第十二話 到着と離脱未遂

 スイールは手にしたリピーター装填装置付き弩に若干の追加装備を施して貰い、それを購入した。

 追加装備とは体内の魔力を吸い出す役割を持つ魔術師が杖などに付ける魔石である。

 魔術師が手にする武器と言えば杖が定番であり、店主はなぜこんな遠距離攻撃武器に魔石が必要になるのかと不思議がったが、何か理由があるのだろうと理由は尋ねなかった。


 ヒルダは普段、魔法を使う時でも魔石を使用せずにいる。それは、ヒルダの魔力を集める能力が、一般的な魔術師の倍近くあるからだ。

 そのために彼女には魔石が付けられた装備品を持ち合わせていない。


 しかし、スイールが今回用意したリピーター装填装置付き弩には魔石を付けて貰った。本来ならばヒルダに必要無い筈の魔石を装備したのは、これが必ず役に立つと確信したからだ。


 竜種の暴息ブレスは体内から吐き出されるが、その正体は魔力の塊である。

 それを防ぐには金竜の羽根から作り出されたドラゴナイトを使用した盾などか、魔法防御マジックシールドでなければ不可能であり丸焼けにされてしまう。

 ヒルダが使い慣れないリピーター装填装置付き弩の操作で魔法の発動が遅れる可能性があると考えたので念の為にと装備を追加させた。ちょっとしたスイールの心配りである。


「スイールもいろいろと考えてるのね。ちょっと練習して来るわね」


 ヒルダはそう告げるとスイールから渡されたリピーター装填装置付き弩を手に村の外へと向かうのであった。

 当然、沢山の矢を携えながらである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あ~、すっかり遅くなっちゃったな。村に入れるのか?」


 ”ガチャガチャ”と金属の触れ合う音を背負い袋からさせながら一人の青年が暗い夜道を歩き進む。

 真上には特徴ある二つの月が輝きを放っている時間に何故と誰もが思うだろう。

 だが、これには理由があった。


 彼の名前はエゼルバルド=メイヤー。つい数時間前まで金竜のゴールドブラムと最後の訓練をしていた。そして、今、金竜にスイール達が滞在するリブティヒの村近くまで送って貰ったのだ。


 青く晴れ渡った青空が広がる昼間に、人の営みがある村近くに竜種である金竜が現れたらどうなるか、考えた事があるだろうか?

 答えは簡単だ。

 人が抗えない竜種が襲って来たと上を下への大騒ぎになる事は目に見えている。しかも、竜種と人が一緒にいたと知ればさらに大事になるだろう。

 だからこそ、人の目が少なく目立たない寝静まった深夜に送ってくれたのであるが……。


「それにしても、ゴールドブラムも酷いよな。風呂に入って温まりたいよ……。ま、贅沢は言ってられないか」


 エゼルバルドは先程までブルブルと身を震わせていた事を思い出し毒を吐き出した。

 季節は七月、夜でも蒸し暑く汗も掻いてしまうだろうが、ゴールドブラムはエゼルバルドを抱えながら巣穴があった三千メートル付近よりも高い場所を高速で飛行していた。

 冬の様な気温の中を風を切り裂きながら飛んでいれば凍えるのも当然。それも一時間もである。


 金竜のゴールドブラムは全身を金色の羽根に覆われているので上空を飛び回っていても凍える心配は無い。その感覚でゴールドブラムは飛んでしまったので、降りた時にエゼルバルドから寒いと訴えられて悪い事をしたと申し訳なく感じていた。


「それはともかく、結構遠いなぁ~」


 かれこれ二時間近く歩き続け、ようやくうっすらと人の営みを感じさせる温かみのある明かりが彼の目に飛び込んできたのである。







 エゼルバルドが一人、夜道を歩きながら毒を吐いていた同時刻。

 彼の目指している村にある宿屋の一室で、一人の女性がベッドからひっそりと起き上がり旅支度を整えていた。


 特徴ある赤髪を揺らしながら、借り物の長弓ロングボウを背中に背負う彼女の名はアイリーン=バーンズ。

 昼間に仲間であるスイール達から”竜種に挑む”と告げられ、”そんな事で命を捨てられるか!”と逃げ出そうとしてた。


 竜種に挑む、それがどれだけ無理で無茶で無謀かとアイリーンは天を仰いで呆れていた。今回ばかりは相手が悪いと。

 スイールは竜種の力を込めた装備を準備するからと勝機を見出していたのだが……。


「全く、今回ばかりは付き合ってられないわ……。使い慣れた弓だけど、スイールの事だから売らないわよねぇ」


 ぼそりとボヤキながら部屋に忘れ物が無いか確かめながら部屋を後にしてチェックアウトを済ませる。長年使っている愛用の長弓ロングボウが無い事が一番の心残りなのだが。

 今回、スイール達と一緒に行動していなかったために泊まる宿が違っていたことが功を奏した。ヒルダと同室になったり、隣室にスイールが泊っていたりすると、アイリーンが起きて何処かへ行こうとすれば必ず目を覚まされて必ずと言って良いほど声を掛けられる。

 だからこそ、今回ばかりはと胸を撫で下ろすのであった。


 さらにもう一つ、トレジャーハンターのアイリーンには依頼を受けるに忘れてはならない事があった。


働きは御免なのよ、ウチは……」


 そう、スイール達と夕食を食べ終わって宿へ向かおうと別れても、報酬がどれだけあるか彼は一切口にしなかったのだ。

 命を懸けるに値する報酬を期待していただけにアイリーンはがっくりと項垂れる事となった。だから、この場から一刻も早く逃げ出そうと考えた。


 命が大事なのはいつもの事だ。

 スイールやヴルフが一緒にいれば死ぬ確率は少ない。伝説と呼ばれたヒュドラを倒した時もそうだし、数十人で護衛していてその十倍の敵を追い返した時も、目を見張る活躍を見せていた。 だから、無理で無茶で無謀な竜種との戦いも多少は生きて帰れるのではないかと、淡い期待を抱いているのも事実だ。


「生きて戻れる確率があるのに、タダなのはね~。それはウチの信念に反するからな~。さて、何処へ身を隠そうかしら……」


 アイリーンは宿を出ると愛しの旦那様のいるルストの街がある北ではなく、リブティヒのもう一つの出口である東を目指して歩きだした。


 忍び足でゆっくりと歩くアイリーン。

 その歩き方であれば昼間でも人ごみに溶け込むなど造作もない事だろう。

 ましてや今は月や星々がきらめくだけの真夜中。特徴ある二つの月と星々が夜空から見下ろしているだけの暗い夜道を進むのだから誰も彼女には気づくなど難しいだろう。

 そして、アイリーンはリブティヒの東の門へとたどり着くのであるが……。


「小さな村だから門は閉まってないとは思ってたけど、門番かぁ……」


 スイール達がいない宿からの脱出は成功したが、再びアイリーンに難関が襲い掛かってきた。門番と言う障害が目の前に存在するのだ。

 スイールの事だから、アイリーンが見なくなったことに気付くとすぐに探し始める筈だ。

 そうなれば、東の門を出発していったとすぐに露呈してしまう。


 何とかして門番に見つからずに無人の門を手続きだけして通り抜けたいとアイリーンは悩む。しかし、それは不可能であるとすぐに気付き、諦めてそのまま門を抜けようとするのだが……。


 アイリーンが東の門へと近づいたところで、リブティヒの村へ入ってくる人影を見つけた。

 それほど身長は高くはないが、”ガチャガチャ”と音の鳴る袋を担いでいる事から、はぐれの商売人ではないかと考えた。こんな時間にたった一人で移動するなど正気の沙汰ではない、と。


 暗闇で人の見分けがつかなかった事がアイリーンに災いをもたらした。

 門を抜けてくる顔が良く知る人物だったのだ。

 そう、近接戦闘においてヴルフの次に信頼を置く人物、エゼルバルドであった。


(な、何で今入ってくるの?まだ訓練しているんじゃないの)


 あまりの突然さにアイリーンは思考が停止し混乱してしまった。

 それは一瞬で収まり、”こうしてちゃいけない!”と物陰に隠れたのだが……。

 道の中央に陣取っていただけに、物陰に隠れるタイミングが若干遅れた。

 その一瞬の遅れがアイリーンの運命を決定付けたと言っても過言ではなかった。


 物陰に隠れて気配を消し丸まっていたが、視認されてしまえば隠れるなど難しい。

 ”誰もいませんよ~”と思いながら息を殺していると、彼女の頭の上から声を掛けられてしまった。良く知る声の主に……。


「あれ?アイリーンじゃん。こんな所で何してるの?」


 アイリーンが恐る恐る顔を上げて声の主へと視線を向ければ、首を傾げるエゼルバルドと目があってしまう。

 ”スイール達から逃げる!”それが目的だったが、エゼルバルドに見つかってしまっては、餌を貰いたくて水面に顔を出して口をパクパクさせている魚の様にしていた。

 どの様に言い訳をしようかと考えあぐね、思考と行動が追い付かなかった結果だ。


「えっと、あの~……」

「どうしたの?まぁ、いいか。ゴールドブラムから依頼を受けたのはスイールから聞いた?」


 見つかってしまってはどうしようもできないと、エゼルバルドが突如してきた質問に首を縦にコクコクと早く振って頷いた。

 本来は竜種と戦いたくないのだが、エゼルバルドに見つかった今、ここから逃げ出すことは無理があり、次の機会を待とうと考えた結果だった。


「それでさぁ、ゴールドブラムが報酬を渡すのを忘れてたとかでいろいろと持たされたんだ。オレにはどのくらいの価値になるかわからないから、アイリーンに見て貰いたくってさ~。って、聞いてる?」


 これからの予定を考え始めたところだったが、エゼルバルドの言葉を耳にすると思考を止めて、呆気あっけに取られてしまった。そして、気持ちを切り替えてエゼルバルドが背負っている荷物に視線を向ける。

 もしかしたら、スイールからは何の報酬の提示も無いかもしれないが、エゼルバルドが運んできた竜種から渡された”ガチャガチャ”と音のするそれはかなりの価値があるのではないかと瞬時に算盤を弾いた。


「……あ、ごめん。ちょっと呆気に取られてたわ。しょうがないから、ウチが見てあげるわ」

「いやぁ、助かるよ。見るのは明日でいいよ~」


 アイリーンはこの場から逃げ出そうとしていた事も忘れ、エゼルバルドと共に空いている宿へと入って行った。

 運良く空いていた狭い一人部屋を二つ取る事が出来た。


 後は寝て朝を待つだけだったが、エゼルバルドが無造作に運んできたモノが気になって仕方がないアイリーンは一つ、二つは見せて貰おうかと持ち主の部屋へと別れる寸前に強引に押し入った。


 男と女が人の出歩かぬ深夜に一緒の部屋に入れば、それなりのが発生するかもしれない。

 だが、二人共が愛する相手がいる為にその様な事は無かった。

 さらに言えば、アイリーンの目が性欲よりも金銭欲に塗れて輝いていたために間違いが起きようもなかったのだ。


「それじゃ、見せて貰うわよ~」

「いいよ~」


 金銭欲に塗れたアイリーンを見て溜息を吐くエゼルバルドとは対称に、らんらんと目を輝かせる彼女は重い袋を引っ手繰ひったくらんばかりに手元に引き寄せると、袋を開けて中から品物を出して小さなテーブルに置くのであるが……。


「……」


 袋に手を入れるまではらんらんと目を輝かせ興奮していた筈のアイリーン。

 だが今は、無言のままテーブルに置いた品物をじっと見つめていた。


 金色に光る二十センチ程のゴブレット。親指の先ほどもある宝石がいくつも散りばめられて誰が見ても年代物で価値があるとわかる……のだが。

 夜更けに最低限の光しか発現させていないにも関わらず、パッと見ただけでそれが何か記憶の奥底から呼び出されてきた。


「えっと、これ、どうしたんだっけ?」

「ふわぁ~、眠いんだけど……。だから、ゴールドブラムから渡されたんだってば」


 鎧を脱ぎ捨てブーツを脱いでベッドに横になったエゼルバルドは今にも眠ってしまいそうになりながら答える。


 訓練の終了時、後は返るだけとなったときの事だ。

 最後の食事をしていると、ゴールドブラムが”暫し待て”と巣穴から何処かへ飛び立ち戻ってきたら沢山の貴金属やら何かを持って来た。

 それらは人々がゴールドブラムの怒りを向けられないようにと供えられた食べ物などが入っていた器だったらしい。


 ゴールドブラムから告げられたのは、始めのうちは返そうとしたのだが、あまりにも沢山持ち込んでくるので返すのも面倒になり使わぬガラクタとして溜め込んでしまったのだそうだ。

 エゼルバルドが運んできた品々でもほんの一握りなのだと。


「はぁ~。それにしても竜種ってのは非常識の塊なのね……」

「オレもそう思うよ。で、寝る前に聞いておきたいんだけど、アイリーンは何であそこにいたの?宿も引き払ってたようだけど……」


 エゼルバルドは、今に瞼を閉じてしまいそうな程の眠気と戦いながら、アイリーンに尋ねる。夜が明けてからでも良いのだが、どうしても聞いておきたいと思ってしまったのだ。

 睡眠欲もそうだが、好奇心もまだまだ旺盛なのである。


「笑わないでよ」

「どうかな?」

「……まぁ、いいわ。タダ働きになるって思ったから逃げようとしたのよ。これでいい?」


 エゼルバルドはそんな事かと思いながら、”クスッ”と小さな笑い声を口から漏らしてアイリーンを見やる。

 そのアイリーンは少しばかり恥ずかしそうにしながら自室へと向かおうとしていた。


「アイリーンは報酬が一番だもんね。どこかへ行こうとした事は黙っておくことにして、報酬が確約されて無かったから拗ねてたよってスイールに言っておくよ」


 アイリーンはエゼルバルドが告げてきた言葉に”ありがとう”とボソリと呟きを返すと、しょぼしょぼし始めた目をこすりながら、そそくさと自室へと向かって行った。




※逃げ出そうとしたアイリーン。

 しかし、運命は上手くいかず、見つかってしまったのです。

 そして、報酬が……。

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