第七話 料理を作って話を聞こう

「ひゃあぁ~。これは凄いですね!」

「おい、何て声出してんだ?ワシもお前の気持ちはわからんでもない。この鹿の巨大さは初めてだ」


 金竜のゴールドブラムが運んできた巨大な鹿を洞窟内に運び入れて来た。

 その巨大な鹿にスイールが突拍子もない声を上げて驚きを露にする。

 彼と同じくエゼルバルドとヒルダの二人も驚愕の表情を見せていたが、声を上げる事も無くあんぐりと口を開けて硬直していた。


 それに対しヴルフは、獣関連を多く見てきており鹿そのものに驚くことは無かった。だが、あまりにも巨体に感嘆の声を上げていたのは確かである。

 ゴールドブラムの体長と比べて見れば小さく見えるのだが、人と比べてしまうと狩るには兵士が何十人も必要だと思えるほどの巨体さだった。


 頭に生えている角の大きさだけでも人の身長程もあり、その角を振るわれただけでも人は命を失ってしまうとヴルフは震える。

 だが、ぐったりと頭を下げている事から杞憂であるとホッと胸を撫で下ろすのだ。


「ここまで巨体な鹿は見た事ありませんね」

「だろうな。森にいるのはこの半分以下の大きさしかないだろう。ワシらが巨大鹿ジャイアントディアーと呼んでる種類と同じと見るがな」


 ヴルフが口にした通り、人が一般的に巨大鹿ジャイアントディアーと呼ぶ獣の体長は四メートルになるかどうかであろう。しかし、ゴールドブラムが狩って来た個体は八メートルはあると見られた。


『これが何かはどうでもよい。ただ、こいつは美味いのでな。それに、雪山にしばらく埋めておいたから、さらに旨味が凝縮されておるだろう』


 ゴールドブラムの説明では、巨大鹿ジャイアントディアーは狩ってから既に十日程経っているそうだ。それをアミーリア山脈の山頂付近の雪中に埋めて、熟成させたのだとか。


「成程な。これは美味そうだ」

「しかも見てください。しっかりと血抜きがされていますよ」


 運ばれてきた巨大鹿ジャイアントディアーをまじまじと見物していると、首筋に鋭い爪が刺さっていただろう大きな穴が幾つか開いて、血液の流れた痕跡が見つかった。

 仕留めてすぐに血抜きの穴を開けて、飛んでいる最中に血抜きを行っていたと推測される。


「まさか、血の雨が降ったとかないよね?」

『我が飛ぶ高さは雲の上だ。それに人の住まう場所を飛んでは騒ぎを起こすだろうからな』


 硬直から治ったエゼルバルドがそう尋ねるのだが、ゴールドブラムはそのような事実は無いと否定をしている。

 尤も、雲より高くから血液が降ったとしても、空気中で拡散して人に当たる事は無いだろう。もしあったとしても、相当に薄まって赤い雨が地表をうっすらと染める程であろう。


「ゴールドブラムが獲ってきてくれたのですから、有難くいただきましょう」

『我は上手く捌けぬでな、それは任せる』


 スイール達は短剣ダガーやナイフではなく、ブロードソードやショートソードを利用して巨大鹿ジャイアントディアーの解体を始めるのであった。


 その巨大鹿ジャイアントディアーは余りにも巨体だ。

 一頭丸々解体しようものなら時間がいくらあっても足りない。その為、この時ばかりは美味しそうな部位、--腿や腹など--を少しばかり切り取って調理に回したのだ。


 解体できぬ他の大部分はと言えば、金竜ゴールドブラムの胃袋に殆どが収まるのであるが、それは後日の話である。







 魔力焜炉マジカルストーブの上に乗せられたフライパンが熱せられ、巨大鹿ジャイアントディアーの腿肉がジュージューと食欲をそそる音を奏で出し、煙が鼻腔をくすぐる。

 別の魔力焜炉マジカルストーブでは鍋が掛けられ、蓋の隙間からシューシューと勢い良くスープから出た湯気が噴き出し、さらに誰かのお腹の音が聞こえ三重奏で演奏されている。


 両面に満遍なく焦げ目が付き旨味が中に閉じ込められたと見てからそれぞれが皿に取り塩と胡椒のみで味付けされた分厚い巨大鹿ジャイアントディアーのステーキに舌鼓を打ち始める。


「やっぱり、これが旅の醍醐味だわい」


 大きめに切り口いっぱいに肉を頬張り、満面の笑みを浮かべるヴルフ。

 大味だと予想していた巨体から、想像できぬ旨味が凝縮された肉厚のステーキに嬉しそうな表情をしていた。


「これは食べた事無いな」

「ホント、美味しいわね~」


 エゼルバルドとヒルダもヴルフの意見に同意して、口に入った肉を咀嚼しながら笑顔の花を咲かせている。


 小さく切りそろえた巨大鹿ジャイアントディアーの腿肉を入れたスープも作った。

 こちらもスープを一口飲んだだけで肉のうまみと乾燥野菜の甘みが相まって芳醇な香りが口いっぱいに広がり、幸せを感じ取るのだった。


「それで、私達に肉をふるまうのは何か理由があっての事なのでしょうか?」


 カップによそったスープが空になったところで、スイールが疑問を口にした。

 ゴールドブラムがただ単に、”夜道は危険だから泊って行け”と言うはずないとスイールは思っていた。帰ると言えば引き留めはしない筈だった。


 数年ぶりにスイールと会い話をしたいとしていたとしても、食料を用意しておくなどゴールドブラムには出来過ぎなのだ。


『ふむ、お主の目にはそう映ったか』

「違うのですか?」

『今回引き止めたいのはお主ではない。そこの、剣を腰にぶら下げている少年の方だ』


 金竜ゴールドブラムがピタリと指を向けたのは、いまだに巨大鹿ジャイアントディアーのステーキにかぶりついているエゼルバルドだった。


「オ、オレ?」


 すでに成人して十年近く経っているにも変わらず少年と言われたエゼルバルドは、目をパチクリとさせながら驚いていた。


『そうだ、お前だ。そこの魔術師とは別段話すことなど無いのでな』

「そうですね。いつでも話せますし」


 スイールとゴールドブラムの二人であれば、会話するだけであれば難しい事ではない。

 魔術師をこの場に呼び寄せた時と同じように寝ている瞬間に話しかければ済むのだから。

 過去にもそれで話をしたこともあったと懐かしい思い出を脳裏に浮かべる。


『出来れば、少年はこの場にしばらく残ってもらいたい』

「ここに?」

『そうだ。お主らの時間で十日もあれば事は足りると思うがな』


 十日でいったい何ができるのかと、エゼルバルドはモグモグと口を動かしながら首を傾げる。金竜がそれだけの時間が必要としているのだから何かを理由があるのだとわかるのだが、彼から何を吸収できるのかと考えても何も頭に浮かばなかった。

 それもそうだ。ゴールドブラムが飛ぶ以外に何ができるのかと何も知らないのだから。


 スイールに師事するのであれば、魔法全般について教わることができるだろう。帝国の一都市を地上から消し去ったあの魔法を習うこともできるだろうし、それ以外にもエゼルバルドがまだ教えてもらってない魔法の神髄を聞くことができるかもしれない。


 そして、スイールの代わりにヴルフに師事するのであれば、今以上に剣技を教わり、彼以上の実力を兼ね備える剣士の礎を築けるかもしれない。


 では、ゴールドブラムではどうかと不安を抱いているエゼルバルドに向かって金竜はゆっくりと口を開く。


『そう、慌てるでない』


 今、説明してやろう、そう告げてきたのだ。

 エゼルバルドの不安を払拭するために。


『十日も必要ないかもしれん。今、この世で少年しか使えぬ魔法、武器に魔力を纏わせる魔法の正式な使い方を師事してやろうと思ってな』

「それって、魔装付与・炎エンチャントファイアの事?」

『人ではそう呼んでいるのか……。それであっているぞ』


 それはエゼルバルドのみが使える魔法。

 彼の武器である剣に炎の魔力を内包させる事が出来る。


 今現在、ほとんどの敵に剣技では圧倒して、苦戦らしい苦戦をしていない。

 だが敵の守り、特に剣ではどうにもできぬ硬い守りを破るのに苦労する事が多々あった。

 その中で一番苦労したのは、ベルグホルム連合王国の地下迷宮奥でヒュドラと戦った時だと思い浮かぶ。

 スイールなど味方の援護がなければ魔装付与・炎エンチャントファイアを発動など出来ずにいた。魔力を溜めるにも時間が掛かり使い勝手が悪い魔法なのだ。


 だが、ゴールドブラムは魔装付与・炎エンチャントファイアを実践で使えるレベルに引き上げようとしていたのだ。


『本来、その魔法はそこまで時間が掛かるものではないし、魔力もそう多くは使わんのだ』

「そうなの?」


 エゼルバルドは魔法の名称を教えてくれたスイールへと顔を向けるのだが、その本人は首をふるふると横に振った。


『そうだ。元々、剣の使い手が魔術師を兼任していた時に編み出された魔法だ。今は分業が進み、剣と魔法を高い水準で使えぬのだろう。その弊害もあり、編み出された当時の資料を紛失しているとみていいだろう。我はそれを記憶しているので人間の資料など必要ないのだ』


 ”なるほどな”と感心して聞いた来たが、そこでエゼルバルドは疑問が頭をよぎり、首を傾げていた。


 疑問点は二つ。

 一つ目は、武器に魔力を纏わせる魔装付与・炎エンチャントファイアがエゼルバルドが使えると知っているのか。

 そしてもう一つは、魔法と縁が無さそうに見える竜種がそれを知っているのかである。


 金竜と出会ったのはエゼルバルドが十五歳の誕生日を迎えたが、まだ学校を卒業していないときだった筈。十年も昔の出来事だ。

 その時はまだ、成長途上で魔法も訓練を積んでいる最中だった。当然、魔装付与・炎エンチャントファイアを使えもしないし、そんな魔法があったなど知りもしなかった。

 魔法を始めて実戦で使ったのはベルグホルム連合公国でヒュドラと対峙した時。金竜がなぜ知っているのかと疑問に感じるのは当然だ。


『うむ、不思議そうな顔をしておるの。別に不思議な事は何もないぞ』


 ゴールドブラムは目を閉じてゆっくりと語り始める。


『少年の剣は我の魔力が込められておると先程告げた事は覚えておろう。その魔力を追えば、剣の傍にいる少年がどれだけ成長したのかは手に取るようにわかるのだ』

「そ、そうだったのか……。もしかして、封印したのも?」

『封印を解いたのは我だが、その剣自体が少年の成長を認めたから封印したのだろう。我の魔力を纏っていても少しずつだが薄まって行くのでな』


 ゴールドブラムはその後、帰る間際に自らの魔力で包み直すと告げるのであった。


「それはお願いする。それともう一つ、なんで魔装付与・炎エンチャントファイアの使い方を知ってるの?」

『なに、簡単な事だ』


 ゴールドブラムは少し顔を背けるとどこか遠くを見つめる。

 何かを思い出してゆっくりと昔話を始める。


『その魔法は我を倒そうとして生み出されたのだからな。その昔、我を邪悪な生き物として討伐に来た事があったのだが……』

「よく無事でしたね」


 数千年前、ゴールドブラムが住処にしていた近くに人が街を作った。

 彼は人が近くに街を作っても興味を持たず交わりもしなかった。

 だが、人は竜種が傍に巣を作っていたと知ると彼を恐れ、討伐に動き出した。


『その時、目の前で発動されて切り掛かられたが、我には通用しなかった。それだけだ』

「は、ははは……」


 その後、ゴールドブラムは討伐に来た人々と一戦交えるのだが、人が何人も集まっても彼を打倒することはできなかった。

 その中には魔力を纏う魔法を発動した武器で攻撃されたが彼の爪を切り落とす事さえできなかった。


 今よりも弱いはずのゴールドブラムが圧倒した戦いの結末を聞き、誰もが乾いた笑いを漏らしていた。


「ふぅ~……。でもさぁ、貴方の言う赫色かくしょくの竜種にはエゼルの魔法が役に立つとは思えないけど、それはどうなの?」


 溜息を吐いてからヒルダが告げた通り、エゼルバルドが魔装付与・炎エンチャントファイアを使えるようになっても、竜種との戦いでは役に立たない。ゴールドブラムの言葉を信じれば、誰もが感じる事だ。

 魔法を纏った武器での攻撃を受けたゴールドブラムの自身が忘れている筈も無いと思いながらも聞き返しすのだが……。


『確かに、娘の言う通りだ。だが、何も竜種を相手に出来る筈もないだろう』

「も、もしかして……」


 ゴールドブラムはスイール達が赫色かくしょくのレッドレイスを打倒できるだろうと予想している。洗脳により操られているのならスイール達の戦力で十分間に合う。

 だが、そこへたどり着くまでや、それからの戦いを考えた場合、エゼルバルドが魔装付与・炎エンチャントファイアを使える様に戦力アップしておくべきであるとみていた。絶対に必要になるのだと。


 そのゴールドブラムが口にした言葉の裏をスイールは読み解こうとした。

 この場ではスイールのみが読み解ける言葉の裏、そこにはゴールドブラムがスイールを呼び寄せる理由が見え隠れしていた。

 正確にゴールドブラムの意図を見抜いたスイールは喉まで言葉を出すのだが、吐き出して良いものかと思わず躊躇した。スイールの仇敵を倒すのに、ヴルフやエゼルバルド、それにヒルダを巻き込んでも良いのかと心理的な葛藤があったからだ。


「なるほどな。スイールに関連する相手か」

『そうだ。尤も、我をこの様な体にした相手でもあるのだがな』

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 ”もしかして”と小さな声で漏らしたスイール言葉はヴルフの耳に届いていた。

 だからこそ、スイールが一瞬だけ表情を曇らせた瞬間を見逃さず、胸の内を何となく感じ取ったのだ。


 そして、スイールは二人の言葉に割り込んだ。




※次回もちょっとした説明になりますが、大切な回になりそうです。

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