第八話 スイール、昔を語る

「貴方が口を挟むことはないでしょう。それに、私の仇としている相手と貴方が恨みを抱く相手は一緒だと、初めて聞きましたよ」

『そうか。話したことはなかったか?』

「えっと、話が見えないんだけど……」


 ゴールドブラムとスイールの二人しかわからぬ会話に他の三人が不満そうな表情を作り出して文句を口にした。

 その言葉を耳にしてゴールドブラムは溜息を吐いて目を細めながら彼を見据えた。


『なんだ?アヤツの出自を聞いてないのか?』

「スイールの出自?聞いてないけど」

「今はそんな事を説明している時ではないでしょう」


 ゴールドブラムがアヤツと口にするのは魔術師スイールの事。

 そのスイールの出自、つまりは生まれや如何にしてこうなったのかだ。それをスイールの口から聞いたのかとゴールドブラムが尋ねてきたが、エゼルバルドは聞いていない。当然の様に首を傾げる。

 その横で不思議な表情を見せるヴルフやヒルダも当然、知らぬ事だ。


 以前スイールが、少しだけ内に秘めたる秘密を語ったことがあるが、あの時の事以上はエゼルバルドは聞く事が出来なかった。

 スイールの事を否定しまう、そう思ったからだ。


 だが、あれから六か月も経った今であれば否定せずに受け入れられる、そんな事も思うようになっていた。

 だからこそ、ゴールドブラムの言葉に対し、興味津々に目を向けるのだ。


『お主は我とほぼ同世代に生まれておる。今は何歳になった?』

「えっと七千……って、どうでもいいですよ、そんな事は!」

「それ、言っちゃっていいの?」


 スイールの年齢が七千歳を超えているとはエゼルバルドは既に知っている。直接、彼の口から語ったのだから当然と言えば当然だ。

 だが、ヴルフとヒルダは”七千”との言葉を始めて耳にし、夢か幻かと首を傾げる。


「ほんとに、仕方ありませんね。確かに私の生まれはゴールドブラムよりも少しだけ早い事は確かです」

「ワシよりも年上とは感じていたが、遥か上とは夢でも見ているのか?」

「ここに来るときに感じた違和感の正体はこれだったのね」


 白昼夢でも見ている気になった二人であった。

 それでもヒルダは、エゼルバルドとの会話で覚えた違和感の正体がこれだったのかと何となく腑に落ちていた。


 人と交わりのない竜種の金竜と魔術師スイールが古くからの友人であったことにヒルダは驚いた。それは当然だろう。

 だが、彼女の目の前にいたエゼルバルドは、現実に目の前で語った二つの異種が友人であることに一定の理解を始めから示していた。それがヒルダが覚えた違和感だった。


「スイールがそんな歳だって、知ってたなら教えてくれても良かったのに」

「まぁ、知ったのも半年前だからな。これでも言うべきかどうか悩んだつもりだよ。結局、悩みまくってたら、話さずに今日と言う日を迎えちゃったんだけどね」


 エゼルバルドはスイールの正体、つまりは永遠に近い年月としつきを過ごして来たとディスポラ帝国で彼から告白を受けている。エゼルバルドのみの語っていた。

 それを軽々しく口にしてよいのかとこの六か月の間、葛藤していた。寝ている間に幾度も悪夢を見ていて、その原因も葛藤であるとわかっていた。

 エゼルバルドが口にしてしまえばヴルフの、そしてヒルダの口から複数に広がり大事になる予感が脳裏を支配していた。


 だからこそ、今まで話せなかったのだ。


「まぁいいわ。それで、スイールはちゃんと隠さずに話してくれるんでしょうね?」

「少々昔話となりますけど?」

「仕方ないわい」


 スイールは頭を掻きながら、”何から話しましょうか……”思案しながらゆっくりと口を開き始めた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 魔法を利用した技術で人々が繁栄を享受していた昔まで時はさかのぼる……。


 この世界は十の大国が世界を支配していた。

 とは言いながらも、一つの超大国とそれに対抗する八つの連合国、そして一つの弱小国とに勢力が分かれていたのであるが。


 そのうちの一つの大国は自らを帝国と称し、世界統一の野望をいつの皇帝も胸に抱いていた。

 皇帝を育てる過程において代々その野望を植え付けて来たのが実情であるが。


 それに対し、一つの弱小国は、いついかなる時も他国からの侵略の危機に怯えていた。


 その弱小国の名は”オージュ国”と言い、オージュ一族の支配する辺境国であった。 他国からの侵略に怯えていたオージュ一族はある時、とある人材を登用した。

 それが、スイール=アルフレッド、いや本名サミュエル=エザリントンの叔父にあたるカナン=エザリントンである。


 そのカナン=エザリントンは当時の国王【マヌエル=オージュ】から一つの命令を受けていた。

 ”弱小な我が国が大国に引けを取らぬほどの力を手に入れよ”、と。


 その命令を受けてから二年の歳月が経過した頃にカナン=エザリントンは一つの戦略級魔法兵器を開発した。

 それが……、


 ”あかい魔石”


 である。


 その”あかい魔石”が何か、説明しなければならないだろう。

 この世界で魔法とは体内の魔力を対外に引き出して事象に変換させて発現させる現象の事である。

 その魔力といは、俗に精神力と呼ばれるものと同義である。


 その魔力を体外に引き出すには訓練が必要になるのだが、それは個人がいくら努力してもある一定の速度以上にはならない。

 そこで地中から産出する魔石を使用する事により、体外へ強制的に魔力を引き出させるのだ。

 魔石を使って引き出す量は個人が持つ能力の倍の量である。

 簡単に言えば、魔法を発動させるまでの時間を半分にする事が出来る魔法使用の補助媒体だ。


 そして、”あかい魔石”はと言えば、通常の人から引き出す魔力量を多くするだけでなく、”あかい魔石”自身が空気中に漂う魔力を引き寄せ補完して圧倒的に多くの魔力を集める事が出来る。


 それに加えて”あかい魔石”にはもう一つの役割がある。

 それは魔法発動場所を自由に選ぶ事が出来る事だ。

 魔法の特性上、魔力を集めた場所で魔法が発動して事象を起こす。

 身近な魔法を例にすると火球ファイアーボールは手の平の前に火の球が発現し、そこから飛び出して行く、と言うように。


 しかし、この”あかい魔石”を補助媒体として使用したときには、魔法を発動する術者が思い描いた場所へピンポイントで発現させる事が出来る。

 術者が知りえる場所が惑星の反対側を知っているのであればそれが可能なのだ。


 スイールがディスポラ帝国の一都市であるバスハーケンを地上から消し去った広範囲殲滅魔法の隕石落としメテオ=ストライク、”それをあかい魔石”を使用して発動させれば、何処にいても以上の都市を灰燼と化すなど造作もない事であった……。

 そう、人の手で制御が出来ていれば……。


 ”あかい魔石”がこの世に生まれて、弱小国の奥深くに秘匿されていれば何の問題も無かった。

 だが、人の口に戸は立てられぬとは良く言ったもので、テストも終わり完成し、王に献上された事が他国へと明るみになってしまった。針の穴を通すような情報収集の結果であり、褒められるのはそれを知り得た諜報員であろう。


 そして、他国が持つ圧倒的な力を目の当たりにすれば当然、恐れを抱く。

 その結果、帝国を含む九つの国はオージュ国へ”あかい魔石”を引き渡せと圧力を掛ける事になる。

 力には力で対抗する事になり、帝国を含む九つの国は連合してオージュ国に圧力を掛ける。

 それでもオージュ国は濡れ衣だとばかりに完成し秘匿すべき戦略級兵器を知らぬと白を切るのだが、一度漏れてしまった情報を否定するまでには行かなかった。


 それからしばらくして帝国を含む九つの国は圧力だけでは解決せぬと、軍を発進させてオージュ国の王都をぐるりと取り囲む。

 その数なんと百万。

 オージュ国の国民、子供から老人までを合わせた数よりも多い。

 それだけ、オージュ国が秘匿している戦略級兵器、”あかい魔石”が恐ろしかった。


 だが、連合して事に当たっていた筈の九つの国だが、帝国だけは”あかい魔石”を何としても手に入れようと計略を張り巡らせていた。

 他の八つの国は秘匿されぬ場所で監視出来ていればそれでよいと考えていた。

 しかし、帝国はオージュ国をぐるりと取り囲んでいる時でさえ、静観すると決めていた他の八つの国の裏を書こうとした。そして、オージュ国が犯した重箱の隅をつつくような失敗を利用して、戦端を開いてしまった。


 帝国が即座に”あかい魔石”を手に入れてしまっていたら、今の世の中も帝国が世界を独裁していたかもしれない。

 しかし、世界はそうはならなかった。


 その事実から、九つの国の連合軍とは言えども帝国の野望に利用されたにすぎぬとオージュ国王は気付き、逆に帝国に打撃を与えようと考えた。

 帝国の兵士がオージュ国、王都に攻め入っていたにもかかわらず、”あかい魔石”を起動させ帝国を壊滅させようと試みたのである……。




 だが……。




 十数人の魔術師が”あかい魔石”を起動させ、帝国の本拠地である帝都を隕石落としメテオ=ストライクで壊滅させようとした。

 そこまでは良かった。


 そう、そこまでは……。


 空気中の魔力を吸収して必要な量を確保し魔法を発動させた。だが、”あかい魔石”は発動どころか必要以上の魔力をさらに蓄え始めた。実験では国土の荒廃を考え極少量の魔力でしか実験出来なかった事が災いを招いたと言えよう。

 その動きを暴走とみなした魔術師達は”あかい魔石”が欠陥品であると決め破壊しようとする……が、物理的な破壊や魔法での破壊は不可能だった。


 こうなっては仕方ないと地中深く埋めて封印した。

 オージュ国は”あかい魔石”を地下に埋めてそれで終わりにし、連合国に頭を下げるのであったが、帝国はそれを良しとせず、秘密裏に赤い魔石を掘り起こし本国へと持ち帰ってしまう。


 地中に埋められ”あかい魔石”の動きが止まったと誰もが思った。

 皇帝もそう思っただろう。

 これなら、人の手で制御できると……。


 再び”あかい魔石”の起動を試みた皇帝であったが誤算が生じた。

 暴走状態は収まっていなかったのだ。


 そして、”あかい魔石”を地下深くに封印できる時間は無く、暴走状態にあった”あかい魔石”はそのまま自我を持ったかのように世界を破滅へと追いやって行った。

 ”あかい魔石”は蓄えた膨大な魔力を使い、隕石落としメテオ=ストライクを地上のあらゆる場所に発現させた。


 地上のあらゆる場所に魔力の嵐が吹き荒れ、地上の文明はすべて滅び去った。

 その時、地下に建設したシェルターに逃げ込んだ人々や、山にトンネルを掘って生活していた人々は生き残り、そこでの生活を余儀なくされた。


 その、魔力の嵐が吹き荒れた時、地上にいた動物の中で魔力に抗ったものがいた。

 空を飛ぶ鳥や地を這う蜥蜴、海を泳ぐ魚に大地を駆け抜ける動物達だ。

 それらの動物が魔力に抗った結果生まれたのが高い知能と強靭な体を持ち、そして永遠の命を与えられた世界に七体いるとされる竜種なのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「とまぁ、私が知りうるこれが世界が滅びた経緯いきさつかな?」

『我の体が変質した事は分かっていたが、それがお主と同じ血を引きし者の仕業であるとはわからなんだな』

「そうですね。実際、”あかい魔石”がどのように生み出されたか知ったのはもっと後ですからね。今から千年ほど前でしょうかね?」


 七千年以上も生きるスイールの言葉を、誰もが我が耳を疑いながら聞いていた。

 そんな昔の事など文献に残っている筈も無く、ひっそりと伝説として残っているだけった。それも歴史の教科書に記載されておらず、古くからある宗教の経典に数行残っているだけだ。

 しかも、スイールが語った事とは大きく違っている所もある。


「お前の話で金竜ゴールドブラム殿が生まれた経緯いきさつは分かった。だが、お前自身がどうしてその体になったのかの説明を求める。ゴールドブラム殿と同じではあるまい」

「ええ、私の生まれは文明が滅びた頃は十歳前後でしたからね」


 ヴルフの質問は尤もである。

 地上に吹き荒れた魔力の嵐に抗って生み出された七体の存在が竜種である。

 もし、スイールがその中に含まれているのであれば、七体目がスイールになるだろう。しかし、その当人を見れば高い知能と永遠に近い命を持っていたとしても、強靭な体を与えられたとは思えない。そこからして、竜種ではないと判別が付く。


 では、どうしてなのかと誰もがスイールに疑問を持った視線を向ければ仕方ないとゆっくりと口を開き始める。


『そう言えば、お主がその体になった理由を我も聞いていなかったな』

「あれ?言ってませんでしたっけ。では、この機会に話す事にしましょう」


 ”ゴホン”と一つ咳ばらいをして喉を落ち着けて、さらに言葉を噤みだした。


「そんなに難しい話ではありません。簡単に言ってしまえば、魔法の実験をしていた時に発動に失敗した反動です」

「はい~?」


 あっけらかんと理由を口にしたスイールの言葉に、誰もが思わず溜息を吐いてしまうのであった。




※スイールが不死になった理由は魔法の失敗の反動です。

 それ以上でもそれ以下でもありません。

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