第九話 新皇帝の野望、血なまぐさい帝都

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「で、俺達に何か用か?」

「…き、来てくれたか……」

「ああ、こんなのを入れられたら、来ないわけにもいかないだろう」


 暗い中にポツンと薄く灯る魔法の白い光だけが支配する部屋に三人の男女が入る。

 先日渡された路銀の袋に入れられたこの場所と時間のメモを見せながら。


 彼らの視線の先に一人の男がうっすらと輪郭を浮かび上がらせてきた。

 その得体の知れぬ男に高圧的な態度で声を掛けてみれば、何もかも知り尽くしたような声が返って来る。ただ、若干の喜びを孕むなんとも言えぬ声に違和感を覚えて……。


 そして、ドアを閉めると魔法の光の光量をあげ、まるで昼間かと思うほどに煌々と部屋を照らした。すべての窓を閉め切り、光の漏れる隙間の無い部屋に異様な姿をした四人が浮かび上がった。


「まずは来てくれたことに礼を言おう。リヒャルト、フェルテン、そして、レネよ」

「な、なんで俺たちの名前を知ってるんだ!」


 三人の中で唯一、目立つように剣を帯びていたフェルテンは、柄に手を掛けて疑いの言葉を投げつける。誰にも名乗っていないにもかかわらず、何故知っているのかと……。

 数日前の護衛に付いた兵士にも名乗る事もしていないと考えれば、あれから調べ上げたのだろうと告げるのだが……。


「お前達の名は出会う前から知っているさ。あの騒ぎに居合わせたとでも思ったか?」

「あれが偶然では無いだと?そんなこと信じられるか!」


 剣の柄に添えた手に力を込めてフェルテンが睨み返す。

 一触即発の雰囲気に誰もが固唾を飲み込む。

 一歩間違えれば、この場は血飛沫が舞う悲惨な現場となってしまうだろう。


「知っているとも。お前達三人が力試しに村から出て来た事も、仕官の当てもない事も、みんな知っているさ。と言うか、私が誰だかわかっているのか?」


 魔法の白い光を少し遠ざけ自らの顔にあたる光を弱めるが、三人は首を傾げるだけで答えを口にする事は無かった。

 それもその筈で、彼らの村には人の噂は伝わって来ても人の顔が描かれた印刷物が回って来るなどそもそも無いのだから。


「ゴードン=フォルトナーと言えばわかるだろう?と、偉そうに言っても、実際は権力など何も持っていない、ただの隠居だがな」


 ゴードン=フォルトナー。その名前は彼らの村にも当然届いている。

 宰相であり皇帝の懐刀として長年信頼を向けられていたが、先日の戦争の責任を取らされ地位を追われた、と。

 一説には首を刎ねられたとか、他国へ人質に出されたとも噂されたが、本人と称する人物が目の前に現れれば驚くのも無理はないだろう。

 だが、そんな人物がこんな真夜中に人目を忍んで隠れて自分達に会う筈が無いと思うのも道理であるのも確かだ。


「その宰相様が本物だと証明出来る筈も無い。俺達は騙されたんだよ、こんな奴ほっといて地道に仕官の道を探そうぜ」

「全くだ……。あの手紙に騙された、速く宿に帰って寝ようぜ」


 リヒャルトは本人だと証明できないだろうと高を括り、二人に帰ろうと促すのだが……。


「まぁまぁ、ちょっと待て。これを見てもそう言ってられるか?」


 先日、皇帝から老公伯の地位を贈られた時に、立派な羊皮紙に署名入りの書状を同時に受け取っていた。それを無造作に懐から取り出して彼らの前に提示したのだ。

 金粉や宝石の粉がちりばめられ、この世に二つとない程に見事な職人技の数々を彼らは目の当たりにした。それに皇帝直筆のサインと印が押され、誰が見ても贋作は不可能とみてとれた。


「宰相ではなく、元宰相な。今は老公伯の地位を頂いている」

「私が見聞きしたのと一緒の地位ね。間違いないわ」


 リヒャルトとフェルテンの二人は胡散臭そうにその羊皮紙を見ていたが、レネだけは耳にした情報とその羊皮紙の記載内容を比べて、本物であると結論付けていた。


「レネが仕入れた情報と同じか……。それなら信じるしかないな」

「仕方ねぇか」

「疑いが晴れてホッとしてるよ」


 紅一点のレネが二人に本人だと告げると怒りを収めた。

 情報を精査し処理する能力が三人の中で随一のレネの言動に、二人は何時も助けられていた。そのレネからの言葉を聞けば二人は仕方無いと話を聞く姿勢を取った。


「まぁいいや。アンタはその地位を使って俺達を調べたって事にしておくよ、今はね」

「僕達を呼び出して、如何するつもりだったのか?聞かせてくれるだろう」

「私達が納得する答えを期待しているわ」


 元宰相で老公伯の地位を受けたと告げたゴードン=フォルトナーに三人は疑いと、期待を孕んだ視線をむけ、彼が語るのを待った。


「現在、私には権力は無い!これだけは先に伝えて置く」


 ”それじゃぁ!”と食って掛かろうとしたフェルテンをリヒャルトが腕を彼の前に出して制止し、話しを続けるようにと促す。


「権力の無い老公伯などにしがみ付いているつもりも当然無い。何時かは権力の座に帰り着き、この手に世界を掴みる!」


 彼は三人の前に手の平を出し、”ぎゅっ!”と握り締めながら力強く語った。


「そこでだ、お前達に私の下で働かんかと誘いに来た訳だが、如何する?衣食住の心配は無い……とは言えんのが実情だが、活動資金だけは心配しなくても良い」


 それから、数年でこの帝国を乗っ取り世界に向けて覇を唱えるとも告げて来た。

 彼の口調に三人は引き込まれるように聞き入っていたが、一連の話しが終わるとしばらく目を瞑り何かを思案していたリヒャルトが重い口を開いた。


「その事を、この国の誰かに密告してしまうってのも一つの手であると考えなかったのか?」


 仕舞い忘れていた、”老公伯を与える”と記載された羊皮紙をポンポンと軽く叩く。


 出合ったばかりの若者に手の内をさらけ出すなど正気の沙汰ではない。だが、彼はあえてその危険性を顧みず味方に引き入れようとした。

 たとえ、”神”と呼称する何かから脳裏に焼き付けられた光景であったとしても、それらが全て現実になるとは限らないと彼は知っていた。だから、このまま老公伯で一生を過ごすよりも、一種の賭けに出て、盤面を有利に導こうとしたのだ。


「確かに言う通り、その危険性は十分わかっているとも。だが、密告したところで私の首が飛んで、お前達が兵士に採用されて終わりだろう。仕官の口は見つかるがそれ止まりで歴史に名を遺すなど、夢のまた夢だろう」


 彼は三人が村から出てきた理由を十分承知していた。

 仕官の口を探すと声に出していたが、それは、ほんのきっかけに過ぎず大きなことに携わりたいと考えていた。そこに付け入る隙があるのだと訴えた。

 尤も、それも”神”と呼称する何かからの助言を利用しての事だったが……。


「どうする?何らかの功績を見つけて歴史に名をのこすか、それとも下働きで一生を過ごすか。自由にするがいい」


 椅子から重い腰を上げて三人に視線を向ければ、何処かを向いたまま三者三様に長考に入っていると見えた。


「今すぐ答えを出してくれとは言わん。後日、また会えると期待している」


 そう言うと、革袋を取り出してテーブルの羊皮紙と替わるように置くと、魔法の光を弱めて部屋を後にし、隠し通路を戻って自らの寝室へと帰った。

 彼が去った部屋には、真っ暗な中でチャラチャラと音がする革袋と長考し微動だにしない三人の男女が残されていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 彼は再び三人と相見あいまみえると、嬉しい事に協力してくれるとの返答があった。三人が良く相談し、一旗揚げようとの気概を言葉にしてきた。


 そこで改めて自己紹介を受け、彼らの得意とする技能を確認する事となった。


 三人のリーダー格であるリヒャルトは良く書物を読み様々な事案を思いつくまま計画する能力に長けている。村長の息子の立場であった為に、親である村長を良く助け村を豊かにしていった。だが、彼の能力は村程度に収まらず外に活躍の場を求め始めていた。


 力自慢のフェルテンは筋力もさる事ながら剣技もある程度こなし、近隣の村々では敵なしであった。山野に出掛けては自慢の腕でイノシシを一撃で屠ったりと豪傑ぶりを見せつけていた。


 三人の中で紅一点、レネは噂好きが高じて様々な情報を収集、解析するのを得意とした。本来は近隣の村々のゴシップを探し回っていたが、それに飽き足らず帝都や様々な街からの噂話を徹底的に調べるなど、諜報部員顔負けだった。


 そんな三人を得て、彼の野心は再び燃え上がる事になる。


 まず、三人に船を借り受け南のとある島に向かえと指示を出す。

 海図にはしっかりと記載されているが、一度探検されたが碌な鉱物も珍しい生物も見えないからと、全く価値のない島だと忘れ去れていた。

 だが、その島のみで採取される地草の葉を生成すると白い粉が生産でき、規定量を服用して体内に蓄積されれば一種の麻薬の様に性欲が暴走してしまう。

 そこに帝国内で少量生産している別の麻薬と合わせて使えば後遺症がほとんど見えぬまま洗脳させる事が出来る薬が出来上がる。


 それからもう一か所、さらに南に船を進めよと再び指示する。行く手には大きな島へと行き当たり三人の手伝い、いや、彼の野心を叶える能力の持ち主、亜人達が存在すると伝える。特に、亜人そのものでなく、命令や麻薬による洗脳が効き易い、亜人と移住人との混血児を配下に加えろと言明する。


 それと同時に現地人の知識も調べ上げ、全ての回収を厳命した。

 現地人の知識には手の付けられない亜人を配下に置く為の方法が存在しているのだと。


 それら全てが老公伯であるゴードン=フォルトナーから指示だった。

 三人は最初の指示だと言うのに、何故そこまで細かくわかっているのかと尋ねたが、以前調べて今の皇帝の下では使われなかった情報だと伝えただけだった。

 実際は彼が就寝中に現れる”神”と呼称する何かからの指示だったことはこの時点ではすべて伏せられているのだが。


 だが三人、特にリヒャルトは老公伯が何かを隠していると疑いの目を向けるが、予想以上の資金を受け取ったことでその考えを頭を振って消し去った。それだけ自分達を信用して任せてくれるのだと、嬉しく思ったのである。


 それから三人は、必要な人員や道具類を集め南の島へと出発して行った。

 約半年の間、老公伯からの指示通りに地草を集め、現地人と亜人の混血児を配下に置組事に成功する。


 そして三人が帰国するまでの間に、地草から抽出され生成された白い粉と帝国本土で集めた麻薬を合成した洗脳薬を集めた人員に使い、手足のように動く、死を恐れぬ兵士を手に入れた。

 その集団こそが、帝国を発端とする混乱を巻き起こす中核となるのであった。







 それから月日は流れ今から半年ほど前、老伯公を信ずるに足りる主人とみなしたリヒャルト、フェルテン、そして、レネの三人は、ついにクーデターを実施する。


 老伯公の勢力は三人を筆頭に五千人を超えるまでに膨れ上がり、大陸全土に散らばり各国へ工作を主に行っている。そして、帝都に残った僅か五百人が三人と共に居城の皇帝寝所を襲い国を乗っ取ることになる。


 それは郊外の畑が全て収穫が済んだ十月の半ば、二つの月が夜空から帝都を煌々と照らす良く晴れた深夜、老公伯にあてがわれた寝所のベッド下の隠し通路から五百の訓練された兵士が姿を現した。


 狭くも無い部屋から現れた五百人兵士達は命令を一下、事前に教えられた標的の下へと音もたてず次々に向かって行った。

 そして、老公伯とリヒャルト、フェルテン、そして、レネの三人は、十人程の兵士と共に皇帝の寝所へと向かう。


 皇帝の寝所入り口には長槍ロングスピアを装備した二人の兵士が入り口を守っていた。宰相ならいざ知らず、何の権力も無い老公伯の寝所は人員の無駄だと皇帝から守備要員を贈られる事は無かった。

 だが、忘れ去られたように守備人員を与えられなかった事が幸いし、老伯公は秘密裏に深夜の会合を何度も何度も、しつこいくらいに行う事が出来た。


 それが、リヒャルト、フェルテン、そして、レネの三人を配下に置けた幸運であり、配下を増やせた事実であり、このクーデターを実行に移せた豪運となった。それだけは皇帝に感謝せざるを得ないだろう。


 そして、油断している見張りの兵士二人をあっという間に排除すると、静かに皇帝の寝所へと押し入る。




 虫の音も届かぬ皇帝の部屋に武装した十数人の男達が立ち尽くす。

 皇帝であっても寝入っていれば害も及ばぬただの人だ。

 それが、目の前でスースーと寝息を立てている。


 その皇帝の一族郎党、幼子に至るまで排除する手筈になっているので夢の中にいるまま命を奪っても何ら問題なのだが、皇帝が最後にどんな命乞いをしてくるか、それだけが興味を持ったためにフェルテンに命じて叩き起こした。

 そして、目を覚ました皇帝の第一声はなんとも締まらぬ言葉だった。


「どうした、もう朝か?」


 それから、弱く灯された魔法の光で浮かび上がった人々の顔を見て皇帝は驚きを露わにした。隠居し野望も叶える牙も爪もすべて折ってしまった人物の顔を見てしまったのだ。


「老伯公!何故そなたがここにいる。それに、この物々しい人は何だ!」


 上体を起こした皇帝に向かい一歩前に出ると低くゆったりとした口調で皇帝に向けて口を開いた。


「皇帝陛下。貴方の時代、いえ、貴方の一族の治世は終わりを告げました。このまま私に玉座をお譲りください」

「なんだと!ディスポラの名を継ぐ余に向かってなんと心得る」

「この状況を見ても、それを再び口にできますか?」


 彼がそう告げると皇帝は首を動かしベッドを囲む人の顔を覗き込んだ。

 誰もが知らぬ顔で、皇帝の味方は誰もいなかった。


「なるほど、そういう事か。余はお前に譲るものか!力で奪うがよい」

「言われなくてもそうするさ」


 フェルテンに顎で指示すると短剣ダガーを取り出し皇帝へ鋭い切っ先を向ける。

 普通の人ならば、命を失うと大騒ぎし助かるためには何でもすると命乞いをするはずだろう。だが、皇帝ディスポラ四世は全てを悟ったうえで切っ先を向けるフェルテンを真っすぐ見据えて最後の言葉を口にした。


「余を殺しても玉座を奪うそなたらは碌な死に方をせんだろう。地獄でそなたらが来るのを首を長くして待つとしよう」


 言うが早いか、皇帝はフェルテンのダガーを奪うと自らの喉笛に短剣ダガーを突き立て、その生涯を自ら閉じた。




 それから老公伯は皇帝の一族をことごとく排除し、自ら皇帝の座を奪い帝国の権力を手中に収めた。ここに新しい皇帝が誕生したのである。


 クーデターが起きた事は真っ先に城下に知られる筈であるが、新・皇帝はこれを徹底的に隠し通した。他国に知られればスフミ王国とトルニア王国、そして、ルカンヌ共和国の三国が共に同盟を組み攻め入る可能性が少なからず散見されていたからだ。


 それから、新・皇帝は自らの足場を固め、準備が整いつつある計画を実行し始めるのであった。




※駆け足でしたが、新たな皇帝が即位し、野望をみなぎらせるまでの出来事でした。

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