第8話 モータル族と飴ちゃん 3
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ナナノは膝をギュッと掴んで、何かを
エミが息をのむのが聞こえた。この距離だ、微かな呼吸の乱れだって聞こえてしまう。
「トーヤさんのパーティは……いい噂を聞かないって、わたし……父と母に言ってたんですけど……、貰えるお金がいいからって、トーヤさんのパーティに入って……! もっと……もっとしっかり止めれば良かった……っ!! でも……し、死んじゃうなんて! 初めてのお父さんとお母さんの嘘がこんなのなんて……!! うっ、ひっ……ふえぇえん……! ……うっ……ぇ……っ!」
抑えきれず顔を手で覆い涙を流し始めるナナノ。
これがトーヤのパーティの中身。
あいつ、トーヤは他のパーティーメンバーを盾にして生き残ってレベルを上げる勇者。僕からしたら、なんで奴が勇者を名乗ることができるのか、さっぱりわからない。
自分よりも下のメンバーを募って、そのパーティと高レベルのダンジョンへ潜る。レベルの上がり幅は大きいが、それは死と隣り合わせだから当たり前だ。そして大体のパーティメンバーは再起不能にになるか死ぬか……、でもトーヤは生き残る。勇者は、神の加護がある分他のメンバーよりも少しだけ頑丈なのだ。そして、どれだけ重症だろうと、冒険者は教会に戻れば元通りだ。
「いっ……いくつかの装備は……もう売りました。でも『幻影』の装備だけは、これから一人で生きていくのに、必要かと思って置いておきました……。わ、わたし、今まで働いたことなくて……、でもわたしは、モータル族の中では嫌われる顔をしているので……、どこも雇ってくれなかったんです……。人間は、トーヤさんと同じ種族だし……雇われたくなくて……」
「それで、顔を隠してるんか?」
「は、はい……。い、生きていくにはもう、盗みしかないと思って……、何回もイメートレーニングして……。今日あなたから盗んだのが初めてです……。うっ、うっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
トーヤは一体どこまで僕に迷惑をかけたら気がすむんだろうか。きっと、ナナノのように家族を失った者たちが他にもいるのだろう。もしかしたら僕のように他にもトーヤのパーティにメンバーが引き抜かれてしまって、心が折れた勇者だっていたかもしれない。
別のパーティの事情に関しては、勇者同士は原則的に何をしようと関わり合うことはないので無視していたが、ここまで迷惑をかけられてしまっては、一言でも言ってやりたい気分だ。ただ問題は、レベル33の僕が65以上であろうトーヤに一言物申したところで、「で?」としかならない、ということだろうか。
「……ナナノちゃん。飴ちゃんあげる」
「!!」
「え……?」
「ウチの一番好きな、『いちごみるく』の飴ちゃんや。甘くてな、美味しいよ。ウ、ウチなあ……そういう話に……よ、弱くてっ……うっ……、辛かったなあ……悲しかったなあ……っ! なんの慰めにもならんかもしれんけど……、飴ちゃん舐めて、少しでも元気だし……!」
「ス、ストップストップ!! 『いちごみるく』以外の味に……!」
ボロボロと涙を流すエミの手には、もう『いちごみるく』が握られていた。その飴ちゃんを、ナナノの手にぎゅっと握らせる。
……この出した飴ちゃんは、もう一度袋の中に戻せたりしないのだろうか? 無理だろうなあ、多分無理なんだろうけど……、でも一回戻してみてほしいなあ。
「お姉さん……、ありがとう」
ナナノは泣きながらそれを受け取って、僕と同じように不思議そうな顔をしながら袋をくるくると回した。開け方が分からないのだろう。そっと彼女の手からその袋を取って開けて掌に出してやる。
ああ、もうどうにでもなれという気分だ。
この飴を渡す相手を選ぶのはパーティリーダーで勇者の僕ではなく、エミ。
エミは、彼女にこの『いちごみるく』の飴ちゃんをあげるともう決めてしまったのだ。
「こんな、美味しい飴……っく、はじ、はじめて、食べました……。優しいお姉さん……本当に――」
「『いちごみるく』の効果により『スキルレベル上限突破』を取得しました」
きわめて事務的に台無しなセリフが降ってくる。
もうちょっと空気を読んだタイミングで降りてこないのかな。
そのスキル解放の光の柱が降りてくるときに、彼女の髪の毛がふわりと浮きあがった。
「「!!!」」
――確かに彼女の顔は、一般的なモータル族のそれとは非常に異なっていた。
モータル族は、耳と鼻がいいのでその二つが人間より大きい。しかし目は弱く、小さい。本当に小さい。
それなのに、ナナノの目はまるで人間のそれだった。丸くて、少し垂れていて、髪と同じ赤土色の可愛げのある目だった。なんなら人間種の女性より大きいくらいだ。
彼女は、僕らがそれを見たことに気づいたのか、前髪を必死で抑えた。
「なんや、ナナノちゃん……えらい可愛らしい女の子やったんやねえ! そんなうっとうしい前髪、切ってしまえばええのに」
「い、いやです……。この目のせいで、わたしいつもみんなに苛められてて……。こんな顔……嫌いなんです、わたし……」
「なんや、もったいないねえ。切りたくなったらいつでも言って? 前髪だけやったらウチがささっとカットしたるよ」
「………」
黙ってしまうナナノ。
「……えーと、ナナノ、僕のアイテム袋を盗んだことは、もういいんだ。返ってきたし、僕以外は誰からも盗んでないってことだから、僕が黙っとけば問題ない。だから……僕のパーティに入らないか? あ、えと……脅しじゃないよ……。そうじゃないけど、できればパーティに入ってもらえる方が嬉しいというか。僕が、トーヤと同じ勇者で人間っていうのが……嫌かもしれないんだけど。でも、僕は……トーヤみたいに仲間を使い捨てにしたりしないって、誓うよ」
もう、飴ちゃんを渡してしまったのだ。彼女には、僕のパーティに入ってもらわないと……。
ただ、この『スキルレベル上限突破』のスキルが、どのくらいまで突破するのか、どの程度威力が変わるのか、全く分からないのが、今のところネックだ。でも女神が特別に入れた四人までしかつけられないスキル…。絶対にしょぼいということはないだろう。
「えっ? わ、わたしがですか……? でも、わたし……ダンジョン用の職の訓練もしてなくて……だからレベルも1で」
「それなら心配ないよ。エミもこんなすごいモンスターを連れてるけど、レベルは多分1だ。正確には、教会に行ってみないとわからないけどね。僕とエミは、今日一緒のパーティになったばっかりなんだ。トーヤのパーティに……僕のパーティメンバーを全員引き抜かれたから」
ナナノはぎょっとした顔を向ける。いや、やっぱり目は髪に隠れて見えないんだけど、多分そうだと思う。
「わたしの父と母の……次の犠牲ということですか……?」
「……考えたくないけど、多分トーヤはそのつもりだと思う。それで、その……パーティが今僕とエミ二人しかいなくて、君の持ってる装備の『幻影』は武器になるし。えと……」
勧誘って、どうすればうまくいくのかさっぱりわからない。今までしたことがないのだから当たり前か。
そもそも元いた三人は、同郷で……友達だったから。
「ウチがさっきあげた『いちごみるく』の飴ちゃんな、女神さまの加護を受けたチートアイテムってやつなんよ。それでな、この世界の中で三人にしかあげられへん内の一つを、今ナナノちゃんにあげたんや。さっきの『スキルレベル上限突破』ってやつは、どうやらこの世界にホンマはないスキルらしいわ」
「えっ!? えええ?! そ、そんな大切なものを、見ず知らずのわたしに!?」
ごくり、とのどが鳴った。あっ、驚きで飴ちゃん飲み込んだな。
「うん。それで、ユウ君とウチとで一緒にトーヤ君とやらにちょっと一発かましにいかへんか?」
「へっ?」
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