第十一話 ヒルダの武器を調達しよう
「竜種と戦うと言うのであれば、ご愁傷様としか言えんがな。死なぬように頑張ってくれ」
ラドムは悲し気な表情を見せるアイリーンに冷めた目をちらりと向けながら肩をポンと叩き、スイールに向き直る。
「で、こいつはどうやって使えばいいんだ。まさか、一から組み合わせを研究しろとか言わんよな?」
騒ぎ続けるアイリーン達の声から耳を反らし、依頼主であるスイールへ金色に光る羽根を掴み取って尋ねる。
伝聞でしか伝わっていない素材の作り方などラドムと言えども知る訳がない。もし、スイールからそう言われようものなら、付き合いを考えようかと思うほどの大事である。
彼の性格からしたら時間が無いのだろう事は容易に想像できるのだ。
尤も、作り方まで伝聞で伝わっていれば、鍛冶師達は目の色を変えて探しに出掛けるだろう……。
「まさか、しっかりと使い方を聞いてきましたよ」
「それなら良い。で?」
「えっと、しばしお待ちを……」
スイールはそう言うと、斜にかけてある鞄を開き手を突っ込んでごそごそと何かを探し始めた。目的の物を見つけたのか、にっこりと笑顔を向けて”ジャジャーン”と擬音を口に出しながら一冊のノートを取り出す。
そして、付箋を挟んであるページを開き、指でなぞって自らが記した文字を口に出した。
「あ、ありました。鉄を一キロと羽根を五百グラムで混ぜ合わせると良いそうです。鉄は出来るだけ純度が高いとよく馴染むとか言ってましたよ」
鉄が二に対し、羽根が一の割合で混ぜ込ませるとスイールは説明を受けていた。
鉄の純度は高いほど良く馴染むのだが、鋼でも問題ないらしい。
その羽根を混ぜ込む条件だが、鉄が完全に溶けた状態、つまりは千五百度近くに温度を上げて鉄が真っ赤になり流動性を持ち合わせた状態で羽根を一気に混ぜる必要がある。
混ざり切ってしまえばそれ以降はそれほど鍛える必要がなく真っ赤に燃えているうちに伸ばしてしまえば簡単に伸びる。
しかし、一度冷えてしまうと倍ほどの温度に上げる必要がある為に、一品一品混ぜながら作るしかない。
条件的には別段難しくなさそうだが、ラドムは眉間にシワを寄せて”う~ん”と唸ってしまった。少しばかり気になる事があるのだ……。
「鉄はいつも扱ってるからわかるとして、問題はこの羽根だなぁ。軽すぎて熱による上昇気流で飛んでっちまうかもしれん……。まぁ、何とかやってみるか」
「お手数おかけします」
悩み気味のラドムに珍しくスイールが頭を下げた。
なんだかんだ言っても、ラドムに仕事を押し付けて悪いと思っているらしい。
「なんじゃ、気持ち悪い。いつも通りで良いわ!それで、作るのは
「出来れば、
「矢か……。まぁ、良いじゃろう。赤いの!矢の見本はあるか?」
”赤いの!”とラドムに言われて、びくっとしながらアイリーンが振り返る。
”自己紹介をしたでしょ”と、身体的特徴で呼ばれてムスッと頬を膨らませながら矢筒から矢を一本取り出してラドムに投げ付ける。
「だから”アイリーン”って言ってるでしょ、まぁいいけど。これがいつも使ってる矢よ」
「ほほぉ!また、随分重い矢だな?」
アイリーンから投げられた金属製の矢を掴んだ瞬間にラドムの顔が厳しくなった。
普通、弓から放たれる矢は適度な重さを有する。当然、軽すぎても重すぎても都合が悪い。飛ばして傷を負わせるにはある程度の重さが無ければならない。
だが、ラドムが手にした矢は、常識的に考える適度な重さから確実に逸脱して重すぎる部類に入る。
「これで撃ち出す専用の矢なのよ。とは言っても、普通の矢も撃てるんだけどね」
アイリーンは背負っていた
「それも置いといてくれ。雑な調整だ……」
「えっ?」
アイリーンは再び目を白黒させて驚きを隠せずにいた。
普段のメンテナンスは丁寧に行っているはずだし、仕掛け自体の調整もからくりの専門家に任せている。その上で試射をして、製作当時と同じだけの性能が出ているのだからメンテナンスに失敗している訳も無い。
それ故に、調整が雑だと言い張るラドムに”
だが、ラドムが耳にした音には特徴あるいくつかの音が紛れ込んでいた。それが聞こえた事で雑な調整だと告げたのである。
「弓のからくりに違和感を感じる。部品が擦れているか、破損しているな」
「そんな事もわかるの?」
「長年やってると、何となくわかるってもんだ。
そう言ってアイリーンから
それからラドムはスイール達と装備の細かな仕様を話し合い、完成までしばらく籠ると告げると部外者となったスイール達をさっさと工房から追い出したのであった。
工房から追い出されたスイール達は、早速登り始めた煙突から出る煙を見上げながら途方に暮れていた。
尤も、工房に残ったとしても手伝うことなど微々たるもので、手助けになるはずもないのだが……。
「さて、これからどうしましょうかね……。
「その
「気付くの、遅いわよ……」
まだ太陽は天に上り切っておらず時間はたっぷりとある。
そして、ラドムに注文した
エゼルバルドもそうだが、ヒルダもそれほど弓の扱いは得意ではない。狙った場所に命中する確率はかなり低いのだ。それならば、引き金を引くだけで矢を放てる
それに、リピーターと呼ばれる、装填機構を備え矢の補充の手間が省ける
値段は張るが、その
ヒルダがいれば必ず傍にいる筈のエゼルバルドの姿が見えないと今になって慌てだしたからだ。
ヒルダからは気付くのが遅いと愚痴られ、スイールとヴルフからは冷たい視線で見られ、アイリーンは何となくばつが悪くなってしまった。
覆水盆に返らずと言うが、口から出てしまった言葉を取り消すなど出来ない。ヒルダはそんなアイリーンに向かってエゼルバルドが何をしているのか、説明を始める。
その中には当然、出会った竜種、金竜のゴールドブラムについても含まれていて、アイリーンは”聞かなければよかった”と、頭を抱えてしまった。しかも、スイール達が今回相手にしなけばならぬのが赤竜、
「で、エゼルはゴールドブラムと魔法の訓練中なのよ」
そして最後に、ゴールドブラムによる訓練をエゼルバルドが受けていると話を締めくくった。
「ヒルダ、誰かに聞かれてるかもしれませんから静かにしましょうね」
「そうだった。ごめんごめん」
ラドムの工房から武器、防具を扱う店に向かう途中だった為、スイールはヒルダに注意を促した。いくら、リブティヒが鉱床から鉱物を産出するために出来た村で人はそれほど多くないとは言え、もしかしたら危険人物が紛れ込んでいるかもしれない。それに、竜種と聞けば、目の色を変えて己の力を試しに向かおうとする輩も出て来るかもしれない。
ゴールドブラムであれば向かい来る相手を緩くあしらうだろうが、これから相手にする
ゴールドブラムから聞いた事が真実とすれば、赤竜へ向かううちに洗脳が進んで意志を失った生き物として暴れまわるか、意のままに操られるかして確実に向かって行った者達の骸が出来上がる事だろう。
そしてもう一つ。ここにはラドムの様な鍛冶師が綺羅星の如く存在する。
命知らずの腕自慢の輩が無謀にも挑戦する可能性もあるが、それよりも己の技術がどこまで竜種に通じるかと馬鹿な考えを起こす鍛冶師が出る確率の方が高いだろう。
もし鍛冶師が大量に失われれば、苦労して身に付けた技術を失う損失は計り知れない。
だからこそスイールは声の調子を落としていたとは言え竜種との会話を口にしたヒルダを諫めたのだ。
ヒルダもその理由に気付いて、自らの非を認めて謝った。
「分かれば宜しい……。と、言ってる間にお店に到着したようですね」
そして、スイール達は一軒の武器屋へと吸い込まれる様に入って行った。
中はラドムの工房とは違い小奇麗に片されて、壁や棚に武器が並んでいる。それを眺めたり手に取ったりしている数人の客も見える。
スイールはラドムの工房のある、ここリブティヒの村には何度も足を運んでいる。
当然、村を隅から隅まで歩き回った事もあり、何処の店が良いのかはすでに調査済みだ。だからこそ品揃えと品質のしっかりしたこの店に入ったのだ。
店に置かれている弓の数は大きな街に比べればそれほどではない。
だが、ここは辺境も辺境。
川を隔てた西へ進めばすぐに不毛の地が広がり、南へ向かえばアミーリア大山脈がそびえる厳しい自然が待っている。そこには平野では見る事の無い大型の、最悪は熊などの生態系の頂点に位置する獣と出会う事もある。
そんな場所であるが故に、弓等の遠距離攻撃武器は品質に見る物がある。アイリーンが使っている
だからこそ、武器の作成で忙しいラドムの手間を少しでも省こうとしたのだ。
「さて、これなんかどうでしょうかね?」
しかし、その重量は反動を抑える役目もあるので、取り回しに難があるだけでそこまで欠点とはならないはずである。
「ほう、
「でしょう?」
問われたヴルフは矢の補充に若干の手間が掛かるがと前置きをした上で、重量や運用に問題ないだろうと結論づけた。
だが、ヴルフは一つ、大きな問題があるとにこやかに笑顔を見せるスイールに問い返した。
「それで……。誰が使うんだ?」
先程、アイリーンも気にしていたが新しい武器を調達しても誰が使えばよいのかと疑問が脳裏を過った。
ヴルフやエゼルバルドは近接戦闘に特化したスタイルだ。
今回の赤竜を相手には
アイリーンは手持ちの
最後に残ったヒルダはと言えば、打撃武器による近接戦闘が得意で遠距離攻撃には向かない。
そう考えると、
「そこまで考えなくても、使うのは一人しかいませんよ」
スイールはそこまでヴルフに告げると、不思議そうな顔をしているヒルダに向かって視線を向けた。
「……っ!って、わたし?」
視線を向けられ続けたヒルダは数秒経って、
飛び上がりはしないが、びくっと驚いたのは当然だろう。
「ええ。ヒルダにお願いしたいと考えてます」
スイールは自らの考えを告げ出した。
エゼルバルドとヴルフは最前列で攻撃の要となるので論外。
当然、遠距離攻撃の手段を持つアイリーンも同じような武器を二つも必要ない。
残りはスイールとヒルダの二人が残るのだが、純粋な魔術師のスイールは魔法での援護と防御を担当したいと考えている。
そして残ったヒルダだが、彼女自身は打撃武器である
しかし、今回用意する二本の
そこで、ヒルダにはアイリーンと組んで遠距離からの援護と牽制を任せたいと考えたのだ。
「それに、竜種の
「なるほどね、わかったわ。わたしの魔法
「そう言う事です」
ヒルダは”ふぅ~、仕方ないわね”と息を吐きだして、その役目を引き受けるのだった。
※今回は新たな武器を調達するお話でした。
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