第六話 スイール、お土産を袋に詰める

 金竜のゴールドブラムが赫色かくしょくのレッドレイス対策の説明を一通りしてから、スイール達は洞窟の隅に山と積まれているゴールドブラムから抜けた羽根を麻袋に詰め始めた。

 一人一袋の麻袋にぎゅうぎゅうに詰まるまで詰め込んだのだが、嵩張るだけありそれほどの重さは無かった。それでも一人当たり二キロ程にはなり、武器と盾を作るには十分な重量が集まったと言えよう。


 スイールがゴールドブラムと夢の中で幾つかの打ち合わせを行った中に武器の作成があった。リブティヒのラドムへ作成依頼をしていた棒状万能武器ハルバード二本と塔盾タワーシールドがそうだ。

 それらの要の部品、棒状万能武器ハルバードであれば穂先の斧と槍で、塔盾タワーシールドだと表面だ。

 武器を作り、盾の全てを鉄とゴールドブラムの羽根を混ぜ合わせた合金で覆うにはギリギリであるとみられる。


「もっと欲しいのですが、これ以上は持ち運べませんので仕方ありませんね」


 パンパンになった四つの麻袋を若干不満そうに見ながらも、諦めの声をボソッと漏らした。

 スイールはまだ山になっているゴールドブラムから抜けた羽根を見ながらお土産にもっと持って帰れればと思うのだが、手持ちで開いている袋はこれだけしかなく、また、麻袋を背負うにも無理がある。

 欲をかいても仕方がないと、不満を漏らしただけにすることにした。


「そう言えば、これがどんな金属になるか聞いてませんでしたね。ゴールドブラムは知ってるのですか?」


 ゴールドブラムの羽根を鉄と混ぜ合わせる事で竜種の肌をも貫き通す金属なると彼から聞いてはいたが、実物を見ていないのでどこかにサンプルがないのかと尋ねてみた。


『どんな金属か、だと?そうだな、その剣、今は抜ける筈だ。抜いてみろ』


 スイールからの質問であったが、何故かエゼルバルドの腰にぶら下げている鞘から抜けないのブロードソードに指を向ける。


 エゼルバルド達が旅に出てブールに帰還してからいつの間にか抜けなくなった剣。

 その事を何故知っているのかとエゼルバルドは疑問に思いながらも、通常より長い柄を逆手に持ち力を入れて引き抜いてみる……。


「ぬ、抜けた?」

『ふむ、見事な輝きだな』


 エゼルバルドが剣を抜き去ると、刀身から眩いばかりの光を放っていた。

 その光は一瞬だけ光りすぐに元通りになったと見えたが、刀身は以前よりも輝きを放っているようにも見えた。


『その剣の鍔に使われている金属がそうだ』

「これが?」

『我は【ドラゴナイト】と呼んでいる。最も、見つけた人間が名付けたのだがな』


 今の時代から六千年程前、ゴールドブラムはスイール以外の人と交友を持ったことがあった。その時彼は、この世に生まれてからまだ千年しか経っておらず、まだ経験が無く人々がどの様な思想の持ち主であるか知らぬ時であった。

 そんな彼の前に一人の男が偶然に姿を見せた。


 当時は、今の半分ほどの大きさのゴールドブラムであったが、人と比べてしまえば遥かに大きく脅威となる存在に見えて当然だった。男はゴールドブラムを見て腰を抜かし、この世の終わりが来た、そんな表情を見せながら命乞いをしてきた。


 スイールと交友を持っていた彼は、人に興味を持っていた事もあり男を話し相手とした。

 男はゴールドブラムに感謝をして、出来るだけ長く彼の下で話相手になっていたのだ。


 ある時、ゴールドブラムの体から羽根が抜け出たのを見た男が、これを貰っていいかと尋ねた。彼は、暫くすれば野に返るだけの羽根に何の価値も見出していなかった事から何の疑いもなく了承した。

 その後もゴールドブラムから抜け出た羽根を見つけると大事そうに袋に仕舞っていた。

 そして、話す事柄も無くなり、男が帰る時までにゴールドブラムから抜けた羽根は一キロ程になっていたという。


 それから暫くゴールドブラムは一人で過ごしたが、数年後にあの男が再び彼の下を訪れた、見事な体躯となった彼の手に見慣れぬ武器を握り締めて。

 ゴールドブラムに戦いを挑もうとして来たのかと身構えたが、男はただ礼を言いに来たのだと告げた。


 ゴールドブラムが男から聞いたところによると、溶けた鉄にうっかりとゴールドブラムの羽根を投げ入れてしまったのだと言う。うっかりも何もないだろうと思ったのだが、男はうっかりを強調した。

 そして、出来上がった金属で作った武器を見せてもらったが、それには竜種の力を内包した武器になっていた。


 竜種の力を内包しているからと言ってゴールドブラムを傷つける事は出来ても殺すことは不可能だった。竜種より離れた場所で劣化した竜種の力であれば当然の事であろう。

 それに、竜種の力を内包していたと言っても、何もしなくても二年で竜種の力が抜けてしまい、硬い金属が残されるのみだった。


 ゴールドブラムはスイールとの接点を隠しながら、ドラゴナイト誕生秘話を掻い摘んで話した。


「なるほど。通りで見た事も聞いた事もない金属だったのですね」

『そうだ。だが、我の力を取り込んでいるからか、朽ちる速度は遅いらしいがな』


 その一言でスイールは思い出した。

 確かに、エゼルバルドが剣を見つけた時は持ち手は朽ち果てる寸前だったが、鍔は錆が表面を覆っていただけで再利用が出来たのだと。


「それだったら、このつるぎ本体は何から出来てるんだ?魔法剣と言えどもこの輝きは普通じゃない」


 エゼルバルドの剣の鍔は、元々付いていた鍔を溶かして再利用した。

 持ち手は鋼材で作り直し滑り止めの革を巻いてある。

 だが、剣本体の輝きを見るに、通常の魔法剣とも思えなかった。


 魔法剣は鍛冶師が剣を作り上げる時に、魔術師が魔力を剣に纏わせながら作り上げる必要がある。スフミ王国の地下奥深くにある古代の機械により後付けで魔力を付与して魔法剣とする事も出来るが、それは世間一般には知られていない。

 では、この剣自体がどのように作られたのか、ゴールドブラムが再び語り出した。


『その剣には我の魔力が込められておる』


 ゴールドブラムと交友を持った男は鍛冶師であった。

 その男が人気の無い郊外に設けた工房で二人して作り上げたのが、エゼルバルドの手に収められているブロードソードだった。


「そうなんだ。これが竜種の魔力……」


 ゴールドブラムの前で輝きだしたのは、内包された魔力の持ち主と共鳴したためだ。

 確かに輝いた光は何となく金色の力を見せていたので、誰もが彼の言葉に頷いた。


『だが、今ならわかるが、その剣には我の恨みつらみをも与えてしまったのだ』

「うらみ?」

『そうだ。こんな体にした恨みだ』

「ゴールドブラム。貴方が恨みを抱いているなど、初めて聞きましたよ」


 スイールにも彼のその言葉は初めてだった。


『我は元々空を駆ける一羽の鳥であった。だが、強大な魔力の渦がこの世界を包み込んだ時、我の体に異変が起き、この様な体にされてしまったのだ』


 ゴールドブラム、いや、竜種が生まれたのは偶然だった。

 彼の体を作り変えたのは旧世界を滅ぼした歪な魔力の嵐。

 その魔力の嵐に巻き込まれた時、彼は死ぬのだと感じたという。

 当然、群れを成して空を駆けていた彼の仲間はあっという間に命を落とし、魔力の嵐に体を刻まれ消滅した。


 だが、彼だけはその魔力の嵐に死ぬことも、切り刻まれる事も無く、強靭な体に作り替えられてしまった。

 仲間を失い、自らの死に場所も失われ、ゴールドブラムは嘆いた。


 その嘆きが恨みとなって魔力と共に剣に流れたのだと言う。


『あの時、武器を作るなどしなければその様な剣が生まれる事など無かったのだがな……』


 今であればただ単に竜種の魔力を内包しただけの剣となっていただろうが、当時の未成熟な心しか持たぬ彼から発せられた魔力には恨みつらみが込められ、手に余る武器が生まれてしまったのだと告げるのだ。

 その事にゴールドブラムは苦悶の声を上げていた。


『それから我は二度と人と交わりを持たぬと決めたのであるが……。まぁ、こいつだけは別であった』

「特別扱いしてくれて感謝しておりますよ」

『どの口が言うのやら……』


 ゴールドブラムは薄目を開けてスイールを横に見て呆れた様に溜息を吐いた。

 この男であればそのくらいの言葉を向けても暖簾に腕押しとばかりに受け流してしまう事は承知してるのであるが。


『話が横に逸れたが、我の羽根で合金を作れば竜種の魔力でお主たちを守ってくれるだろう。当然、赫色かくしょくのレッドレイスの炎の暴息ファイアブレスからもだ』

「なるほど、魔法いらずって所ですかね」

『そうだな。竜種の暴息ブレスは魔力の塊であるから、魔術師の魔法防御マジックシールドで反らせるだろう。だが、アヤツの力は我より強い。攻撃を盾で受けてしまえばお前達が無事でいられぬ事だけは覚えておくがよい』


 盾を構えていれば赫色かくしょくのレッドレイスが吐き出した炎の暴息ファイアブレスであっても魔術師いらずだと言う。竜種の暴息ブレスが魔力で生み出された息吹であるからこそ防げる。

 だが、竜種の魔力を含んだ合金と言えども、物理的な攻撃には敵う筈もないと注意をする。


「そりゃそうか。竜種同士が喧嘩して初めて傷を付けられるんじゃろう。我らの力では吹き飛ばされるのが目に見えておるわな」


 ゴールドブラムは合金自体の強度が足りないと注意したつもりだったが、ヴルフは人の体は竜種よりも小さく踏ん張りが効かず吹き飛ばされるのだと感じ取りその様に口にした。


『そうか。お前達は我よりも小さく軽いから仕方あるまい。何にしろ、奴は強力である、気を付ける事だ』

「貴方から気を付けろと言われても、我々はどうしようもないのですけどね」


 竜種が本気になって暴れ出したら手が付けられず、それに対抗しようものなら人の体などいくつあっても足りはしないだろう。それほどまでに強力な敵を相手にしなければならず、スイールは諦めた様に肩を竦め、ヴルフもゴクリと唾を飲み込んだ。


『何にしても、奴を何とかせねばお前達の世界は滅びることになるだろう。努々、忘れるでないぞ』


 その言葉を胸に、皆は一様に頷くのであった。







 ゴールドブラムとの話が済み、彼の羽根を集め終わり後は帰るだけである。

 だが、高地で地上よりも遅く日が沈むとは言え周りはすでに暗く、山道を行くには危険極まりない状態だった。

 雲は眼下にあり、雲下から西日に照らされオレンジ色に染まり、幻想的な風景を彼らに見せていた。


『スイールよ、これから帰るのか?』


 ゴールドブラムはスイールへと問い掛けた。

 その声を聴き、ふと振り返ると変わらぬはずのゴールドブラムの表情に変化がおきていた。

 人で言えばモジモジとして落ち着かない、そんな印象を受ける。

 そんな表情を見ればスイールも”これは……!”と、思いつくだろう。


「この状況ですから、帰るのは危険ですね」

『そ、そうだな。今日はここで休んで行くと良い。今、我が仕留めた獲物を持ってこよう』

「それは、ありがたい事です」


 この太陽が見えなくなった遅い時間に、山道を強行に進む危険を冒すなどスイールでも御免被りたかった。その為にここで一晩休んで行こうと元々思っていたので、ゴールドブラム問い掛けにさも当然だと答えを返した。

 そして、スイール達がここで一晩過ごすと知ったゴールドブラムは嬉しそうに声を弾ませて、洞窟をでて空高く舞い上がって行った。


「まさか、彼が嬉しそうな声を出すとは思ってもいませんでしたよ」

「人以外は表情を変えられぬはずだが、あれは分かりやすいのぉ~」


 竜種全般だけでなく蜥蜴人リザードマンもそうであるが、顔の筋肉が表情に直結してない生物は顔を見ただけでは喜怒哀楽を見分けるなど出来る筈もない。

 顔の表面を鱗や羽根で覆ってしまっているので表情をつかさどる筋肉が発生していない。それ故に人と同じ喜怒哀楽の感情を持ち合わせているにもかかわらず、顔だけではどんな感情なのかが不明なのだ。


 そして、金竜のゴールドブラムも同じで顔の表情から感情をうかがい知ることは出来ない。なぜ知りえたかと言えば彼の仕草や声色からであるとだけ申しておこう。

 竜種に限らず蜥蜴人リザードマンらも表情を表すのは苦手だ。


 人がわかる程の表情を見せていたのである、ゴールドブラムの進化ぶりが窺えるとスイールは喜びを露にするのであった。


 それからしばらくして戻って来たゴールドブラムの後ろ脚で、巨大な鹿ががっしりと掴まれており、誰もが息をのみ込んでしまった。




※今回も説明回となってしまいました。

 しばらく、旅と説明回が交互に続くかもしれません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る