第十五話 ドレス採寸のお話

 翌日、教会の母屋にいる全員とテーブルを囲み、いつも通りに並べられた朝食に手を伸ばしていると、シスターが仲良く並ぶ二人に声を掛けてきた。


「で。アンタ達、これからどうするんだい?」


 それはエゼルバルドとヒルダの二人に対してだ。

 過去の手紙にもあったように、結婚式を教会で挙げる事は決定しているが、その他は如何するのか、である。


 仲良く並んで朝食を取っている二人にリースとポーラの冷たい視線が突き刺さるが、なるべく見ないようにとシスターのみに顔を向ける。


「オレはそこまで予定を入れてないんだけど……」


 シスターに視線を向けられるのだが、自分よりも隣で朝から”モグモグ”と大きな口を開けて朝食を頬張っているヒルダへ話をしてくれと視線を誘導する。

 そして、十分に咀嚼してからお茶で喉の奥へと流し込んむと、一息入れてから口を開いた。


「わたしはドレスを着たいの!だから、作ってもらおうと思ってるの!」


 子供じみた話し方でヒルダが叫んだ。バックパックに仕舞ってある、ブラームスから購入した白い奇麗な反物でドレスを作って貰いたいとヒルダは話した。

 最高級品ではないが、一般市民からすれば上級に当たる白い反物で作れば、素敵な結婚式のドレスになるだろうと。


 そこまで力を入れて話されては無下には出来ないと、シスターは知り合いを紹介しようかと何処かからメモ用紙とペンを取り出し”スラスラ”と一切のも無くそれに書きつづった。


「じゃぁ、ここへ行ってごらん。腕はこの私が保証するよ!」


 ”ごくごく”とお茶を飲み干して、シスターから渡されたメモに視線を落とす。


「【アデーラ】の服飾店?」


 思わず口に出てしまったその名前は、ヒルダは勿論だがエゼルバルドも、そしてリースやポーラにも聞き覚えのない名前であった。

 それもそのはずで、アデーラは主に貴族相手に店を構えて商売をしている。お得意先は領主やそれに準じる貴族達であり、本来なら庶民では手が出せない程の加工費用がかかるのだ。


 そのアデーラを紹介したのは二つほど理由がある。そのうちの一つがシスターと幼馴染であり、子供の頃から良く知ってる間柄である事だ。

 その為、たまの休日に街中で会う程の仲であるのだ。


 そして、もう一つが、の為に指示された相手だった、事だ。それはエゼルバルドとヒルダには秘密なのであるが。


 その二つの理由がある為に、ヒルダには腕の立つ職人を紹介したのである。

 そのおかげもあり、ヒルダが支払う加工費用は抑えられることになったのは皮肉と言わざるを得ないのだふぁ。


 それからしばらくリビングで寛いだ後、自室に置いた荷物から白くきらきらと輝きを放つ一本の反物たんものをヒルダが持って来た。

 シスターを始め、リースやポーラの女性達はその反物に目を奪われた。


「ほほぉ。アンタが選んだって言うから、もっとガサツな反物を選んだって思ったんだけどね」

「あ~、シスター。さすがにそれは酷いですよ~」

「そうですよ。ああ見えても繊細なんですよ」

「そうかい?これでも褒めたんだけどね」


 シスターの何気ない一言に、お茶を啜っていたリースとポーラがそれは無いだろうと、ヒルダをかばおうとしたのだが、彼女達も何気にヒルダを見下す言葉を発していた。

 当のヒルダはと言えば、お気に入りの反物を前に、三人の会話が耳に入っていなかったらしく、”何か言った?”と首を傾げていた。シスターの影になっている神父がそれに気づいたが、”言わぬが花”と口を閉ざしていた。


「でも、これだったら、私も着てみたいかもね」

「そうそう」


 と、白い反物から自らの胸に視線を向けて嬉しがったり、悲しんだり、感情の起伏を見せていた。どちらが胸が大きくて入らないと嘆いていたのか、小さくて詰め物をしなくてはならぬと嘆いていたかはここでは語る事は控えようと思う。


「そろそろ頃合いだし、アデーラのお店に顔を出してみるわ」


 広げた白い反物を大事に仕舞い込むと、エゼルバルドと共にアーデラの装飾店へ向かおうと孤児院を出るのであった……。


「そうそう、こいつらを如何にかしないと……」


 玄関を出ると、孤児院の小さな庭に、道中で出合った商隊から報酬の一部として受け取った二頭の馬が、短い草を”むしゃむしゃ”と美味しそうに口に入れ頬張っていた。エゼルバルドとヒルダが出て来たと見ると、顔を上げて”トコトコ”と近寄ってきて首で触れて来た。


「う~ん、こいつらって可愛いよな~」

「そうね~。わずか数日でここまで懐いちゃ、売るのは可哀そうよね」


 出掛けて来るから大人しく待ってるんだぞと、含めるように言うと、言葉が通じたのか”ヒヒン”と小さく嘶いて沢山の草が生えている場所へと戻った。


「ま、預ける場所もあるから大丈夫だろう」

「それより、早く行こうよ~。ドレスを作るのが来年になっちゃうよぉ」


 急ぐヒルダに、”そんな事は無いよ”とエゼルバルドは思いながらも、手を引かれてアデーラの服飾店へと急ぐのであった。







 それから程なくして、二人は一軒の屋敷の前に来てあんぐりと口を開けていた。

 正確に表現するならば、とある街中にある屋敷の門の前に来ているのだが、格子状の門からシスターに教えられた屋敷が見えずに途方に暮れていたのだ。

 しかも、その門は商店が立ち並ぶ中に作られているから、また始末に負えない。


「なあ、本当にここなのか?」

「えっと、シスターのメモはここで間違いないけど……」


 そのまま、立ち尽くしていても始まらないと門をくぐり見えぬ屋敷を二人は目指すのであった。


 そして、歩き始めて五分程”くねくね”と曲がりくねった石畳を進むと二人の前に立派な屋敷が現れた。本来であれば、玄関先まで馬車で乗り付けて屋敷の執事、--ここの場合は番頭である--が、馬車のドアを開けて訪問客を出迎えるのだ。だが、徒歩で現れたエゼルバルドとヒルダを番頭が見つけて、怪訝そうな表情を見せていたのだ。


「もしもし、こんな所に迷い込んではいけませんよ」


 番頭からしてみれば、散歩していて迷い込んだと思ったようだ。


「あの~、わたし達はアデーラさんにお会いしに来たんです。ここは違うんですか?」

「……え、ええ。確かにここはアデーラ様の服飾工房ですが、お客様には縁がないと思われますが……」


 王族や貴族相手の商売をしていれば、エゼルバルド達の様な一般市民には縁が無いと正直に言わざるを得ないだろう。何も聞かずに番頭の一言を受け取っていたら、エゼルバルドやヒルダは怒りを滲ませていたかもしれない。


「教会のシスターに紹介されて訪問したんですけど、それでも駄目ですか?」

「紹介?もしかして、お客様のお名前はヒルダ様、ですか?」

「ええ、わたしがヒルダですけど……」


 番頭の前に立つ女性が”ヒルダ”と知った途端に態度を軟化させ、笑顔を振りまくのだった。


「あ~、アデーラ様より伺っておりました。ヒルダ様でしたら通すようにと」


 そして、番頭は二人へ一礼すると、屋敷の中へと招き入れた。

 玄関を開けて直ぐにある応接室に二人を通すと、番頭は何処かへと出て行った。


 応接室と言っても、服飾工房であればその部屋内の飾りも、胸元が大胆に開いた美麗なドレスを着せてあったり、きらきらと輝くタキシードを纏ったマネキンが置かれている。この部屋だけで、ファッションショーを開ける程の数を展示してあるのは驚くしかないだろう。


「待たせたな!」


 二人が応接室のマネキンに目を奪われている所に、ノックもせず”バンッ!”と扉が無造作に開かれて”ズカズカ”と一人の老齢の女性が入ってきた。見た目はシスターと同じと見れば、それがこの屋敷の主、アデーラであると一目でわかるだろう。


「いえ、部屋のマネキンを見ていて時間を忘れるくらいですから」


 二人は入ってきた老齢の女性に頭を下げながら、待ちくたびれなどしていないと告げた。


「そうか、そう言ってくれるとありがたい。まぁ、掛けてくれ」


 三人がふかふかのソファーに腰を下ろすと、先ほどの番頭が一拍遅れて部屋に現れ、三人の前に湯気が立ち上る琥珀色をした紅茶の入ったカップが置かれた。


「私がアデーラだ。シスターから聞いているだろうが、旧知の友でな。時折、街で合う程の仲だ。で、話は聞いているよ、結婚するんだってな」


 アデーラは自らを名乗るとカップを持ち、それを傾けて熱々の紅茶を口に含ませた。


「はい、その通りです。それで、結婚式で着るドレスを作って頂けると紹介をされまして……」


 いくら、シスターと旧知の中で紹介を受けたとはいえ、ヒルダは半信半疑であった。それを口に出せるはずもなく、言い淀むのだったが……。


「ん、ちゃんと聞いてるよ、ドレスを作るってね。それで、生地はどうするんだい?」

「生地はすでに用意してあります。これを使って頂けますか?」


 ヒルダが大事そうに包んであった、白くきらきらと輝きを放つ一本の反物たんものを取り出すとアデーラへと渡した。

 それを受け取ったアデーラは記事を伸ばして触り心地を見たり、光にかざして視覚を確かめたりとしていた。


「うん、これなら大丈夫だ。奇麗なドレスに仕立てて上げるから安心してね。とは言っても、レース部はどうしても必要になるから追加でお代は頂くけどね」


 渡した反物が、アデーラから合格点を付けられたのがよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みをヒルダは浮かべていた。


「で、デザインとか希望はあるかい?」

「えっと……、あのデザインが気に入ってるんですけど、大丈夫ですか?」


 ヒルダが示したのは応接室の一番奥まった場所でマネキンが身に着けているドレスだった。応接室にあるドレスは、ほとんどが胸元が大きく開いていて下手をすると胸全体が見えてしまうのではないかと思えるほどだった。だが、ヒルダが示したのは胸元どころか首まですっぽりと生地で覆われ、肌の露出が少なかった。ただ、両肩が全て露出して、二の腕が涼し気なレースでゆったり目に覆われていた。


「ふーん、ああいうのが好みなのね」


 そう言うと、”じろじろ”とヒルダを舐めるように視線を動かして、”うんうん”と一人で納得していた。

 そして、紅茶を飲み干すと、”パンパンッ!”と手を打った。


「はい、お呼びでしょうか?」


 アデーラが出した合図で、応接室へ十人のメイド服を着た女性が音も無く入って来たのである。メイド服を着ているとは言え、屋敷の世話をしているのではなく、工房で仕事をしている従業員なのである。


「ええ、この二人の結婚式用のスーツとドレスを作るから、採寸をお願い」

「畏まりました、アデーラ様」


 エゼルバルドとヒルダは”えっ?”と思う間もなく、五人ずつに分かれた従業員に応接室から別々の部屋へと連れて行かれた。


 王族や貴族を相手にしているだけあり、従業員の手付きは見事であった。

 エゼルバルドもヒルダも、あっという間に来ている服を脱がされあっという間に下着姿にされたのだ。いったい何時、ボタンを解かれ、そして、脱がされたのか記憶になかったという。

 採寸は一人がメモを取り、流れ作業で必要事項を記載して行く。


 エゼルバルドはあっという間に採寸が終わり元の格好へ戻され応接室へと戻ったが、ヒルダはしばらくの間戻ってこなかった。エゼルバルドが紅茶を飲み干し、さらに、もう一杯カップから無くなった所でようやく帰ってきたのだ。


「ん?大丈夫か」

「ううん?大丈夫。何も無いわ……」


 エゼルバルドは応接室へ戻って来たヒルダに声を掛けてみたが、そっけない返事で返された。ヒルダの頬がほんのりと赤く染まっていたのが気になったのだ。

 そのヒルダは声を掛けられた理由はしっかりとわかっていた。それは採寸時に、赤面してしまう程、体をいじられた事が原因であると。まさか、採寸にあんな事までされるとは思ってもみなかったのだ。


「さて、採寸も終わったし、二人の衣装は任せてね。一応、デザインを書き起こすから六日後にもう一度来てね」

「はい、わかりました」


 エゼルバルドとヒルダはソファーから立ち上がり孤児院へと帰ろうとしたのだが、そう言えば肝心な事を聞いていなかったとアデーラに向き直る。


「肝心な事を聞くのを忘れてました。衣装を作るにはどれだけ掛かるのでしょうか?」

「ああ、代金ね、その辺は心配しないでいいわよ。二人合わせて金貨五枚って所かしら?ドレスを作るのは金貨一枚だけど、男性用は生地も必要だからね」

「あっ!」


 その金額は、王族や貴族相手に商売をしているアデーラの料金では破格値と言える設定だった。生地を持ち込んだとはいえ、デザイン料、レース生地を含んで金貨一枚はあり得ない金額であろう。同条件で貴族が依頼をすれば、金貨が十枚は出て行くはずであろう。それにエゼルバルドが着用するタキシードも金貨四枚は破格値だ。


 そして、ヒルダは自らが使う生地を選んでいたが、エゼルバルドは全く考えていなかったので、”そういえば”と叫んでしまったのだ。


「それじゃ、六日後に待ってるわよ」

「はい、それでは」


 エゼルバルドとヒルダは深々と頭を下げるとアデーラの貴族の邸宅と見まがう工房から出て教会へと足を向けるのであった。







「さて、誰かいる?」

「はい、アデーラ様お呼びでしょうか?」


 エゼルバルド達が屋敷から出て行った所で、アデーラは従業員を呼び出すとそれに応じて番頭が応接室へ顔を出してきた。


「ええ、お使いお願い。”無事に二人の衣装を受注した”って伝えて来て」

「畏まりました、アデーラ様」


 番頭は頭を軽く下げると、音も無く応接室を出て行くのだった。

 そして、そこにはニヤケ顔のアデーラ一人が残った。


(お金って、ある所にはちゃんとあるのよね~)




※結婚式なんだから、二人で素敵な衣装を着ましょうね。で、貴方の生地は?って感じです。

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