神の悪巧みと魔術師の秘密

第一話 プロローグ & 不穏な空気の東方の国

※第11章始めます。

あちこちの人達が絡んでいきますから、ちょっと話が飛んだりしますよ。




 深く垂れ込めた鈍い銀色に染まった雲が割れて、青一色の空が視界いっぱいに広がった。

 しかし、その中心には真っ赤に染まり帯を引く一つの流れ星?

 いや、それは間違いだ。

 目の前に現れたのは、空気との摩擦で真っ赤に燃え盛る空から降り注ぐ巨大な岩、隕石だ。


 街の中央に天高くそびえつ巨大な城。

 その直上に隕石が現れてから刹那の時間しか経っていない。

 その巨大さゆえに百万もの軍勢をもってしても落ちる事は無いだろうとされる難攻不落の堅城であっても、隕石の前にはどうする事も出来ない。


 地上では始めて見る光景に驚愕するして腰を抜かす者、神からの使いが来たと拝み出し膝をつく者、そして、この世の終わりが訪れたと絶望に染まり気が触れた者など、様々な光景が見られた。

 逃げ出そうとする者も大事そうに何かを抱えているが、それが何の役に立つのか知る由もない物ばかり。とりあえず、何かを握っていないと不安で仕方がないのだろう。


 城壁の外、数キロも離れてぐるりと取り囲む人々が、いや、軍勢が蟻の這い出る隙間も無く見ている。

 そして、天から降り注ぐ隕石と地上を交互に視線を動かして、哀悼の思いを抱き始める。


 逃げ惑う人々で道々がごった返したその時、真っ赤に燃え盛る隕石は天高くそびえつ城に突き刺さる。

 そして、誰もが死を意識しただろう。


 それは誰にも逃れる事の出来ぬ事だった……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 時は進み、エゼルバルドとヒルダが結婚式を挙げてから三年半程の月日が経った、世界歴二三二八年の四月。


 ここはトルニア王国があるグレンゴリア大陸から遥か東へ進んだ小さな島国、上代国かみしろこく。珍しい文化を持つこの国に身を寄せて体を休める三人の男女。彼らは雪解けしつつある狭い島国を巡る旅をしていた。


 上代国は他の大陸や国々とは異なる文化を育んだ世界でも類を見ない異文化の国として有名だ。その島を隅から隅まで丁寧に旅をするのであれば相当な日数を必要とする。

 それに加え、南北に長い島は北から南に至るまで様々な見どころを用意しており、ほんの少し移動しただけでも違った表情を見せてくれる。


「四月だと言うのに暑いな!」

「そりゃそうですよ、隊長。ここは島国の南端に位置するのですから」


 額に手をかざし太陽の光を遮りながら男が答えると、当然の如くと女の一人が答えた。


「いったい何時まで”隊長”と呼ぶんだ?」

「あら?ごめんなさいね、ミルカ様~」


 顔の半分が火傷などで赤くただれ、半分が美人だとしても誰も寄り付かないような顔で笑顔を見せる女が抱き着きながら男、ミルカを茶化す。


「ヴェラもいい加減にしたら如何です?お二人は結婚したのですから、普通に呼び合ってはいかがですか。毎回毎回、見てる方が疲れます」


 肩までの黄色い髪を手櫛で整えながら、もう一人の女が嫉妬心丸出しで呆れたように呟いた。


「ファニーの言う通りだ。軍隊じゃないんだから、隊長はしてくれ。あれから何年経っていると思ってるのか?」


 抱き着いてきた嫁を”ひょい”と抱き抱えながら、優しい笑顔を見せる。


 この三人は四年半程前に起こったアーラス神聖教国の内乱で、アドネ領軍と称する反乱軍に籍を置き、腕を振るっていた者達だ。

 それから各地を転々としながら路銀を稼ぎ、今は上代国を旅しながら同じように路銀を稼ぐ毎日だった。


 だからと言ってみじめな生活を送っているかと思えばそんな事は無く、もともと腕の良い傭兵をしていた事が幸いし、行く先々で必要以上の路銀を稼ぎ懐は潤い、今では一財産を築くまでに至っている。


「いちゃいちゃしていても気にしませんから、もっと仲良くしてもよろしいのでは?」

「真昼間からいちゃいちゃとか、ファニーも混ざりたいの?」


 ミルカに抱き抱えられニヤケた表情で傍を歩くファニーへと嫌味を向けるヴェラに呆れたようにミルカは溜息を吐き掛ける。


「ヴェラも煽るな。付いて来てくれるだけでも有難いんだから」

「まぁ。それもそうね」


 ミルカから降ろされ自らの足で歩み始めたヴェラは煽った行為を反省する。

 それからも春風そよぐ道を進みながら、仲の良い女二人の茶化し合いの会話が続いていった。


「ところで……あれは同じ出身と思えないか?」


 じゃれ合う女二人に道から見える畑でくわを振り下ろす少年の姿を指して聞いてみれば、彼女らも何となくその通りじゃないかとその少年を見ようと道端へと避けた。

 十五歳の成人にはまだ足らぬ顔立ちの少年だったが、鍬を握る二の腕は少年らしからぬ太さがあった。その振り下ろす力強さも少年のそれとは違い、訓練された大人と同じと見て差し支えなかった。


 それに加え、少年の隣で同じように鍬を振り下ろす白髪の老人は袖口から筋骨隆々の腕を見せ、日除けの帽子からうっすらと見える口元が少年と同じ、ミルカ達から懐かしむ同郷人と見られた。


「この上代国田舎で同じ出身者が働いているとは思いもよらなかったな」

「そうね~。でも、こんな所にいるんだから理由があるんでしょ」


 ミルカの後ろからヴェラが手を回して、早く行こうと耳に息を吹きかけてくる。声を掛けるほどではないと思い、道を再び進み出し、間も無く到着する次の宿場町へと向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ミルカ達は無事に宿場町へと到着し、三人で宿を取り一日の疲れを癒そうとしていた。

 上代国は至る所で温泉が湧き出して、この南端の地でも温泉を引く宿は少なくない。そのような宿は人気で、どの宿場町でも例外なく早期に宿泊客で埋まってしまう。

 その他にも公衆の温泉も集落に一軒以上は見られ、上代国の名物となっていると言っても過言ではないだろう。


 この地に来ているもう一つの理由が、ミルカの結婚相手のヴェラの湯治目的もあった。北から順番に旅をしてきて、温泉の効能が効いているのかただれた肌が幾分が和らいでいる様にも見えて来ていた。


 この時も当然ながら、温泉に浸かりまったりと過ごしていたのだが……。


「ヴェラの肌も随分と綺麗になったんじゃない?」

「そうかもね。昔のままだったら、肌から腐って命を落としていたかもしれないもんね。それから比べれば月とスッポンね」


 顔半分の赤くただれた肌をゆっくりと指でなぞりながら、昔の自分と見比べる。言葉の通り、戦争当時のままだったらすでに命は無く、最愛の夫となったミルカとの結婚など望め無かっただろう。

 それに、命を落としていたら、一緒に温泉に浸かっているファニーがミルカと結ばれていた可能性もあった。


 グレンゴリア大陸の各国は一夫多妻が認められて、ヴェラとファニーの二人でミルカの夫人となっても良かった。だがミルカ自身、二人を愛するなど器用に立ちまわれぬ性格だ自らを見ていたので一人を選ばざるを得ず、ファニーが身を引いた結果、ミルカとヴェラが結ばれる事となった。


 それもあって、何故ファニーがいまだに二人と共にいるのかと言えば、敵軍に囚われ救い出された事に恩義を感じ、その借りを返すまでは一緒に旅を続けると彼女からの希望の為だった。


 そんな温泉を楽しむミルカ達だが、上代国とは姿形が異なる異国人の彼等は何処へ行っても目立つ存在で休憩をしていれば地元の人々から話しかけられる事がしばしばあり、時折うっとおしく感じる事もある。


 ヴェラとファニーが浸かる温泉でも二人以外は上代国の人達であり、やはり珍しく目立つのかちらちらと視線を向けられていた。

 だが、そんな視線の元からの声には、二人よりも珍しい大勢の異国人を見たとの会話が含まれていた。


 極まれに同郷人とすれ違う事はあるが、噂になるほどの大勢とすれ違ったなど上代国へ来てからは記憶が無く、さすがの二人も気にするなと言われても忘れられる程、素直ではなかった。


「もし、ちょっとよろしいか?」


 噂話に花を咲かせている旅の女性達に話を伺うべく、ファニーがゆっくりと近付き声を掛けた。

 夜間に武器を携えた異国人から話し掛けられれば身構えるかもしれないが、タオル一枚しか身に着けぬ温泉で同じ宿に泊まる異国人から話し掛けられれば、身構えるよりもどちらかと言えば嬉しそうに話に乗ってくれる。

 世話好きな上代国の人々からは頼られて嬉しいと感情が見て取れるほどだった。


 その噂話好きの集団、--若い人も見えたが殆どは話し好きのおばちゃん--、から仕入れた話は信じられないと思わざるを得なかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ねぇ、ミルカ聞いてよ!」


 部屋に戻ったヴェラとファニーは竹で編んだソファーに体を委ねゆったりとするミルカを見つけて思わず叫び声を上げてしまった。

 何があったと視線を向ければ、上気付いた二人が息を切らせて何かを放そうと急いでいた。


 旅に来て急ぐ事もあるまいと、ゆっくり上体を持ち上げ二人へと顔を向ける。


「はぁ、何かあったか?こんな上代国田舎に来てまで、急ぐ案件などないだろうに……」


 溜息を吐きながら冷静になれと二人に告げるが、それでもヴェラとファニーは落ち着きを見せずにいた。

 ミルカも急ぐ案件も無いだろうと言ったが、ヴェラとファニーの姿をよくよく見れば宿の室内着である浴衣を着ずに、すぐに出立できる旅支度を整えていた。それなら聞くしかないかと、立ち上がり着替えを始めながら耳を傾ける。


「事の起こりは温泉に入ってた時の噂を耳にした事、なんだけどね……」

「そう、私達以外の異国人を見たって言うのよ。しかも十人以上を」


 異国人、要するにミルカ達と同じように国外からの旅行者と見られる者達が十人以上固まって宿に泊まっていたらしい。

 何故、そんな事がわかったかだが、噂話をぺらぺらと話していた彼女達がこの宿に泊まる前に、別の宿で異国人が宿を占拠するほどの人員で泊っていて無理だと告げられた。小さな宿だったために十人も泊まれば空き部屋は無く、渋々そこを諦めこの宿に来たのだと話をしていた。


「それが、何か可笑しいのか?」


 ミルカが着替えを一瞬中断して、それだけなら可笑しいところは無いと感想を漏らす。


「ところがね、その異国人の集団はその後すぐに出発して南へと向かったそうよ」

「彼女達がここに泊まると宿帳に記入した後に、散歩に出た何人かが泊まってた宿から出て来るのを見たって」


 やはり、それだけなら噂話で終わるなと、ミルカは着替えを中断して溜息を吐いた。ヴェラとファニーの話は、今の所不思議と言えず、騒ぎ立てるほどでもないと告げようとしたのだが……。


「でも、聞いて。彼女達が耳にした異国人の言葉に、”帝国”とか”皇帝”、そして”粛清”が交じってたって言ってたのよ」

「こんな時間に宿を出て、”粛清する”ってどう思う?」


 ミルカは、自分達のような異国人が”皇帝”や”粛清”を口にしたからと言って関係がある筈も無いとヴェラとファニーの言葉を一笑に付した。


「ここは我らの故郷の帝国でも、戦っていた神聖教国でもなく、遠く離れた異国の地なのだぞ。それに、我らを追い出した国がどうなろうと関係ないだろう」


 あの忌々しい帝国を思い出せば否応にも表情が表に出て来る。あんな国、滅んで他国に併呑されてしまえば清々すると思っているだけにミルカは怒りを露わにさせた。


「それにだ。仮に”粛清”として、何処の誰を”粛清”するつもりなのだ?」


 ヴェラとファニーが耳にした噂は肝心な何処の誰を粛清、つまりは誰を手に掛けるか、肝心な情報が抜け落ちていた。

 うっかりと口を滑らせる諜報員十人ばかしの集団に、三人で当たって負けるなど努々ゆめゆめ思わ無いが、十分な情報を得る前に噂だけで事を起こしたくは無かった。


 ”戦いは拙速を旨とする(※1)”と言うが、拙い情報で耳目を塞がれたまま(※2)で闇雲に突き進むのは感心しなかった。いや、むしろ彼女達の行動を牽制し諦めさせようとさえ考えた。


「確かに、誰を”粛清”しようかなんて聞かなかったけど、ミルカにも一人だけ思い当たる人物がいるでしょ」

「もしかして、昼間の少年と言いたいのか?」

「そうよ。私達の同郷人で大勢が狙うなんて、彼くらいしかいないじゃない」


 あの畑を耕す年端も行かぬ少年とそれに付きそう屈強な体をした白髪の老人を思い出せばヴェラが告げてくるのもわからなくも無い。


「だが、もう一つ情報が欲しいな……」

「他に情報?」


 一度決めたらてこでも動かぬ二人を前に、諦めた表情で溜息を吐いた。それほど遠くでも無く、一晩あれば戻ってくることは可能だと思えば、二人に付き合うしか無いと覚悟を決める。

 室内着からの着替えを再開すると、ヴェラとファニーに向けてボソッと呟いた。


「そう、俺が着替えている間に、その連中が宿を引き払ったかどうかを確認してきてくれ」

「それなら、私が聞いてくる。ヴェラじゃ怖がられるかもしれないでしょ」


 ヴェラのただれた顔の半分を指すと、ファニーはさっさと部屋を後にした。

 迅速に動いてくれることは有り難いが、仲が悪くなると連携に隙が生じるとミルカは渋い顔をする。だが、指を向けられたヴェラはそんなことお構いなしに笑顔で見送っていた。


「ま、仲が良い事は有り難いか……」

「ん?なんか言った」

「いや、なにも」


 それから着替えを終え武器を携えたミルカはヴェラを伴い、宿の女将に明け方までは戻ると言い残し街外れを目指した。







 街外れにミルカとヴェラが到着したときには、半日もその場で待っていたような表情をしたファニーが立っていた。


「遅いです。ミルカは着替えるのに時間かからないでしょ」

「俺をなんだと思っているんだ?これでも急いできたんだがな……」

「まぁ、良いですけどね……」


 パーティー前に鏡の前で支度する貴族の令嬢じゃ無いんですからね!とファニーが嫌味の様に視線を向けて来るが、ミルカにはそんなつもりはこれっぽっちも持ち合わせていない。いつも通りに着替えただけだった。


「それで、あの連中の宿泊状況はどうだった」

「聞いてください、彼等は宿を引き払っていません。明け方には戻ると告げていたそうです」

「確定だな」


 ミルカがにやりと口角を上げて笑みを見せた。

 宿を引き払わず戻るのであれば、あの連中の対象はこの近くに存在すると見て間違いないだろう。

 他にはミルカ達しか同郷人がいないこの地であれば、あの少年か老人しか記憶にない。


「半信半疑だったが、あの連中は事を起こしそうだな。ヴェラ、ファニー急いでいくぞ」

「任せてよ!」

「久しぶりに腕が鳴るわね」


 ミルカ達はあの少年と老人が耕していた畑を目指し、宿場町を出発して行った。




※上代国:当然、モデルは日本です。


※1:故兵聞拙速=孫氏の兵法 二、作戦 からの出典。”兵は拙速を貴ぶ”は日本の言葉であり、原典の孫氏では少し違い”聞く”で、その後も文章が続いています。”戦いは拙速に出て成功したと聞いても……”となります。

※2:不知彼而知己、一勝一敗=敵を知らずに、自分の実力だけを認知している状態では、勝つか負けるかは時の運に委ねる事になる。ミルカはそんな賭け事を嫌った。

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