第八話 その一方、残してきたスイール達はといえば……。
「それでは次だ」
「僕は【ティアゴ】だ」
「ヒルダよ、よろしくね」
ガルシアが告げると、二人が広場の中央へと足を運ぶ。ティアゴと名乗った男は肩までの長髪をしており、首の後ろで一つに纏めていた。身長はネストールよりも高い百七十五センチほどでヒルダよりも十七センチも高い。
そして、背中に背負っていた
対するヒルダは、ショートソードに
二人が武器を体の前で構えると、ガルシアが声を上げる。
「では、始め!」
合図と共にヒルダが身を低くして勢いよく駆け出した。数歩の距離にいるティアゴが剣を振るう前に決着をつけてしまおうと考えたのだ。
待ち構えるティアゴは意図を読み取ったのか、ヒルダが迫りくる前に”サッ”と左へと飛び退いた。直ぐに体を捻りヒルダへと向き直ると無造作に長剣を右から左へと払った。
その振った長剣だが、あまりにも無造作に振りすぎてしまったと言うしかないだろう。簡単にヒルダの円形盾に受け止められ、そのまま懐に彼女を招き入れてしまったのだ。
ヒルダが、体を左に回転させながらティアゴの懐へと飛びいるとショートソードの柄頭を胸元に向けて突き出した。
それで決着がつくかと思ったが、ティアゴは体を捻りヒルダの一撃を当然の様に躱してしまう。そして、後ろ回転しながら飛び退くと、ヒルダとの間合いを十歩程に開けた。
さて、もう一度とヒルダが地を蹴ろうとしたところで、ティアゴが両手を上げた。
ヒルダはその光景を”ポカーン”と口を開けて見つめると、彼は降参すると告げて来た。
「う~ん、女の子とこれ以上やりあうつもりはないから、負けでいいよ。だけど、僕に迫ってくるんだから実力を備えていると思っていいね」
フェミニストっぽい言動で自らの負けを告げて来たのは、多少の下心があったからだがヒルダにしてみれば、最愛の人がいつも側にいてくれるので、ティアゴの言動は気にしなかった。
ただ、勝ちを譲ってくれるのであれば、ありがたく頂戴しておこうと思うだけだった。
「そう、それならありがたく勝ちを貰うわね」
にっこりと笑顔を見せながらショートソードを仕舞い込み、エゼルバルドの側へと向かった。
二組の模擬戦を見ていて、依頼主のブラームスは感心してガルシアに顔を向ける。
「これでやっと出発できるな」
「ええ、あの二人なら道中、何があっても安心だ」
ガルシアも満足してブラームスと共に安心して護衛を任せられると喜び合った。
そして、エゼルバルドとヒルダへと向き直り、出発の予定を告げる。
「明日は用意の日にしてくれて構わない。明後日の日の出と共に出発したい。それで構わないか?」
ある程度の細かい説明の後に出発の日程をブラームスが告げて来た。エゼルバルド達はそれに異論がなかったのでそのまま頷きで返した。
「それでは、この宿の前で待っているから、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ」
「宜しくお願いしま~す」
裏庭で模擬戦をしたまま打ち合わせを終えると、そのままエゼルバルド達は宿から去って行った。
その二人を見送ると、ガルシア達に視線を向ける。
「さて、明後日の夜明けと共に出発だ。支度を頼むぞ」
「任せてください」
ブラームスはガルシア達に叱咤するように声を掛け、自らも”あ~、忙し忙し”と漏らしながら嬉しそうに自室へと戻って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エゼルバルドがアニパレ行きの行商人と会って模擬戦をしていた日の早朝の事である。
場所は変わって、ルカンヌ共和国の自由商業都市ノルエガの港湾である。そこに一隻に客船が入港してきた。
船体を桟橋に横付けにされ、もやいでつなぎとめられるとタラップが掛けられる。そして、乗船客が”わらわら”と降りてくる中で一人だけ、”よろよろ”とおぼつかない足取りで降りてくる長身の女性の姿が見られた。
両手で杖を着き、何とか歩いているという感じだ。
「酔い止めの薬が足りなかったわ……。もっと作るべきだったわね」
「ホーホー」
誰に話している訳でもないのに、杖の先端に陣取っている小さなフクロウが返事を返した。
降りる乗船客に抜かされつつ、地面へと降り立つと”ホッ”と溜息を吐き、”グググッ”と腕を大きく上げて凝り固まった体を伸ばすのであった。
「さて、スイール達は何処にいるのかしらね~?」
「ホー?」
銀色の長い髪からわずかにとがって見える耳はエルフの特徴だ。そして、彼女、いや、エルザは小さなフクロウ、コノハズクのコノハに干し肉をあげながら街中を走る乗合馬車の停車場へと足を向ける。
とりあえずは知り合いの下へと向かい、スイール達の情報を仕入れようと考えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
丁度、お昼の時間に差し掛かった頃、エルザは目的の場所へとようやくたどり着いた。一度、知り合いの鍛冶師の店に立ち寄り、スイール達の泊っている宿を聞き出し、それから向かったために、お昼の時間になってしまったのである。
とりあえず宿に入り、併設されている食堂を一瞥すると、見知った顔の三人が舌鼓を打っているところを見つけた。
そして、丸テーブルに三人が掛けているところへ向かい、声を掛けるのであった。
「こんにちは、皆さん。やっと見つけましたよ」
テーブルに着いているスイール達三人が声の主へと顔を向けると、にこやかに笑顔を振りまき仁王立ちのエルザとそっぽを向いて目を瞑るコノハがいたのである。
「おや?良くここがわかりましたね」
「さらっと、流すの?鍛冶師の所に寄ってからここに来たのよ。少しは労わって欲しいわ」
怒り気味に言うが、これ以上不毛な言い争いをしても仕方ないと、自らもテーブルに付き昼食を注文しようと店員を呼ぶ。
杖の上からコノハをテーブルの上に移動させてから、バックバックを下ろして椅子に腰を下ろした。
直ぐに来た店員に今日のおススメとエールを注文すると三人に向き直った。
「エゼルとヒルダは何処かでお仕事中なのかしら?」
「あの二人なら先にブールの街へ向かったよ。今頃はトルニア王国の王都付近にいるんじゃないか?」
”きょろきょろ”と辺りを見渡したがエルザが見えない二人の事を口にした。それに対し、”ぐびぐび”とジョッキを傾けながらスイールが答えた。風向きや天候などからしてそのくらいだろうと予想をしてみたのだ。
「そう、先に帰ったのね。あの二人もようやくって事なの?」
「そうだろうね。と言っても、結婚式の準備をするんだと張り切ってたから、仲良く相談でもしてるんじゃないか?」
「そうかしら?あの二人の事だから、何かトラブルに巻き込まれてると思うわよ?」
和気あいあいと楽しんでいるだろうとスイールは予想していたが、それに反しエルザは不気味な事を口にしたのだ。それはあり得ないだろうと皆が反論するのだが、自らの言葉を否定することは無かった。
「みんな、ウチを差し置いて~!!」
「そう言えば、アイリーンにいい人は見つかったの?」
”グギギ”と臍を噛むアイリーンの止めを刺さんと、胸にぐさりと刺さる一言を言い放ってしまった。その一言に、ショックを受けたのかテーブルに顔を付けるように項垂れてしまう。
さすがにその一言は言い過ぎだったと思うが、時すでに遅しであった。
「御免なさいね。悪気があった訳じゃないのよ」
「グスッ、いいのよ。ウチなんて一生結婚できないんだから……」
へそを曲げててしまったアイリーンはそれから一言も話そうとしなかった。
それを横で見ていたヴルフが”大人げないな”と思いつつ、さてとと話を変える。
「それで、エルザは疲れてないか?今日とは言わないが合流したからエゼル達の後を追いたいんじゃが?」
ヴルフ達がノルエガで
特に、ヒルダが常々口にする自らのドレスを仕立てる為の時間が必要で、そのために早期帰着をしようと先行したのだ。
とは言いながら、二人はブールの北にある海の街アニパレ経由の護衛の仕事を請け負ってしまっていたのであるが。
「私は大丈夫よ。歩くのも馬車に乗るのもどちらでもいいわ。まぁ、その前に食料品を買い込みたいくらいかしらね?」
顎に手を当てて首を傾げながらエルザは答える。
「それなら、大丈夫じゃ。明日一日は準備に当てて、明後日に出発と行こうか。スイール達も、それでいいか?」
「ええ、私はそれで構いません」
「ウチも、それでいい~~」
”にこにこ”しているスイールはともかく、いまだに顔を上げず突っ伏したまま返事をするアイリーンにはほとほと困り果てたとの顔を見せながら出発の日取りをその場で決めた。
「では、エルザよ、そのように。っと、言ってる間に昼飯が来たぞ」
打ち合わせが済んだところに、エルザの頼んだ昼食が運ばれてきた。他に視線を回せばすでに開いたテーブルがちらほらと見受けられ、昼食の時間が過ぎ去り午後の仕事へと向かった事を意味する。
そして、目の前に置かれた料理の香りを胸いっぱいになるまで吸い込むと、感謝の言葉もそこそこに料理に手を伸ばすのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
準備の一日を無事に過ごし、朝食を取り終わるとスイール達四人はノルエガの停車場へと足を運んでいた。
それぞれに荷物を”パンパン”に詰め込んだバックパックを担ぎ、目的の馬車を探している。
日が昇って直ぐに宿を出発したために、いつも遅くに目を覚ますアイリーンなどは拳が入るくらいに大きな口を開けて欠伸をしている。それが伝播し欠伸をしそうになるが皆が我慢をして、それを噛み殺していた。
だが、エルザの杖の上で眠そうな目をしているコノハだけは、気持ちよさそうに欠伸をして羽を”ブルブル”と震わせていた。
「全くみっともない。あれほど早く寝ろと言ったじゃろうが……」
「五月蠅いわね~。ちゃんと早く寝たわよ!だいたい、そのフクロウが寝させてくれなかったんだからね」
自分は悪くない、悪いのは起きていたコノハだと言いたげなのだが、その横で”スースー”と寝息を立てていたは自分は異常なのかと言いたげなエルザがジトっと冷たい視線を向ける。
「はいはい、その辺で終わりにして、馬車に乗り込みますよ」
「「は~い」」
ベルグホルム連合公国のライチェンベルグ行きの馬車を見付け乗車料金を支払うと、バックパックを荷室へと押し込み箱馬車の中へと入って行った。六人乗車できる箱馬車であったが、この日はもう一台の馬車と同時に進むらしく、そちらに五名乗車しており、こちらの馬車はスイール達の貸し切り見たくなっていた。
向こうの馬車もスイール達と同じような格好をしており、旅の最中なのだと見て取れ、微笑ましい気持ちになる。
「それじゃ、お客さ~ん。時間だから出発するよ~」
「ええ、お願いしますね」
満席には数人足りないが、出発の時刻となったために出発する事になった。
御者が馬車馬に鞭をくれると、小さな
心地よい蹄の調べと車輪から来る振動で、あっという間に夢の中へと落ちて行ったアイリーン。口を開けて
四月も下旬となれば、山に住む獣達の腹も既にいっぱいになり、襲われる事は少ないだろうと思われるが、こちらは御者を入れれば十人以上の大所帯。匂いが伝われば美味しそうな食料と見られてしまうだろう。
そうならない様にと祈りながら、車窓を流れる風景に視線を向けるのであった。
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