第七話 帰る前に護衛の依頼を受けよう
ワークギルドへ寄った翌日、エゼルバルドとヒルダは朝食を取り終わると護衛の依頼主の下を訪問しに行った。
「この宿が依頼主が泊まってるのか?」
依頼書に書かれている宿の住所を手掛かりに歩いていると、それらしき大きな建物に宿の名前が書かれていた。
石造りのがっしりした三階建ての建物で、右隣の建物との間に馬車や厩舎などが並んでいて、行商の商売人御用達の宿にぴったりの外観であった。チラッと覗くだけで厩舎にはずらりと馬車馬がつながれて飼葉を”むしゃむしゃ”と美味しそうに食べていた。
こんなところに泊まるのであれば、それ相応の儲けを出している商売人であると安心して宿のドアを潜った。
「こちらに、行商人の【ブラームス=アンドリュー】さんは泊ってませんか?」
”ぼ~”っと宿帳を眺めているカウンターの店員の男に声を掛けてみると、”びくっ”と驚いた顔をして声の主であるエゼルバルドへと視線を上げた。
暇を謳歌していたのに、”この邪魔者めが!”とそんな表情をしていたが、仕事になったと諦めて聞き取れなかった要件を再度伺うのであった。
「すみません、もう一度よろしいですか?」
「行商人のブラームス=アンドリューさんが泊ってませんか?」
そう告げると同時にワークギルドで貰い受けた依頼書を店員の男に見せつける。それを見て、そういえばと思い出して宿帳をひっくり返して借主の部屋の番号をエゼルバルドへと告げた。
「ブラームスさんなら一階の奥、一〇三号室ですね。入るときは必ずノックを五回してください」
「ノックを五回だな。ありがとう」
お礼を言い、宿の中へと二人は入って行った。
そして、飾りのない廊下を”カツコツ”と足音を立てて依頼主のいる部屋の前へと進むとドアを五回叩いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ブラームスさん、お茶です」
「おう、ありがとう。今日もいい香りだな」
「恐縮です」
エゼルバルド達がドアをノックする少し前にさかのぼる。
宿の部屋では護衛の依頼主であるブラームス達は朝食を終え、優雅な時間を過ごしていた。小間使いの男が日課の紅茶を上手に淹れ、主人に褒められていた。
笑顔で主人から褒められ、”また美味しく淹れよう”と、思うのであった。
その優雅な時間も、ガサツな男に乱入されて終いになる。
隣の部屋から”どすどす”と乱暴に床を蹴りブラームスの前に現れる。
「なぁ、ブラームスさんよ。いつまでこうしてるんだ?」
「仕方ないだろう。護衛が来ないんだから。それとも【ガルシア】、お前達だけで行くか?私を守れるのならそれでも構わんが?」
ブラームスは怪訝な顔をするガルシアに答えるが、納得が行かないようで眉をひそめる。出掛ける事も出来ず余りにも退屈なのだが、雇い主のブラームスに逆らえず悶々とする日々を過ごしているのだ。
「確かにもう何人か欲しいけどよ。いつまでこんな所で油売ってんだ」
「こんな所でって、王都でする発言か?」
「ほっといてくれよ」
ブラームスもわかっているのだ。王都に足止めされすでに十日。いつもならこの半分の日数で出発しているはずなのに、今回ばかりはなぜか護衛の依頼を出しているにもかかわらず訪ねてこないのだ。
報酬をケチって安くしている事もなく、適正な金額を提示しているはずなのにだ。
いつもと違うのは王都に足を運んだ時期だろう。春爛漫の四月に行商した事が無く、そこが計算違いになった理由でもある。
教育関係の始まりは一月と七月が一般的だが、王都に人が集まり始めるのは雪解けを待った四月が多い。そのために王都から地方へと向かう人々の列が少なくブラームス達が募集している護衛の集まりが悪いのもその例に漏れなかった。
だが、捨てる神あれば拾う神有りとはよく言ったもので、暗い雰囲気の室内に明るい話題が舞い込んできたのだ。
”コンコンコンコンコンッ!”
その、ドアをノックする合図に待ってましたとばかりにブラームスとガルシアは顔を見合わせて笑顔を見せる。そして、小間使いの男に指示をすると椅子に深く腰掛け直し足を組むとドアに視線を向ける。ガルシアは彼の横に立ち、背筋を伸ばして同じくドアを見つめる。
どんな者達が訪ねて来たかと楽しみにしていたが、”ガチャリ”とドアが開き入って来た二人を見てがっくりと肩を落とした。護衛にはガルシアのような長身でがっしりとした者達を期待していたのだが、入って来た二人はそれとは異なり、標準的な背丈で力負けしそうな体格だったのだ。しかも、もう一人は女とくれば、速攻で追い払いたいとも思った。
だが、男の方はと言えば外套の上に背負っている両手剣の柄が見えており、一度、力試しをしてみようと思わせたのだ。
「えっと、こちらで護衛を募っているとギルドで聞いて来たのですが……」
入って来た男の手にはワークギルドで受け取った依頼の紙を持っていた。王都を拠点にしていれば、ワークギルドの職員が個人の実力を把握して拒否されるはずだが、それをすり抜けて来たのであれば実力を持っているか、流れの旅人のどちらかであろう。
どちらにしろ、数合わせか後ろを任せられるかは試してみればわかる事だと、ガルシアは入ってきた男をじっと見て口を開けた。
「そうだ。こちらにいるブラームスさんの護衛で海の街アニパレまで陸路を行くが大丈夫か?」
「ええ、そのつもりで来てます」
「取って食おうとするんじゃないから、もっと砕けた口調でいいぞ。俺はガルシア、ブラームスさんの護衛のリーダーだ」
「それじゃ、遠慮なく。オレはエゼルバルド。エゼルと呼んでくれ」
「わたしはヒルダよ、宜しくね」
男の方がエゼルバルドと、女の方はヒルダと紹介を受けた。若く頼りないと見えたが、頭を下げた時の姿勢や体重移動に二人共が安定した動作を見せており、それをガルシアは見逃さなかった。
「ブラームスさん、二人を採用しますが宜しいですね」
「ガルシアが言うのなら反対する理由もあるまい。これで出発できるか……」
ブラームスには頼りないと感じた二人だったが、ガルシアが採用すると告げたのを渋々とした表情で従った。護衛に使えるか、使えないかはブラームスにはわからず、ガルシアに任せていたのでその様に返事をしたまでなのだ。
「それでは、二人にはどの程度の実力があるか、一応見せ貰おうかと思う」
「ええ、オレ達は構わない」
「ちょうど、ウチの何人かが、宿の裏で体を動かしてるから来てもらおうか。ブラームスさんも一緒に」
ガルシアに言われて、”仕方ないな”と立ち上がり、小間使いの男に外套を掛けて貰うと、ガルシアを先頭に部屋を出て、宿の裏手にある庭へと足を向ける。
裏庭は廊下に出てロビーと反対方向へと進むとあるドアを潜ればすぐに出ることができる。出て右手方向に進めば井戸や馬房などがあり、沢山の馬車馬が繋がれていたり、洗濯物が干されていたりと生活感があふれている。
逆に左手方向を見れは十メートル四方の広場が広がっており、今は二人の男が武器を握り汗を流していた。
「お~い、二人共手を止めてくれ」
斧と長剣が激しくぶつかり合う硬質な金属音と金属音の間にガルシアが声を挟む。そして、彼の声に気付いた二人が、同時に手を止めて声の主であるガルシアへと向き直る。
二人は、ガルシアの他に雇い主のブラームスの姿と見慣れぬ男女二人の姿を見つけ、意図を察して歩いてやってきた。
「お疲れさん。二人に頼みたいことがあるんだが、体力は大丈夫か?」
汗をタオルで拭く二人に近づきつつ状態を確認すると、肩で息をするほどの運動量ではなかったらしく、ガルシアは”大丈夫そうだな”とにこやかな表情をした。
「お前さんの言いたい事はわかっておるが、こいつらが相手で大丈夫なのか?」
「ええ、見た所、駆け出しの年齢ではありませんか?」
エゼルバルドとヒルダの二人に聞こえるように嫌味を言う。ここにいるガルシアを始めとした三人の護衛は共に三十過ぎの年齢と思われ、十代後半のエゼルバルド達に嫌悪感を募らせていた。
「まぁ、やってみればわかるって」
「仕方ないか……」
「リーダーの指示だから仕方ない」
二人の男は渋々とガルシアの指示に従うのであった。
「それじゃぁ、まずは【ネストール】とエゼルだな」
ネストールと呼ばれた背の低い筋肉質の男、背格好からすれば珍しいドワーフで、頭を剃り上げてスキンヘッドにしている。そして、肩に担いであった両手用
誰から見てもかなりの力の持ち主だとはっきりと見て取れ、標準的な体型のエゼルバルドが対応できるとは誰の目から見ても思えぬ、分が悪い相手だと映った。
「それなら、オレはこいつで!」
外套を脱いで背中から刀身一メートルの両手剣を抜き放つ。ゆっくりと振られた両手剣は日光を浴びて鈍い光を放っている。
「ほう、腰の剣で来ると思ったがなかなか楽しめそうだな」
ネストールは背中の両手剣ではなく、腰のブロードソードに視線が向いていたのだ。自らの戦斧を受ければ両手剣と言えども力負けするだろうとみて、ブロードソードで対抗してくると見ていたのだ。
それとは違い、真っ向から勝負しようとするエゼルバルドに興味を持ったのだ。
「楽しめるかはわかりませんよ」
「その減らず口をそっくりそのまま返してやるわい」
二人の武器が体の真正面で”ピタリ”と止まるとガルシアが声を上げて二人の戦いが始まるのである。
「よし、始めろ!」
「せいやぁぁーー!」
「とりゃぁぁーー!」
ガルシアの合図で二人は同時に地を蹴り、あっという間に距離を詰める。
とは言え、人間のエゼルバルドとドワーフのネストールでは身長もそうだが、駆ける速度もエゼルバルドに軍配が上がる。ネストールが一歩を動く時間でエゼルバルドが二歩も先に進むのだ。
尤も、ネストールは自らの不利をわかっていない訳も無く、相手が
突っ込んでくるエゼルバルドが切っ先を右に”スッ”とずらすとそのまま左に振り、両手剣を一閃させる。
「なに!?」
剣筋は予想通りだったため、戦斧を”サッ”と出して受け止められたが、剣速が想像を超えていたため思わず声を漏らしてしまった。
そのまま二人が交差してお互いの後背へと流れ出ると、素早く反転してお互いを見向く。
反転してすぐに動き出したのはネストールだった。戦斧を左に構えると同時にエゼルバルドに向かい駆け出す。ドワーフと思えぬ速度でエゼルバルドに迫ろうと懸命に足を動かす。そして、一拍遅れてエゼルバルドも駆け出すが、両手剣を右肩辺りで切っ先を少し下に突き出すように構える。
ネストールの戦斧が水平に振られ始める。模擬戦との事もあり、大体七割の力を込めていたが、それでも戦斧の質量と彼の力により戦斧には莫大な攻撃力が生まれている事には変わりがない。
その強力な一撃をもろに受ければ、金属鎧を着ていたとしてもただでは済まないだろう。だが、エゼルバルドはその一撃を予想もしなかった方法で受け止めてしまったのだ。
攻撃に転じようとしたエゼルバルドだったが、強烈な一撃を生み出すネストールの戦斧を受け止めようと頭を切り替える。ドワーフの馬鹿力は彼の師匠であるヴルフから嫌と言うほど叩き込まれていた為にエゼルバルド自身だけの力で受け止めるのを諦めていた。
下に向け気味だった切っ先を二人のネストールの戦斧が振られる軌道の地面へと突き立て、柄を両手で握って彼の戦斧を受け止めたのだ。
その行動にネストールは面喰い、一瞬、動きを止めてしまったのだ。
そして、エゼルバルドはその隙を見逃さず、ネストールの懐へと潜り込むと、左の手の平を彼の鳩尾へと”ペチン”と軽く叩きつけたのである。
一瞬の隙を突かれたとは言え、まさかあんな方法で戦斧を受け止めるなど思いもよらず、ただ笑いを漏らすしかなかった。
「まさか、あんな方法で止められるとはな。面白いな、お前は」
「戦斧はどうしても大降りになるから、それを逆手に取っただけ。それに、本気じゃなかった……」
”お主も本気じゃ無かっただろう”と笑顔でネストールが返してくると、つられてエゼルバルドも笑顔を見せる。
そして、ネストールはガルシアに向けて頷きを返し、満足したと暗に示した。
その模擬戦を呆然と見つめていたのが、護衛達の雇い主のブラームスである。
護衛の途中でガルシア達の戦いをつぶさに見ているが、その中でも力自慢のネストールが戦い終わって笑顔を見せているなど見たことが無かったのだ。
「もしかしたら、とんでもない拾いもんだったのか?」
ネストールの笑顔を見つつ、そう、言葉を漏らすのであった。
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