第十六話 アイリーン暗躍

 話はだいぶさかのぼる。エゼルバルドとヒルダがアニパレまでの護衛の依頼を終えてそこからブールの街へ出発した日である。

 トルニア王国の海の玄関としての役目を果たしている王都アールストの港に一隻の客船が静かに入港してきた。


 太陽が西に向かい始めた頃で、何をするにも中途半端な時間。五月に入ったばかりのこの季節は風も穏やかで心地よく、何時までも海の上で過ごしていたいと思う程だろう。


「はぁ~、久しぶりの地面だわぁ」


 船から降りた沢山の乗船客に混ざって男女四人が降り立った。

 そのうちの一人、杖の先に小型のふくろう、コノハズクのコノハを乗せたエルザが揺れる船上から解放されたと喜びを体全体を使って現し、一人先行して歩いていた。いくら酔い止めの薬を使っているとはいえ、足元がゆらゆらと揺れるのは慣れないらしい。


「数日前に客船が巨大生物に襲われたとありましたが、そんな事件も無く良かったです」

「そういや、そんな事を船員が喋くってたなぁ」


 二人の凸凹コンビ、スイールとヴルフが無事にトルニア王国に到着できたと話している。巨大生物に襲われたら、これだけ大きな客船であっても海の藻屑と変わってしまうのは確実だ。そうならないだけでホッと胸を撫で下ろす。


「これから如何するん?情報収集する?お城に向かう?ウチはどれでもいいけど~」


 客船でも元気に動き回っていたアイリーンは”まだまだ動けるわ”と見せつけるのだが、陸に上がり嬉しがっているエルザの事を思えば、この日は宿へ直行するのが良いと誰もが思う。


「アイリーンの意気込みは買いますが、今日は宿を取りましょう」

「わかったわ。それで、お城へはどうするの?」


 腕を組んで”仕方ないわね”とアイリーンが返す。宿へ入るのであれば酒場での情報収集をするわ、とも意気込むのであった。

 そして、王城へ顔を出し、カルロ将軍やパトリシア姫へと会うことは決まっていたので事前に知らせておかなくて良いのかと疑問を口にした。

 だが、スイールはその疑問に”ニヤリ”と表情を作りアイリーンを見る。


「その辺は大丈夫でしょう。何処かで諜報員が見ているはずですから」


 客船から降りて来る乗船客に不審人物がいないかと目を光らせているはずだとスイールは告げた。そして、数日前にエゼルバルドとヒルダがパトリシア姫に会っているとすれば、その意図を読み取っているはずであると。


「ふ~ん。それならいいのよ」

「カルロの奴だったら、その位はして当然か……」


 スイールの言葉に納得した二人は先を行くエルザを急ぎ追いかけ、宿の確保へと向かったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ウチ、ちょっと出てくるわ。先に寝てていいわよ」


 港から王城へ向かう道すがらに宿を取り、夕食も済ませ後は疲れを癒す為にベッドへ入り込もうとする時間。普段の派手な衣装から、濃紺一色の衣装に着替えたアイリーンが窓から外を窺いながらスイール達へ話し掛けていた。

 夕食時に不吉な噂を耳にしており、その噂の真相を確かめに行くそうだ。


「ええ、それはありがたいことです。ですが気を付けてくださいね、人手が欲しい時は遠慮なく起こしてください」

「わかったわ。その時はよろしく頼むわ」


 ちらりとベッドを見れば、すでにヴルフが高鼾をかき夢の中へと身を委ねていた。それを横目で一瞥すると、フードを深く被りスイール達の部屋の窓から颯爽さっそうと飛び出し、暗闇の王都へと消えていった。


「何事もなければよいのですが。とりあえず、寝る事にしましょうか」


 スイールは寒さに”ブルッ”と一度、身震いをして窓を閉め、そそくさとベッドへ潜り込むと、数秒もしないうちに”すーすー”と寝息を出し始めた。







 濃紺の衣装に身を包んだアイリーンは、王都の中を疾走していた。真っ暗な裏道を見れば、昼間とは違った表情を覗かせている。

 大通りに面している許可を得た店とは違い、非合法、尚且つ、訳ありの店が立ち並ぶ。その中には大事なところは隠しているが半裸の女性が怪しい腰つきと美しい指先で行き交う男共を誘惑している。


 アイリーンのめあては、立ち並ぶ店のさらに裏にある。前回はそこまで踏み込んだ情報を得る必要もなく、昼間に挨拶程度に立ち寄っただけだった。だが、今回はきな臭い噂を耳にした為、精度の高い情報が求められた。


「失礼するわよ」


 非合法の店のさらに裏、そこにみすぼらしいたたずまいで看板もない一軒の家屋へアイリーンは入って行った。そして、フードを取りながら真っ暗な闇に向かって話し掛けた。


「いらっしゃい。随分と久しぶりじゃないか?」

「そうね、海向こうまで戦争に参加してきたのよ。偶然だけどね」

「剛毅なことだ、ヒッヒッヒ!」


 アイリーンとは顔なじみらしく砕けた口調で話し掛けてきたが、とうのアイリーンはそんな関係までなっていないと渋い顔を向ける。そして、昔から変わらぬ薄気味悪い笑い声に嫌悪感すら覚えるのであった。


「そんな事はどうでもいいわ」

「トレジャーハンターのアイリーン様に掛かれば、戦争など”どうでもいい事”か……。そう豪語したいものだな、ふっふっふ」

「ちょっと、茶化さないでよ!」


 怒り気味の表情を暗闇に向け、すぐにでも帰るぞとの態度を向ける。

 ここで、アイリーンの機嫌を損なっても何の得もないと話を切り替える事にした。


「おっと、これは失礼。アイリーン様の機嫌を損ねる訳にはいかないからな。それで、今日は何の用だ?」

「まぁいいわ、少しは期待してる……とでも言えば良いかしらね。で、王都で流れてる噂について知ってる事を教えて頂戴」

「やはり、それか……」


 そう闇の中から告げてくると、しばらくして一枚の封筒がアイリーンに向かって投げつけられた。それを慎重にして大胆に手でつかむと、急いで開けて折りたたまれた紙を広げて黒く書かれた文字に視線を落とした。


「……!これって本当なの?って、だからこその情報なのね」

「そう言う事だ」


 全て読み終わると紙を封書に戻して暗闇の中へと投げ返した。


「王族に恨み……ねぇ」

「帝国からすりゃ、トルニア王国は目の上のたん瘤だし、スフミ王国を滅ぼす障害だろうよ。一昨年だっけ?あの戦争で十万の兵士を失っているんだ、恨みは深いだろうよ」

「それと今回の噂は何の関係があるっての?そんなの何処にも無いじゃない?」


 アイリーンが目を通した先程の情報には山脈を隔てた南の隣国、ディスポラ帝国の事など一言も記されていなかった。何者かの動きを鑑みると王族に恨みを持つ者達が暗躍しているとしか。


 トルニア王国内で反旗を翻そうとした勢力は一掃されていると考えれば、恨みを持つ者達も限定されるはずだろう。その者達には監視が付き、人質を王城で預かっている。

 確かに人質を取られれば恨みを抱くのも仕方ないが、そこで暗躍して活動するかと言えば疑問が残る。自らに疑惑を向けてくれと告げているようなものなのだから。


「そこだ!我の同業者でさえ、この騒ぎをどう受け取ればよいか意見が割れているのだ


 共通の認識として、何処かの勢力が王都で反旗を翻す第一段階を計画したが失敗し、別の手段を画策中で、その準備で暗躍している、と。

 王都を火の海にしてはならぬと、勢力の情報を逐一、王城へ知らせて暗躍する勢力の行動の芽を摘ませているので大事になっていないのが実情である。


 そして、暗躍勢力の後ろにはディスポラ帝国が付いているのではないか?というのが暗闇から聞こえる声の主の意見だった。


「なるほどね、それなら何となくわかる気がするわね。でも、十万の兵士を失ってもスフミ王国併呑の野望を諦めていないって事なら、今の皇帝じゃ無理じゃないの?」

「そう、そこなんだよなぁ……。スフミ侵攻で失脚した宰相がまだ権力の座についていればそれもあったんだが……」


 当時、皇帝ディスポラ四世は宰相ゴードン=フォルトナーの傀儡皇帝ではないかと噂されていた。

 それは、皇帝自身が国内を発展させようと内政重視の政策を推していたが、歯に衣着せぬ宰相の言動が皇帝の言動を制限し、国内よりも国外へ!と政策を変更させてしまったからだ。

 そして、現在の帝国では内政重視の政策を行っており、食糧増産や治水に力を注いでいることから、当時は傀儡だったと噂されただけなのであるが。尤も、十万の兵士を失えば内向きの政策に切り替わっても不思議ではないのだが……。


 さらに、スフミ王国侵攻作戦までに見えていた皇帝の残虐性も今は影を潜めている事実もある。それまでは何かあるごとに家臣を斬首していたが、現在はそれも聞かれなくなっていた。


「だから、我は皇帝が命令を出しているのではなく、失脚した宰相が何らかの手段を使っての権力復帰画策の一環じゃないかと考えてる。まぁ、これは情報を得られていないからあくまで予想の範囲内だけどな」


 内政重視の政策の最中さなかに敵国へ工作をするなど皇帝から出される程優秀であればとっくの昔にスフミ王国は攻め滅ぼされていただろう。そう考えると、失脚した宰相の手が伸びていても不思議ではない。工作の方法も宰相の取った手段と似ていると、予想だがと最後に断ったのだが。


「今は王都はこんな状態だ。離れるなら早くした方がいいぞ。アイリーンだったら仕事を頼みたいって輩がごまんといるからな、ヒッヒッヒ」

「その笑い方は止めてよね!」


 アイリーンは渋い顔をすると、金貨を一枚暗闇に”ぽーん!”と投げ付けると、さっさと立ち去って行った。







(ディスポラ帝国ねぇ……。本当にあの国の仕業なのかしら)


 自らの身を隠して屋根の上をひた走り、アイリーンは自らに疑問を投げかけていた。だが、その答えが出てこぬうちに、怪しげな集団が何かをしている場面を見つけた。

 数人が円陣を組みよからぬ相談をしていると見受けられた。


 こんな人も出歩かぬ深夜に目立たぬ格好で何をしているのかと、自らの格好を棚に上げ、屋根に伏せながら一団を注視する。表通りから一本入っているとは言え、その手のいかがわしい店に入る格好でもないしと息を殺して視線を向けていると、そのうちに一人を残して何処かへと散らばって行った。


 全てが同じような闇に溶け込む姿をしていれば誰が指揮を執っているのか、アイリーンでも見分けがつかなかった。


(でも、残ったアイツが指揮を執っているのかしら?)


 ここで行動に移り、残った一人を攻撃するのは容易い。

 だが、闇に紛れて事を成せる程の集団を纏め上げていると考えれば、殺気をわずかでも発すれば発見され返り討ちに遭う可能性も捨て切れない。


(今は見守るだけが一番ね。ウチだけじゃ、手に負えないしね)


 その一団を追い掛けるのを諦め宿へと戻ろうとその身を起こした。


「!!」


 急いで前転してその場から離れると、今まで寝そべっていた場所へ矢が撃ち込まれた。

 さて、何者かしら?と視線を泳がせると何処からともなく、一人の男が暗闇から姿を現した。


「ふむ、同業者……ってところだろうか?」

「まぁ、こんな夜に可愛い猫がいると思うかしら?」

「いや、猫は夜に集会を開くと聞くからな。化けてるかもしれん」


 可愛い猫と聞き”クククッ!”と笑う男にアイリーンは右腰のショートソードに手を逆手に掛け刃を向けようとした。外套を羽織っていない今は、それが相手にもわかっただろう。男の実力を知らぬ今は、牽制の手段でしか無いのだが……。


「まぁ、待て。こちらに戦う意思は無い。それに、その戦闘スタイルは一人しか聞いたことがない」

「そうなの?」


 男は両手を広げ、さらに手の平を広げてアイリーンへ戦う意思が無いと示した。それは、体付きや右腰に差したショートソードを逆手で握った動作から、目の前のそれが誰かを悟ったのだ、敵対する相手ではない、と。


「あいつ等が何なのか気になるのだろう」

「ええ。と、言ってもウチもたった今、情報を仕入れて来たばかりなのよね~」


 気になる素振りをアイリーンが見せると、男は懐から封筒を取り出すと彼女へ向かって軽く投げてきた。

 また封筒かぁ、と残念がって受け取るとすぐさま胸元へと仕舞い込んだ。幾ら、戦う意思は無いと告げられても、こんな闇夜にそれを信じるほどお人好しでは無い。


「そこにある程度の事を記してある。我々の邪魔だけはしないで貰いたいだけだ」


 そう言うと、男は後退あとずさりしてアイリーンの前から暗闇へ委ねて行った。

 男の気配が完全に消えたと見るや、アイリーンは”ほっ”と一息吐いて宿へと向かう。


 先程見た一団を率いる一人の姿はすでにそこには無く、何処かへと消えた後だった。

 だが、アイリーンは先程会話した男達が見張りに付いているだろうと思えば、これ以上手を下す必要はないだろうと思い、この日の睡眠に思いを馳せるのであった。




※王都を揺るがす噂は何なのか?

 しかし、アイリーンはあまり乗り気でなく……。

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