第三話 一年ぶりのトルニア王国の王城にて

 ここはトルニア王国、王都アールストの中央に位置する国のシンボルでもある王城だ。その城門にバックパックを担いだこの城に似合わぬ格好の男女二人、エゼルバルドとヒルダが現れた。


 久しぶりに見る王城であるが、変わった様子もなく荘厳そうごんたたずまいは街のシンボルとしてだけでなく、王族の居城としても威圧を放っている。


「はい、コレ」


 既に顔見知りもいない門番に黄金色に輝くカードを門番に見せると、見慣れぬカードに眉を顰めるが、それが何かわかると恭しく敬礼された。

 その光景に慣れていないのかどことなくむず痒い気がするのは気のせいであろうか?

 その後、案内の兵士を先頭に城内を案内される。


「パトリシア姫は最近は出掛けないの?」

「はい。訓練がお忙しいようで公務以外はお出かけになりませんね」


 案内の兵士にヒルダが尋ねるとそのように返って来た。

 城門から中庭を通った時に騎士達の訓練の声に交じり、女性が訓練している声も聞こえた事がすぐに脳裏に浮かんできた。


 ほぼ一年ぶりの訪問でいろいろと変わって事もあるのだなと感心するしかない。

 あのパトリシア姫が訓練と公務で忙しいとは考えてもみなかったのだ。


 久しぶりに見る王城であるが、いつもの通り掃除が行き届いておりゴミ一つ落ちていない。掃除をしている所を見た事無く、いつ掃除しているのだろうと疑問を持ってしまう。

 それでも、高い天井までは気が回っていないようで、頭上を見上げれば天井の隅に蜘蛛の巣がほんの少しだけ張られているのが何とも微笑ましいと思った。


「姫様、お客様をお連れしました」

「よし、通せ」


 ”コンコンコン!”と案内の兵士がパトリシア姫の自室のドアをノックすると、パトリシア姫やお世話係のナターシャとも異なる声で入室許可の声が聞こえて来た。

 ドアが開かれ、エゼルバルドとヒルダが部屋に通されると懐かしい顔が部屋の中心で仕事に精を出していた。


「お、おぉ、久しぶりだな。そろそろ来ると思ってたぞ」


 執務机で書類の山と格闘しているパトリシア姫が顔を向けて二人を歓迎する。


「もう少し待っててくれ。間も無く終わるからな」


 一言告げると、そのまま顔を書類に落として次々に書類を片して行く。

 その仕事ぶりに感心するが、ふと部屋の中に視線を向ければ見慣れぬ女性が二人パトリシア姫の側に控えていた。


 一人は軽量鎧を身に着けた女性騎士で、もう一人は革鎧に紺色の外套を羽織った魔術師風の女性である。

 そういえば、去年は騎士団からアンブローズが傍に付いていたと記憶していたエゼルバルドであった。


 しばらく考え事をしていると、パトリシア姫の手が止まり書類の山が全て片付けられ、目の前の仕事がすべて終わったと見られた。

 大きく腕を上に伸ばし、体を”ググッ!”と伸ばすと、王女とは思えぬうめき声を発した。

 そして、頭をぐるぐると回すと、人心地ついたのか大きく深呼吸をして心を落ち着ける。


「姫様、お客様の前です。はしたないですよ」


 傍らに佇む女性騎士にやんわりとたしなめられていた。

 普段はその様な態度を取る事も無いだろうにと、エゼルバルドとヒルダの二人は苦笑するだけであった。


「なに、気にするな。エゼルやヒルダとは友人だからな」


 パトリシア姫はエゼルバルドとヒルダにテーブルの端に座る様に告げ、自らもテーブルに”すたすた”と向かい王女らしからぬ態度で腰を下ろすのであった。


「久しぶりだな。一年ぶり……ってところか?」

「そうですね。ちょうど一年ですね」

「久しぶりにこの部屋に入ったけど、驚いた事でいっぱいよ」


 バックパックを背中から下ろし、パトリシア姫に対面するようにゆっくりと腰を下ろす。


 久しぶりに二人と挨拶を交わしたパトリシア姫は満面の笑みを浮かべる。無事に目の前に現れた二人の無事を喜んだ。


 それもそのはずで、ヒルダが驚いたパトリシア姫の仕事量や見慣れぬ二人の女性騎士と魔術師の事などで手一杯だったのである。それでも、ここに来て仕事が落ち着いてきたのか、早めに仕事が終わる様になってきたのであった。


「そなたらも戦争に参加したらしく、大変だったのではないか?」

「あれ?そこまで知ってるんですか?」

「ふん、我が国の情報網を甘く見るでないぞ」


 胸を逸らして鼻高々に自慢するパトリシア姫だが、それを自慢するのはお門違いだろうと二人は顔を見合わせる。

 確かに戦争、いや、アーラス神聖教国の内戦に参加し数か月も戦場にいれば肉体もそうだが、精神状態も異常を来すのではないかと思えるのだった。

 だが、毎日体を動かしていたことが気晴らしになり、精神を病むこと無くここにいられるのは僥倖だったと言えよう。


 そこへナターシャが紅茶のセットを持って何処からか入室し、三人の前にカップを置くと熱々の湯気を立てた紅茶をカップに注いだ。

 そのまま、パトリシアの後ろへ回り数歩後ろで控える。


「そうそう、この二人を紹介しよう。っと、その前にだ、妾の騎士団が創設されたのだ」

「「そうなんですか!」」


 二人が同時に声を上げて驚きを見せた。まさか、一年の間に騎士団が創設されるとは思わなかったのだ。それに騎士団はすでに存在していたので、パトリシア姫専属の騎士団と聞いてさらに驚いていたのだ。


「聞いて驚くなよ、その名も黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズだ。妾の髪色を思い浮かべる騎士団よ、素晴らしい名前じゃろう。

 その団長がこのアマベル=モーラン。そして、同じ騎士団の魔術師長がカーラ=ボーリューだ。二人ともなかなかの手練れだぞ、まぁ、お主らにはまだまだ敵わぬだろうがな」


 嬉しそうに傍の二人を紹介して行く。それぞれが名前を呼ばれると軽く頭を下げ、エゼルバルド達に挨拶をしていった。


 その二人を見た時に、左腕に黄色い布が巻かれていたのをヒルダは見つけていたが、それが何を示しているのかと疑問に思っていた。だが、騎士団の名前を聞いた時に、その名の通りの色を示しているのだとわかり、一人で納得していた。


「姫様、こちらの方々の事を聞いてもよろしいですか?」

「そうじゃな。エゼルバルドとヒルダ。行ってみれば妾の剣の師匠って所だろうか?」

「教えてるのは専らこっちのヒルダの方だけどね」


 ”ビシッ”と背を伸ばしたままパトリシア姫へとアマベルが尋ねると、ニヤケ顔で彼女に視線だけを向けて答える。それに合いの手を入れて、アマベルの顔をヒルダへと向けさせる。


 紅茶を口に運んでいたヒルダは、思わずカップから口を放し”えっ?”と驚いてエゼルバルドとパトリシア姫を交互に視線を向ける。

 自分に話題が振られると思わず油断していたのだ。


 ”ふ~ん”とヒルダを値踏みするように見つめるアマベル。


「そうそう、アマベルよ。実力はお主より上だと思うからあまり舐め無い方がいいぞ」


 ”ふふふ”と笑いながらカップを口に運ぶ。

 パトリシア姫が笑いながら告げるが、自分よりも若いこんな女の方が実力が上だとアマベルは思えなかった、いや、認めたくなかった。


「まぁ、あとで戦ってみればわかるだろう。それよりも今は一年ぶりの再開を祝して喜ぶとしようか」


 アマベルの視線をそこで遮り、エゼルバルドとヒルダからの土産話を楽しむことにした。







「それで、一つ気になる事があるんだが……」


 すでにカップの紅茶も二杯目がなくなろうとした頃にエゼルバルドは土産話にはなりえぬ話を口にするのだ。


「昨日、アールストの港に到着した客船に乗っていたのは知っているか?」


 パトリシア姫は殻になったカップに視線を下げて考えを巡らす。エゼルバルドとヒルダが客船に乗りアールストの港に降り立ったのは報告で聞いていた。それとは別に船体に大きな損傷を受けていたともチラッと耳にしていた。


「お主らが乗っていた客船で良いのか?船体に損傷を受けていたとも耳に入っているが、その事か?」


 船体の損傷と聞き、アマベルとカーラの二人もピクリと眉を動かした。そして、三人の会話に耳を傾けようとしていた。

 その話を振ったエゼルバルドもパトリシア姫からの問い掛けに、”こくん”と頷きさらに口を開いた。


「まさにその事だ。その船体の損傷は二角ダブルホーン水生獣ストライカーという海の生物がぶつかって出来たんだ」

「ちょっと待ってくれ。海に住む生物が関係しているのなら姫様は関係ないのではないのか?」


 エゼルバルドが話を一旦区切った所でアマベルが前に乗り出しながら口を挟んできた。騎士団長としては余計な話をして、パトリシア姫に負荷を掛けたくないとの配慮をしたつもりであった。


「待て待て、エゼルはまだ話の続きであろう。そう急ぐでないぞ、アマベルよ」

「その話の続きだが、見張りが何者かと接触していたらしいのだ。そのせいで船体が損傷したと言えば、なにを思う?」


 エゼルバルドの言葉に、パトリシア姫だけでなく、アマベルもカーラも、そしてナターシャまでもがピクリと眉を動かした。

 そこにいる誰もが気づいたはずだろう、何らかの意図があって客船を陥れようとしたのだと。


「オレ達は乗船名簿を見ていないから誰が狙われたかまでは分からないけど、調べる価値はあるんじゃないか?」

「同じ客船に乗って殺されかけたんですもの。させて貰ってもいいでしょ」


 エゼルバルドとヒルダの言い分は尤もだと、誰もが頷くのであるが余りにも情報が少なく、さらに仕掛け方が大胆な事から調査は難航すると誰もが思った。


 エゼルバルドが言ったように乗船名簿にある誰かが狙いだとすれば暗殺者を雇い入れれば済むのだろうが、客船一隻を出るかもわからない水生獣に襲わせようなど普通の考えではないだろう。だとすれば、何か大きな意思が動いているのだと考えるのが妥当だろう。


「よくもまぁ、こんな事件を持ち込んでくれたもんだ。カルロに指示して調べさせるとしよう」

「恐れ入ります」


 椅子に深く腰掛けなおし天を仰ぐパトリシア姫はそれだけでどっと疲れが出たようで手を額に乗せたまま微動だにしなかった。


 一同が口を噤み静寂が部屋を支配しようとした時である、ドアをノックする音が聞こえて来たのだ。


「入るぞ!」


 三回のノックの後に、誰の許可もなくドアが開かれると数人の男が部屋に雪崩れ込んできた。

 ドアの方を皆が注目すると、一人はエゼルバルド達が良く知るこの国の将軍職に就いているカルロ将軍の姿があった。

 その他には二人の男であったが、一人は中年でもう一人は二十歳前後と見て取れた。


「おお、なんだ。エゼルとヒルダが来てたか。久しぶりだな」

「ええ、カルロ将軍もお元気そうで」

「あ、こんにちは~」


 カルロ将軍はテーブルの余っている席に強引に腰を下ろし、有無を言わさず話を始めた。


「昨日入港した客船の事を知ってるか?」

「「「えっ!?」」」


 パトリシア姫の下にいた全員が互いに顔を見合わせてから、呆然としてカルロ将軍に視線を向けた。


「ん?と言うことは何か知っているのか?」

「妾達はその話をしていたのじゃよ。お主に調べさせようと、な」


 そこでパトリシア姫はそれまでの話をカルロ将軍に語ったのだ。


「なるほどな。その客船にエゼルとヒルダも乗っていたと」

「「そうです」」

「なら、話は早い。知ってる情報をこっちに寄こせ。お前達が情報と思わなくてもいい、何でもだ」


 知っている情報とカルロ将軍から告げられたが、パトリシア姫に話した事以外は持ち合わせていない。

 実際に起こったことを正直に話すぐらいで……。


「そうか、情報は無いのか……。それならそれで結構、と言うかこっちの二人に関係があるのだがな」


 カルロ将軍は同時に入って来た二人に視線を向ける。


「船上でお前達が助けたのはこの二人の関係者、【アドルファス=スチューベント】男爵の次男【デリック】の婚約者と三男だったのだよ」

「そうだったんですか?」


 エゼルバルドとヒルダはカルロ将軍の言葉に驚いた。三男の第一印象からすれば、落ち着き背筋の伸びた姿勢から全く想像出来なかったのだ。ただ、父親の顔をまじまじと見れば、船上で会った三男の目元にそっくりだった。


「こんな所で息子達の命の恩人に会えるとは思いませんでした。お礼を申し上げます」

「スチューベント男爵はトルニア王国の北西部、ルストの街で治安維持の仕事をしている。男爵と地位は低いが王家からは頼りにされている」


 アドルファス男爵とその次男のデリックが揃ってエゼルバルド達にお礼を口にする。

 わざわざ頭を下げる貴族にエゼルバルドとヒルダの二人は席を立り、男爵親子に向かって頭を下げた。貴族だからと偉ぶらない態度に好感を覚えたのである。


 そして、二言三言、お礼の応酬をした後、カルロ将軍達が退出しようとした所をエゼルバルドにまだ話があると出ていくのを制止し、再び席に戻ったのである。


「そうそう、カルロ将軍にお土産……と言うかですね、スイールから渡して欲しいと言われてるものがあるんですよ」


 エゼルバルドが”がさごそ”とバックパックを探り、取り出した書類と金属製の四角い箱をテーブルに取り出した。


「しばらくしたらスイールが詳しい説明に現れるはずですから、今はこの道具の説明だけ……」


 そう言うと、さらにバックパックからヤカンを取り出しその中に水を入れて金属製の四角い箱の上に載せた。


「スイールが言うには魔力機器マジカルマシーンと言うらしいです。魔力を込めると動作する道具だとか。これは、その中でも魔力焜炉マジカルストーブと言ってヤカンやフライパン等を熱する道具です」

「エゼルよ、薪は必要じゃないのか?」

「いえ、薪は要りません。魔力を込めて調整すれば、このようにお湯が沸きますね」


 エゼルバルドはカルロ将軍やパトリシア姫が見ている前で魔力機器マジカルマシーンを動作させてお湯を沸かせて見せた。

 その光景に誰もが”おお~”と声を上げて驚きを隠せないでいた。


「この書類に作り方を記載してあるそうです」

「うん、ありがたく頂戴しよう」

「それともう一つ。これを軍事利用しないでくれと頼まれています」

「軍事利用しないでくれだと?」


 書類の束を”ぺらぺら”とめくってみれば三つの魔力機器マジカルマシーンを作成する図解入りの作成手順が記載されていた。その中にエゼルバルドが操作した魔力焜炉マジカルストーブもあり、これを巨大化させれば軍事利用できそうだと真っ先に思い付いた。

 だが、それをしようにも、書類に目を通した最後に書かれた文言を見れば首を縦に振るしか出来なかったのだ。


「わかった、軍事利用をしないと約束しよう。とは言え、これに取り掛かる前に解決しなければならぬ事象があるのも確かだしな」


 カルロ将軍は椅子に深く腰掛けると、先ほど一緒に入室した二人に目を向けるのであった。

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