第四話 それでは模擬試合を始める。だが……

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「こっちの準備は出来てるぞ~!」


 パトリシア姫の部屋から王城の屋外訓練場へと場所を移動した。

 パトリシア姫直轄の黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズの女騎士達が毎日訓練を行っている場所である。

 昼食を挟んで、訓練場への集合した騎士団の元へと来たのである。


 四月の爽やかな天気だと言うのに、ずらっと並んだ二十六人の女騎士の冷たい視線がヒルダに向けられている。喧嘩をするつもりなど無いのにと思うも、彼女らの団長がヒルダよりも腕が下だと言われて怒り気味なのだ。


 その横では訓練着に身を包み、”クルクル”縦ロールのかつらを外してショートカットスタイルのパトリシア姫が”ニヤニヤ”と眺めているのが嫌らしい。


 首をぐるぐると回したり、各部の筋を伸ばしたりと準備運動に余念がないエゼルバルドの前に真っ先に出て来たのは団長のアマベルであった。


「戦争帰りだがなんだか知らないけど、私達を甘く見ないで貰いたいわね」

「う~ん、甘く見てるつもりもないんだけどなぁ」


 ボリボリと頬を掻いて場を和ませようとするが効果が無いどころか、逆に怒りを燃え上がらせるだけの燃料を投下してしまったと、口から出た言葉を呪うのであった。


「では、私、カルロが審判を務める」


 何故、この人がここにいるのかと不思議に思うが、黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズの騎士達の実力がどれだけ上がったかに興味があった様だ。


 訓練用に刃を間引いたブロードソードを軽く構え、少しだけ重心を落としてアマベルに視線を向ける。体からは無駄な力が抜けてどんな攻撃にも対応が出来そうだった。

 それでもエゼルバルドの視線には力が込められており、相手に威圧を与えていた。


 対するアマベルは同じように訓練用の長剣ロングソードを両手で握り相手に向ける。だが、エゼルバルドの威圧を孕んだ視線を向けられ体に無駄な力が入り込んでいた。


 この時点で既にエゼルバルドの手の平の上で遊ばれているのだが、それを認めたくないアマベルは歯を食いしばり開始の合図を待っていた。


「よし、始め!!」


 カルロ将軍の右手が上がると同時に、合図が発せられた。


「たああぁぁぁーーー!!」


 アマベルが地を蹴り勢いよく飛び出した。右に長剣を構えエゼルバルドの首を飛ばすつつもりで剣を振るい、銀色に輝く筋が空中に描かれていった。


 ”ぶぉん!”と空気を切り裂き、アマベルの長剣がエゼルバルドの首筋に襲い掛かる。

 だが、そんな直線的な剣筋はヴルフとの訓練で嫌と言うほど見て来た。

 ”トンッ”と後ろに飛び退くだけでアマベルの初撃を難なく躱してしまう。


 そして、アマベルは躱された事に臆することなく、さらに数歩踏込み今度は左から長剣を一閃する。彼女の視線の先には躱す動作に移らず、その場で足を動かさずにいるエゼルバルドの姿を捉えた。

 これなら勝てると、胴へと長剣を斜めに振り下ろすのだが……。


 ”ガキンッ!!”


 だが、アマベルの自信満々で振り下ろした長剣を、エゼルバルドは易々と受け切ったのである。そして、互いの力で”ギリギリ”と剣と剣がやすりで削られる様な音を立て始める。


「ふ~ん、こんな所か」

「ば、馬鹿にしてぇ!」


 創設されたばかりの騎士団の団長としては及第点を上げても良いかと思ったが、どうしても比べてしまう対象がいると、評価を下げてしまう。

 本人はそうは思っていないが、比較対象がヴルフだと思うと、どうしても辛口の評価にならざるを得なかった。


 アマベルは一旦後ろへ飛び退くと長剣を上段に構え、再び踏み込みながらエゼルバルドに向かい剣を振り下ろした。


「はい、っと」


 エゼルバルドは体を半回転させて上段からの攻撃を躱すと、横に飛びのきアマベルとの距離を取った。


「オレとはこの位にしておこうか」

「逃げるのか?」

「逃げるも何も、本命はヒルダだからね。オレとはここでお終い」


 審判として見ていたカルロ将軍もこれ以上は無駄だろうと、一応”引き分け”と二人に告げる。だが、カルロ将軍の見立てでは、完全に遊んでいたエゼルバルドの勝ちであるとわかっていた。


 エゼルバルドに相対したアマベルも実力の一端も出させずに引き分けとされた事にふがいないと思いながらも、それを受け入れるしかなかった。

 とは言え、それを見ていた他の女騎士達は、逃げただの卑怯だと、結果に”ブーブー”と文句を言っていた。


「お前達、黙れ!」


 アマベルが怒声を上げると、それまで上げていた文句が”ピタリ”と収まった。

 彼女達が文句を言いたいのはわかるが、今は文句を言う権利はこちらには無いのだと。


「それじゃ、次はわたしでいいのかな?」

「頑張ってな」


 ヒルダへ預けていたエゼルバルドのブロードソードを受け取ると、定位置の左腰にぶら下げる。そして、彼女の肩を”ポン”と軽く叩き、笑顔でアマベルとの対戦に送り出す。


「わたしは何時でもいいよ~」


 アマベルが待つ場へ、首や肩を”ぐるぐる”と回しながら歩み寄ると、重心を少し下げて円形盾ラウンドシールドを前に構える。右手にはいつもの軽棍ライトメイスをと思ったが、強く振り過ぎるとダメージが通り過ぎ余計な怪我をさせてしまうからと刃を潰されたショートソードを握り、円形盾の横から”スッ”とその刃を相手に向ける。


「そんな装備でやり合おうとは、甘く見られたもんだな」


 対戦する年下の彼女の装備に毒を吐いたが、内心では隙の無い構えに冷や汗を背中に流していた。

 ヒルダ自身は実力が上の存在としか訓練をして来ていない事から、自分の実力を実はきちんと把握していなかったりする。

 確かに、アーラス神聖教国での内乱に参加し敵の兵士を殴り付けたりもしたが乱戦であったので、知り合い以外との一対一の対人戦は殆ど記憶に無かったのだ。


 エゼルバルドが先にアマベルと数合打ち合ったのもヒルダの実力がどの程度なのかを把握しておきたかったのも一つの理由としてあげられる。


 アマベルも腰を落として長剣を真正面に構え、液に切っ先を向ける。


「よし、始め!」


 再びカルロ将軍の右手が上がり、合図が発せられると、アマベルとヒルダの両人が一斉に地を蹴り相手に向かい駆け出した。


「たあぁぁーー!!」

「てりゃぁぁぁ!!」


 すかさず長剣を振り被るアマベルに対し、そのままの姿勢を保つヒルダ。間合いの広い長剣で有利に進めようとすぐさま長剣をヒルダの頭上に振り下ろす。

 そんな攻撃は読めているとばかりに右に跳躍するとアマベルの一撃をあっさりと躱し彼女の左側面に躍り出る。


「逃げるなぁーー!!」


 アマベルは振り下ろした長剣を力任せに左に振り抜こうと、体を回転させながら腕を動かす。だが、その一撃は”ガキィン”とヒルダの円形盾ラウンドシールドにあっさりと受け止められてしまう。

 ヒルダの腕力が優れているのではなく、アマベルの長剣が最高速を出す前に受け止めたのだ。


 この一撃で終わるとは思っていなかったアマベルだが、まさかそんな位置で受け止められるとは考えもしなかった。


「は~いよ!」


 ヒルダは円形盾ラウンドシールドを体の外側へと振り抜くと、アマベルの長剣を易々と押し戻した。

 まさかと思う動作にアマベルは右に体勢を崩される。


 だが、この凸凹の地面で訓練をしている彼女には、少しくらい体勢を崩されてもどうってことは無かった。

 アマベルが崩れた隙に、ヒルダがショートソードを胴目掛けて突き出してきた。そこで強引に体勢を元に戻そうとすればヒルダの一撃が心臓に突き立っていただろうが、崩された流れのままに体を動かしてヒルダの一撃を回避してしまった。


「あ、上手い!」

「ふん、造作もない事よ」


 アマベルとヒルダはお互いに数歩の距離を取り仕切り直しだと再度構える。


 この時、ヒルダは何時もの訓練と同じような動きをしていたが、逆のアマベルは咄嗟に出た動きで躱して内心”ドキドキ”していた。


(あれをよく躱せたと思うぞ)


 アマベルは一度深呼吸をすると、左足を前に出し長剣を右に構える。次の一撃で決めると攻撃の機会を窺う。とは言え、ヒルダに隙など見出せるはずも無く、じりじりと時間だけが過ぎて行く。

 この時のアマベルは何故か笑みを浮かべていた。彼女自身をないがいしろにされたのだと思い込んでいたがヒルダ達はそんな事は全く考えていなかったのだと感じたのだ。

 そして、格上に戦いを挑む楽しさに、心が弾んでいたのである。


「行くぞ!!」


 どれだけ時間が経ったのだろうか?僅か数秒の出来事だったかもしれないが、その間でアマベルはヒルダとの対戦を楽しもうとしていた。いつの間にか、体から余計な力が抜けていつも通りの剣戟が出せるのだと自覚していた。

 その一撃を叩き込むのだと、ヒルダに向かって地を蹴ったのだ。


 ヒルダは相対するアマベルの気配が変わった事に気付いた。

 どことなく力が入っていた体が自然体に近くなり、次の一撃は強烈な剣戟が振るわれるだろうと見ていた。

 それならば、ヒルダ自身も持てる力を出して、おもてなしをしなければと考えた。


 向かい来るアマベルと同じように、ヒルダも駆け出しアマベルへと向かって行った。剣戟を受けるつもりなのかと、円形盾ラウンドシールドを前面に出しながら迫る。


 アマベルの切っ先が間合いに入る直前に長剣を一閃する。銀色に引かれた剣筋がヒルダに引き寄せられて行く。

 だが、ヒルダも見ているだけでは無い。体を一段階低くすると円形盾ラウンドシールドを斜めに構えてアマベルの一撃を受け流した。

 そして、すかさず通り過ぎた右腕の籠手に”コツン”と撃ち当て、二人が交差すると同時にアマベルの軸足となる右足を払って転ばせた。


「「「ああぁぁ!!」」」


 自分達の団長が勝つと思っていた彼女達から感嘆の声が漏れ聞こえる。

 それと同時にヒルダのショートソードがアマベルの首筋に向けられると、この勝負は終わりを告げた。


 だが、ここで魔術師の一人が何を考えたのか、手の平を天に向け火球を作り出すとヒルダに向かって放ったのだ。


「ヒ、ヒルダ!!」

「えっ!?」

「こら!止めんか!!」


 一瞬で作り出された火球とは言え、直撃すれば火傷や髪の毛が散り散りに燃えてしまう事もある。威力は小さいが誤って受ければ死ぬ危険性は捨てきれない。


 アマベルとの試合に臨んでいたヒルダは後ろから呼ばれたはしたが起こった事に気が付くのが遅れ対応出来なかった。

 そして、火球がヒルダに直撃するとそのまま破裂し小規模な爆発が起こった。


 もうもうと煙が立ち込めていたが、数秒後にその煙が晴れると、ショートソードを手放し右手を前面に出しているヒルダの姿が見られた。しかも彼女に足元には横たわるアマベルの姿。

 咄嗟にであるが、ヒルダは自らの目の前に魔法防御マジックシールドを作り出し、すんでの所で魔法を防いでいたのである。咄嗟であったために、弱い魔法一撃分を防ぐだけで精一杯であったが、相手も咄嗟に放った一発だったためにヒルダもアマベルも今回は助かった。


 それよりも、女騎士達やパトリシア姫、そして、カルロ将軍も目を見開いて驚いたのは、いつの間にかヒルダの後ろに移動して火槍ファイヤーランスをその頭上に発現させていたエゼルバルドの姿があった事だ。


「練習試合に横から魔法を撃ちこむとは、それでも騎士団に所属する騎士なのか?返答次第ではこれを叩き込むぞ!!」


 ヒルダに向けられた火球に怒りを露にしたエゼルバルドが大声で叫ぶ。

 その怒りはすさまじく、彼が作り出した火槍ファイヤーランスは人ひとりを確実に消し炭にしてしまう程の熱力を持っていた。


「エ、エゼル、すまん。怒りを沈めてくれんか?」


 ”おろおろ”としながらもパトリシア姫がエゼルバルドへと声を掛ける。

 彼がこれだけの怒りを向けるなど、何度も訓練をして貰って来たが見た事が無かった。このまま赤々と燃える火槍ファイヤーランスを放ってしまったら、死人が出てしまうだろうと憂慮するのであった。


「では、パトリシアに聞くが、これを如何するつもりなのか?このまま、”なぁなぁ”にすれば、騎士団として動くには決定的な悪害となる前例を作る事になるぞ!」

「わ、わかっておる。そやつらの処分は後程決定する。悪い前例を作らない為にも。だから、その魔法を下げてくれんか」

「スマンが、私からも頼む。この通りだ」


 ヒルダが魔法防御マジックシールドを発動したからこそ二人は無事でいられたのだ。練習試合に横から魔法を撃ちこむなど言語道断の行為だろう。

 それをパトリシア姫は処分をすると彼女の口から聞く事が出来たし、何より、審判をしていたカルロ将軍からの保証も取れたと思っていいだろう。


 それならばと、頭上に作り出した魔法を霧散させ並んでいた女騎士達をキリっと睨みつける。

 尤も、エゼルバルドが瞬時に作りだした火槍ファイヤーランスを見て、彼女たちはすでに戦意を失っていたのである。


「お前達は今日はずっとこの周りを走っていろ。日が暮れるまでずっとだ!!」

「「「「はいっ!!」」」」


 ヒルダの側で転ばされていたアマベルがようやく立ち上がると、傍で見ていた女騎士達に走る様にと命令を下した。

 女騎士達が走りに行くのを見定めると、ヒルダに向き直り言葉を掛ける。


「団員達が迷惑を掛けた。この通り許してくれ」


 そう言うと、アマベルは二人に深々と頭を下げるのであった。




※二十六人の騎士は諜報部隊の五人を除きます。

※練習中になぜこのような事を起こしてしまったか?ありえない事ですが、とある理由により起こったのです。

 一応、理由は考えてありますので、次々回(だったかな?)

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