第十三話 アニパレ襲撃、もう一つの迎撃

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 ブールからアニパレの街での会合に参加したジムズ達の馬車が襲撃された数刻前に時間はさかのぼる。


 遥か東の島国、上代国かみしろこくから東回りの客船に乗り、トルニア王国の西の巨大な港湾都市アニパレにミルカ達が上陸してすでに数日が経過していた。

 そのミルカ当人はヴェラやファニー、そして帝国の暗殺部隊に命を狙われている前皇帝の血を引く唯一の行き残りのクリフとその従者兼護衛で老齢のヘルマンとは別行動をしていた。上陸初日から酒場や賭場など脛に傷を持つ者達が屯してそうな場所を訪ねてはディスポラ帝国に関する情報を聞きまわったり、逆にいまだに噂すら回っていない帝国の情報を吹聴するなど忙しく動き回っていたのである。


 ある時にはエールを煽り酔ったふりをして管を巻いたり、ある時には陰湿な気配を感じる情報屋に接触したりと精力的に活動していた。

 その格好は夏の日差しを遮るフードの付いた短めの外套に、トルニア王国では珍しい太刀を背中に背負う格好のまま、まるで”見つけてください”とでも言う様にである。


 この日は太陽が活発に活動する昼までいつもと同じに活動をしていたが、同行しているクリフが宿に飽きて来たと精神的な苦痛を訴え始めたために、昼前からアニパレ観光に興じていた。


 幼少期に絶対的な皇帝が支配するディスポラ帝国から放逐されたクリフは、帝国と先日まで生活をしていた上代国以外の土地を殆ど知らない。

 そのクリフを連れ出してみれば、見るもの見るもの全てが珍しく写り、目を輝かせてはしゃぎ回っていた。


 幾ら、皇帝の遺児であるとは言え、クリフはまだ成人として認められぬ十三歳、子供っぽい姿を見せるのは至極当然であろう。

 その姿を見て、従者兼護衛のヘルマンはハンカチを出して目頭を押さえるほどだった。


「なぁ、ヘルマン。クリフとは何処にも旅行はしなかったのか?」

「ミルカ殿、そうです。クリフ様は自らに何かを律して、自身を追い込んでいたようです。それで生活の場から離れる事無く勉学や身体を鍛えていたようです」

「なるほど、それであれか……。物珍しさに目を輝かせているのは今までの反動か……」


 船上で仲が良くなる程に過去の話を聞いていたが、上代国を漫遊したとは聞いていなかった。ミルカは上代国を色々と回り歩き、土地土地に特色ある風景や生活環境があり楽しい事ばかりだったと思い出していた。

 もし、子供の心を持っていれば、はしゃぎ回るクリフの様になっていたかもしれないと自らをクリフに重ねて笑みを浮かべた。


「帝国から追放された身でありましたが、何があってもいい様にと頑張っておられました。ですから、皇帝陛下がお亡くなりになり何かが変わったのでしょう。もしかしたら、ミルカ殿のようになりたいと考えているかも知れませんな」


 皇帝の血を引き末席からも転げ落とされたとは言え、親兄弟から万が一を言われてからでは遅いと言い聞かせていたのかもしれないとヘルマンは表に出さぬクリフの心情を語った。

 そして、皇帝や血を分けた兄弟に親戚までもが命を奪われたと知り、血の呪縛から解き放たれた今、目標を無くしたクリフがミルカの姿を目標に定めたのだろう、とヘルマンは付け加える。


「俺の様にか?それは無いだろう。船上で話した様に、敗残兵で戦場から逃げ出しただけの臆病な男だぞ」

「それでもミルカ殿はクリフ様を救って頂きました。力弱きクリフ様に手を差し伸べられました事こそ、目標とすべき姿と写ったのではありませんか?」


 ミルカは敗残の将だった自らを目標に据えるなどありえない冗談だと鼻で笑って返した。だが、言葉を並べて過去を想像し脳裏に浮かべたミルカの姿よりも、クリフに手を差し伸べた力強いミルカの姿を幼い瞳に焼き付け憧れに似た感情を抱いても不思議では無いだろう。

 それこそが、ミルカを目標とするクリフの今だろうとヘルマンは告げる。


「そうなのか?」

「さぁ、わたくしは何とも申せません。ですが、クリフ様がお手本としている事だけは確かです」


 だが、そんな素振りを見せぬクリフに、ミルカは納得しなかった。

 それでも、ヴェラやファニーと共に体全部を使って喜びを表現しつつ、興味あるものに瞳をらんらんと輝かせて向けるクリフを見れば、それも悪くないとミルカは微笑んだ。







 笑みを浮かべてクリフを見ていたミルカだったが、急に険しい表情を見せながら担いでいた太刀を左腰に持ち替える。そして、先程まで会話していたヘルマンを視界に隅に入れながら口ごもる様に言葉を投げ掛けた。


「ヘルマン、気が付いているか?」

「ええ、うっすらとですが、殺気が漏れ出て伝わってきますな」


 上代国のあの地でクリフの護衛として戦ったが、さすがに一度に十人も相手にしては分が悪く大怪我を負っていた。だが、手練れの老兵はヴェラやファニーが感知できぬ遠目からの殺気をミルカと共に感じ取っていたのだ。

 両手を短い外套に押し込めるとそれぞれ二つの武器の柄に沿わせ殺気を抑えながら周囲に気を張る。


「ヴェラ!ファニー!クリフを守れ」


 ミルカの声にヴェラとファニーは何事かと武器に手を添えた。

 気を周囲に向ければかすかに漂う殺気を感じ警戒態勢を取る。


 クリフが好奇心全開であらゆる場所に視線を向けていたとはいえ、人通りが少なくなったばかりのこの場所を襲撃する馬鹿は居ないだろうと高を括っていたが、よもやその馬鹿が目の前に現れるなど何の悪夢かとミルカは溜息を吐きたくなった。

 しかし、それが現実であると認めねばこの場で死あるのみ、とクリフを中心に守るヴェラとファニーから前に出て腰を下ろし敵の襲撃に備える。


「来るぞ、気を付けろ!」


 ミルカの言葉にクリフは”ヒィッ!”と小さな叫び声を上げて身をすくめ体を硬直させる。

 そのクリフを守る様にヴェラとファニーが前後を囲むように位置取りをして、掴んでいた柄に力を込めてブロードソードを抜き放つ。

 ミルカから一番遠くの後方には、ジリジリと歩み行くクリフの従者兼護衛の老兵ヘルマンがショートソード二本で守りを固める。


 ミルカ達に向かい来る者達の殺気が夜の帳が降りつつあった暗闇からほとばしる様に現れる。それと同時に月明かりすら届かぬ暗闇から、殺気を纏った黒く塗りつぶした鋭いナイフがミルカ達に飛来する。


「ハァッ!」

「ふんぬっ!」


 ミルカは左の腰に持ち替えた太刀を抜刀すると同時に飛来する黒く塗りつぶしたナイフを叩き落した。

 当然、後方に位置するヘルマンも抜き放った二本のショートソードを振り、ミルカと同じく飛来するナイフを叩き落す。


 ミルカとヘルマンがナイフを叩き落すと同時に、ナイフに隠れる様に仮面で顔を隠した者達が二人ずつコンビを組んでミルカ達に襲い掛かってきた。


 片刃のショートソードを向けて掛けて来る者達を見たミルカは、抜刀して振り抜いたままの太刀を返す刀で振り返した。

 仮面の者達はそれも計算に入れていたらしく、足で制動を掛けると僅かにミルカが振り抜いた達の切っ先から逃れた。

 当然、制動を掛ければそのまま攻撃しても跳ね返されるだけだと仮面の者達は一旦攻撃を諦めミルカから距離を取った。


 後方を守るヘルマンはと言えば、ナイフを叩き落した勢いに乗り石畳を蹴って向かい来る仮面の者達へと飛び込んで行った。

 ヘルマンが前進した距離が僅か五十センチとは言え、仮面の者達は間合いを狭くされれば目測を誤るも仕方がないだろう。だが、そのわずかな差が勝敗を決めた。


 刀身の長さは双方同じく六十センチ程。自ら間合いを縮めたヘルマンに対し、突如予定にない行動を取られた仮面の者達のどちらが有利に事を進められるかは明白だ。

 ヘルマンが右手のショートソードで一人目の攻撃を受け流している隙に、二人目の攻撃を躱しながら左手のショートソードを胴体の満々中に突き立てていた。


 同時に攻撃して来たつもりだろうが、ヘルマンからすれば同時ではなく時間差攻撃と見なされる程につたない攻撃だった。


「す、凄いな……」

「どうだ、凄いだろう。ヘルマンは誰にも負けないんだ!」


 ヘルマンの後ろでクリフと共に警戒していたファニーはその剣捌きに感嘆の言葉を漏らしていた。そして、いつの間にかブルブルと震えていたクリフがさも当然の様にヘルマンに賛辞の言葉を贈る。


 だが、当のヘルマンはと言えば左手のショートソードを敵に深く突き刺してしまい危機を迎えつつあった。

 そのまま引き抜けばすんなりと抜ける筈だが、敵が最後の力を振り絞り抜こうとするショートソードを押さえていた。自らの命がもう幾ばくも無いと知っての行動に驚愕の目を向けるが、”それならば”とあっさり左手のショートソードを放して敵に蹴りを見舞い、戦闘不能で邪魔になった敵を戦闘区域内から蹴り飛ばした。

 それから、石畳に落ちた仮面の男の片刃のショートソードを蹴り上げて左手で逆手に握り敵に備える。


「さて、戦闘再開と行きますか?」


 クリフを守ろうと上代国では怪我を負ったが、元々戦闘能力の高いヘルマンは連携のつたないたった二人の敵では歯牙にもかけぬ程の猛者である。

 一人を虫の息にしたが、上代国で襲ってきた暗殺者と比べても実力者を集めて来たと見て、このままだとジリジリと戦況が乏しくなると見ていた。


 それはミルカも同じであり、どうすれば良いかと考えあぐね始める。


 逃げて隠れるだけならともかく、追手はディスポラ帝国の暗殺者共だと予想すれば、安心など出来る暇もない。それに、せっかく撒いた餌に引っ掛かってくれたのだから、きっちりと釣り上げて美味しく頂くべきであろう。

 それならばとミルカは外套の合わせ目に左手を添えると、石畳を蹴ると同時に外套を強引に外し仮面の敵に向かって投げ付けた。


 仮面の敵は思わぬ攻撃に咄嗟に後方に飛び退いたが、それはミルカの予想通りの行動であり、敵にあっさりと追い付くと太刀を一閃して簡単に首を刎ねて赤い雨を降らせた。


「さて、あと一人ずつだ。逃げてもいいんだぞ」


 後方で一人を倒していたヘルマンをチラリと視線で追いながら生き残った仮面を被った敵に切っ先を向けながら言葉を告げる。

 だが、仮面の敵は肩を震わせ、口まで覆った仮面でくぐもった様に”クククク”と笑い声を上げていた。


「お前達が何者か知らぬが、我らが四人でここに来る筈も無かろう。噂の元が得体の知れぬ武器を担いでいると情報を得ていれば、用心するに越したことは無い。ただ、お前達がかなり腕か立つと読み間違えた事は痛いがな」


 仮面の男がそう告げて左手をすっと軽く上げると、暗がりから新たな殺気を持った者達がひたひたと姿を現した。

 その数はミルカの前に六人、後方のヘルマンの前に五人だ。


 最初に現れた四人のうち半分、二人を倒したが、さらに十一人が追加で現れ上代国に現れた暗殺者よりも気の抜けぬ相手が十三人にもなれば、ミルカ達はこの場を脱するだけで精いっぱいと考えても仕方がない。


 人通りが無くなり際限なく武器を振るえるとは言え、狭くもない道の途中で戦いになれば、足手纏いのクリフをいかに守り切るかが課題となろう。クリフを失う事はミルカ達の敗北を意味し、それだけは避けねばならぬとクリフを中心にじりじりと下がりながら、どの様に切り抜けようかと考えを巡らせる。


「ちょっとした小物を釣り上げるつもりだったが、網で持って一網打尽にしなければならぬ程の数が揃うとは計算違いだ。だが、帝国が何やら良からぬ事を考えているとだけはハッキリしただけでも餌をばら撒いた甲斐があったかな?」


 ニヤリと笑みを敵に向けながら事は成ったとほくそ笑むミルカ。

 だが、囲まれている現状には変わりなく、何か切り抜ける算段が無いものかと目を細めて視線をあちこちに巡らせる。


 ミルカ達は道の中央とは言え、道沿いの壁を背に集まり四方向からの攻撃にならぬようにと備えていた。言い換えれば、仮面の者達はミルカ達を半円をかたどる様に包囲している。

 そして、ミルカの視線が一つの脱出口を捉えれば、それに掛けるしか今は逃げられぬだろうとみて、すぐさまヴェラとファニーに声を掛ける。


殿しんがりは任せろ、逃げるぞ!」


 あえて敵の人数が多い場所へミルカは飛び込むと太刀を一閃する。

 一人でも敵を屠れれば、いや、怪我を負わせれば御の字だと考えていたが、ミルカの腕をもってしても飛び込んでの攻撃はあっさりと躱されてしまい、敵の戦闘能力が十分高いと証明する事になってしまった。

 だが、逃げ道を確保するとの意味合いにおいては及第点の結果を力づくでミルカは出していた。


「さぁ、逃げるわよ!」


 ヴェラがクリフの手をしっかりと握って引っ張り、ミルカの開けた包囲の穴を駆け抜ける。そして、向かいにあった下級貴族とも商人とも見える開け放った屋敷の門を潜りその庭へと逃げ込んで行った。

 ヴェラの後にはファニーが続き、遅れてヘルマンが飛び込んだ。


 そして、殿のミルカは開け放っていた門の前で太刀を横に一閃して敵に牽制の攻撃を向け、怯んだ隙に逃げがヴェラ達を追い掛ける。


 屋敷の門が何故開け放っていたかは誰も理由を知らないが、ミルカ達には逃げ道として活用できるだけの道を救いの神が用意してくれたと思うしかなかった。それを抜けて、今は煌々と窓から光が漏れる屋敷の裏を駆け抜けている。

 すぐに敵が追い付くだろうが、それまでに有利な場所を見つけなければと懸命に足を動かす。クリフも息を上げながら子供と思えぬ程の足の運びでヴェラに付いて行く。


 そして、屋敷の門の対角線上の場所に間も無く到着しようとしたときに、屋敷境を構成する壁の向こうから爆炎が上がり、帳の降りた暗闇を真っ赤に焦がしていた。


(先回りされた?)


 ミルカ達の誰もが敵に先回りされ進路を塞がれたと感じただろう。しかし、追いかける相手が暗殺者であればあんな派手な攻撃を行い、周囲に戦いが起きているとあからさまな行動は慎むだろう。

 先程も初手は暗がりからナイフを投擲されたと思い出せば、別の戦闘が起きている可能性が高いとミルカは感じ取った。


 三つ巴か、四つ巴か。それはどうでも良く、混戦に持ち込めば勝機は生まれる筈だとミルカは自らに言い聞かせる。

 そして、壁を登り切るには誰に補助を頼むかを瞬時に割り出す。


「ファニー、悪いが足場を!」

「はいっ!」


 クリフの手を引くヴェラは彼を守らなければならぬし、子供のクリフは当然不可能だろう。そして、手練れのヘルマンを戦力から外す訳には行かぬとあれば消去法でファニーしか残らない。

 女のファニーに頼むのは心苦しいが、生き残る術を無駄にする訳にも行かぬと彼女に命じてしまったのだ。


「壁の向こうを見て来る。合図を出したら壁を乗り越えてくれ」

「わかった!」


 壁に背をしたファニーが手を組むと、それを足場にミルカは壁を一気に飛び上がるのであった。




※さて、壁の向こうで上がった爆炎。真っ暗な夜空を真っ赤に焦がす爆炎は誰の仕業なのか?

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