第二話 なぜ?皇帝の後継者がここにいる?

 日没を過ぎ真っ暗になった道を、蝋燭ろうそくの入った提灯から洩れるぼんやりとした灯りを頼りに、ミルカ達三人は急いでいた。

 彼らの故郷では煌々と照らす松明や生活魔法の灯火ライトで行く先を照らしているが、この上代国では派手な炎や魔法の白い光が敬遠され、夜道を行くのは提灯が不可欠だった。


 ミルカ達、異国人だけなら生活魔法の灯火ライトで十分なのだが、同郷人を追い掛ける手前、見つかっても正体がすぐにわからぬようにと蝋燭を灯した提灯を使っているのだ。


 重量物となる荷物は宿場町の宿へ置いて来たので疲れ知らずに走る事が出来、移動時間をかなり短縮できた。


「そろそろ見えてきても良いはずだが……」


 目的地付近へと近づき、速度を緩め上がった息を整える。


「ねぇ、あれってそうじゃない?」


 道の脇にそびえる様に立つ大木をヴェラが指した。

 昼間に少年と老人が耕す畑の傍に生えていた大木で、見事だと内心で驚いた記憶が戻って来た。


「確かに目印の大木だな」

「それじゃ、あの少年はこの近辺にいるかもしれないわね」


 その場からファニーがきょろきょろと見渡すが、家の一軒も発見する事は出来なかった。それと言うのも、道から離れた場所に葉の茂った木々が無数に存在し、家々を隠していると見られた。それに煌めく様に瞬く星々が空に見えるだけで、暗闇に慣れている視力を持っていたとしても木々の先を見通すまでは不可能だった。


 種蒔きを終えた畑を突っ切り最短距離で木々の先を探す事も出来ず、八方塞がりな現状に頭を抱える。


「こんな時って、大抵切り合いの音が聞こえてくるんだけどね~」

「ヴェラよ、それは小説の読み過ぎではないか?」


 蝋燭の火を四方八方へと向けて何も見つからぬと溜息を吐きながら、上代国に来る前に読んだ小説を思い出していた。

 たった二人に諜報員が押し入り、音も立てずに暗殺するのだ。切り合いの音どころか足音すら聞こえる筈も無いだろうと額に手をやり天を仰ぐ。


 それからしばらく、近隣の家を見つけては押し込んだ痕跡が残っていないかと調べて回った。

 だが、彼らの苦労むなしく何の手掛かりすら見つけられず、夜明けを迎える事になった。


「見つからないようだな。取り越し苦労だったのかもしれんな」

「う~ん……。噂は噂って事なのかしらね?」

「一晩中歩き回っていたから疲れて来たわ。諦めて帰りましょうよ」


 東の空がうっすらと白み始めると急激に気温が下がり始め、外套を羽織っていてもぶるっと震えが体を襲う。


「そうだな。宿場町までは遠いが、帰って温泉にでも再び浸かるか」


 逃した夕食を残念がりながら、今なら朝食は間に合うだろうと考えながらミルカ達三人は宿場町へ向けてその場を後にした。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 宿場町へとたどり着き、蝋燭の消えた提灯を畳み宿へと帰り着いた。

 玄関を潜ると宿の中は美味しそうな匂いが充満しており、空腹に近いミルカ達は我慢できずに女将に早速尋ねていた。


「ただいま帰ったが、食事は出来るのか?」

「は~い、お帰りなさいませ。お部屋にすぐにお食事をご用意いたしますので少しお待ちくださ~い」


 カウンターの女将はニッコリと笑顔を見せて、無事に帰ってきたミルカ達を迎え入れた。

 それから部屋へと戻り、部屋着に着替えて運ばれてきた食事に舌鼓を打ち空腹を満たして行くのである。


 何時もなら食事が終われば次の宿場町を目指して宿を後にするのだが、夜通し歩き回り欠伸も出る程に眠気に襲われ始めれば、もう一泊するしかないと食事を下げに来た女中に一泊の延期を申し出る。


 それからミルカは疲れたと布団に”ごろり”と転がり羊を数える間も無く高鼾を掻いて寝入ってしまった。


「もう、ミルカったら……」

「寝る前に体を綺麗にしないと!」


 鼾を掻き、寝入ってしまったミルカには何を言っても伝わらず、仕方ないと溜息を吐きヴェラとファニーは仲良く温泉へと向かった。


 食事前に朝風呂を楽しんだ宿泊客ばかりだったのか、広い湯けむりの立ち込める温泉には二人の姿しか無く、泳ぎ放題だと別の意味で喜んでいた。


 体を洗い誰も見ていないとヴェラは温泉に飛び込んだが、思ったよりも底が浅く大きなお尻を思い切り打ち付け、”バシャバシャ”と温泉の中で転げ回っていた。

 子供っぽい仕草に”馬鹿ねぇ……”と冷めた視線を浴びせるファニーだが、その彼女も温泉の深いところへ進むと、気持ちよさそうに豊満な胸を温泉から出して仰向けに浮かんでいた。

 ”自分も子供っぽいかな”と、自らの行為を思い出しながらそのまま奥へと向かって行く。


 この宿の温泉は大金を出して設置しただけあり、面積が宿場一を誇っている。何せ脱衣所から端まで百メートル以上もあり、湯煙や庭園の木々に阻まれて視線が届かないのだ。

 この大浴場は今、女湯に指定されているが、ここの四分の一ほどの小さな温泉も併設されている。そちらが今の男湯となっている。


 ”ちゃぷちゃぷ”と行儀悪く温泉に浮かぶファニーだったが、ヴェラと二人しかいない筈の温泉に人の気配を感じると浮かぶのを止め、即座に立ち上がり臨戦態勢に移る。

 殺気を感じられず杞憂ではと思ったが、もしもの事を考えれば油断は見せられなかった。


「あ!アンタ、こんなところで何してるのよ」


 湯煙が立ち上る温泉の隅で、小さく丸まる少年の姿をファニーは発見した。

 この時間は当然女湯で、子供とは言え男性の立ち入りは厳禁だった。


 そんな場所に土に汚れた着の身着のままの姿の少年を見れば、何かあると思わざるを得ないだろう。それに加えて答えられぬのは、ファニーの姿にあると言えよう。

 胸まである黄色い髪がかろうじて胸元を隠しているが、年上の女性の一糸纏わぬ姿を凝視など出来る筈も無く、少年は両手で顔を押さえジッとするしかなかった。


 声を掛けるが何の反応も無く困っている所に、体にタオルを巻いたヴェラが湯煙の中から姿を現すと、その時に自らの格好が少年には刺激的だったと初めてわかったのだ。


「少年をたぶらかすなんて、そんな趣味があったのかしら?」


 真っ赤になって急いでタオルを巻くファニーをヴェラは茶化した。


「ほら、少年もシャキッとしなさい。年上の女性にドギマギするのはわかるけど……あら?」


 恥ずかしそうに両手で顔を塞いで、指の隙間からヴェラとファニーのやり取りをどきどきしながらちらちらと覗いていたらしい。その少年にヴェラが声を掛けたのだが、腕に怪我をしているらしく、袖がスパッと切られ血が滲んでいた。


「怪我してるじゃない?大丈夫」


 タオルを巻き終えたファニーが少年へと近づきヴェラが見つけた傷口を強引に観察する。


「い、痛いじゃないか!」

「お、良い声で鳴くじゃないか。それよりも、これはどうした?刀傷に見えるけど」


 傷口の形状と袖の破れ方を見れば、当然ながら自然に作られた傷とは全く異なった。


「それに、畑を耕してた少年じゃないの?なんでこんな所に」

「……い、言うもんか!」


 怪我の事も、何故こんな場所に一人でいるのか、口を堅くして喋らぬ少年にヴェラとファニーは仕方ないと最後の手段に出る事にした……。


「そう、喋らないのね。たっぷり楽しませてあ・げ・る・から」

「お姉さんに話して楽になっちゃいな」


 大人の色気を振りまきながら妖艶な笑みを見せながら少年へと迫る。タオルを巻いた大人の女性から逃れようと後ずさりするが、恥ずかしさと羞恥心で体をくの字にしたまま満足に動けず、翻弄されてしまう。


「さあ、楽しみましょう」

「何時まで我慢できるかな?少年君~」


 少年の左右の腕をそれぞれが掴むと二の腕をぎゅっと体に寄せて、豊満な胸の谷間に収めようとした。


「ぶっ!!」


 成人もしていない少年には刺激が強すぎたのか、カエルが潰されたときに発する声を出し仰向けに倒れて気を失った。鼻血をだらだらと垂れ流して。


「ファニー、やりすぎ」

「お互い様でしょ。まぁ、少年相手に遊んだのも事実だけどね」


 そう言うと、倒れて気を失った少年を抱き上げて脱衣所へ運び込んだ。

 そのままではさすがに拙いと思い、室内着の浴衣へと着替えると、少年を部屋へと連れて帰った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「う、うぅ。ここは何処だ?」

「おう、気が付いたか?」


 少年が気が付いて声を上げた場所は、布団に寝かされ見知らぬ天井が見える部屋だった。

 だが、聞き覚えの無い声を耳にして、何処から聞こえてくるのかと飛び起きて周囲を見渡す。


「そんなに警戒する事もあるまい」

「あら?起きたのね」

「気分はどう?」


 敷居を隔てた声の主を探し出せば、卓袱台ちゃぶだいに陣取り食事をしている男女三人を見つけた。その中の二人は、思い出したくもない色仕掛けでたぶらかして来たあの女達だった。


「お、お前達はなんだ?ぼ、僕をどうするつもりだ?」

「どうってなぁ……」


 男は卓袱台から握り飯を一つ掴むと、少年に向かってポーンと投げた。それを慌てて受け取ると、”すんすん”と匂いを嗅ぐと貪る様に食べ始めた。


「とりあえずは昼飯だ。俺はミルカ、旅をしている最中だ」

「私はヴェラよ、私の旦那はカッコいいでしょ」

「ファニーよ」


 食事を取りながら自己紹介を告げて行く。

 少年から名前を聞けるかと期待をしていたが、彼からは”ありがとう”と感謝の言葉のみで名前は名乗る事は無かった。


「悪いが気を失っている間に体を見せて貰った。腕の怪我があるだけで他は大丈夫だった」


 ミルカが告げたように大きな怪我もなく、少年が腕に視線を向ければ包帯が巻かれ処置を施された後だった。


「それと、ウチの二人が粗相をしたらしいな、許してくれ」

「ちょ、ちょっとミルカ、粗相って酷い。大人の女性に迫られて嬉しかったでしょ?」

「それを粗相と言うのだ。少年をたぶらかしてどうする?」


 豊満な胸を自慢するように胸を反らせるファニーに、”純情な少年の身になって考えてみろ”と、頭をペチッ!と叩いて反省を促す。ヴェラにも”同罪だぞ”と付け加えて。

 その二人の茶化したやり取りに少年は思わず”ぷっ!”と何とも言えぬ声を漏らした。


「ほほう、いい笑顔だな。それで、少年は何故一人なんだ?記憶が正しければ老人が付き添っていたはずだが」


 ミルカも少年の顔を見た時に畑で鍬を振るっていた、あの少年であると、そして同じ同郷人であると確信していた。

 それから、少年が一人でいるのかと理由を尋ねてみると、笑顔がさあっと曇りうつむいてしまった。


 その表情だけでミルカは少年の身に何が起こったのかを察した。


「やはりそうか。噂は噂でしかないと思っていたが……」


 ミルカはヴェラとファニーが温泉で耳にした噂に元々懐疑的だった。それが足らない情報をはめ込んだ事で実行されると確信を得た。だが、情報はそこまでで対象を探し出せずにいた。その対象がミルカの言葉に反応し、元気のない姿を見せれば噂と一笑に付すなど出来る筈もなかった。


「あの老人はお前を逃がすために一人で囮になった……で良いか?帝国、第五太子よ」


 布団の上で大人しくしていた少年がミルカの一言を耳にした途端、布団を撥ね退けると部屋の隅へと逃げて行った。

 出口はミルカ達が卓袱台を囲む先にしかなく、逃げ切れぬと思えば部屋の角に陣取るしか選択肢は無かった。


「すまんな。少年の持っていたを見させて貰った。帝国の旗印が刻まれていて、ここまではっきりと金を流し込まれていれば同郷人だったら誰だってわかるさ」


 卓袱台に乗せてあったナイフを持ち上げて、ひらひらと少年へ見せびらかすと持ち主へ投げ返した。

 少年は自らの正体を暴かれ、ナイフも取り上げられたにもかかわらず、何の見返りも求めずに怪我を治療してくれた三人を奇異の目で見る事になった。


「あなた達は何なのですか?僕を如何しようと言うのですか?」


 ナイフを受け取ると鞘を外して刀身を露にしてミルカ達に尋ねる。脅しても屈服などしないと態度を示した。

 とは言え、まだ成人していない年齢であれば覚悟も実力も足らず、ミルカ達に簡単に制圧されてしまうのは目に見えている。


「言葉が過ぎましたか?我々は元々ディスポラ帝国の兵士でした。その後、皇帝の方針がどうにも肌に合わず、出奔したのですよ。王子が皇帝の思想に反した為に国を追われたのも当然知っています」


 出奔したとミルカは告げたが、真相は部隊長から疎まれ追われたのだ。年齢にそぐわぬ剣技や皇帝の考えに反する思想の持主など、部隊長を脅かす、いや、帝国を破滅に追い込む存在の持ち主として。

 その時に寝首を掻かれそうになったが、辛うじて帝国から逃げ出し今があるのだ。


「帝国を恨んでもいませんし、崇めてもいません。特に現皇帝に反する考えの持ち主の王子を誰が売れましょうか。信じてくれなくても結構ですが、俺達は敵では無い、とだけ伝えておきます」


 そのように告げるとミルカは立ち上がり、部屋の隅に立て掛けてある太刀を掴み取って鞘から解き放った。

 室内で振り回すには長すぎる刃渡り一メートルの刀身が、窓から降り注ぐ太陽の光を眩く反射していた。


「ヴェラもファニーも準備は出来ていますか?」

「ええ、ばっちり」

「大丈夫よ」


 ミルカは二人へと視線を送ると、王子に向き直った。


「では、ヴェラはこの場を任せる。ファニーは俺と共に。そこから動いたら命がありませんよ、わかってますか?」


 鋭く突き刺さる視線を向けられ、反論する事も出来ず王子はコクコクと頷くしか出来なかった。




※さぁ、次は戦闘だ!


 見つけた少年は帝国、つまりはディスポラ帝国から追いやられた皇帝でした。

 しかも、ミルカ達もディスポラ帝国出身。ヴルフ達に迫るほどの下地は帝国時代に作られてたのです。

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