第十七話 冷蔵庫のお話をしようか

「おはよう、二人とも早いわね」

「おはよう。気分はどうだい?」

「足元がしっかりしていると、安心して眠れるわ」


 食堂で朝食を食べ始めているスイールとヴルフの下へ、コノハズクのコノハを連れたエルザが朝の挨拶と共に姿を現した。そして、二人のいるテーブルに着くと朝食を注文するのだが……。


「えっと、アイツはまだ寝てるのか?」

「ええ、お腹を出してね。あれでお嫁に貰う人が出てくるとは思えないんだけどねぇ……」


 体を揺すっても起きようとしないアイリーンに呆れて、部屋に残して来たと話すエルザ。それを聞き、”仕方ない奴だな”と笑みを浮かべるヴルフを見て、情報収集に出ていた事情を知るスイールは酷い言われようだと苦笑するしかなかった。


「二人共、その辺にしておきましょう。アイリーンが起きたら王城へ向かいますから、準備を頼みますよ」

「ええ、わかったわ」

「まぁ、仕方ないか」


 二人にそのように告げると、スイールは早めに部屋へ戻りカルロ将軍へ渡す書類を準備するのであった。







 それから二時間程ののち、アイリーンが眠い目をこすりながらいつもの服装に身を包みエルザと共に宿のロビーへと姿を現した。


「おう、おはようさん。お前はいつも起きるのが遅いんじゃよ」

「ふぁ~~。確かに遅いのは謝るけど、こっちだっていろいろとあるのよ」


 文句を言われる筋合いは無いのよ、と悪態をつくヴルフに言葉を返すが、それを態度で示さんと説得力がないとさらに返されれば、”もうイイ!”とへそを曲げる。


「はいはい、その位にして王城へ行きますよ。アイリーンはこれを」


 学生を引率する先生よろしく、言い合いを始めた二人を諭すようになだめると、朝食を食べていないアイリーンにサンドイッチを渡して宿を出発して行く。

 宿を出てすぐ、アイリーンはサンドイッチを口いっぱいに入れて食べだすと同時に、鞄から封筒を取り出してスイールへ渡した。


 暗闇ではただの封筒だったが、煌々とした太陽の光の下で見たそれは貴族が使うような印が入り威厳さえ見せていた。そんな封筒がアイリーンの鞄から出てくる事自体に驚くしかなかった。


「なるほど、これが昨晩の成果……となるわけですね」


 封書を開き、中の手紙を取り出し文字を追うとスイールは溜息を吐いた。それをヴルフに渡すと小声でアイリーンへと声を掛ける。


「暗躍する何者か達……ですか?しかも北部の都市が関わっている可能性……」

「ウチはそこまで情報を得られなかったけど、そう書かれているわ。それと不確定情報で話半分で聞いてもらいたいんだけど、帝国が関わっている……かもって、さ」


 アイリーンがサンドイッチを食べ終わると、その情報を補足しようとさらに口を開いた。


「ウチが仕入れた情報だと、王族に恨みを持った何者か達が王都で暗躍している、って。だけど、王城の兵士に情報を渡して一つずつ潰しているから大事にはなってないみたいよ。北部の都市が関係しているのは話し方がちょっと特殊だからと書いてあるわね」


 情報を得た帰りに見かけた者達の声を耳に入れることが出来たなら、確証が得られたのだがとも付け加えた。


 何にしても、王都から早々に立ち去りブールへと向かうべきであろうとスイールは思うのだった。


「だが、それ位ならカルロの奴はすでに掴んでいるはずだ。心配する必要はないだろう」


 手紙をエルザに渡しながら、カルロとトルニア王国の諜報部を高く買うヴルフが楽観視して、それを笑い飛ばす。

 確かにカルロ将軍の人となりはスイールもアイリーンもよく知っており、その能力の高さも折り紙付きだと認識もしていた。

 だが、それは自らの手足のように動く諜報部が活躍してこそだ。アイリーンが得た情報通りだった場合、カルロ将軍の能力が空回りしている可能性も十分考えられる。


「ですがヴルフ、王都全域を国の諜報員だけで見守れるはずもありませんから、楽観視はいけません。話半分に聞くとしても、アイリーンが寝不足になって仕入れた情報を無下には出来ませんよ」

「私はそのカルロって人の人となりを知らないのでどうこう言うつもりはありませんが、一応最悪を考えて置くべきと思いますよ」


 スイールがヴルフに一言告げると、同意するようにエルザも同様に意見を口にした。そして、アイリーンに回って来た手紙を返す。

 スイールとエルザにやんわりと意見を言われ腑に落ちないヴルフを視界に収めながら手元に戻ってきた手紙を封筒に入れて鞄に仕舞い込んだ。そして、ヴルフの肩に”ポン”と手を乗せて”にんまり”と笑みを向ける。

 それに何となく悪意を感じるのだが、ここで言い返せばアイリーンの壺にはまってしまうだろうと悔しいが”ぐっ”と言葉をこらえた。


「はいはい、そのくらいにして下さい。王城は目の前ですよ」


 軽く手を叩いて二人に注意を促すと城門を守る門番の兵士に声を掛ける。


「本日はパトリシア姫にお目通りしたいのだが、いらっしゃいますか?」


 パトリシア姫に頂いた特別製のカードを門番の兵士に提示し自らを名乗った。


「はい、姫様から見えたら案内するように承っております。案内を付けますのでしばらくお待ちください」

「ええ、よろしくお願いします」


 スイールが思った通り、港に入港した客船で入国したと伝わり、すでに王城へ顔を見せると踏んでいたようだ。さすがに手筈がいいなと思うしかなかった。


 それからしばらく待ち惚けていると、白い軽量鎧を身に着けた銀髪の女性が姿を現した。綺麗に梳かされた銀色の髪はエルザの髪にそっくりで、腰まで伸ばせば瓜二つかと思う程であった。

 だが、鎧に身を包んでいる女性を見れば、激しい動きの邪魔になるだけとばっさりと短くしていたのだろうと思うのだ。

 その女性がスイール達であると確認すると、ゆっくりと落ち着いた口調で話し始めた。


「パトリシア姫から案内する様にと受けております。アマベルと申します、お見知りおきを」


 アマベルはスイール達に軽く頭を下げると、パトリシア姫の部屋へ向かって四人の先に立ち歩き始めた。そして、自らを昨年創設されたパトリシア姫直属の女性だけで構成された黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズの団長に就任していると語った。


「ほうほう、パトリシア姫に騎士団か。いろいろと動き回りたい姫には丁度いいのかもな」

「それもあるけど、女の周りに男ばかりじゃ気が気じゃないわよ」


 王位継承権一位の王太子には騎士団がいつも付き添うが、継承権三位のパトリシア姫にはその騎士団から派遣される形で外出時に僅かな護衛が付き添うだけであった。それが、直轄の部隊を持てば王都近郊であれば自由に動き回れる事になる。

 王太子が地位の都合で動けない場所へも躊躇なく踏み込めることを意味し、王太子の代理としての地位を確立したとも取れる。


 そして、廊下をすれ違う兵士達に”五月蠅い”と視線を向けられながら進み、パトリシア姫の部屋へとやって来た。

 アマベルが”コンコンコンッ!”とノックしスイール達を連れて来たとドア越しに告げる。


「よし、入れ!」


 部屋の中から声が聞こえると、アマベルはドアを開けて四人を部屋の中へと導いた。


「久しぶりじゃな!待っておったぞ」


 執務机で優雅に飲んでいた紅茶のカップを置き、懐かしい顔ぶれに思わず笑みをこぼした。歳が近いエゼルバルドとヒルダには親近感を抱くが、十歳以上も歳が離れたスイール達には父兄を敬うような気持にさせてくれるとパトリシア姫が語っていたと、のちの記録に残るのだが……。


「姫様もご壮健のようで、何よりです」

「そんな堅苦しい挨拶は嫌じゃ。ここは妾とほれ、その男しかおらんから楽にするがよい」


 スイールは久しぶりに王族に謁見したとの認識で言葉を選んで挨拶をしたのだが、パトリシア姫はそうは取らず皮肉でも言われているのかと不機嫌な表情を見せた。

 懐かしい顔ぶれであり、あれだけパトリシア姫と訓練していた仲だと言うのにと憤慨するのもわかるのだが……。


 だが、スイールがそんな挨拶をしたのには皮肉を言いたかった訳は少しも思っていなかったのだ。


「これは失礼しました。初めて目にする方々がいましたので、失礼があってはならぬと言葉を選んだ次第でございます」


 パトリシア姫の部屋には姫様自身の他に、ドアの死角にカルロ将軍が控え、案内をしたアマベル騎士団団長、そして、数人のアマベルと同じ軽量鎧に身を包んだ女性が見えたのである。

 創設されたばかりの騎士団と聞けば、ここ一年の間トルニア王国を離れていたスイール達を知らぬと考えても何の不思議もない。そして、少しでも粗相があればパトリシア姫が許しても騎士団に狙われる可能性も少なくないだろうと考えていた。


「まぁ、それなら仕方ない。さてと、本題に入ろうか?」


 執務机から離れ、来客用のテーブルへとスイール達を促した。彼女自身がテーブルに着くと、スイール達がそれに続き、遅れてアマベル団長ともう一人の騎士がテーブルへと着いた。


「さて、そちらの話の前に私から宜しいかな?」


 部屋に違和感のごとく存在していたカルロ将軍がキャスターの付いたワゴンを押してパトリシア姫の隣へ移動してきた。そこにはスイール達が見慣れた四角い金属の箱と束になった書類が乗せられていた。

 とは言え、四角い金属の箱はスイール達が手に入れた物よりも二回りほど大きく、しかも重量が増えて重そうだった。


「あの二人から受け取った書類から作り上げるのは骨が折れたぞ。職人が泣きついてきた」


 カルロ将軍は、その金属の箱をパトリシア姫の前の置いて小さなヤカンを乗せながらスイールへ毒を吐いた。

 あの二人、つまりはエゼルバルドとヒルダがパトリシア姫に書類を渡してから十日程の間にこの、魔力焜炉マジカルストーブを作らせたのだ。作り方を知っていても、初めての事であれば苦労するのも当然だろう。

 そして、いつ来るかもしれぬスイール達が現れる前に試作品を作らせた結果がカルロ将軍の言葉なのだ。


「作り方を知ったとしても、一から作るには大変だったでしょう。その説明をしようかと思ったのですが、すでに作られているのでこれには必要なさそうですね」


 パトリシア姫の前に置かれたヤカンから”シュンシュン”と湯気が立ち上っていれば、魔力焜炉マジカルストーブは完成したとみていいだろう、と”ほっ”と溜息を吐く。

 そして、カルロ将軍が書類の束を”ぺらぺら”と捲り、他の二つの道具についての説明を求めた。


「それで、この氷を作る道具と風を起こす道具は何に使えば良いのだ?用途がわからずにまだ作っておらんのだが」

「その二つは分からなければ宝の持ち腐れですからね」


 カルロ将軍の疑問は尤もです、と付け加えた上で説明を始めた。


「二つ目の魔力機器マジカルマシーンは氷を作り出す装置で魔力製氷機マジカルアイスと呼びます。と、渡した書類にも記載してありますので、さらっと流していきますね。作り出した氷を細かく砕いて飲み物などに入れて上げれば冷たい飲み物が何時でも口に出来ます。それが熱帯地方であってもです」


 生み出した氷の使い方の一つをスイールは提示した。あくまでも”氷その物”の使い方であるのだが、それだけでもカルロ将軍やパトリシア姫は興奮して前のめりになり始めた。

 夏場に井戸水を口にすれば”ひんやり”と喉が潤う。また、雪解け水を口に含めばそれもまた気持ちがいいだろう。だが、井戸水を汲み上げなくても、雪解け水が流れる川まで行かなくても、この場で楽しめるとなれば興奮するのも頷ける。

 すでに説明を聞いていたヴルフ達は”うんうん”と納得の表情で頷いている。


「ですが、欠点もあります。お酒やジュースに入れておくと、氷が解けて水っぽくなる事です」

「確かにそうだな。お酒を冷たい水で割るのも良いが、水っぽくなるのはいただけないな」


 お酒好きのカルロ将軍やヴルフは、行軍先で少量のお酒を水で嵩を増し、薄いお酒で喉を潤したのを苦々しく思い出していた。あんな惨めな行軍は二度と御免だと。


「そこで、雪の降る地方を思い出して頂きたいのです。冬場に食料を保存するにはどうしているかと……」

「ん、食料の保存とな?」

「姫様には難しいでしょうな。穀物や乾燥野菜はいつでも食べられるのですが、そうでない食べ物、例えば根野菜を乾燥させずに一冬越させる方法ですよ」


 一般庶民に近いとされるパトリシア姫であっても、庶民が心血を注いでいる食料の保管方法は全く知らない、いや、知る由もない。

 それは王城でも同じで、食料保管庫は料理人が一手に引き受け管理しているので、それが王子や王女に知られる事は滅多に無い。ただ、カルロ将軍や宰相などはある程度把握し、国王に時折報告はされているのだが。


 それを掻い摘んでパトリシア姫に説明し、何となくわかったような顔をしていたので説明を再開した。


「作り出した氷を入れる箱を作り、その中に野菜や飲み物が入った瓶を入れておけばどうなるでしょうか?」


 その一言が決定的だった様で、パトリシア姫が目を輝かせて勢いよく立ち上がった。




※後半は冷蔵庫の説明ですね。氷室はあるのですが、トルニア王国の全人口で使えるかと言えばそんなことは無いです。

 江戸時代に徳川家に献上する氷を富士山麓の洞窟に保管していたのが氷室ですね。それと同じことがこの世界にあり、冷蔵庫を手にした後に、氷室の価値がグッと下がる、そんな感じですね。

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