第六話 噂話を広める理由とは?
エゼルバルドとヒルダが王城から帰った後、パトリシア姫の部屋にカルロ将軍とアマベルの三人が顔を合わせていた。
「まったく、妾の騎士団はどうなっているのやら……」
「申し訳ありません、まだ教育が足りてないようで」
カルロ将軍とアマベルの二人の顔を交互に見ながら重い溜息を吐いた。
模擬戦だとわかりきっていたはずなのに、彼女の団員が横から手を出したのだ。しかも遠距離攻撃の戦闘魔法をである。それがどれだけ重い事なのかをわからせなければならぬと、頭を抱えるのであった。
「してしまったのは仕方ない。魔法を放った騎士には減俸三割、三か月。そして、アマベルに訓告処分。監督責任の妾にも何かの処分か?」
「団員にはそれでよろしいですな。姫様にはそうですね……これから二か月、朝の訓練に参加していただく、ですかね」
カルロ将軍へ意見を求めると、それくらいが妥当な所でしょう、とお墨付きを貰った。これを明日、発表してこの件は一応の終わりとなるだろう。
減俸三割、三か月と言っても、訓練場の脇にある寮に入っているのでお金を使うことは余り無いのでそこまで重い処分では無いだろう。
「あとは、訓練内容を見直す方がよろしいかと。特に武器方面で……」
「そうですな。促成栽培なのは仕方ないとしても、体力方面に偏らせすぎましたね。少し、知識を身に着けさせるように変更させるべきでしょうな。それから色々と武器を持たせる事も忘れない方が良いかと」
ヒルダが扱うショートソードに苦戦した事を思い出し、パトリシア姫とカルロ将軍に意見を申すと、その意見に追加して騎士としての意識をもっと持たせるべきであるとも主張する。
この日の魔術師の暴走もそれに一因があると考えたのだ。
「まったく、次から次へと頭が痛くなる案件が出てくる。週に二回の座学では足りんと言うことか。仕方ない、毎日座学を受けさせるしかあるまい。それと各種の武器はカルロ将軍に任せるとしよう」
「仕方ありませんな。こちらで用意させます」
よろしく頼むとカルロ将軍に告げるのだが、パトリシア姫の胸の奥にはそれだけは無い、何かを感じとある疑惑が生まれ始めていたのである。
その件は後日に回すとして、今は目の前に存在する予定を決めてしまおうと、執務机の端に置いてあるベルを”チリンリチン”と鳴らすのであった。
「お呼びでございましょうか?姫様」
壁際のカーテンの裏からすっと二人の男女が音もなく入って来て、
二人共、濃紺のダブルのスーツに身を包み、白い手袋を身に着けている。
見た目で違うのはネクタイの色だけで、男がスーツに合わせた濃紺を、女がワインレッドを首元に出しているだけであろう。
「直ぐに済むから、二人はそのまま待機」
「はっ!」
「で、カルロ将軍。今年は視察に行こうかと思うのだが、何処が良いか?」
スーツ姿の二人からくるりとカルロ将軍へと向き直り、これが本題だと口に出した。
「姫様もお人が悪い。そうですな、ブール地方など如何でしょうかね。帰りは北に位置するアニパレから船にて王都へ帰還、では如何でしょうか?」
「わかっておるではないか、フフフフ」
パトリシア姫の思い通りの答えが導き出され満面の笑みを浮かべる。まぁ、当然の帰結ではあるのだが。
「それに、妾とそなたが不在になるのだ。下の
「それもそうですな。姫様の代わりに王族のお仕事を努めて頂くべきでしょうな。私は不在でもなんとかなりましょうが」
そして、パトリシア姫とカルロ将軍の二人が不在時の代わりの人選を語り合う。
二人の顔は悪巧みをしている殿様と悪代官、その者になりつつあった。傍から見れば、非常に怪しく見えるが、この場には良く知る人物しかおらず誰からも指摘をされる事は無かった。
尤も、王族であるパトリシア姫と軍事の最高責任者のカルロ将軍に物申す等出来る由も無いのだ。
その中でもパトリシア姫が口にした
だが、第二王子のジョセフは国政にあまり興味を持たず、専ら室内で書物をあさって学者風情の風体で王族らしくないと皆から言われている。
そのジョセフよりも、第一王女のパトリシア姫の方がよっぽど国政に参加しているので、国王継承権は第二位ではないかと噂されているのだ。
その為、国政に少しでも興味を持ってもらおうと、意地悪い方法と思いながらも仕事を強引に押し付けようと画策するのである。
「そういうわけで、お前達にはブールの街に向かって情報を仕入れてもらう。道中の安全確保が第一だが、もう一つ、任務があるのでそのつもりで。詳しい話は明日にしよう」
「はっ、畏まりました」
スーツ姿の二人にそう言って今日の所は引き上げて貰う事にした。
その、スーツ姿の二人であるが、トルニア王国の諜報部員なのである。
ただ、女の方はアマベルと同じ
「で、アマベルも騎士団に戻り、まだ時期は未定だがブールの街への視察があると伝えておいてくれ」
「はい、畏まりました」
アマベルも恭しく頭を下げると、パトリシアの部屋から出て
アマベルが出て行くのを目で追いドアが閉まると、パトリシア姫は姿勢を崩してカルロ将軍へと話し掛けた。
「さて、
「そうですな……。こんなのは、どうでしょうかね?」
それからしばらく、二人は意地悪そうな表情をしながら、よからぬ計画を立てて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パトリシア姫達が
そのまま、ブールへと足を運んでも良かったのだが、どうせなら護衛の依頼でも受けられれば路銀を稼ぐこともできるし、時間を無駄にしなくても済むのだと、依頼の掲示板を二人で眺めていた。
「う~ん、良い依頼が無いなぁ」
「ねぇねぇ、こっちのはどう?」
緊急依頼であれば、張り出されてすぐに請け負う人達が出てくるのだが、のんびりと行く商隊の護衛ならば、早々に無くなるはずもない。
だが、ブールへ向かう商隊の依頼が見えないのであれば、それはブールへと向かう商隊がいないとなる。
もしくは王都より北にある港町【ノーデン】に一度立ち寄り、海路アニパレを経由してブールへと向かうのであれば護衛が必要ないとみられる。
その中でもましと思われるのが、陸路ベリル市を経由してアニパレに向かう商隊の護衛であろう。ベリル市は絹や布製品を主に生産しているので、そこで服飾関係を仕入れてアニパレへと向かうのだろうと予想できる。
「ベリル市経由でアニパレまでか……。少し遠回りになるけど、何も受けないよりはいいかぁ」
「ね、そうしましょ!」
ヒルダが薦めて来た、まだ定員になっていない依頼を受けようと掲示板に張ってある依頼票を剥がす。
ニコニコとヒルダが笑顔を見せているが、一つ忘れている事があり、それを言うべきが迷う。
だが、どの依頼も二人で護衛など務まる訳も無く、どの依頼でも変わらないだろうと口を噤むことにした。
ニコニコ顔のヒルダと一緒に依頼を受けるべく依頼カウンターへと向かうと、夕方のこの忙しい時間にと受付嬢が睨んできた。
不細工な表情をしていたが、依頼を受けるとわかると作り笑いを浮かべて対応し始める。
「はい、こちらの依頼ですね」
何とか、作り笑いが間に合ったとホッとしながら、書類の束に目を通し始める。エゼルバルド達からすれば、先程の不機嫌な装いを見てしまったので、その変わりように躊躇するのであった。
「はい、お二人さんで大丈夫です。明日にでも依頼人と会って打ち合わせをしておいてくださいね」
「わかりました」
依頼を受け終わると、二人はワークギルドの食堂へ向かい、夕食を取ってしまおうとテーブルに付いた。
季節柄、野菜が少ないと顔をしかめるが、仕方ないといつの通りに本日のおススメと飲み物を注文する。
そして、料理がテーブルに並びそれに手を付け始めた所で食堂の話題に気が付いたのである。
『なぁ、知ってるか?客船が得体のしれない怪物に襲われたらしいぞ』
『何だそりゃ。そんな話聞かねぇぞ』
『これが、本当なんだって。昨日入港した客船が体当たりを食らってドックで修理を始めたらしい。見てきたやつの話を聞くと横っ腹に穴が開いてるってよ』
『ほんとかよ~!』
『本当かどうか、明日見に行ってみようと思うんだけど、お前も行くか?』
『おう、その話乗った!!』
昨日の話なのに、ここまで広まっているとはエゼルバルド達も信じられなかった。穴が開いたと広めたのは乗客が話して回っていたからと予想できるが、それ以上の話はまだ広まっていないようだった。
それならばとエゼルバルドは一つ、噂を広めることにした。
「お兄さん達、今の話の続きをご存じないですか?」
先程、噂話をしていた男達のテーブルにすっと近づき、声を掛けた。エゼルバルドを見た男たちは、”景気良く飲んでいたのに邪魔しやがって”と怪訝な顔を向けたが、先程の噂話の続きを聞きいて興味を持ったのか、耳を傾けて来た。
「続きってなんだよ!」
「大した事無いんじゃねえのか?」
「まさかぁ。大きな声じゃ言えないんですけどね、とある貴族様が狙われたって話ですよ」
酒臭い二人の顔を近くに見て噂話を吹き込んだ。貴族が狙われたとの話は初めて聞いたようで、顔を見合わせて驚きの表情を見せていた。
「でも、貴族様を狙うんだったらそんな怪物に狙わせるなんて間抜けですよね~」
「なんだと?」
笑顔で話を振ってみたが、男達の間抜けな答えを聞き、”きょとん”としてさらに口を開いた。
「だって、そうじゃないですか。そんな襲われるかわからない不確実な事にお金を使うよりも、別の手段を使っちゃえばいいんですから。船の中だったら逃げられる心配もないですしね~」
「おいおい、それ以上言ったらどうなるかわからんぞ。坊主もそれ以上は言うな」
エゼルバルドはそれと無く他の手段を使うべきだと示してみた。男達もその裏にある言葉、--暗殺--、に心当たりがあったようで、それ以上は話すべきではないと突然の闖入者に苦言を呈すのであった。
男達からすればエゼルバルドは少年と見られる年齢だったので、あまり経験がないのだろうと思ったようだった。
「おっと、そうでした。とは言っても、この話も街の南側で聞いたばかりですから、噂でしょうけどね」
そこまで話すと、”それでは”と挨拶をして男達から離れてヒルダの待つテーブルへと戻って来た。
そして、エゼルバルドとヒルダの二人が揃ったところで、会計を済ませてワークギルドより出て行くのであった。
エゼルバルドの鞄には先程の依頼書が押し込まれているか、一度確認をしてから宿へ向かった。暗くなったばかりの王都の石畳を踏みしめる様に、人の流れに合わせて歩く。
先程の噂話を耳にした誰かが後を付けてこないかと心配をしたが、噂の上にさらに噂を乗せるような会話には、話半分!と見て本気にしていないと見た。
これが、港に近い、南のワークギルドであったら違う結果になったかもしれないが、別の地域であればこんなものかと納得が行くのであった。
「でもね、何で、あんな話をしたの?」
「あんな話?ああ、相手が
ヒルダは貴族が狙われたと
だが、エゼルバルドは別の考えがあって、
「簡単に言えば、パティやカルロ将軍への手土産みたいなもんだよ」
「手土産」
「手土産って言ってもこれから王城へ行く訳じゃないけどね。調査の後押しをしようって思ったんだよ」
エゼルバルドの考えは、
そこで、自らの手を汚さずに自然現象、もしくは野生生物の手に委ねるのは、それだけの度胸も資金も持っていないのだと暗に示したのだ。
そして、一つ煽る言葉を広めれば、それだけで敵の心理を乱す可能性があると考えたのだ。
「ふ~ん、そうなんだ」
「ま、これ以降はカルロ将軍の手腕に期待って所だろうけどな」
二人は会話を楽しみながら宿へと帰って行くのであった。
※人の噂も七十五日?
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