第八話 宰相の地位から落とされた後の出来事?
※今回は珍しく、過去の話です。
次回で終わりますから、少しの間、お付き合いください。
レネが帰還して数日後、皇帝の執務室にレネは呼ばれ、仕える主の前で跪いていた。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「待ちわびたぞ、レネ」
「休んでるところに申し訳ないが、もう一働きを頼みたい」
「いえ、陛下自らのご下命、身に余る光栄でございます。既に数日の休養をいただき、気力、体力共に万全で御座います」
レネは胸に片手を当てて、改めて頭を下げる。
「そう言ってくれると頼もしい限りである。さて、頼みごとの前に話しておかなければならぬ事がある」
「と、申されますと……」
溜息を吐きながら言葉を綴る皇帝に首を傾げるレネ。
余程、口にしたくは無い事情があるのだろうと推測する。
「どうやら、先帝の血の繋がりを一部、この世に留めてしまった」
「それはいまだ、我の耳に届いておりませんが……」
皇帝からもたらされた言葉にレネは驚きを隠せなかった。
諜報関係の情報は大小関わらず彼女に情報が集約される。
その彼女がまだ掴んでいない情報を皇帝から教わるなど、本来はあり得ないのだ。
「それは
「間違いない。神からのお告げだ」
皇帝の口から
”神から”と皇帝の口から吐かれた言葉に間違いを覚えた事は無いのだが、それがいつも的確で外れた事がない。
レネを始めとする側近の三人も、その”神”からの言葉に従った結果だと皇帝から聞かされ、告げられた言葉を無下には出来ないが、その奥には得体の知れない何かを感じ取っていた。
そして今、皇帝の口から先帝の血と聞けば、対処せざるを得ない状況でもある。
旧皇帝を倒してからすでに半年余りが過ぎ、先代よりも善政を敷き国内の混乱も収まりつつあった。そこに、旧皇帝の血筋の者がいきなり現れ市民を扇動されたらなびく者が出てくる可能性もある。
そうなる前に先手を取る、それが皇帝からの命令だった。
「直ちにそれを探し出し、皇帝陛下の御前に並べて御覧に入れます」
「頼もしき言葉だ。期待しておるぞ」
レネは皇帝からの言葉を胸に、早速諜報員を手配しようと皇帝の前から去って行った。
レネを見送った皇帝は
皇帝の玉座を奪ってすでに六か月、宰相の座を追われてからを考えればすでに六年の歳月がすでに過ぎ去っている。
皇帝は椅子に深く座り身を委ねて、”神”と名乗る得体のしれない者からのお告げが無いかと目を瞑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皇帝が”神”と
宰相の位を利用し皇帝の野心に火を付けさせ、十万もの兵士を投入してスフミ王国の国力を徐々に削ぐ戦略を立てたが、その意図を完全に看破され将軍を含むほとんどの兵士を失い帝国存続に危険信号を灯してしまった。
それが皇帝の逆鱗に触れ処罰される手前までになったが、それまでの功績から命だけは何とかつなぎ留めて、権力とほど遠い地位と監視の日々に重んじる事となった。
そんな彼の身に変化が訪れたのは、宰相の座から落とされた約一か月後の事だった。
ベッドに入り、監視と言う針のむしろからこの日も一日無事に過ぎった事を幸運と思い、寝入った後の事だった。
気が付くと、
(さて、これは夢か、幻か……。まぁ、どちらにしろ私には関係ない事だ)
再び瞼を閉じて落ち行く感覚に身を委ねようとしたが、何者かの声が頭に響き彼の精神を目覚めさせる。
『さて、負け犬の宰相閣下はここで朽ち行く運命を受けれるつもりかね?ゴードン=フォルトナーよ』
人とも獣とも思えぬ不思議なその声色に、そして、自らの名前を呼ばれれば何者かと聞かざるを得ないと思うのだった。
「誰だ!私の名前を呼ぶ奴は!出てこい、成敗してくれる」
腰に帯びた剣を抜き放てば、真っ暗な空間にも関わらず刀身がきらりと光りを放つ不思議な光景を映し出していた。だが、抜いた本人は頭に響く声に意識を奪われそれどころでは無かったようだ。
『誰か……。自ら名乗るなど忘れておったわ。そうだな、我の事は”神”と名乗るとするか』
「神だと?神などこの世に居るものか。私も都合のいい夢を見るようになってしまったのだな……」
頭の中に響く”神”と呼称する何かに不機嫌になりながら、”これは夢だ”と溜息を吐きながら剣を収める。いい加減、夢から覚めないかと思いながらであるが……。
そして、自らの夢に崇めもしない”神”が出てくるなど気が触れたかと思うしかなかった。
だが、”神”と名乗った声の主は、彼が溜息を吐くのも気にせず再び問い掛けた。
『我が信じられぬのならばそれでも良い。負け犬として、一生をこのまま過ごすのであれば我は何も言わぬが、もう一度、己の野心に従うのであれば、策を授けても良いが如何する?』
さすがにその言葉を信じる事が出来ず、ただ鼻を鳴らすだけだった。
夢にまで現れた”神”と呼称する何かが、何を言うのか、と。
「そんな言葉を信じられるか!帰れ、私の前から消え失せろ!」
彼は手を大きく横に振り、見えない”神”から逃れようとする。
『信じられぬのであればそれで良い。だが、二つ程、我の言葉が真実であると証明しようではないか』
「証明だと?夢の言葉が証明など出来るものか!」
『信じるも信じぬもお主の勝手だ。まずは、そなたが眠る石造りのベッドを調べるが良い。何処かに隠し通路が眠っている筈だ』
その言葉に彼は脳天を撃ち抜かれたかのように驚きを隠せずにいた。
なぜなら、彼が眠るベッドは巨大な石を集めてベッドにしてあったからだ。彼自身もそのベッドが石造りであったと知ったのはほんの数日前でベッドメイキングの途中にうっかりと寝室に入り込んで初めて知り得た情報なのだ。
その石造りのベッドに隠し通路の入り口が作られているなど思いもしなかった。
『ではもう一つ。十日後、昼食を取り終えてすぐ馬車でここから北を目指すが良い。そこでお主に変わって手足の如く動く三人を手に入れられるだろう』
ベッドに隠された通路が本当かどうかはすぐにわかるだろう。だが、十日後の行動など誰が予測できるかと疑いの心を持たざるを得なかった。
『当然、我の存在など疑うのもわかっている。その二つが我の存在を証明してくれるだろう。そろそろ時間だ、また会おう、負け犬よ』
「誰が負け犬だ!二つともが嘘ならお前の話は二度と聞かないからな!出てきても無視してやるさ」
”神”と名乗る存在が消えた真っ黒な空間にただ一人でいた彼は、すぐに意識を手放した。
それから彼が目を覚ますと、いつも通りの天井が目の前に現れ現実に引き戻されたのだと感じざるを得なかった。
ゆっくりと上体を起こしきょろきょろと部屋を見渡すと、夜が明けたばかりで暖炉に火も入らず冷たい空気が肌を撫でていた。
(とんだ夢を見たものだ……)
夢の出来事を全て思い出しながら彼は呟いた。
人とも獣とも思えぬ声色の主から意識を手放す瞬間に、ベッドの隠し通路と十日後の出来事を強制的に脳裏に焼き付けられたと頭を抱えた。
起こしに現れる侍女もまだ見えぬだろうと、彼はベッドから起き上がり騙されたと思いながらベッドを丹念に調べ始める。
そして直ぐに、脳裏に焼き付けられた光景と瓜二つの場所を発見した。
「ま、まさかね……。偶然だろうが……!」
脳裏に焼き付けられた通りに石造りのベッドを押すと殆ど力を入れてもいないにもかかわらずベッドが動き壁の中へと仕舞い込まれてしまった。
そこに残ったのは、真っ暗な地下へと降りる階段と、そこから匂ってくる鼻腔を刺激するカビ臭と、その暗闇を見つめ茫然と立ち尽くす寝間着姿の男だけだった。
「は、はははは!何をやっているのだ私は!」
ぽっかりと開いた暗闇を見つめ思わず笑い声が漏れ出る。そして、片手で目を覆い口角を上げながらぼそりと呟く。
「野心か……。あれから全ての野心は消え失せたと思ったが、まだ燃えるだけの野心は残っていたとはね。負け犬と言われたが、まだまだ負け犬になる訳にはいかんな、これでは!」
再び、いつも通りの野心を見せぬ表情に戻すとベッドを元通りに戻し何食わぬ顔でベッドに潜り、侍女が起こしに来るのを待った。
それから十日後。
”神”と呼称した何かから脳裏に焼き付けられた通り、馬車で北を目指していた。
当然、ベッドに隠された通路の行く先も判明し、街の何処から出入りができるかも判明していた。さらに、何故あの部屋に隠し通路が作られていたかも明らかになった。
彼が寝室にしているあの部屋、実際は王城の離れなのだが、そこは初代皇帝が寝室に使用していた。何者かに狙われたときの脱出路だったが、二百年近くも経っていれば忘れ去られるのも当然だ。
隠し通路など文献に残る筈も無く、ひっそりと忘れ去られて行った。
そんな事を思いながら、彼は馬車に揺られ車窓から風景を眺めていた。
そして、ふとした事から皇帝に謁見したあの時を思い出した。
「まさかこんなに簡単に許可が下りるとは思わなかったな……」
皇帝に息抜きと下々の働きを見たいと願い出たのは”神”が夢に現れて直ぐだった。
老公伯と言えども部屋に籠りきりでは息が詰まってしまうだろうと、監視の兵士を三十人ほど引き連れてでの外遊を許可された。
あの時は床に視線を落とし思わず笑い声を漏らしてしまいそうになり、堪えるのが大変だった。
そして今は、皇帝の居する帝都ディスポラスを出発し既に二時間は馬車を走らせていた。
あの”神”と呼称する何かから脳裏に焼き付けられた光景を思い出せば、”そろそろ頃合いか?”と、馬車からきょろきょろとあちらこちらに視線を向ける。
「おい、あれを見ろ!」
馬車の進行方向で喧嘩を発見する。
当然、お供の兵士達も既に発見しているが、彼らの仕事は馬車に乗る老公伯を守る事であり、監視する事である。三十人いても誰も向かう兵士は居なかった。
「こら、なぜあれを止めん!二十人ばかり向かわせろ。私は動けん、お前達だけが頼りなのだぞ」
そのように兵士長に告げるとその場に馬車が止まり、兵士長を含めた二十名が喧嘩の騒ぎを鎮めようとその場を離れて行った。
それからしばらくして騒ぎがおさまると一方的に殴られていた三人を連れて兵士長達が戻って来た。
その三人に暴行していた者達は、兵士が近付くと一目散に逃げて行った。
それでも気付くのが遅れた数人が、兵士の振るう
「ほほう、良い顔になったもんだな」
腫れあがった頬を抑える男二人と二人に守られた女一人に馬車の中から声を掛ける。本来なら馬車を降りて声を掛けたかったが、兵士長から何があっても馬車を途中で降りてはならぬと言われていたのでそれは諦めた。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます」
「なに、気にするな。
頭を下げて来た三人組に上に立つ者の義務でたいした事ないと告げる。
偶然を装っているが、”神”が脳裏に焼き付けた光景と同じで必然であることは誰にも悟られてはならぬのだ。
二つまでもが真実であるのならば、”神”を信じざるを得ないことも確かだ。
そして、目の前の男女の三人は”神”から告げれた、手足の様に動いて貰う部下として密かに連絡を取る必要があるだろう。
「お前達は何処に向かっているのだ?」
「帝都に向かっている所でした。それをあの乱暴者達がいきなり襲い掛かってきて……」
「なるほどな。で、兵士長。何名かこの者達について帝都に向かえないか?」
傍に控える兵士長に尋ねてみるも、納得せぬ表情を見せ溜息を吐きながら口を開いた。
「二名でしたら大丈夫ですが……」
「それで良い。それと怪我では路銀も足りんだろう、これを持って行け。治療院に行くか、
兵士長からの言葉を受けると、護衛が何もいないよりもマシだろうと彼等を眺める。
そして、
「何から何まで、ありがとうございます」
再び深々と頭を下げた三人は護衛の兵士二人を伴って帝都ディスポラスへと向かって行った。それを見送る彼は、これが上手く行き自身の野心を再び燃え上がらせられるかと賭けに出たのであった。
※老公伯:架空の地位。公爵と伯爵を合わせて隠居の意味を持たせた”老”をあてがった。地位は皇帝に次ぐが隠居のみとしたことで権力を一切持ち合わせない。
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