第五十話 皇帝のいなくなった世界で……
※すみません、遅くなりました。
昨日、アップしようとしたんですが、疲れててダウンしました。
スイールが広範囲殲滅魔法の
バスハーケンの街で指揮を執っていた皇帝ゴードン=フォルトナーとその下についていた宰相、元帥、そして諜報部隊の長の三人、さらに数多くの家臣と数え切れないほどの兵士、住民が揃って消え去った事でディスポラ帝国は国としての機能を失っていた。
各地から兵を募れば多少は見栄えのする軍隊が出来上がるだろう。
だが、すでに国内の統制が取れずガタガタとなってしまった今は反乱の抑えと、国内の治安維持に国力を割かねばならず、迂闊に兵を募るなど不可能であった。
それに敵であるトルニア、スフミ連合軍と東の隣国からの軍勢が十万以上も帝国深くにまで侵攻していた為に、これ以上戦争で国土を焦土には出来なかった。
では、ディスポラ帝国がどうなったかを見て行こう。
まず、ディスポラ帝国そのものが消滅した。
ミルカらの説得により帝位に就いたクリフが帝国の終わりを宣言したのである。それが皇帝としての初仕事だった。
皇帝が纏め上げていた広大な土地は各都市への管理下に置かれた。
そのうえで、クリフを盟主と仰ぎたい都市は宣言して彼に忠誠を誓うことになった。
ディスポラ帝国改め、ディスポラ連合
連合王国の名を冠にした通り、クリフは皇帝を廃し”王”と名乗った。
帝は覇よりも上位に、そして、覇は王よりも上位の名称となる。その帝を廃止したのだから各都市は基本的に同列とみなされるのだ。
さらに、クリフは都市の名称も帝都ディスポラスも廃して、忌まわしき名称から解放されたと印象付けるために”開放都市”クリフトラと改名もした。
今はクリフを盟主として連合王国としているが、国家運営が安定し出した頃合いを見計らって王位を退き、後進に譲るつもりでいる。
そして、瓦礫の山となったバスハーケンを含む大河の東側の土地をディスポラ帝国が手放した。主に瓦礫となったバスハーケンの復興費用を用意できない事が原因だ。前皇帝が広範囲にわたる戦争を起こそうとして国庫をほとんど空にしていた為に起こった悲劇とでも言えるかもしれない。
それにより、それらの土地はトルニア、スフミの両王国とルカンヌ共和国の三か国の共同統治地区として再出発する事となった。
それらはすべて成人したばかりのクリフの宣言によってなされたのだが、実のところ彼を支えているミルカとヴェラ、そして長年従者兼護衛として傍にいた老齢のヘルマンや帝都に残っていた文官らの働きが大きい。
元々クリフは市民優先の思想の持ち主だった。そこに、各国を歩き回り見聞きしたミルカとヴェラの思想が加わり大成したと言っても過言でない。
それにより、ディスポラ連合王国は平和な国づくりに邁進してゆくのである。
では、ほかの国はどうなったかと言えば、皇帝が秘密裏に支援して争いの火種となった地域はすべてが沈静化してしまった。
帝国からの金銭的な支援が無くなった事が最大の理由であるが、皇帝がこの世からいなくなったことも考慮せざるを得ないだろう。
内戦状態をいち早く脱したトルニア王国は、王家と家臣団の働きによりすぐに混乱を脱して、内戦終結から一か月ほどで通常の生活環境を取り戻していた。
これはあまりにも早すぎる統治の回復と言えよう。
北部三都市にはパトリシア王女が入り、直轄地として財政等の再建を目指すことになった。だが、あまりにも産業が無さ過ぎて誰もかれもが匙を投げたくなっていたとか……。
他の国に目を向ければ、ベルグホルム連合公国に攻め込んだアルバルト国は帝国からの支援がなくなったことで和解を結んで撤退した。
それよりも、ザー・ラマンカ国の方が酷かった。
帝国の支援を得て、積年の恨みを晴らそうと意気揚々と出陣し、アーラス神聖教国の地方都市アルビヌムを抜いて聖都アルマダまで攻め入ろうかと躍起になっていた。しかし、教義により一つになったアーラス神聖教国には敵わず、多数の被害を出してやむなく撤退することになった。
ザー・ラマンカ国は帝国からの支援を最大限に生かして作戦を立てていたために、その支援が全てなくなってしまった為に苦境に立たされたと言っても過言でない。
すべては皇帝の手の上で遊ばされていただけだと気づくのはしばらく後になってからである。
すべての場所で戦争が終わると、大陸中の商人達が活発に動き始めた。
経済活動が制限されていたディスポラ帝国が解放されたことが大きい。
今まではスフミ王国とルカンヌ共和国での取引をしようとするなら、危険な海路を通りベルグホルム連合公国を経由しなければならなかった。
それがディスポラ帝国の地が解放されたことにより、陸続きの道ができ馬車移動が可能となった。海路であれば危険な水生生物に狙われることがあり、遭遇した時の危険度は陸地の数倍から十数倍に膨れ上がる。
陸地を行っても職にあぶれた盗賊に襲われる可能性もあるが、海路を進むよりはよっぽど安心できた。
ディスポラ帝国が倒れて陸続きの道が東西で結ばれて割を食うのは当然ベルグホルム連合公国である。
今までは東西を結ぶルートの中間地点としてベルグホルム連合公国があった。それが無くなったのだから経済的な打撃は大きい。それまで流れていた人の半数近くが陸路を通るのだから死活問題となっていた。
だからと言って、見ているだけかと思えばそうではなく、新たな貿易を始め海路が役に立つようにと躍起になっていた。
一つの例がベルグホルム連合公国の木材であろう。
ディスポラ帝国では戦争の傷跡がすさまじく、都市が一つ消滅してしまっている。
その近くに新たに建造されるのだが、資材をどのように調達すれば良いかと誰もが頭を悩ませていた。
そこに目を付けたのがベルグホルム連合公国の商人達だった。
ディスポラ帝国は南に位置し比較的温暖な気候、風土になる。木材も成長しやすく種類によっては建築に適さない木々もある。
だが、ベルグホルム連合公国は北方に位置し、気候的には寒い地域だ。
そのため、木材の成長も遅く、殆どの木の身がしまっているために加工は骨が折れるが、その分頑丈な建物が建設可能となった。
長年に亘って帝国が大陸を征服しようと暗躍していたが、その帝国が名実共になくなったことで平和の世が訪れようとしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほらー、もう夕食だから呼んできてよ。いっつもこの時間になるとどっかに行っちゃうんだから!」
今日も台所からリビングに鍋を運んできたヒルダが叫び声を上げる。
鍋を投げる訳にもいかず、怒りを現すのは最小限に留めている。いつかは爆発してどうかなってしまうのではないかと戦々恐々なのだが、肩をすくめて彼女の怒りをサラッと流している。
「たぶん、庭に出ているだろうから呼んでくるよ」
リビングに座り息子のエレクをあやしてたエゼルバルドは、息子を抱きかかえながら立ち上がり部屋を出て夕暮れが訪れようとしている庭へと向かった。
「スイール、ご飯の支度が出来たよ」
エゼルバルドが庭へと出てみれば、スイールが赤く染まる夜空を眺めていた。
愛用の杖で体を支えているのが、握った手には力が籠っていた。
あれから六か月。
まだ六か月かもしれないが、エゼルバルドにはとても長い時間に感じた。
そう言えば、あの時に大怪我をしたヴルフだが、今は治ってブールの街で領主館とワークギルドの依頼をちまちまと交互に受けて無理のない生活を送っている。
ヴルフの怪我は再起できぬほどと思っていたが、トルニア王国から凄腕の
スイールが長く生きて孤独だったと知るのはエゼルバルドただ一人。魔法についてはヒルダにも話しているために虐殺があったと知っている。
だが、スイールには背負うものがあり、仕方なく使ったのだと伝えている。
エゼルバルドはスイールが行った広範囲殲滅魔法の
しかし、事実は事実として受け止めねばならぬと、自分だけでもと心に決めていた。
今ではだいぶ葛藤もしなくなったが、それでも夢に出てきては彼を今でも苦しませている。
「ん、ああ。今、行くよ」
何気ない返事をエゼルバルドに返してゆっくりと屋敷へと向かって歩き始める。
あれだけ精力的に動き回っていたスイールが、抜け殻のようにボーっとしている時もある。
皇帝をこの世から排除し、帝国を名実共に消し去り全てをやり遂げて心残りは無くなった、そんな様子にも見える。
だからと言って、尋ねようと口から言葉が出てくるかと言えば、出そうになった言葉をすぐに飲み込んでしまうのだ。
しかし、この日は少し違っていた。
「なぁ、エゼル」
「ん?なに」
「私にはこの六か月がいつもより長く感じた。エゼルはどうだった?」
スイールは屋敷に入るドアに手を掛けようとして、突如エゼルバルドに向けて声を掛けた。
「そうだな。今はあっという間だったかな?エレクの成長もあったからね」
腕に抱える彼の息子の体重が増え、それを実感していた。
子供の成長速度は早い、半年で見違えるほどの成長を見せる。
「確かにエレクの成長を見ていると、早く感じるね。まるでエゼルを保護した時の記憶が蘇ってくるほどに」
「そう言えばスイールと出会ったのもこのくらいだったね」
すでに二十年も前になるのかと二人は互いを見つめて笑みを浮かべる。
「おっと、早くしないとヒルダが角を出して怒っちゃうから早く入ろう」
「そうですね」
二人は肩をすくめながらドアを開けて屋敷へと入って行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暗い洞窟の奥。
暗黒に支配されたそこにその生き物は静かに眠っていた。
暗闇の中でも、金色に輝く羽を全身に生やしている様は王者の貫禄さえ見せつけている。
ひとところで寝ていたので、その羽は埃で汚れているのだが。
彼がぎゅっと瞑っていた瞼をゆっくりと開け放つと瞳だけを動かして洞窟を見渡す。
はるか遠くに入り口の光が見えるがそれだけであり、そのほかは食べ終えた巨大な動物の骨が散乱しているだけだった。
(随分と早くに目が覚めたようだな)
彼は自然と目を覚ましたのでは無いのだとすぐに気が付いた。
(この波動はいったい……)
普段は感じられぬ強力な波動を感じて目を覚ましてしまったのだ。
その波動の出元は彼と同じ種族から出ていると感じる。
(あの馬鹿が。洗脳されてしまいおって!)
彼が悪態をつくのも仕方がない。
本来、彼らの種族は精神的な攻撃に抵抗力を持つ。それも、この世で一番と言われるほどに。
それがあるからこそ、彼は悪態をつき、毒を吐いたのだ。
(そろそろ本気で潰すしかないのかもしれん。しかし、あれを仕掛けるだけで潰せるのだろうか?)
彼は思いを馳せる。
あれは成熟しきっただろうか、と。
それに加え、あれの傍には古くからの友人がいる。
それ相応の実力を兼ね備えているだろう。
だが、もう一つ、力を貸す必要があるに違いない。
そう思ったところで、彼は上体を起こして頭を方々に向け始めた。
(この感覚はあいつの思考だな。よからぬ考えを
彼は丸まっていた体を伸ばし、凝り固まった体をほぐし始める。
四つの足を起用に動かして、ゆっくりと真っ暗な洞窟から眩いばかりの光が溢れる外へと向かって歩き始める。
彼に積もっていた埃が一歩動くごとに体から落ちて行き、綺麗な金色に輝く羽毛が背中に見えてくる。
洞窟の入り口まで来ると、彼は顔を空に向ける。
「話がある。我の所まで来い!」
虚空に向かって話したのか声だけが響いた。
それに対する返事は返って来ない。
だが、それでいい。彼が声を掛けたのはこの場にいた者に対してではなかったからだ。
(では、歓迎の準備でもするとしようか……)
体を後ろ足で支えるように立ち上がると前足を横に広げる。
彼の前足と胴体の間には、鳥の様に広がる翼があった。それを羽ばたかせることで彼は自由に空を飛び回り、何処へでも行く事が可能となる。
周囲に目を向けて空には何ものも存在していないとわかると、腕を動かして羽ばたかせると強烈な風を起こし始める。それにより彼の体がふわっと浮き上がる。
さらにもう一度、羽ばたかせると彼の体は目にもとまらぬ速度で空に向かって飛んで行くのであった。
※これにて第11章終わりになります。
ちょっと間を開けて12章開始です。
たぶん、2、3日中にはスタートできると思います。
生活環境が変わって、体がつらい……。
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