第12話 探偵にはこの飴ちゃん

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 僕らはナナノを先頭に、探偵が住んでいるという場所へと向かう。

 とにかくこの『小穴街』は入り組んでいて、新しい穴が増えたり崩れて別の穴に繋がったりと、モータル族以外にはわけがわからなくなる場所だ。ダンジョンでも、モータル族は地図を持たなくても一回通った道は絶対に間違わないという話だし、これはモータル族の持つ固有のスキルといってもいいかもしれない。

 ぐねぐねと進んだ先に、『ヴァルード探偵事務所』と書かれた看板が見えてくる。


「あそこ?」

「そうです。パイルさん、いますか~? 聞こえてますよね~?」


 ナナノはノックもせずドアを開いて奥へと進んでいく。モータル族の家特有の長細い空間に備え付けられた本棚の中はぎゅぎゅうに詰まっていて、入り切ってない書類やら本やらがその周りに無造作に重ねられている。本や書類で間仕切られた人一人通れる程度の獣道のような空間を、奥へ奥へと進む。

 少しだけ開けた場所に出ると、そこには応接用らしきソファと、デンとした大きな机があった。その机の上や周りにも本や書類が山のように積まれている。


「おうナナノ、もう大丈夫なのか?」

「うん……この二人のおかげでね」

「……その連れは、勇者と……猛獣使いモンスターテイマーか。おいおいおい、とんでもねぇの連れてるな……。伝説の獣をこんなところで見られるとはなあ」


 机に並ぶ書類の山の向こうから、ひょっこりと顔を出した40歳位のモータル族。つぶらな瞳に似つかわしくない、太い眉から左ほほにかけての深くえぐれた傷。いつ床屋に行ったのか聞きたくなるような、もっさりした髪の毛にワイルドなひげが生えている。


「わたしの信頼できる探偵さん、パイル・ヴァルードさんです」

「どうぞよろしく。ところで今日はどうしたんだ?」

「トーヤ・クルスのことを調べてほしいんだ」


 パイルの眉毛がピクリと動く。


「奴は思ってるよりガードが固いぞ。割増料金を貰わないと割に合わん」

「期間はできれば一週間で、次にあいつがダンジョンに潜る日と、トーヤがなぜ急いで無理なレベル上げをしているのかが知りたい。僕の元仲間が、次にトーヤと一緒に潜るんだ」

「一週間とは、なかなか厳しいことを言ってくれるじゃねぇか。割増特急料金は高いぞ?」

「その言い方だと、別の人の依頼か知らないけど、調べてたみたいだね」

 

 僕は懐に入れてあった袋を出して置く。その中に入っていたスキルなどが記載された教会発行のカードを抜いて、今の手持ちの所持金全部。多分80万ルルド位はあるはずだ。これからこの二人に装備を買わなきゃいけないけど、その位なら教会に預けてある金額で何とかなる。レベル10以下のダンジョンにばかり潜っていたから最低限の薬などを買ったきりで、使う機会もなかったので、割と持っている方だと思う。彼は頭をきながら僕が置いた袋から10万ルルド金貨を五枚出して、残りを返してくれた。


「前金で50もらっておく。納得のいく情報が掴めなけりゃ、いくらかは返す。けどトーヤの情報を知ってどうするつもりだ? 本来は情報の使い方は聞かないが、ナナノは俺の友人の娘だ。言える理由なら聞かせてくれ」


 友人の娘だったら、ナナノを雇ってやれば良かったのにという言葉が喉まで出かかった。


「ならなんで、ナナノちゃんを雇ってあげへんかったん?」

「あっ、それは……」

 

 エミが僕の気持ちを代弁してくれた。 

 何かを言おうとしたナナノを、彼は目で制止する。 


「雇ってやる甲斐性がありゃ良かったんだが、こちとら零細企業でそんな余裕もなくてな。探偵なんてのは半分裏稼業みたいなもんだ。足突っ込ませたくないっていうこっちの気持ちもんでもらいたい。それに割と人間は俺たちモータル族の事を欲しがってるみたいだから、雇ってもらうのはそう難しいことじゃねえからな」

「人間に雇われたくなかったのは、わたしのわがままだったので…」


 溜息を吐きながら、エミはナナノを見る。


「そういう事情やったらしゃあないわ…。でも、ナナノちゃん、大人にはもっと迷惑かけるくらいでええんやで。なんでも抱え込むのはあかん。スリまがいのことするやなんて」

「ナナノ、お前……」


 それは知らなかったらしく、パイルは決まりの悪そうな顔をした。


「パイルさん、わたしはもう大丈夫! この二人と一緒に冒険に出ることにしたから」

 

 表情が見えないが、声色からナナノが僕らと一緒に来ることを、後悔していないのが分かった。パイルは、それを聞いて安心したようにうなずいた。


「そうか」

「僕らは、トーヤの事を調べてもらって、どうにかして弱点を掴んでトーヤを止められないかと思ってる。できれば、勇者を辞めるほどのね」

「復讐か?」

「違う。他の人間に僕らみたいな目に遭ってほしくないだけだ」

「ユウ君もナナノちゃんも、復讐に燃えるような人間ちゃうで」

 

 彼は10万コインを一枚クルクルと机の上で回して、指で挟んで止めた。 


「わかった、一週間だな。その間、お前たちはどうするんだ?」

「僕らは今から教会に行って、この二人を僕のパーティメンバーとして申請して、明日には低レベルのダンジョンに潜るつもりだ。どのみち、あんたの情報が来ないことには、動けないし」

「メンバーは、ここにいる三人か?」

 

 僕らが三人しかいないのを見ていて聞いてくる、パイル。


「? そうだけど……」

「もう一人助っ人がいりゃ、少しいいダンジョンに潜れるんじゃないか?」

「助っ人……? あんたか?」

「俺は今からトーヤのことを探るから、それは無理だ。俺が言ってるのは、今じゃんだくれのダメ女のことさ」


 呑んだくれのダメ女???


「この街の酒場に行った事はないか? ほとんどそこに入り浸ってるはずだが…」


 もしかして、ダンジョンから帰ってきて酒場に行くと、一角のテーブルをいつも占拠していたあの女性か? 


「その人って、もしかして……」

「おっ、見たことあるか?」

「……あの人って、戦えるのか?」

 

 周りに酒瓶を何本も転がしながら、ヘロヘロの声で「おきゃわりぃ~」と言っている姿しか見たことがないが……。本当にいつ見ても呑んでいるので、一体いつ家なり宿屋なりに帰っているのか気になる存在ではあった。 


「ま、引き入れる入れないはあんたの自由だがな。もしあいつがパーティに入るのを断ったら、こう言いな。『パイル・ヴァルードが借りを返してもらいたがってる』。酔ってる姿しか見てないだろうから知らないと思うが、あいつは割と腕のいい魔法使いなんだ」


 借りとは、穏やかな話ではない。 


「なにかその女性とあったのか?」

「ま、昔ちょっとな」


 言葉を濁されてしまった。

 ハードボイルドな男には、ハードボイルドな事情があるのかもしれない。  

 

「ま、こいつも俺のエゴだ。あいつのことを押し付けるようで悪いが、ナナノが信用してるあんたらなら、あいつも立ち直るかもしれないと思ってるだけだ。ただ、俺が腕は保障する」

「教会に行く前に酒場に寄ってみるよ」

「そうしてくれ」

「じゃあ、行こうか」

 

 と、きびすを返そうとすると


「あ、待って待って。折角やし、探偵さんにはこれ、はいどうぞ。お近づきの印!」


 唐突に、エミはつぎはぎの袋から一つ飴ちゃんを出した。どうやら袋の色は銀色で、『いちごみるく』ではないようだが……? いや、待て待て銀色の袋? 飴の袋に銀って…。どれだけ高級な飴が出てくるのだろうか。

 ナナノのこともあって、『いちごみるく』を出すのではないかと、飴ちゃんの袋をエミが探る度にドキドキする。しかも僕が制止する間も与えず飴ちゃんを取り出すから、恐ろしさは倍増する。


「ふっふっふ、ハードボイルドな探偵さんに似合う、あんまり甘くないコーヒーの飴ちゃんや!」

「コーヒー? それって、南の方の国じゃないと取れない赤い実じゃなかった?」

「あ、こっちにもあるんやね! じゃあ、飲んだことある?」

「飲む? 食べるじゃなくて?? いや、僕はないよ……。割と高級品だし」

「じゃあ、ユウ君も食べてみる? ナナノちゃんには、こっちの甘いコーヒーの飴ちゃんの方がええかな!」

 

 袋からごそごそといくつかの飴ちゃんを取り出して、僕とナナノに渡してくれた。僕にくれたのはヴァルードと同じ銀色の袋、ナナノが手にしているのは僕らの袋とは別の赤い包みで、こちらはくるくると両端が絞られているだけで開けやすそうだ。

 袋を開けると、茶黒っぽい色の飴が出てきて、香ばしいったような匂いが上がってくる。これは、僕の知っているコーヒーとはまるで違う何かだ。

 僕の認識では、コーヒーは赤い色の果実。実の割に大きな種で、外側についている薄い実は甘酸っぱいのだが、いかんせん可食部が少なく高級な割には満足感もない代物。ただ、人や動物を覚醒させる作用があると聞いている。それもあって値段も高いのだとか。

 ナナノは、パイルの手から飴ちゃんの袋を取って開けてやっていた。どうやって開けるのか分かると、人にやって見せたくなるのはみな同じか。

 パイルはクンクンと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。 


「こりゃ、コーヒーの実じゃなくて、コーヒーの種を炒って煮出したやつの飴だな? 飴にこんな強烈に匂いをつける技術なんか、あったのか……?」

 

 どうやらコーヒーを飲んだことがあるような口ぶりで、パイルはそう言った。

 包み紙もこの世界の物ではないし、エミの持っているこの飴が、普通に口にできるものではないということに気づいたかもしれない。


「煮出す? ええと、コーヒー豆を焙煎ばいせんして、粉にして、フィルターに入れた上にお湯掛けて出したのをウチの世界ではコーヒーって言うんよ。豆の種類から何から色々こだわる人もいっぱいいるし、淹れ方もなんか千差万別みたいやけどね。ウチは知らんけど、煮出す方法もあるんかもしれんね。まあまあ、正体はなんでもええやん! 食べて食べて!」

 

 一斉にパクリと飴を口に放り込む。

 ん!! これは!! 


「わっ! 甘いのにほんのり苦くてちょっと大人の味ですね! おいしいです! 『いちごみるく』といい、このコーヒーの飴といいエミさんの世界の飴はすごいんですねぇ」

 

 飴を転がしながら美味しそうな声をあげたのはナナノだった。

 えっ、ナナノが食べてる飴は甘いのか……。


「こっちのは、苦みの方が先に立ってるな? 本来のコーヒーに近い味の飴みたいだな。それでもまあ、まだ甘いが……。だが絶妙な酸味もあってこれはなかなか」

「ナナノちゃんにあげたのは甘い方のコーヒ飴やから、もちろん甘いで! そっちの探偵さんとユウ君には、大人の味のコーヒー飴や。……ん? なんや、ユウ君顔が渋いな…。ユウ君もミルクコーヒーの方が良かった?」

「い、いやそんなことはないけど」

「強がって、男の子やねぇ」 

 

 エミは笑いながら、僕の手に甘いコーヒーの飴を握らせた。

 これは、後で食べることにしよう。


「じゃあ、一週間後にここに来てくれ」

「わかった、ありがとう」

 

 僕らは飴ちゃんを口の中で転がしながら、ヴァルード探偵事務所を後にした。エミの出す飴ちゃんは、本当にびっくりするほど美味しい。最初は苦いと思っていたこのコーヒーの飴ちゃんもなんだか癖になりそうな気がしていた。


――――――――――――――――――――

お気づきの方もいるとは思いますが、銀の包みの飴ちゃんは春〇井の炭〇珈琲、赤い包みの飴ちゃんはライ〇ン菓子のラ〇オネスコーヒーの飴ちゃんです。どちらも美味しいですね。

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