第7話 モータル族と飴ちゃん 2

 もうショートパンツを脱がせたし『幻影』の心配もなくなったので、テン君に彼女を離してもらって、僕はエミに説明する。

 もちろんこのモータル族の家なので、彼女のタンスから適当な服を穿かせてからだ。今度は魔法装備じゃないだろうなと、僕はまた『読み取りリード』を使ったが、大丈夫だった。 

 敵対を解いた証にと、彼女は爪を引っ込めた。モータル族の爪は敵対している時や、土に潜る時以外は引込められる。便利な爪だ。


「このショートパンツ、魔法装備で『幻影』がついてるんだ」


 僕はそのショートパンツをひらりと持ち上げて見せる。


「『幻影』……? ま~ぼ~ろ~しぃ~の『幻影』?」

「そう、どこからがそうだったのか分からないけど、テン君は恐らく高位モンスターだからか耐性があるからか効かなかったみたいだ。それで、逃げようとしたこの子を捕まえてくれた。でも僕らには今アイテムがないし、防げる魔法使いもいないから、それを防げない」

「何回でもこの子の『幻影』が見えるってこと……?」

「この装備を穿かれてる限りはね」

 

 魔法耐性は、僕にももちろんあるが、レベル30程度では『幻影』は防げない。僕もまんまとかかってしまったのはそのせいだ。 


「……ごめんねユウ君、事情も知らんとビンタかましてもうて……。ユウ君がこの子のパンツが見えた時『むっ、水玉』みたいな顔したから、ついこの子のパンツを見たいだけだったんかと……。そういうことやとは、思いもよらんかったんよ……」

「……いや、僕が説明できれば良かったんだけど、時間がなくて……。エミは悪くないよ」

 

 悲しそうな顔をされると申し訳ない気持ちになる。エミから見れば、盗人とはいえ、女の子をいきなり脱がせようとした変態でしかないだろうし。

 この装備を脱がせないと、エンドレスでこれを繰り返すことになる……! と思ったのでわき目もふらずショートパンツを脱がせにかかったが……。ああ、エミに一度でも変態だと思われたと思うと辛いな。

 いや、その……この子の水玉パンツが見えたのは不可抗力だ。


「とりあえず、僕のアイテム袋を返してくれないか」

「はい……」

 

 彼女は今度こそ僕のアイテム袋を返してくれた。盗られてそんなに時間は経ってないし、まだ売りに行く前だったのか、中身のアイテムはすべて無事だった。

 このアイテム袋は、勇者が教会からもらうことのできる特別な豚革の袋。教会の加護のついた勇者用のもので、取り出すのは誰でもできるが、勇者のパーティ以外の人間がアイテムを入れてもすり抜けてしまう為、盗まれると中身だけ盗られてその袋は捨てられるか燃やされるかという悲しいさだめを背負っている……。ちなみにくしても新しい袋はまた教会から貰える。でも逆に言うと、教会は勇者にはこれしかアイテムをあたえない。

 エミとテン君のおかげで、返ってくる予定もなかったアイテム袋が返ってきた。このままこの子を街の衛兵に渡してしまおう。

 僕がそう言おうと思っていると、エミはなぜか腕を組んでモータル族の前に立っている。


「ここからは、ウチのお説教タイムやで」

「えっ!? 衛兵に引き渡すつもりなんだけど……」

「なんでこんなことしたんか、この子にも事情があるはずや。それを聞いた上でお説教や!! 盗みをやったことには変わりないからな!」

「ええ~……」


 このまま衛兵に渡してしまう方が、断然楽だと思うのに、やった側の事情も聞きたいというのか。聞いてしまったら、もしかしたら情が移る可能性だってあるのに…。非合理的というかなんというか……。

 でも多分、これがエミの性分しょうぶんってやつなんだろうなあ。 

 エミは、この子を正座させて向かって右サイドにテン君を配置、そして逆サイドに僕を配置した。下が土だから、ちょっと尻が痛い。言われるままに彼女を取り囲むように座った。……距離が数十センチくらいしかない。逃がさない為なのか分からないけど、近くない?


「さあ、まずは名前から訊こか。名前はなんて言うんや?」

「……ナナノ・ペルーモです」

「ナナノちゃん、あんた、なんでこんなことしたんや?」


 エミの顔もナナノに近い。 


「そ、それは、あの……これからわたし一人で生きていかなきゃならなくて……。あと、勇者が嫌いだったから、勇者だろうという人を狙いました……。あの、足音で大体その人の職業が分かるので」

 

 顔をちらりとこちらに向けて、見たかと思うとすぐに顔を伏せる。


「勇者が嫌い? それはまたなんでなん?」

「……わたしの父と母は格闘家と盗賊で、つい最近まで……トーヤという勇者のパーティにいました」

「トーヤだって……?」


 ここで出てくるのかあいつが。この話……――嫌な予感しかしない。


「一週間ほど前、トーヤさんがうちにきて、少しのお金と……父と母のつけていた装備を持ってきて……ち、父と母が……死んだと……」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ナナノ、お父さんとお母さん、トーヤさんのパーティに入ることになったよ」


「えっ? でも……だって、トーヤさんのパーティは……」


「私たちも、大分レベルが上がったし…。それにトーヤさんのパーティのお給金、すごくいい条件なの」


「お父さんとお母さん二人で、なんと一ダンジョンで70万!」


「それに、敵を倒したり、ダンジョンに潜って取れたアイテムは分ける時に、私たちは夫婦だし子供もいるから多めにくれるっていうの。大丈夫よ、危険だと思ったらちゃんと逃げるわ。ナナノを残して死んだりしないわ」


「でも、でも……! お父さん、お母さん……やっぱりやめようよ……? もし、何かあったら……」


「とりあえず、試しにどのくらいのレベル帯のダンジョンに潜るのか行ってみるって話なんだ。そこで、様子を見てから断ってもいいって言われてる」


「………」


「心配しないで、私たちが、ナナノに嘘をついたことある?」


「ない……」


「うん、そうでしょ? ナナノ、ちゃんと待っててね」 


――― ――― ―――


「ナナノ! 見てくれ、お父さんとお母さんレベル50のダンジョンでこんなにアイテムを持って帰ってきたぞ! スキルも、ほら! 『極氷掌きょくひょうしょう』! このスキルは強いぞ~!! 『幻影』のショートパンツも手に入れたんだ、これはお母さんが装備できるからな。いいものが手に入ったとトーヤさんも喜んでくれたよ」


「お母さんたちの力は、レベル50のダンジョンでも通用するのよ! それに、トーヤさんがやっぱり強くてね! 危ない時なんかは、ちゃんと助けてくれて! 聞いてるのとは全然違ったわ! やっぱり噂は噂なのよ……!」


「そっか……。そうだよね……うん、良かった!」


「ほら、今日は美味しいもの食べに行きましょう!」


「でも、でも……、無理しないでね! お願いだよ?」


「分かってるよ。お父さんもお母さんも、ナナノの為に頑張るからな」


――― ――― ―――


「君のお父さんとお母さん、亡くなったんだ。これ、彼らの装備。途中で帰ってきたから、今回のダンジョンの報酬はない。でもそれじゃあ悪いから、少しだけお金を置いていくことにするよ。俺を恨まないでくれよ? 高レベルのダンジョンじゃ、よくあることなんだ。それを見越して、二人には高い給料を出してた。それに、この装備だって、売ればいくらかの金になる」


「……」


「じゃあな」

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