第四十六話 事件の真実に近づく……
「……はい、どなたですか?」
魔術師が勝手口をノックした後、一拍、いや、二拍置いてから女性の声で返事が帰ってきた。
「すみません、旅をしている者ですが、聞きたいことがありましてお訪ねしました。ここを開けて頂けませんでしょうか?」
ドア越しにゆったりとした口調で語り掛けてみる。
あの、商売人も同じであるが、ここですぐ勝手口を開ける様なら信用できぬと魔術師は考える。
「すみません。こんな夜更けに訪問される方をお入れする訳には行きません。お話は出来ますのでしばらくその場でお待ちいただけますでしょうか?」
「はい、お気遣い感謝します」
勝手口の向こうから、離れてゆく足音が魔術師の耳に届いた。小さな灯りしか使えぬ勝手口の先にある部屋で何を行っているかは不明だが、あまり他人に知られたくない事だけは確かだろう。
勝手口のドアから離れて空を見上げたり、杖を軽く振り回して暇を持て余していると、ひたひたと複数の足音が魔術師に近付いてくるのが聞こえる。それは勝手口からではなく、教会跡地の敷地内からであり、先程の声の主に関係がある者を連れているだろうと予想した。
その予想が正しかった様で、防寒装備に外套を羽織り、小さなオレンジ色の光を放つランタンを腰に下げた女性と、剣と
特に装備を前面に押し出す二人の用心棒は油断する様子も無く、少し腰を下ろして臨戦態勢を取っていた。
「夜遅くに申し訳ない」
「謝って済む問題じゃないぞ魔術師!お前は何者だ、何しにここへ来た?」
穏便に話だけで済ませたい魔術師に対し、喧嘩腰の用心棒二人。武器を持たぬとはいえ、背丈ほどの杖を握っている事から魔術師とすぐに気づかれ、わずか数メートルの距離でさえ強大な魔法を使われたら勝ち目がないと何時でも飛び掛かれる態勢をとっているのである。
「単刀直入にお伺いします。ここ最近、顔を出す子供がいませんか?」
「子供なら、ここに沢山いる。それがどうしたってんだ」
「そんな当然の事を聞くだけなら剣の錆にされる前にさっさと何処かへ行くんだな」
「お二人とも、少し控えていただけますか?」
迷惑だろうからと、単刀直入に質問をしただけなのだが、用心棒の二人は質問内容が気に食わなかったらしく二人共が威嚇をしてきた。だが、勝手口のドアから聞こえた声の主の女性が、用心棒の二人を制止するように言葉を掛ける。
用心棒はそれが多少不服であると、月夜の出ない暗い闇の中で表情に現れ、しっかりとランタンの光で写し出されていた。
「そうですね、あなたがこの国の役人でなければ、お話も出来ようかと思います」
「そうですか、それではこれをご覧になってください」
魔術師は懐から二枚の手の平サイズのカードを取り出して女性に渡そうと手を差し出した。女性が受け取ろうと一歩足を踏み出したが、それを用心棒の二人が制止し、剣を持つ用心棒が魔術師からそれを引っ手繰り、女性の下へと戻った。
その二枚のカードをランタンの小さな光を当てて確認すると、今度は女性が手を伸ばして魔術師にカードを返してきた。
「わざわざ、こんなところまで旅行に来るなんて、よっぽど物好きなのでしょうね。疑いは晴れました。ここでの話は出来かねますので、教会の中でお伺いしましょう」
「それはありがたいです」
女性が手招きして教会の中へと案内しようとしたところ、魔術師が頭を軽く下げて礼を言う。その姿が滑稽だったのか、女性がクスッと軽く笑いを漏らした。
魔術師は女性が笑ったのが自分に向けてと気が付いたが、何が可笑しかったのかと首を傾げながら女性達に後について教会の中へと入って行った。
教会脇の関係者用のドアから廊下を通り、案内された小さな部屋に魔術師は真っ先に通された。どちらかというと逃げられないように押し込められたとのだと認識が強いかもしれない。
「それで、子供の何をお聞きになりたいのでしょうか?」
テーブルに魔術師と女性が面と向かって座りあう。用心棒の二人はいまだに武器を抜いて女性の後ろ魔術師の一挙手一投足に目を光らせている。ただ、
「そうですね、先ほども申したように、ここ二年程でよろしいので世話をしている子供達以外で顔を出している小さな子供に心当たりがないかをお聞きしたいのです」
「顔を出してくる……ですか?」
女性の口ぶりは思案するよりも、何かを知っていて隠している、そんな口ぶりと見て取れた。さらに、用心棒の二人の眉が”ピクリ”と動き、余計なことを聞くなと告げているようにも見えた。
「子供達の中には、ここで生活するのは嫌だと言って路上で生活している子供もいます。ですので、魔術師さんの言うような子供には心当たりは……」
「いえ、気づいているはずです。その中に、二年経っても姿形が変わらない子供がいるのを!」
「えっ!!」
顔だけ出す子供なら沢山来ているから答えようもないと首を横に振りながら女性が答えたが、魔術師がに繋げた言葉に女性だけでなく、用心棒の二人も驚きを見せていた。
なぜ、魔術師がそのような言葉を告げたのか、理由がある。
まず、何人かから、小さな子供に気をつけろと警告を受けていたことだ。警告を送ってきた者達は、風聞を耳にしたに過ぎなかったであろう。
だが、幾重にも耳にするうちに子供に注意を払うようになり、魔術師にもそれを告げたのだろう。
さらに、注意しなければならぬ子供と一言で言っても、本当の子供であれば、ちょっと力を入れれば折れてしまう雑草のようであると考える。
だが、警告されるほどとなれば、子供の格好をした
そして、子供に注意しろと言われる存在だとすれば、姿形が変わらぬ子供をずっと続けているはずだろうと魔術師は予想し、結論付けたのだ。
「確かに、そんな子供に一人だけ、心当たりがあります。ですが、何処で寝泊まりしているかは存じ上げていません」
「その点はご心配なく、それは私に心当たりがあります。ここに顔を出して来たら、伝言をお願いしたいのです」
子供に伝言を頼むとは、この男は何を
「では、”全てが終わったら、お前の下へと行くから覚悟しておけ”、と旅の魔術師が告げていたと伝えてください」
魔術師は”にこっ!”と一度笑顔を見せると、女性の返事も聞こうとせず立ち上がり部屋から出ていこうと足を踏み出そうとした。
「ん!?何だ」
二人の用心棒が真っ先に気が付いたらしく、足元からのかすかな振動を感じ首を傾げていた。その後、女性も異変に気付き身を硬直させる。
「このタイミングとは私が付けられましたかな?」
魔術師も異変に気が付き、溜息を吐きながら大事になりそうな予感に眉をひそめるのであった。
「仕方ありませんね。ここは一肌脱ぐとしましょう」
「あんた、何言ってんだ。ここは俺達の教会だ。外部の者に手を借りるなど……」
用心棒が手は借りないと告げようとしたが、魔術師が手を上げて彼が話しているのを制止する。
「遅いです」
魔術師が呟くと同時に小走りでドアに近づき、”バッ!”とドアを開けて杖を真っ暗な空間に突き出した。
!何を勝手な事をするのか!と用心棒の二人は魔術師を制止させようと手を伸ばそうとしたが、真っ暗な空間から”ゲッ!!”とうめく声が聞こえ、魔術師が口にした言葉をようやく理解した。
魔術師の動きはそこで収まらず、ドアを出てからもさらに杖を振るい続けていた。魔術師の足元に三人の紺色のシャツを着た侵入者が転がることになった。
異変には気が付いたが、侵入された事に気が付かなかった用心棒は顔を真っ青にしていた。
「ハッキリ言って、彼らは大したことありませんね。知り合いの
ぼそりと呟くと用心棒達からロープを貰い侵入者を動けないようにと縛り上げる。そして、先ほどの部屋に縛り上げた三人を入れて壁に並べる。
如何したものかと顔を見合わせている教会の住人の三人を尻目に、侵入者の一人の頬を叩いて強引に目を覚まさせた。
気が付いた時に、身を
「動くな!」
慌てて動こうとした侵入者は、視線に入った小さなオレンジ色の光を放つランタンとその向こう側でゆらゆらと揺れる炎が恐ろしさを滲ませる男からの睨まれ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
恐ろしさを感じるのもそのはず、侵入者たるこの男を一撃の下に叩きのめした張本人の顔であったのだから当然だろう。
「さて、官吏は元気かな?」
「何の話だ?」
「そうかそうか。知らぬ仲ではないのか?お前たちは命令されたのであろう」
侵入者の後ろに魔術師が回り込み手を開かせて小指を握ると、躊躇なく指を捻った。
「ググッ!!」
”ボキン”と耳障りな音と共に侵入者の指の一本が紫色に腫れ、あらぬ方向を向いていた。侵入者自身は後ろ手に縛られており、視線を後ろに回すことは出来ずにどうなっているかを確認する手段を持たない。
だが、耳障りな音と手から感じる痛みに、指の関節を破壊されたのだと悟った。
魔術師の後ろで尋問の様子を見ていた教会の女性と用心棒の二人であるが、躊躇なく侵入者の指を折る様に戦慄を覚える。
部屋の暗さも手伝い、女性は気持ち悪くなり部屋の隅に嘔吐物を吐き出し、撒き散らしていた。
躊躇せず、それを実行する男にかかれば命を散らす事はすぐにしてくるだろうと予想できる。
とは言え、命令を口にすることもはばかられ、痛みを与えてくる男の質問と板挟みになる。
苦悶の表情を浮かべながら、どうするかと思考するが、このまま喋らなければ確実に命を失うだろうと思えば、仕方なしに喋るしかないと観念するのだった。
「ああ、官吏は元気だ」
「そうか、素直に話してくれる気になったか。それはとても嬉しいことだ」
また指を折ろうかと次の指に手を掛けていたが、侵入者が喋り始めたので一度指を折るのを止めて男の前に回り、腰を落とした。
「さて、官吏は何と言って君達を送り出したのかな?」
ニコニコと笑顔を見せながら侵入者に質問を投げかける。
「こ、この教会を潰して来い……と」
「そうかそうか。やはり、この教会、小さい子供がいる孤児院が邪魔って訳か」
なぜ、この教会跡地で行っている孤児院が邪魔になるのかと、胃の内容物を吐き出し青い顔をしていた女性の顔が血の気がすべて引いて白くなり、今にも倒れそうにふらふらとして、”何故なの?”と衝撃を受けていた。
女性にしてみれば、官吏に邪魔をされていたが、何とか子供達を保護してだけに過ぎなかった。今までは、本格的に押し入られることは無く、悪戯の範疇に留まっていたのがいきなりの実力行使にある種の戸惑いを感じているのだろう。
「理由は知らん。命令通りにこの教会を使えなくすれ良かったんだが、欲を出しちまったのが余計だったか」
「火を付ければそれだけで仕事は済んだのにな。それでも私がいたんじゃ、それも失敗しただろうが」
欲を出した、顔面蒼白で部屋の隅でおとなしくしている、この教会に住む女性を三人で手籠めにして楽しもうとしたのだろう。ある程度の腕を持つ三人なら楽勝で、一晩は楽しめるはずだと高を括っていたらしい。
だが、躊躇せず人を死に至らしめる魔術師の実力が想像以上で失敗したのだ。
「お前達の仕事も今日で終わりだ。そのままで大人しくしているんだな。悪いようにはしないさ」
魔術師が侵入者に話をすると、がっくりと肩を落とし
「私は用事が済んだので一度帰ります」
「おい、こいつらはどうすればいいんだ?」
”忘れていました”と用心棒に言い、侵入者の負った指を真っ直ぐに治し、痛みが引くくらいまで
用心棒達の言い分もわかるが、それよりも片付けなければならぬ事が出来たためにその場所に向かわなければならない。
多少、強引になってしまうがこれ以上、悪い状況を長引かせる訳には行かないと魔術師は石畳を強く蹴り出し、足を進めるのであった。
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