第十五話 アニパレ襲撃、迎撃其の四

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 滅多な事があっても動揺する事が少ないスイールが、心臓をバクバクさせて焦りを感じ、動揺していた。それは当然、三人の兵士とともに構築した戦線をあっさりと割られ、守らねばならぬジムズの下へと敵を通してしまった事である。

 対峙する魔術師、ラザレスを押さえると豪語したにもかかわらず、自ら課したその任を守れぬと情けなく感じていた。


 そのラザレスと比べても、魔力量や経験、そして一対一の接近戦においては間違いなくスイール自身が勝っている筈だ。だが、相手にはいまだ戦闘に参加せず準備を終えた近接戦闘に特化した男達が数人残っている。


 それに加えて、矛を交えている場所も都合が悪かった。

 先ほど、強力な火槍ファイヤーランスを放ち爆発を起こしていたが、それ以上の強力な魔法を使ってはどれだけ被害が出てしまうのか判断が付かないのだ。


 もし、貴族の屋敷を半壊させてしまっては、迷惑を掛けるどころではない。

 それこそ、を強制労働につぎ込んでも弁済出来るとも思えなかった。


 それ故に、強力な魔法を使えず、味方を害する広範囲魔法も使えず、決め手を欠いて消極的な攻撃手段を用いねばならず、焦燥感が溜まっていた。

 ただ、ラザレスが使う手段は一度に繰り出す人数を増やすぐらいが関の山であり、すでに対抗手段は脳裏に浮かんでいる。ここではスイールにしかできないが、向かい来る敵の数だけ魔法を揃えれば良いだけだ。ラザレスに比べても膨大な魔力を有するスイールの特権とも言えるだろう。


 ラザレスへの対抗手段を構築している間に、その彼はスイールに二人を向かわせる算段を整えつつあった。スイールが慌てて敵を観察すれば、投入出来る人数がそれで精いっぱいだとすぐわかる。


 戦いの開始時に三人の兵士に向かう敵四人に魔法を放ち戦闘不能にし、一人がスイールの脇を通りジムズへと向かわせてしまった。そして、剣を振り続ける味方の兵士三人には六人が向かえば投入できる残存兵力は少ない。


 ラザレスが二人をすぐに向かわせるかと思い三つの魔力を集めたが、スイールは魔法に変換して放つことは無かった。それは対峙して不敵な笑いを浮かべていたラザレスの表情が一瞬にして曇り、怒りを孕んだ視線をスイールに向けて来たからだ。

 スイールは一瞬、何が起こったか理解が出来なかった。しかし、向かい合うラザレスの視線がスイールではなく、後方のジムズ達に向いているとわかると後方に気を向けて気配を探ってみた。そうすると、ジムズ達に向かっていた敵の気配は消える寸前の蝋燭の様に小さくなり、それを打ち倒した大きな存在が新たに感じられた。


 ジムズでも護衛のイオシフでも無い大きな存在は、スイールには風の無い凪いた大海の水面の様な穏やかに感じられた。これなら眼前で怒りと殺気を撒き散らすラザレスに注力できると後方に向けた気を消した。


「これなら後ろは大丈夫そうですね。では改めて……、あなたの相手をすることにしましょう」

「魔法合戦なら負けないぜ。だが、ここは戦場と同じだ。何が起こるかわからんぞ」

「それはお互い様でしょう」


 スイールは細身剣レイピアを体の前に掲げて魔力を集め始める。

 対するラザレスも同じように杖を体の前に出して魔力を集める。

 ラザレスの傍に来た男二人は指示を待つだけで、自ら向かう気概を見せず剣を向けてただたたずんでいるだけの存在になっていた。


火球ファイヤーボール!」


 連れて来た者達をすでに五人も失い、簡単に使えぬと悟ったラザレスは仕方無く魔法による攻撃を再開した。

 対峙する魔術師の剣の腕は訓練を受けた男達に劣るが、近接戦闘の実力は何の訓練も受けていないラザレスよりも上位に位置し、簡単に勝ちを拾えぬと彼は思った。

 それに加え、新しく現れた湾曲した見た事のない剣を振るった男の存在が何よりも怖かった。それが戦闘に参加でもしてきたら、数の上で優勢な現状をひっくり返される可能性が十分にある。

 それならば、自らに自信のある魔法で”死神”を押さえて置くしかないとやむなくその手段をとったのだ。


 そして、先手必勝とばかりに集めた魔力で火の球を作り出し、すぐさま敵に向かって放った。教科書通りに作り上げた何の工夫も無い火球ファイヤーボールは一直線にスイールに向かって放たれた。


風の弾ウィンドショット!」


 当然、スイールはその火球ファイヤーボールを甘んじて受ける筈も無く、相殺させようと同様に魔力を集めて魔法を放った。

 教科書通りに作られた同程度の魔力で作り上げられた火球ファイヤーボール風の弾ウィンドショットを比べれば魔法の構成上、威力は火球ファイヤーボールに軍配が上がる。

 要するに火球ファイヤーボールを相殺させようと風の弾ウィンドショットをぶつけても威力の勝る火球ファイヤーボールに押され火だるまになるだろう。

 だが、同程度の魔力の風の弾ウィンドショットでも工夫さえすれば|火球《ファイヤーボールを相殺するだけの力を与える事が出来る。

 その工夫が圧縮して弾を細長く前後に引き伸ばし高回転を与える事だった。


 きり状に構成させた空気の塊は一点突破するだけの力を与えられ炎の球を貫く。だが、それだけでは貫き通るだけでお互いを傷つけるだけだ。

 そこで錐状にした空気の弾に回転を与えて、巻き付ける様に空気の渦を作り出す。それを火の球に貫き通せば空気が火の球に与えられた魔力を拡散させ、見た目には相殺させて爆散させたように見える。


 もし、ラザレスが放った火球ファイヤーボールが、同様の工夫を込めていたら同量の魔力であっても相殺は難しく、左右の何方かに躱すか、魔法防御マジックシールドを一点に集中して防御姿勢を取るかの二択を迫られた筈だ。


 それを踏まえても、教科書通りの攻撃魔法を放ってきたラザレスは実戦の経験、--魔術師同士の殺し合いの経験--、は少ないと見て間違いないだろう。

 スイールにしてみても、ブールの街に住み着いてからはそれほど魔術師同士でやり合った記憶はない。しかし、それまでに数え切れぬ程の死線を潜り抜けて来た膨大な記憶がスイールの力になっている。その記憶がまれに憶病にさせるが、この場では頼もしい力を与えてくれていた。


 魔法のぶつけ合いで何を勘違いしたのか、ラザレスは構えた杖を下げ溜息交じりに言葉を吐いた。


「何の魔法で相殺してるかわからんけど、それだけ魔力を籠めれば僕よりも先に魔力が枯渇してもいいのかい?」

「いや、そんな……」

「言わなくてもわかるさ、この天才の僕にならね」


 ラザレスは倍以上の魔力を込めて魔法を放ち相殺していると自らの予想を自信満々に語った。あたかも自らが才能の塊であるかのように、だ……。

 しかし、スイールが込めた魔力はラザレスとほぼ変わらず、同じ魔法を放てば同威力となる。魔法の研究で名を知らしめたと聞いたが、余りにも基本がなっていないとスイールは残念に思うのだった。


 ラザレスに対してスイールは、己に才能が無いと早くから気付き、懸命に魔法の使い方を研究してきた。それも気の遠くなるような長い時間を掛けてである。

 魔術師は才能よりも毎日の訓練や努力が八割必要だと持論を密かに掲げている。その持論による訓練を続けさせたエゼルバルドやヒルダが魔術師としての資質以上の実力を持っているのが何よりの証拠だろう。尤も、その二人は魔法を使うよりも先に体が動く程に武器を扱う厳しい訓練を受けていたのもあるが。


「だが、その天才もわたくしから見たら隙だらけに見えますが……」


 スイールはラザレスの隙をつき、重い一撃を食らわせて打ち倒そうと魔力を集め始めようとした時に、自らの後方から年齢を重ねた重い声の持ち主が姿を現した。

 チラリと視線を動かせば白髪で目じりにしわを深く刻んだ老齢の男と綺麗な黄色の髪を伸ばした三十歳前後とみられる女が写った。

 現れた場所はジムズ達の方角からであり、突如現れた二人は味方であろうと好意的に捉えた。


「時間がありませんので加勢いたしますぞ。わたくしはヘルマンと申します」


 白髪の男はスイールをチラリと一瞥して、自らの名を告げ強引に加勢すると体を低くしブロードソードを体の前に構える。

 そして、黄色の髪の女もヘルマンと同じように身を低くして、いつでも飛び出せる体制を整えて合図を待っていた。


「僕と彼の勝負に介入しようとするなんて無粋な真似をしないでくれるかな?それとも体に風穴を開けて欲しいとでも言うのかい!」


 一旦下げた杖を再び体の前に持ち上げ魔力を集め始める。


「介入?これは介入では無く時間短縮です。それよりもご自身の無事を祈るべきかと申し上げます」


 ヘルマンは、自信満々に自らに魔法を放とうとするラザレスにそう言い放つと、スイールに”目くらましをお願いします”と小さな声で告げて来た。

 目くらましとは何を言っているのかと刹那の時間考えあぐねるが、どう考えても魔術師に期待する答えは一つしか無いだろうと即座に魔力を集め始める。

 目くらましに使う魔法であれば人を殺めるほどの魔力を込める必要は無く、ラザレスに先んじて魔法を放った。


火球ファイヤーボール!」


 刹那の時間で集めた魔力を火球ファイヤーボールに変換しラザレスとの丁度中間地点に着弾する様に放った。

 それと同時にヘルマンと黄色い髪の女が待ってましたとばかりに石畳を蹴って戦いの中へと飛び込んで行った。


 その一連の流れで一番驚いたのは魔法を放とうとして魔力を集めていたラザレスだ。

 低く構える白髪で老齢のヘルマンを蜂の巣にしてやろうとかと魔法を放とうとしていた矢先に、スイールからの魔法が放たれ、爆炎で視界が半分程にされてしまった。

 その煙で当然の様にヘルマンを視界から消されてしまい、真っ直ぐに向かってくるだろうと予想して魔法を放った。


氷の針アイスニードル!」


 スイールが火球ファイヤーボールのために集めた魔力の五倍に相当する魔力が瞬時に魔法に変換され、ラザレスの目の前に無数の細い錐状の氷柱つららが出現して爆炎の煙の中へと飛び込んだ。


 氷柱の攻撃力など高が知れてるが、それが数え切れぬ程に集まり点ではなく面で攻撃を受ければ人など瞬時に串刺しとなり大量の血を流して死に絶えるであろう。

 ラザレスは魔法を放つと同時に敵を仕留めたとニヤリと笑みを浮かべたが、それが間違いであるとすぐに気が付いた。


 自らの正面に無数の氷柱を体のあちこちに刺さった白髪の老人が現れ倒れると予想していた。だが、ラザレスがその目に焼き付けたのは爆炎の中を横に飛び退き、人と思えぬ速度で接近する白髪の老人の姿だった。


「くそっ!」


 勢いに乗って飛び込んで来る敵に近距離で魔法を再び放つなどラザレスでもスイールでもそれは不可能だ。僅かな時間とは言え魔力を集めている最中に切り刻まれてお終いだろう。

 その一撃と相打ちになる覚悟で魔法を放とうと思えば出来ない事も無いが、ラザレスは自らの命を懸けてまで勝ちたいとは思ってもいない。

 当然、最後の手段は体を捻って攻撃を躱すだけであるが、それがとてつもなく難しい事は白髪の老人の飛び込む速度を見れば一目瞭然だろう。


 僅かに体を捻って躱す魔術師のラザレス。

 勢いに乗って飛び込み一撃を与えようとする老齢のヘルマン。

 何方に軍配が上がるかは誰の目にも、いや、両者が良く知っていた。


 体を後方に倒しながら石畳を蹴り体を回転させるラザレスに、前のめりになりながらブロードソードを掬い上げる様に切り上げるヘルマン。

 ヘルマンの予想よりもほんの僅かに早く後方へ倒れたラザレスに、彼の切っ先は届かなかった。だが、重い手ごたえは無くとも、大根だいこん程の何かを切り裂いた軽い手ごたえが、ブロードソードを握る手にハッキリと届いていた。


 ラザレスに迫ったブロードソードの刃が左前腕部の中程で切り落としていたのである。


 ゴロゴロと石畳を転がるラザレスは突然の痛みを感じ、その原因をしっかりとその目で見てしまう。普通なら痛みで意識を失う筈だが、彼の強力にして絶対的な自信がそれを許さなかった。


「ぼ、僕の腕がぁ!!」


 鮮血が留まる事をを知らずに流れ落ちるさまを見ながら絶叫する。

 しかし、ラザレスも魔術師だけあって回復魔法をある程度習得していた。

 魔力を集めると即座に発動して回復魔法ヒーリングで傷口を塞いでいた。


「お、お前達!僕の周りに集まって守りを固めろ!」


 大口を叩いていたが、左前腕部を中程から無くしたラザレスは既に戦う気力を無くし兵士や黄色い髪の女と戦いに明け暮れる男達に指示を出して守りを固めようと自らの傍に集める。


 兵士三人に黄色い髪の女が加わった事で戦線を構築していた戦力の一端が崩れ、敵の一人を屠る事に成功していた。

 そのために数の少なくなった味方を見て、ラザレスはこれ以上は戦えぬと、全速力で指示を出しながら脱兎の如く背中を見せて振り向きもせずに逃げ出した。

 ”覚えてろ”と最後の言葉を残して。


「えっと、加勢してくれたことに礼を言わないといけないかな?」


 スイールはホッと一息ついてヘルマンに近付こうとしたが、手を出してスイールの接近を拒んだ。


「いえ、申し訳ないですが、まだ終わりではありません」


 道と屋敷の境界を構築している壁に視線を向けると再び剣を構えて戦闘態勢を取る。


「奴らよりも厄介かもしれませんが、もう一戦お願いします」


 ヘルマンの視線のさらに先、壁をへたてた反対側に殺気をほとばしらせる敵を察知した。

 苦戦しそうだとスイールは思うのだが乗せられてしまった手前、ここで降りられる筈も無いと再び細身剣レイピアを正面に向けて魔力を集め始めるのであった。




※スイールの戦いは終わりです。

 あとはヴルフの戦いを……。

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