第6話 モータル族と飴ちゃん 1

 テン君は時々こちらを振り返りながら先導するようにゆっくりと歩いてくれている。最初は恐ろしいだけの存在だったが、よく見ると猫に似てかわいい顔をしているし、ちょっとずつ恐くはなくなってきた。

 僕は、この街の事をエミに話しながら進む。

 この大きなほらの部分が、『大穴街おおあながい』、僕ら人間はこの大穴街の周辺に住んでいる。大穴街の横穴は、ほとんどが商店か住宅。たまに道。モータル族の住居だっただけあって、上層にも穴が開いていて、人が入るために階段は後付けされている。看板と赤や黄色や緑といった目立つ色のドアが商店の目印。住宅も商店もわりとごちゃごちゃと入り混じっているので、うっかり商店ではないドアを開けないようにだけ彼女に忠告する。

 そして、大穴街の奥に長く細く何本も繋がっているのが『小穴街こあながい』。小穴街にも横穴がついていて、そこにモータル族のほとんどすべてが住んでいる。僕ら人間はそちらに行くことはあまりない。なぜかって、それは特に用がないから。この街の教会は、『大穴街』と『小穴街』の場所のちょうど間辺りにある。


「途中にある商店で、ちょっとアイテムを買おう。幸いお金は盗られてないし」

「なんで? なにか急用?」

「急用といえば急用かも」


 ドアの前に薬のマークの看板がついている商店に入って、僕にはなじみのアイテムを一つ購入する。これも盗られた袋のアイテムの中に入ってたんだよなあ……。

 彼女に50ルルドで買った物品をエミに一振り、そしてもちろんテン君にも一振り。僕にも一振り。


「ひゃっ! なに?」

「これは『匂い化かしディスフレ』。いろんな街に、その付近に住む種族の『匂い化かしディスフレ』があるんだ。今僕らは、モータル族の匂いになってる。モータル族は目が悪い代わりに、鼻と耳が極端に発達してる。それもあって捕まえるのが難しいから、これで匂いを消さないと、多分寝床に着く前に逃げられる」

「そうなんや! ユウ君は物知りやねえ」

  

 また目をキラキラさせながら僕を見上げるエミ。顔が近くて照れてしまう。

 彼女の距離感は、なんというか僕の心臓には毒だ。

 

「えっ、いや、そんなに褒められるほどの事でも……。それとあとは、足音がばれてると思うし、歩き方を変えてほしいんだけど」

「あっ! それならウチ、知ってる方法があるわ! ウチの芸人魂を見せる時が来たようやな!!」

「芸人魂……?」


 ノルカヒョウは元々足音がしないから、モータル族対策には鼻さえ封じればいいが、僕らはそうはいかない。多分僕を狙ったのも、足音から僕が浮かれていると感じ取ったからだろう。いつもなら四人組で、ぞろぞろと隙のないように歩いていたし、二人組と勘違いして、しかも片方は浮かれてるときたら、絶好のカモと感じただろう。

 彼女は「あそこみたい」と、数十メートル進んだ先にあるドアを指差して小声で言うと、やたらがに股になってずんずんと犯人がいるらしき場所へと近づいていく。

 なるほど、今までの彼女とは全く違う足さばき。なんというか……、というか。

 僕は『鍵明けの呪文ペルドルク』を素早く唱える。この呪文をどこでも唱えられるのも、勇者の特権だ。

 エミはそのままの勢いでドアをバーンッ!! と勢いよく開けて


「邪魔するでぇ!!」

「邪魔をするんなら帰ってください!!」

「あいよー」


 と外に出てドアを閉めた。


「……? 本当に帰ってどうするの……?」

「はっ!? テン君! あの子捕まえて!! 傷はつけたらあかんで!」

 

 もう一度ドアを開いて、テン君をエミ。

 開いた部屋の中にはもうモータル族の姿はなかったが、いつものような冷静さを欠いたのか、潜った穴が開きっぱなしになっていた。そこにテン君はするりと体を潜り込ませていく。

 穴の中から「きゃああぁあ!?」というくぐもった声が聞こえてきたのはわりとすぐだった。

 ずるずると足を咥えられて後ろ向きに引きずり出されるモータル族、……の女の子? 地面には彼女の抵抗の爪痕が虚しく残っている。

 赤土色の髪は目が隠れるほど長く、他は爪がモータル族特有の長爪とお尻には短い毛の生えた尻尾。それ以外には特に変哲もないただのショートヘアの女の子だ。顔が隠れているので年齢がよくわからない。ただ、この子の着ているこのショートパンツ、魔法装備か……? 魔法装備はなかなかお目にかかれるものではないので、僕はその服装に何か違和感を覚えた。

 レベルが50程度以上のダンジョンから、ごく稀に手に入るその装備は、中堅以上の冒険者にはのどから手が出るほど欲しいものだった。ただ、一つ一つの値段は、それこそ目が飛び出るほど高くて良い魔法がついたものから、安くてしょぼい魔法がついたものまでピンキリだが。

 見ただけでは分からないが、『読み取りリード』を発動して見てみると、『幻影』付きの装備だった。『幻影』は、ある一部の人間には価値が高い装備なので、割といい値段がする。

 この子のレベルは1、使える魔法がこの装備の『幻影』のみ。他のスキルは当然なし。ますますなぜこの装備を持っているのか疑問しか湧かない。


「ついうっかり出て行ってしもたやんか……。ちょっと芸人魂が燃えすぎたようやわ」

「帰ってって言われて帰るのはどうかと思うけど」

「いや~、まさかこの子がこの流れを知ってるとは思ってなくて……」

「流れってなんなの」

 

 彼女のいた世界では、ごろつきが入ってきても帰ってほしいと言ったらすんなり帰ってくれるのだろうか。物騒だと思ったらごろつきはやたらと素直だったり、なんだか彼女の世界はちぐはぐ感がすごい。


「さて、ユウ君から盗ったもん、返してもらおか」


 エミはテン君の後ろに立って、彼女にプレッシャーをかける。

 牙をむいて威嚇いかくするテン君。

 ……テン君の顔めっちゃこわっ!! 


「は、はいぃ~」


 彼女はよろよろと立ちあがって、部屋の隅のサイドチェストから僕のアイテム袋を取り出した。

 と思ったら、テン君が風のように素早く動いて、また穴へと体と潜らせた。


「うひゃぁあああああ!!」

「「??!??」」


 また足を咥えられてうつせで引っ張り出されるモータル族の女の子。さっきまでここにいたはずの。

 ……あああ!! いつの間に掛けられてたんだ!! 

 くそっ、アイテム袋があれば『弱体無効薬』を飲むのに。もしくはミフユに…、ってミフユはもういないんだ。

 僕が、僕がしっかりしないと!! 


「ユウ君これどういうこと??」

「ああ、うんちょっと待ってね。テン君、咥える場所を…首側のこっちに…、そうそう。その子そのまま咥えといて、離さないでね。絶対離しちゃだめだからね。………おら! 脱げ! 脱げぇ!!」

 

 僕はモータル族の女の子が穿いているショートパンツを思いっきり引っ張る。

 僕が、エミを守るんだ!! という気持ちを込めて、力のあらん限りショートパンツを引っ張る。


「きゃあああ!! 痴漢!! 変態っ!! けだものぉお!!」

「ユウ君!? ちょっ……!! なに!? ご乱心!?」 

 

 スポーン! と勢いよくズボンが脱げて、モータル族の女の子が穿いていたパンツがあらわになる。

 ――むっ、水玉!!


「なに考えてんねん、あほー!!」

 

 僕はエミにビンタをかまされた……。  

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