第5話 猛獣使いと飴ちゃん
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じゃあ、ええと…どの飴がどんなスキルになるのか、知らないままこっちに来たの?」
「だってダンジョンに行く予定なかったから…」
しかし、僕とパーティを組むと彼女は言ってくれた。それはすなわち…
「けど、僕とパーティを組むってことは一緒に、ダンジョンに潜ってくれるってことだよね?」
「せやねえ、女に二言はないわ! テン君もついてるし、なんとかなるやろ!」
なんとかどころか、恐らくレベル70位までのダンジョンなら、このテン君と呼ばれているノルカヒョウだけで全て事足りるだろう。もしかしたらそれ以上も…。
だが、だがそう。僕は『勇者』で、彼女は『
今日は最低な日だと思っていたのに、こんな幸運に巡り合えるとは思ってもみなかった。
「じゃあ改めて……僕は勇者のユウマ。ユウマ・シンドウ。よろしく」
「ウチの名前はエミ。あ、こっちは外国みたいに苗字が後に来る感じ? だとしたらエミ・サカモト。この子はテンノウジ、愛称はテン君。えと、
にっこりと微笑んだ姿は、まるで女神のようだった。
彼女は女神に会ったことがあるという話だが、女神は彼女以上に美しいのだろうか。僕は、女神の加護を受けたこの少女と一緒に旅ができる幸運を、神に感謝した。
「じゃあ、僕のパーティへの加入申請とかあるから、街へ移動しようか」
「うん、道案内よろしくユウ君」
「ユウ君?」
「あ、嫌かな? ウチこれからユウ君って呼ぼうと思ってたんやけど」
「いっ、いや……よろしく、エミ」
僕が照れている横で、ノルカヒョウのテン君はくわぁと大きく一つ、あくびをした。
『お兄ちゃん』呼びも捨てがたいと思ったのは内緒だ。
話している内に、時間はもう夕方に差し掛かって、空がオレンジ色に染まっている。
「ここの夕日も大阪に劣らずキレイやねえ……」
と、街への道の途中で彼女が目をキラキラさせながら空を
教会は、大抵どこの街でも少し外れにあって冒険者の組合も兼ねている。加入と脱退申請の他に、教会では手に負えない冒険者へのクエストなども発布している。『みなの困りごとを、あまねく救済する』場所というわけだ。度合いによって当然貰える金額や物品などに差が出る。
エミと出会った森からほど近い街、ルパーチャの入り口は、山の
街の中に入ると、彼女はびっくりしたように声をあげた。
「なんや、すごい穴だらけの街やね?」
彼女が驚くのも無理はない。この山に開いた大きな洞窟の中に、更に開いている穴が、この街の人々の商店や住居になっているのだ。街の至る所に穴が開いており、そこに人が入れるくらいのドアがついていたり、道になったりしている。
彼女の世界ではどうだったか知らないが、こちらの他の街に比べても、この街は変な街だった。
「うん、この街はモ――」ビッターン!!
「ユウ君!?」
後ろからエミの驚いた声が聞こえる。そりゃ、僕がいきなり転んだらびっくりするだろう。
油断した。
足元を取られて僕が倒れるのと同時に、腰につけていた袋を地中から伸びてきた長い爪の手に取られる。豚の革でできた袋には、回復薬やら魔力回復薬やら、冒険で使う高価だがいつでも出せるようにしているアイテムが見た目よりもたくさん入っている。お金やパーソナルカードなんかは、懐に入れてあるからそれは取られなかったけれど。
そして、それを盗んだ奴は穴を土で埋めながら潜っていった。
「いてて……」
おもいっきり顔面から打ちつけたので、おでこと鼻の頭をすりむいてしまった。
は~、かわいい子と一緒にいるからってちょっと浮かれすぎていたのかもしれない。この街には、こんなことがあるって知っていたのに。
「大丈夫……? あ、ハンカチはポケットに入ってたわ。どこかお水で濡らせるところがあったらええんやけど」
「ああ、大丈夫。教会に行けば治せるし。こんなかすり傷」
「あかんよ! ばい菌入ったらどうするの!!」
「ばいきん……?」
エミは水をしきりに欲していたので、街の水場に向かう。
水場へ向かう途中で会った街の人間たちは、彼女の顔を見てまずは見とれる。が、すれ違う時にはみなノルカヒョウを見ていた。彼女ももちろん美しいので目立つのだが、ノルカヒョウの圧がすごくて、みんな最終的にはそちらに目が行ってしまうようだ。
水場に着くと、白くてきれいなハンカチを濡らして僕の顔の傷を丁寧に拭いてくれた。
彼女の顔がとても近くて、自分の心臓の音がうるさかった。大きな瞳や、ぷるぷると柔らかそうな唇が近くて、その高鳴りは止んでくれそうにない。この音が彼女に聞こえてないことを祈ろう。
「それで、さっきのは一体なんなん……? 何か盗られてなかった? 物騒な町やねえ、こんなんで思い出したないけど大阪思い出したわ。大阪もね、ひったくりが日本で一番多いんよ! せやからウチはね、いつも絶対に取られへんように、自転車かごにはカバー、鞄は絶対に片方の肩には掛けへんかったし、いつも紐に手を掛けてたんよ!」
エミは嫌悪感と怒りを
「この街に入った時に説明しようとしてたんだけど、この街は元々モータル族の街なんだ。それで、えと亜人種って分かるかな? 人間種は僕らみたいな姿なんだけど、亜人種は他の生き物の姿と僕らの姿を掛けあわせたような姿をしてるんだ。その亜人種のモータル族達を隅に追いやって、僕ら人間種がこの街を乗っ取った形になってる。まあ隅に追いやったって言っても、彼らは元々穴の奥の方が好きで町の中心には出てこないんだけどね」
「さっき、ユウ君の足をひっぱったのは、その元々おったモータル族ってこと?」
「そう。モータル族は穴掘りが得意で、街の形も大きな穴の形になってるのは、そのせい。その、オーサカ? の
「穴掘りが得意……、もしかしてもぐらの亜人種なんやろか? それでも、人のもん盗むのはあかんやろ……。追いやられたって言っても、その子らに仕事はないん?」
「あるよ。モータル族は観光業や、鉱山の開発なんかがすごくうまいから、そういう仕事に従事しているモータル族はいっぱいいる。勇者パーティの一人だったりもするしね。あとは、この街だと街灯を付けたりする仕事なんかもあるよ。人じゃ届かない場所にもあかりが灯っているのは、そのおかげ。だから、旅人や冒険者の荷物を盗むのは、そういう他の亜人たちからも煙たがられてるやつらだけだよ」
「そうなんやねえ。じゃあ、荷物取り返しに行きがてらちょっとお灸
「え?」
基本的に、モータル族の盗人に盗られた物を僕らは追いかけることはしない。彼らの穴は相当に入り組んでいて、僕らではまず追いかけるのはほぼ不可能だからだ。そりゃ、掘った穴を追いかけるようなことができれば別だが。
「テン君がね、何ができるかっていうのなんかウチぼんやり分かるんよ。『
「!!」
でも、まだ教会に行ってパーティ申請をしておらず、盗まれたのは僕でエミではないのに、どうしてそのスキルが発動しているのだろうか。
「うーん、ウチの中ではもうユウ君のパーティでいるつもりやからちゃうかなあ?」
「あ、そうか。野良パーティの奴らも教会にパーティ申請していなくてもスキルはパーティ単位で発動してるはずだもんな……」
僕は勇者で、パーティを組んでからほとんどダンジョンでしかスキルを使わないし、野良パーティの事情なんて聞いたことがなかったから知らなかった。
「じゃあいこか!! 思ってるより近いで!」
ノルカヒョウを先頭に、僕らは盗んだ奴のねぐらへと移動を開始した。
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