第五話 模擬戦、再び。アマベルの逆襲?
屋外訓練場の外周を走りに行った女騎士達を一瞥してから、頭を下げてるアマベルに言葉を投げかけるヒルダ。
「本当にどうなっているんですか?模擬戦だってのを忘れていたんですか。下手したら二人共死んでいたかもしれないんですよ」
頬を膨らませて”プリプリ”と怒りを孕んだ顔を向けるヒルダ。
「本当に申し訳ない!」
「まぁ、無事だったので、わたしからはもう言いません。普通にしましょうね」
さらに腰を九十度になるまでアマベルは下げたが、ヒルダはそれ以上の謝罪は不要だと、頭を上げる様に告げた。
頭を上げたアマベルは涙目になりながらヒルダやエゼルバルド、そして、パトリシア姫やカルロ将軍を見て回る。
そして、パトリシア姫が真剣な顔をしながら”コクコク”と頷いて見せると、やっとの事でアマベルの表情が軟化した。
「アイツらの処分は後程決めるとして……。ヒルダの腕前はさすがじゃな。さすが、妾のお師匠ってところだな」
「んん~~?でも、戦い方を工夫すれば、同じ位じゃない?」
先程の模擬戦の結果からヒルダの方が上だとパトリシア姫は思った様だ。しかし、アマベルと剣を交えたヒルダの印象はそれとは全く異なっていた。
「多分、わたしがショートソードを構えるのを見て、懐に入らせない様に剣を振るっていたと思うの。だから大振りになって、それが敗因になったんじゃないかな?」
「やはり、お見通しでしたか。おれは……ああぁ、じゃなかった!私は懐に入られてしまうのを嫌ったのと、ショートソードの間合いの外から決めるつもりでしたから」
さらっとヒルダが流したのに対し、アマベルは自分の呼び方を間違えながらもそれに返答していた。少し紅潮した頬が何とも可愛らしく思えてヒルダは笑顔を見せていた。
「騎士ってだけで真正面から戦おうとするのは勿体ないよね」
その会話にエゼルバルドが入って来て、口を挟む。
彼の目には、剣戟の威力や鋭さには目を張るものを見出していて、アマベルの能力を十全に使えない事が勿体無いと思ったのだ。
「例えば、ヒルダが最後に見せた足払いとか、やろうと思えば出来るんでしょ?」
「えっ?まぁ、出来ますね」
鳩が豆鉄砲を喰らったような”キョトン”とした表情を見せる。数合しか打ち合っていないにもかかわらず、戦い方を推測するなど常人には出来るはずもない。
だが、ヴルフに鍛えられ、アーラス神聖教国での内戦に参加したエゼルバルドには、何故だがアマベルが窮屈に戦っていると思えてしまったのだ。
それを考えた時に、騎士になったこの一年より前は、別の目的で剣を振るっていたのだと確信したのだ。
「外向けにはあの戦い方で良いかもしれないけど、実戦では生き残る事が第一だからそれを考えればヒルダにも十分勝てたはずだよ」
「ちょっと!こんなに可愛いお嫁さんを応援しないってどういうことなの?」
アマベルは気づいただろうが、より確実にするために助言を贈ってみた。だが、それが気にくわないヒルダが”プリプリ”と可愛く怒って見せた。
「でもさぁ、ヒルダ程の実力を持っているのに勿体無いじゃん。まぁ、ヒルダはいつも可愛いけどさぁ……」
「「はぁ~、やってらんないね」」
怒るヒルダをなだめようとしているが、それに当てられたパトリシア姫とアマベルが同時に毒を吐いたのだ。
「まぁまぁ。それじゃ、もう一度、模擬戦をしてみようか?」
このままだと埒が明かないと、審判をしていたカルロ将軍が冷や汗を流しながら仲裁に入った。その流れで、ヒルダとアマベルがもう一度、模擬戦をする事になった。
そして、ヒルダとアマベルはもう一度、間合いを取って向かい合うと、お互いに剣を向けて始めの合図を待った。
「それでは、始め!!」
カルロ将軍の右手が上げられ、二人の模擬戦が再び始まったのである。
「たあぁぁーーー!」
真っ先に動いたのはアマベルである。
たった数歩の距離はあっという間に縮まりアマベルの剣戟が振るわれるかと思った。だが、アマベルは右手の握りを順手から逆手に持ち替えると左手を離し、長剣の柄頭をヒルダに叩き付けようと腕を伸ばした。
「えっ!?」
初っ端から予想を外れる攻撃を向けられて一瞬混乱するヒルダ。横から一閃されると読んでいた為、剣戟を
慌てて円形盾を払うように振るい、柄頭の一撃を外に逸らした。
「予想通り!!」
不敵な笑みを浮かべながらヒルダへと迫る。そのまま左の拳を握りしめてヒルダの胸へ一撃を食らわそうとそのまま突き出す。
普通の人ならそのっま殴られて終わりだがそこはヒルダ、咄嗟に体が反応する。
左腕に装備した円形盾を開いた動作の力を利用し、体を左に回転させながらアマベルの一撃をすんでの所で躱してしまう。
アマベルは突進の勢いを使いヒルダの後背へと進むと、瞬時に体を反転させてヒルダへと向き直る。
それに対し、ヒルダも回転させた勢いを殺し、そのままアマベルへと向き直り、円形盾をアマベルへと再び向けなおす。
「仕切り直しね!」
「今度は上手く攻撃して見せるさ!」
一瞬の間が開くが、直ぐに二人は動き出す。
長剣を順手に握り直し、間合いを詰めて右手のみで突きを繰り出す。円形盾に守られた上半身は守りが硬いと見て下半身、つまりは太腿へと軌道を調整する。
さすがにショートソードでは長剣の間合いと比べて不利となり攻撃へと移れないとみて、ショートソードでアマベルの突きの軌道をずらす。
先程とは全く違う攻撃にヒルダは舌打ちを漏らす、今は我慢の時間だと自分に言い聞かせながら。
それからはアマベルが長剣を細かく動かし、ヒルダに突きを見舞っているがショートソードと円形盾を使い全て防いでいる。
アマベルの攻撃を嫌い間合いを取ろうとするが、直ぐに間合いを詰められ、同じような攻撃が続く。
さすがに分が悪いと感じたヒルダは何とか間合いを詰めて、如何にかショートソードの間合いに入ろうかと考えていた。
刀身の長さ一メートルの長剣と六十センチ余りのショートソードでは間合いが違いすぎ、どうしてもアマベルの懐に入り反撃に移りたかった。だが、長剣を巧みに動かされ、なかなか好機が訪れないでいた。
ヒルダは今までの攻撃から、一つの賭けに出ようと考えた。
アマベルの突きをショートソードで受け流すと”ポーン”と後方に飛び退き、間合いを取ろうとした。今までであれば、アマベルが追撃して再び長剣の突きを振るわれるだけだったが、ヒルダが後ろへ飛び退くと同時に膝のばねを沈めて迫り来るアマベルへと向かって跳ねたのだ。
「!!」
アマベルもその行動に一瞬だが思考が乱れた。繰り出していた長剣の切っ先を円形盾で軽く受け流すと、二人の間合いが一気に縮まった。
そう、この時初めてヒルダがショートソードの間合いに入り込んだのだ。
ヒルダはここぞとばかりに反撃に移り、アマベルの胸部装甲に向けてショートソードを繰り出した。鋭い一撃がアマベルに突き刺さり模擬戦は終わりかと思われたが、彼女はすんでの所で左半身を後方に引くように体を半回転させるとヒルダの一撃を躱したのである。
胸部装甲で止まる様にと若干の手加減をした一撃であったが、速度、タイミングは躱す事が出来ぬはずだった。
並の騎士だったらそこで模擬戦は終わっていただろうが、在野にあって戦いの経験が豊富なアマベルだからこそ体が反応したのだろう。
躱されると考えていなかったヒルダに一瞬だが隙が生まれてしまう。
突き出したヒルダの右手首を、アマベルの後ろに流した左手でがっしりと掴むと、そのままヒルダの足を引っかけながら腕を引っ張った。
これにはたまらず、ヒルダは”ゴロン”と地面へと倒れ込んだ。そのまま、アマベルの長剣の根元がヒルダの首筋に”ピタリ”と付けられるのだった。
「そこまで!」
カルロ将軍の終わりの号令が二人の耳に届くと、ハイレベルの模擬戦がそこで終わるのであった。
してやったりと、アマベルはニヤリとした笑顔をヒルダに向ける。負けたままでは済まさないとの意思の表れが表に出たのだろう。
それに対し、少し悔しそうな顔をしているヒルダは納得が行かない様子だった。
「ちぇ~。あの一撃で終わらせるつもりだったんだけどなぁ~」
「ふふふ、模擬戦だったのが幸いしたよ。本気だったら躱せられなかったけどね」
転がされたまま頭を掻くヒルダにアマベルが手を差し伸べながら二人は言葉を交わした。差し出された手をしっかりと握るとアマベルの力を借りて起き上がった。
「二人共お疲れさん。エゼルバルドは見ててどう思った?俺としてはかなりのレベルの模擬戦を見せてもらったが……」
ヒルダとアマベルの側へ見ていたパトリシア姫、カルロ将軍、そしてエゼルバルドの三人がゆっくりと歩み寄ると、カルロ将軍が労いの言葉を掛けた。
「ええ、オレも同感ですね。ちょっとだけヒルダの方が実力が上みたいだけどね。最後の一撃は手加減するしかなかったから、あれを躱されたんじゃ、オレでも負けると思うよ」
「そんな所だろうな。騎士としての戦闘を重視するのはわかるが、今みたいに泥臭い戦い方も出来るとかなり強いのだろうな、アマベルも」
カルロ将軍とエゼルバルドの戦評では、アマベルの戦い方に好印象を受けていたらしく、二人共が及第点どころか、満点に近い合格点をあげていた。
一戦目と二戦目でこれだけ印象が変わった戦い方が出来たのが良かったのだろう。
「ねぇねぇ、わたしは~?」
「ヒルダ?そうだね……
「にひひひ~~」
アマベルの評価が良かった事もあり、自分の評価が気になったヒルダがエゼルバルドに聞いてみると、そこそこの評価を貰って笑みを浮かべていた。
「でも、最後のあれを
「うそ~~!」
そののちに、減点と言われてしまったヒルダはがっくりと肩を落として残念がっていた。二人のやり取りに見ていた三人は声を出して笑っていたのである。
その笑いが一段落すると、パトリシア姫からこれからの予定を聞かれ、顔を赤く染めながら恥ずかしそうに答える。
「これからは……ブールの街に帰ってヒルダとの結婚式……の予定」
「そうなのよ~」
先程まで肩を落としていたヒルダが結婚式エゼルバルドの口から出た途端に元気になり笑顔を振りまいた。
エゼルバルドは結婚の披露を大変だと思い面倒だと思っていたが、横で笑顔を見せるヒルダがドレス姿になるのを楽しみにしていると言われ、一生に一度だと腹をくくって実施する事になった。
それならばと、知り合いの多い育ったブールの街で挙げるのが一番だとなり、これから向かうところなのだ。
それに、ドレスもまだだとパトリシア姫に告げた。
「なるほどね~。式がまだだったのか……。と言うか、妾は招待してくれんのか?」
「姫様!貴族の結婚式に参列されるのと違うのですよ」
「わかっておるわ!」
二人が結婚式を挙げると聞き、招待をして欲しいとねだるパトリシア姫だったが、その我儘が通る訳も無くアマベルに制止させされていた。
その光景に、”王族や貴族も大変なのだな~”としみじみと思う結婚式を挙げる二人であった。
「そろそろ、オレ達は今日の宿を探さないといけないのでこれで失礼します」
「失礼しま~す」
太陽の位置を見れば夕方に傾きかける頃である。
少し早いが今日の宿を探さなければ酷い宿に泊まる事になる。
王都であるからと言って、全てが質の意良い宿かと言えばそんな事は無い。
「昨日の宿はどうしたんだ?」
「船会社が取ってくれた宿なので、出て来る時に清算されてしまいました」
「そ、そうか……」
今朝方まで泊まっていた宿はどうしたのかと、カルロ将軍は疑問をぶつけてみたがあっさりと答えれられてしまい間抜けな言葉しか出てこなかった。
「それでは、パトリシア姫、カルロ将軍、そしてアマベル団長、忙しい所をありがとうございました。また、王都に来たら寄りますのでそれまで、しばしのお別れです」
エゼルバルドとヒルダは三人に向かって”ペコリ”と頭を下げると別れを惜しむ様に時々振り返りながら、屋外訓練場を後にして王城を出て行った。
※模擬戦、と言うか、戦闘関係はちょっとお休み……かな?
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