」

「なあ、ティアちゃんはなんでこんなにお酒呑みまくってるん? 体によくないって分かってるんやろ……?」


 エミは喋りながら手早くティアの呑んだであろう酒瓶を集めて、手際よく別のテーブルへと置いた。

 僕が喋ってたのに被せてくるのなんで!?

 だが、やはりそこを突っ込んでいくのか。本当にエミは、人の事情だとかそういうのに首を突っ込みたがるなあ……。


「……だ、だって……呑まないとやってられないのよぉ……、私なんてもうこのまま、呑み過ぎて死んでしまえばいいんだわ…」

 

 そう言って彼女は折角エミが隣のテーブルに逃がした酒瓶を取ろうとする。が、それをエミがはたいて阻止する。


「なんで呑ませてくれないのよぉ! 私が買ったお酒よぉ!?」 


 諭す様にエミはティアに向き合う。 


「自暴自棄になったらあかん。辛いことも、悲しいこともみんなあるんや。それでも、みんな一生懸命生きてる……。生きてる人は、精一杯生きなあかんねん。逃げてもええけど、死んでしまえばいいなんて、言うたらあかんで。なあ、ウチで良かったら話聞くで?」

 

 ああ、またあの優しい声だ。

 エミの声はなんだか独特というか、身をゆだねたい気分になるというか、全部さらけ出したい気持ちになるというか。そうじゃなきゃ、こんな見ず知らずの人間に、自分の事情なんて話す気になんかなるはずがないのだ。


「……わ、私のせいで、仲間が、家族が……たくさん死んでしまったのよ。こんなの背負って素面しらふでいられないわよぉ」

「えっ……? たくさん……?」

「それって一体どういう……」

「……こ、これ以上は言いたくない」

「さよか。ウチも無理にとは言わへん。話す気になったら話してくれたらええよ」


 ティアは割とかたくなだった。酒に逃げようとするほどの事情だ。よっぽど忘れたいことがあるのだろう。基本的に、ダンジョンで仲間を失った場合はたくさんという言い方はしない。もっと別の何かだろうか。


「それと……、ヴァルードのあの頬の大きな傷、知ってるんでしょお……? あれは私が小さい頃に、彼が私を守ってついた傷なの」


 ヴァルードが言っていた借りとはそういうことか。底の知れない男ではあると思っていたが、昔はどうやらティアを守る仕事をしたことがあったのか。


「ヴァルードの紹介なのよね……? それなら、あなたたちについていくわ。私は、ヴァルードに借りを返さなきゃ」


 色々と聞きたいことはあったが、どうやら彼女自身も言われずともいずれ返さなければならない借りがあるという認識だったようだ。

 彼女はフラフラと立ちあがろうとして、バランスを崩す。咄嗟とっさに、僕は彼女を抱きかかえた。

 ふにふにとした大分大き目の胸部が顔と肩に当たる。


「ぐっ……」

「重いとはなによぉ!! おっ、重いのは私の胸で、私じゃないからね! わたしだって、こんな大きい胸いらないわよぉ!!」

 

 ティアは支えている僕から離れようともがく。

 言ってない、重いなんて一言も…。違うんだ、単純にお酒の臭いが…。


「ちょ、ちょっと……あんまり暴れないで、体勢が……」


 体が反り返った体勢で彼女を支えてしまったので暴れられるときつい。 


「はいはい、ストップ」


 エミが、後ろからひょいっとティアを引き剥がしてくれた。


「ティアちゃん、あんたの足腰ふにゃふにゃやで……。ホンマにもう。ウチらもちょうどご飯食べようと思ってたとこなんや。ご飯食べて、ちょっと酔いをまし」


 僕らはやっといくつか注文して、テーブルに座る。

 玉葱のサラダ、じゃがいもとベーコンのグラタンに、豆のスープ、ウインナー盛りと、牛肉のブロックステーキなどなど。テン君には、モンスター食。お肉や豆などの盛り合わせだ。食べている間に、目を盗んで酒瓶を取ろうとしていたティアの手を、ことごとくエミが叩き落とす。

 エミの手が何本もあるみたいですごかった。


「……もお~、おさけ~! もお~……っ!!」

「モーモーうるさい! 牛か! 酔いを醒ましって言うてるのに、何追加で飲もうとしてるん!? はい。酔い覚ましにはオレンジジュース!」

 

 オレンジジュースを受け取ってしょんぼりしながら、ティアは僕らと一緒にもそもそとご飯を食べていた。

 酒に逃げているのは確かかも知れないが、単純に酒が好きなのもあるのではないかと思える執着っぷりだった。


――――――――――――――

この物語はフィクションです。酔っ払いに飴ちゃんを突っ込むのは、歯が折れる可能性があるのでやめましょう。

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