第十四話 アニパレ襲撃、迎撃其の三

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「うらぁっ!!」


 スイールの脇をあっさりと抜け出た敵が振るった一撃をジムズを守る様に一歩踏み出していたイオシフが体ごと受け止めた。

 五メートル以上も全速力で走り切った敵の一撃を受けて、イオシフは足が石畳に埋まるかと思うほどに重く感じていた。また、それはイオシフに迫る剣技を持ち合わせていると認めざるを得なかった。


 だが、イオシフには一つ不思議な光景を目にしていた。

 それは剣を振るっている男の表情が全く変化していなかったのだ。


 普通、何かを行うのであれば多少なりとも表情に変化が現れる筈だろう。だが、剣を合わせた男の表情はまるで能面を付けているかの如く、頬の筋肉が全く動かず、力を入れているのか、苦痛を感じているのか、全くわからなかった。


 それを見ながらイオシフはある光景を脳裏に思い出していた。

 アニパレで会合を持つことになった原因の一つ、ブールの街郊外にあった集落襲撃の件だ。


 イオシフはそこでジムズの下、部下を連れてとある酒場に押し入った。そこを何とか制圧したは良いが、その時の相手がまるで同じように表情の変化に乏しかったと記憶から思い出していた。

 だがその時の相手は表情が硬いとは言え、ある程度は動いていたが、今の相手は全く動く気配すらなかった。

 それを思い出しただけでも、手加減の出来る相手では無いと改めざるを得なかった。


 どの様に反撃に移るかと思案を巡らせていると、急に相手の力が抜けイオシフの足元に転がった。

 よく見れば首の半分、頸椎ごと切り落とされ暗闇でどす黒い色を見せる血を石畳に撒き散らしていた。


 息絶えた男から視線を外して正面に向けると、刀身の先端を赤く染めた見慣れぬ曲刀を手にした男が息を吐いて立っていた。

 一体何処から現れたのか、そして、我らに剣を向ける敵なのか、その正体が気になった。


「急に姿を現してすまん」

「いや、助けてくれたこと礼を言う」

「こちらも切羽詰まっていてな」


 イオシフの視界の全てで戦闘が行われている中、気を配りながら短い会話を交わす。


「これは、襲われていると見ていいのかな?」

「まぁ、そうなるかな?」

「……悪いが三つ巴の混戦にさせて貰う」


 新たに現れた男から”襲撃されてるのか?”と短く告げられるとイオシフはそれを肯定する。

 そして、男からとんでもない言葉が告げられると、可否を言う暇もなく擱座した馬車を足場に背にしていた壁に上って行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ファニーの両手を足場にして壁に上ったミルカの視界に入ってきた光景は、擱座した馬車を守る様に戦いを展開する者達の姿だった。

 左手の先には激しくぶつかり合う混戦模様。

 右手の先には魔術師同士の不思議な戦いと押されている三人の兵士の姿。

 そして、手前の離れた場所には擱座した馬車の前で敵に押されかけている護衛の兵士の姿。


 それらをすべて頭に入れ何方どちらに味方するかをすぐにはじき出した。

 擱座した馬車の車体には小さくトルニア王国の紋章が刻まれ、守っている兵士たちはこの王国に住まうと見て間違いないとミルカは断定する。


 それならば、素性の分からぬ敵に味方するよりは、この土地に住まうトルニア王国の兵士に味方すべきだと、頭で考えるよりも先に体が動いてしまった。


 ミルカは擱座した馬車の前で攻撃を受けているトルニア王国の兵士の敵に向かって跳び出し、彼らの視界の外から姿を現すと太刀を一閃した。

 ぬめッとした鮮血が太刀の先端に塗られて見えるが、その一撃で兵士を攻撃している敵の頸椎を切断し命を奪い去った。


 そして一息吐いたところで、敵か味方か真意を確かめようと睨み付けて来る兵士に声を掛ける。


「急に姿を現してすまん」

「いや、助けてくれたこと礼を言う」

「こちらも切羽詰まっていてな」


 ミルカを信用はしていないが、一応敵には回らぬと思ったのか、睨みつける兵士の視線が和らいだ様に感じ取れた。これなら現状を脱する近道になるだろうと再び短く問いかける。


「これは、襲われていると見ていいのかな?」

「まぁ、そうなるかな?」

「……悪いが三つ巴の混戦にさせて貰う」


 状況を確かめるために一応聞いてみると視線を戦闘の行われている前後へ素早く動かしながら肯定してきた。

 それならばこちらも利用させてもらおうと、強引な言葉を吐くと有無を聞く前に兵士が背にする擱座した馬車を足掛かりに、道と屋敷の立つ敷地を分かつ壁へと飛び乗り、いまだ金属音が響くヴェラ達へ駆け出した。


 一分も立たぬ間に戦況は悪い方向へと進んでいた。とは言え、守るべき主たる駒のクリフが今だ健在で、盤面をひっくり返す事が……、いや、ルールの違う盤面に乗せ換える事も今なら出来るだろう。

 クリフをヴェラが守り、その前方でファニーとヘルマンが技を繰り出して敵を通さぬ絶妙な戦線をたった二人で構築していた。


「クリフを上げろ!あとは武器を投げてでもこっちへ来るんだ!」


 言葉を投げつけたミルカを発見するや否や仮面の敵はナイフを投擲して攻撃を敢行してきた。だが、壁は丈夫に作られ走るだけの幅があり、駆けているミルカに遠目から当てるなど至難の業だった。

 尤も、近くであったとしても、ミルカの振るう太刀で全てが叩き落されていた事だけは確かだ。


 ミルカがクリフの頭上に到着するとヴェラが補助をして彼を高く掲げる。それをミルカが引っ張り上げると、あっという間に壁の反対側へと無造作に放り投げた。実際、無造作に見えたがミルカ自身にはその意図は全く無く、自然と体が動いた結果だった。

 クリフはミルカに投げられ、先程会話を交わした兵士の近くへと尻もちを付きながら着地した。


「ヴェラ、ファニー急いでくれ。ヘルマンは最後ですまん!」

「このくらい平気だ。先に上ってくれ」


 投擲されるナイフを躱しながら、ファニーの組んだ手を足掛かりにヴェラが壁上へと体を乗せる。そして、ファニーが伸ばした腕をヴェラが掴むと、ほんの少しの出っ張りにファニーが足を引っかけて跳躍し、彼女までもがあっという間に壁上へと上り詰めた。


「いいぞ!」


 壁の反対側にヴェラとファニーが姿を消すと、殿しんがりとして残ったヘルマンに声を掛ける。


「では、わたくしも引かせて貰いましょう」


 ヘルマンはショートソードを振るいながらじりじりと壁際に下がると、躊躇なくショートソードを二本とも敵に投げつけ、自らの身体能力のみを使い、三歩で壁を上り切った。

 仮面の敵たちは、ヘルマンが武器として振るっていたショートソードを投げつけると思ってもみなかった様で後方へ飛び退いたり、しゃがんで避けたりして行動に隙を作ってしまっていた。


 ヘルマンが壁の反対側に身を落としたのを見たミルカは先程上った擱座した馬車まで壁上を走り、地上ではなく馬車の上へと身を落とした。

 仮面の敵達はミルカが走る姿を見て間違った情報を植え付けられるのだが、その情報が彼らに死をもたらすなどこの時点では予想が付けられないかったであろう。


 暗殺者であるから当然、身の軽さは折り紙付きで、ちょっとした突起の付いた壁を上るのはお手の物だ。ミルカが消えた辺りで暗殺者が壁をあっという間に上がる。

 上がったはいいが、直ぐに脛より下を失って壁から落ちて行く仮面の敵達が量産された。


 ミルカは壁上に近い馬車の天井に乗り、逃げ去ったと勘違いした仮面の敵が壁上に上がった所を狙いすまして太刀を振るい戦闘不能にして行ったのだ。


 仮面を被った者達は、壁に上がった仲間が次々に足を切られる様を見て、迂闊に壁に上ってこれ以上仲間を失う訳には行かぬと、この場で壁を乗り越える事は諦めた。

 だが、壁の反対側から剣戟の甲高い金属音が聞こえており、遠く逃げられる筈も無いと高を括った。そして、脛から先を失った数人を見捨ててその場に残し、二手に分かれて剣戟の音が激しく聞こえる場所へと移動し、そこを越えようと機会を窺う。


 仲間がられ強烈な殺気を放つ暗殺者集団となった仮面の敵の行動を察知するなどミルカやヘルマンには息をするように簡単だ。わずかに漏れ出る殺気に敏感に反応していたのだから当然と言えよう。

 それに、これだけあからさまに殺気を漏れ出していれば二人だけでなくヴェラやファニー、そして、訓練を終えたばかりのトルニア王国の新人兵士でも反応せざるを得ない。


 擱座した馬車の傍にいる二人にも当然の事ながら、殺気をほとばしらせながら遠ざかる二つのグループを感知した。

 その二人の内どちらかがここのリーダーであろうと予想していたミルカは彼らの前に再び姿を現した。


「戦闘中に付き納刀はご容赦願います」

「いや、こちらに味方してくれるのは有り難い。私はイオシフ、この方の護衛隊長だ」

「私はミルカ、このクリフの護衛をしております」


 周囲に気を配り、戦闘中であるがために言葉のみで礼をした。

 本来なら頭を下げるべきであろうが、戦闘中、それも混戦模様を生き残れねばならぬ今に礼儀を説く馬鹿はいないだろう。戦場の弓の届かぬ後方では礼儀しか見ぬ貴族もいるのだが……。

 そして、ミルカは護衛対象のクリフを紹介した。


 こんな混戦の最中さなかに護衛対象を悠長に紹介など出来る筈も無いが、護衛の兵士を束ねるイオシフならば紹介しても大丈夫だとが働いた。殺気が遠くに離れそこから攻撃を仕掛けてくるのならば、王や玉の駒を中心に配置して守りを固めるべきだと。

 それに、会話を交わしたイオシフはともかく、後ろの護衛対象の装備品を見れば、老齢に近づきつつある外見を見せているが、かなりの腕前を有していると見て間違いないだろうと見ていた。

 少なくともヴェラよりも腕の立つファニーと同等には戦える程に。


「再度尋ねるが、我らの味方であると見て宜しいのだな?」

「はい。私達はこのトルニア王国の兵士に弓を引き、手配されるなど御免被りたいと考えます。それに、あちらで剣を振るう御仁にはおそらく歯が立たないでしょうから」


 ミルカはチラリと長槍ロングスピアを振るう奇妙な動きをする敵にブロードソード一本で押している者へと視線を向けた。


「あの動きの敵に対処できるなど、ヴルフ殿と言わざるを得ないがな」

「……ヴルフとは、どのヴルフですか?」

「ん?ヴルフとは一人しかおらんだろうに」


 イオシフが当たり前の様に口にした人の名前を聞き、思わず聞き返してしまう。だが、それが再び彼の口から呪文のように唱えられると、ミルカは過去の対戦を思い出さずにはいられなかった。

 結果的に無謀な争いになったアーラス神聖教国での内戦で、一騎打ちを挑み土を付けられた相手を。


 傭兵として高い給金で雇われた内戦時と違い、今はどの陣営にも組しておらず旅の護衛を受けていると知ればヴルフから剣を向けられぬだろうとミルカは考える。それに内戦からすでに何年も経過していれば忘れている可能性も考えられる。


 それならば味方すると決めたトルニア王国陣営で戦うヴルフと共闘も悪くないと思えば思わず顔がほころんでいた。


「なるほど、ヴルフならば合点がいきます。殺気を放つ敵も早々に合流してしまう可能性もありますから、まずはこの状況を打開しましょう」

「簡単に打開できるならそうしているが、何せ相手が多い。ヴルフも苦戦しているが、魔術師殿も後方の敵に苦戦している。その二つを早々に何とか出来れば敵も引くと思うのだが……」


 イオシフは擱座した馬車の近くで戦況を見つめていただけあり、盤面を逆転させる楔を何処に打ち込めば良いかを的確に把握していた。

 それさえわかればミルカの取れる行動は幾つも無く、行動するには簡単だった。


「では、早速行動に移りましょう。ヴェラ!お前はここでクリフを守れ」

「はい!」


 ヴェラにはクリフを守れと指示を出す。それは当然ながら、この場のリーダーの護衛に当たる事も意味し、敵に対応しやすくなる利点を持っていた。

 それに、ミルカ以外のリーダー格の手腕も学べると考えれば、ヴェラが適当であると考えた。それ故の配置である。


「ファニーとヘルマンは魔術師の助けに迎え。魔術師はヘルマンがいいだろう。ファニーは押されてる兵士を援護!」


 ヘルマンは敷地と道を分かつ壁を越える時に敵に投げて失ったショートソードの代わりに、擱座した馬車の近くに転がる敵が使っていたブロードソードをすでに拾って次の指示を待っていた。

 そこへ魔術師同士の戦いで苦戦する中へと飛び込み勝負を決めろと無理難題に思える指示を受けた。”老人をいたわって欲しいものですな”と嫌そうな言葉を吐きながらも笑みを浮かべながら指示を受け取った。


 ファニーも無理がありそうと感じながらも、ミルカが出した勝利への打算があるのだろうと指示を受け取る。


「私はヴルフと共に、あの妙な動きをする敵を打ち倒す」


 ヴェラ達はヴルフと戦う敵を見てミルカの指示が適切だったと頷いて納得する。

 あの妙な動きを追えるだけの能力を持つのはミルカをヘルマンであるが、短い武器を手にしているヘルマンより刃渡りが一メートルもある太刀を振り回すミルカが適当であると。


「それでは、行動開始だ!」


 ミルカの言葉と共に、彼自身はヴルフと共闘するために、ヘルマンとファニーは敵の魔術師を打ち倒そうと即座に行動に移すのであった。




※適当:いい加減と言う意味でなく、本来の意味の”適切な配置、ちょうど良い”の意味。

 ミルカ達はブールの街からの使者と合流しました。

 さぁ、反撃開始です。

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