第十三話 報酬は値打ちものだった

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「そう言えばそうですね。失礼しました」


 アイリーンはエゼルバルドが貰ってきた品々が脳裏から離れずに興奮して眠れぬ夜を過ごした。

 そして、一夜明けて仮の宿を引き払うとエゼルバルドと共にスイール達と合流した。

 場所はスイール達が泊っている宿の一部屋である。


 そこで開口一番、エゼルバルドはスイールに報酬が有るのか無いのかを話していないと告げる。それを聞いて”うっかりしてました”と、彼は申し訳なさそうに頭を下げて謝罪の言葉を口にしたのが先ほどの言葉だ。


 何でもない言葉を耳にして、相当な品物が手に入ると知り得たアイリーンは機嫌よく、間髪入れずに”うむ、苦しゅう無い”と謎の言葉を返すのであるが……。


「それでね、スイール。エゼルが貰ってきた品々なんだけど、かなりの値打ちもんよ」


 にこやかな笑顔を向けてくるアイリーンに”それは何の事か”と、スイールは首を傾げて問い返した。

 アイリーンと共にエゼルバルドの姿が見え無事に訓練が終わったことを喜んだだけで、ゴールドブラムから受け取った品々をまだ見せていなかった。ただ、”ガチャガチャ”と金属の音がすると気になっていたのであるが……。


 それから、エゼルバルドは担いできた袋から無造作に入れてあった金色に輝く品々を小さいテーブルにこれでもかと乗せていった。


「ほう、見た事ない品々じゃな?」

「形は珍しいけど綺麗ね。使うのもったいないけど」


 ヴルフとヒルダはテーブルの上の一番近い品物を手に取ってまじまじと眺める。


 五センチ四方の立方体の箱を手に取ったのはヴルフである。

 カラフルな小指の先ほどの宝石が一面に一個配置されとても高価であるとわかる。それに金色の箱自体も動物が彫られるなど手が込んでいる。

 ヴルフも各地を回っているが、このような品物を見た事はないらしい。


 高さ十五センチ程のゴブレットを手にしたのはヒルダである。

 宝石は見当たらないが、金色に光る全てに装飾が彫られ、これも手が込んでいると誰の目にも明らかだった。

 そして、一番驚くのは液体を注ぐ内側だろう。

 継ぎ目や凸凹の無い内面はどれ程のの技術を持っているのか計り知れない。


 そんな品々が両手の指で数えられぬ程あるのだ。

 誰の心臓もドキドキと心拍数が早くなっているのがわかるだろう。


「ほうほう、なかなかの品物が出てきましたね」


 スイールはテーブルに上った金色に輝く品々をじっくりと舐め回すように眺めるとボソッと感想を漏らした。そして、眩しくて細めていた目をパッと開いてアイリーンに顔を向ける。


「これは二千年位前の品々でしょうかね?」

「多分、その位じゃない。ウチも専門家じゃないから詳しくは無いけどね」


 トレジャーハンターのアイリーンでさえ、博物館の奥に安置されているような品々を目利きできる程の知識はない。彼女にできる事はこれと似た品々が、いつの年代に、そして、どの場所で発見されたかを当てはめるだけだ。


 それはスイールも同じなのだが、彼にはアイリーンに比べて有利な事がある。つまり、アイリーンにはまだ話していないが七千年以上も生き続け、世界を旅していた事だ。

 要するに、スイールがそれらが多く存在していた時代、実際に目にしたことがあるのだ。


「そう言えば、アイリーンに伝えて無かった事があります。口外無用でお願いしますよ」

「あぁ、ってあれか。そう言えばそうだね」

「確かにそうじゃのぉ。ワシも驚いたほどだ」

「うんうん。わたしも驚いたけど、今は受け入れてるわ」

「え?ウチ、聞いてもいいの?そんな、大それた事……」


 ヴルフでさえ驚くとなれば生半可な事では無い!

 アイリーンの脳裏には危険が迫っていると警鐘が鳴り響いていた。

 三人共に平静を装っているが、心の奥底ではいまだに信じられぬ気持ちでいっぱいだった。彼女は微かにそれを感じ取り、踏み込んではいけないのではと感じていたのだった。


 だがスイールは、竜種と戦うにあたって皆に知って欲しかった。

 スイールの過去、スイールと竜種との関係、そして、竜種達が置かれた状況を。

 そして、ちょうど宿の一室に全員が揃っているのだからとおさらいと称して金竜ゴールドブラムとの関係や、戦わなくてはならない相手の赤竜の状況、最後にスイールの簡単な半生が語られるのであった。


 スイールと金竜のゴールドブラムから一度聞いているヴルフ、エゼルバルド、そして、ヒルダの三人は聞き逃した事や注意事項を確かめながら胸に刻んだ。


 しかし、初めて話を聞いたアイリーンは、想像の斜め上を行く事柄に言葉が上手く出ずにいた。

 スイールと金竜のゴールドブラムが古くからの知り合いだとは認めよう。

 赤竜と戦わなくてはならぬのは年代物の報酬を貰えると了承もした。

 最後のスイールの過去、特にどれだけ長い年月を生きてきたかと告げられるとアイリーンは混乱してしまったのである。


 アイリーンは様々な地下迷宮や古代遺跡等を調査してきた実績があり、ちょっとやそっとでは驚かぬ自信があった。また、ここにいる誰よりも常識人であるとの自負もあった。

 尤も、弓の腕を他人が見れば彼女自身も非常識な人物に分類されるのだが……。

 その常識人であるアイリーンが驚きのあまり百面相の如く表情を変えながら混乱する様は一種の芸術だとスイール達は見てしまうのであった。


「そんな訳で、ゴールドブラムとは古くからの友人なのです。それで、彼の頼みなので協力することは吝かではないですし、地上が滅びるのを指を咥えて見ているなどできぬのですが……。って、聞いてますか?アイリーン」

「……って、聞いてるわよ。頭が可笑しくなりそうだわ?」


 スイールが語っている前でアイリーンは頭を抱え混乱を抑えようとする。

 それを見てスイールはアイリーンの顔を覗き込んだ。

 複雑な表情をして床を見続けるアイリーンの顔は晴れようもないだろう。


「混乱するのもわかりますよ。ヴルフ達もそうでしたしね。それに、私が報酬を言い忘れたのもあります」


 アイリーンの混乱する様子を目の当たりにし、スイールは”悪いことをした”と、反省の色を見せていた。それに、伝えねばならぬ事を後回しにした事も反省材料だった。


 本来、スイールはある程度の報酬を用意しようとしていた。

 それはブールの屋敷に隠してある為に、一度戻ってから話そうとしていたのが裏目に出てしまったのである。


 それもあり、報酬としてゴールドブラムから受け取った品々をどのように分配するかをスイールは提案してみる……のだが。


「そのゴールドブラムからの頂き物は四等分で良いですね?」

「五等分じゃないの?もしかして、わたしとエゼルで一人分?」


 当然スイールの提案は、不満を口にしたヒルダもそうだが、他のヴルフやエゼルバルド、アイリーンからも何故、その配分になるのかと困惑気味に見返して来る。

 いつもなら、五人いれば手にした品々は五等分にして公平に分けている。個人的に見つけた品々は例外であるが。

 だからこそ、四人はスイールに疑問の表情を向けたのである。


「いえ。エゼルとヒルダで一人分ではありません。私の分は不要です、と申したいのですよ」

「ん?お前、それでよいのか?」

「ええ、構いませんよ」


 スイールは”にこにこ”と笑みを浮かべながらそう返した。


「ウチに遠慮してるんだったら、五等分でもいいんだけど?」


 これに関して最初に原因を作ったであろうアイリーンは少しだけ、本当に少しだけ申し訳なさそうに尋ねる。


「そうではありません、今回は私が依頼主ですから。さらに言えば、これらはすでに持っていますから」

「あっ!」


 アイリーンは何かに気付いたのか、思わず声を上げてしまった。

 この日は驚きの連続。

 エゼルバルドが受け取ったと金竜からの品々に、戦う相手、そして、スイールが生きてきた年月。

 スイールが七千年以上も生き続けていれば、それに金竜と古い知り合いだと知れば何処かで貰っていても不思議はない。もしくは存在していた当時、スイールが手に入れていた可能性もあるのだ。


「わかったわ、これは皆で分けるわね」

「そうしてください」


 スイールの意図を正確に感じ取ったアイリーンは、テーブルの上に並べた品々を袋の詰め込むのであった。


「報酬はそれくらいにしまして、エゼルバルド」

「ん?」

「訓練は終わった……でよろしいですね?」


 テーブルに並べられた品々を片付けるアイリーンの手伝いをしていたエゼルバルドだったが、話を振られてさも当然とばかりに答えを口にする。


「まぁ、完璧だよ……とは言えないけど、実戦で使うには問題ないかな」

「そうですか。それなら結構です」


 完璧ではない。

 エゼルバルドはそう答えるには訳があった。

 完璧主義者ではないが、魔装付与・炎エンチャントファイアを発動させるには一つだけ問題があった。


 魔力を集め剣を覆うように形を変える。そして、魔法に変換しながら剣に力を籠めるのだが、どんなに頑張ってもある一定以上の時間から短縮できずにいた。

 彼の目標の時間からしてみれば今の発動時間の半分にしたかったが、それができなかったのだ。


 ただ、訓練始めに発動した時の時間の半分以下になっているので実戦で使うにはギリギリ及第点を付けてもいいだろうと思っている。

 だから、”完璧ではない”、そのように告げたのだ。


「でも、竜種には、違うね。赤竜には使うなって言われた」

「なんでじゃ?折角の奥の手を眠らせておくのか?」


 奥の手だろうと攻撃手段が増えるに越したことはないが、竜種に使うなと告げられたことにヴルフは不満を露にする。通常の金属で作られた武器で傷をつけられぬ竜種に対する奥の手が封じられれば誰でもそう思うだろう。


「この魔法だけど、竜種には通じないんだ。ゴールドブラムの体に傷さえ与えられない」

「それはその剣、以外でであろう」


 金竜の魔力が封じられているエゼルバルドのブロードソード、それだけは唯一の例外。エゼルバルドがブロードソードに魔装付与・炎エンチャントファイアの力を与えれば竜種にダメージを与える事ができる。作られる武器を除けば唯一にして無二の存在だろう。


 試しにゴールドブラムの爪の先に魔装付与・炎エンチャントファイアを与えたブロードソードを振り下ろしたら、爪の先をほんの少しだが切り飛ばしてしまっていた。

 ヴルフはそれを見破っていただけに歯がゆさを滲ませていたのである。


「良くわかったね?」

「なぁ~に、簡単な事だ。赤竜に戦いを挑むと聞いたとき、ワシでも無理だと感じた。だが、あの金竜、自分の羽根を使った武器を使えと言い放っただろう。竜種に対抗できるのは竜種の魔力が籠った武器だけ、当然、お前の剣も通じるだろう」


 ヴルフは自慢げにそのように語った。全てがわかったかのように。

 そして、椅子からずり落ちそうなくらいに姿勢を崩しながら、さらに続ける。


「使ってはならぬ理由があるのじゃろうて……。スイールといい、あの金竜といい、秘密主義もほどほどにして貰いたいわい」


 ヴルフは天井を見上げながら肺の空気を全て吐き出す、そんな深い溜息をした。

 そして、一人と一匹に担がれている、そう思わざるを得ないのであった。


「ヴルフにそうみられても仕方ありません……。この際ですから、エゼルがどれくらい成長したのか、訓練の成果を見せて貰いましょう」

「なら、わたしも練習するわよ」


 十日と少しだが、金竜ゴールドブラムと濃密な訓練をしてきたはずとエゼルバルドに目くばせを行った。


 それに呼応するかのようにヒルダはすくっと立ち上がって、自分の部屋へと慌てて向かった。

 それから暫くして、廊下からバタバタと足音が聞こえると勢いよくドアが開いて息を切らせてヒルダが入って来た。

 胸に抱えるのはエゼルバルドが初めて見る武器、--リピーター装填装置付き弩--、だった。


「ヒルダは武器、変えるのか?」

「違うわよ。棒状万能武器ハルバードは二本しかないから、わたしは援護よ」

「それに魔法で炎の暴息ファイアブレスを防ぐ役目もありますから」


 エゼルバルドが感じた事を口にすると、即座にヒルダは否定する。

 今更、武器を変えるつもりはヒルダには無かった。

 今回は役目もあり、仕方なく受けたのである。


 それからスイールは、そうなった理由をゆっくりとエゼルバルドに語るのであった。


「なるほどね。それじゃ、ここじゃ訓練の成果も見せられないし、ヒルダの練習も出来ないから何処かへ向かうか?」

「それならいい場所があるのよ。わたし、昨日見つけて沢山練習したのよ~」


 ヒルダが笑顔を向けながら答える。

 まるで自分が一番手柄をあげたかのように。


 それをエゼルバルドは”たまには良いか”と、嬉しそうにしているヒルダを見つめるのであった。




※報酬をキラキラした目で見つめるアイリーン。

 なんという現金なやつなのだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る