第四十七話 探し者は何ですか、見つけ難い者ですか?
※タイトルは合ってますよ。
”者”です。”物”ではありません。人を探してます。
冬の冷たい雨が降り出しそうな真っ暗な雲で覆われた空が、知らぬ間に二つの月が顔を覗かせていた。”コツコツ”と急ぎ足で歩き続ける火照った体の魔術師にはその冷たい風は心地よい感じた。
魔術師が向かう先はこの街の官吏の館。
町の北にある教会跡地を襲えと三人の侵入者に指示を出した張本人に会うためである。
とはいえ、商売人を間に入れても会ってくれそうにない官吏にどうやって会おうとするのかと疑問に思うかもしれないが、魔術師にはそんなまどろっこしい回り道をする気はすでに無く、実力行使を掛けてしまおうと決めていたのだ。
金属製の門により固く閉ざされた官吏の館の入り口が見えてくる。
日付が変わったこの時間には、当然ながら訪問客も見える訳もなく門番も姿を現さない。
冷たい鉛色の門がそこを塞いでいるだけだった。
鉤爪の付いたロープを引っ張り出してそれを使って門を越える。誰の目にも止まらなければ注意されることもないだろう。
そして、門扉を乗り越えると、閂が外れないようにロープで硬く縛っておくことも忘れない。もしかしたら、外部から兵士が雪崩れ込んでくる可能性も考えられ、それを少しでも遅らせるためだった。
「さて、行きましょうかね」
杖を左手で握りしめ、右手で
すると、さっそく
「仕方ありませんが、こちらもこんな所で死にたくはありませんからね」
魔術師の耳には向かってくる幾つかの動物の鳴き声が聞こえたのだろう。それに対処するため、すぐさま魔力の塊を三つ、目の前に集めだす。
そして、暗がりの中に目標を見つけると、魔法を放つ。
「すみませんね、
魔術師の放った魔法が目標に向かって飛んで行く。空気の塊は暗闇には写らず、昼間でもよく目を凝らさなければ見失ってしまうだろう。そんな見えにくい魔法が、暗がりの中で放たれれば当然ながら迫り来るなど感知しようも出来ないだろう。
襲い掛かろうと駆け寄ってきた番犬を魔術師の魔法が跳ね飛ばしてゆく。
「おおっと、残ってしまいましたか」
咄嗟に横に飛んだ一頭が魔法を受けずに命令通りに魔術師に襲い掛かる。だが、たった一頭残っただけであれば、魔術師の敵では無かった。
雲間から見え始めた月光にギラリと
魔法に当たってくれれば命を失うことは無かったのにと魔術師は残念がり、心の中で頭を下げる。
そして、門扉から敷かれた石畳を踏みしめて進み、玄関を目指して歩く。馬車で一分ほどの距離だが、徒歩で進むには数分掛かかる。
そして、誰の姿も見えぬ赤いじゅうたんのはみ出した両開きの玄関ドアに到着すると、魔術師は躊躇なく魔法を放った。
「
一点集中で鍵が掛かってる場所を撃ち抜く。
さすがに”ドンッ!”と轟音が館中に響いてしまうが、それを気にする様子もなくドアを蹴飛ばして開け放つ。
館の外には見張りの兵士はいなかったが、ドアの付近には待機所があり、四六時中数人の兵士が詰めている。魔術師が立てた大きな音を聞き、すぐに兵士が玄関ドアの前へと姿を現した。
「おや、中々優秀な兵士が揃っていますね」
突然の訪問者に、煌々とオレンジ色に明かりを放つランタンを握りしめた兵士が警告を発する。
「ここを何処だと思っている?早々に縛につけ!!」
玄関ドアを壊された事もあり、犯罪行為は確実だと降伏を進める。
兵士達を見れば、手に手に武器を持ち魔術師を半包囲し、いつでも捕らえる気でいるのだ。
「申し訳ないが、こちらも引くに引けない事情がありましてね。退いて下さるのが一番宜しいのですが……。余り怪我をさせたくありませんので」
「何を!?」
会話の最重に魔術師はぐるっと視線を動かし、兵士を数える。
(ふむ、あれが隊長でそれ以外に四人ですか……)
次に兵士達が何かを言おうとする前に魔術師は躊躇なく魔法を三回、次々に発動させる。
「
ランタンからオレンジ色の光で玄関ホールを照らしているとは言え、透明な空気の塊が迫るのだ、見える訳もない。その空気の塊を魔術師は連続して三回狙いすましたように兵士に飛ばしたのである。
それぞれが腹に空気の塊を受け、悶絶しながら飛ばされて倒れこんだ。
「さて、私の実力はわかったはずです。官吏に会わせて頂きたいのですが、どうでしょうか?ちなみに、魔法は手加減しましたので命に別状はありませんが……」
魔術師は
五人もいて、一瞬で三人が戦闘不能に陥った様を見るが、玄関を預かる身であれば命を賭してでもここを通す訳にはいかないと魔術師に襲い掛かる。
だが、
最後の一人を”きりっ”と睨みつけると、武器を床に置いて降参すると両手を上げた。
それで満足したのか、”よろしい”と一言漏らし、切っ先を床に向ける。
「それで、官吏の寝室はどちらでしょうか?」
最後の兵士に尋ねると、一番奥の部屋だと指で指し示した。
喋れぬ訳でもあるまいしと呆れるが、躊躇なく人を殺せる魔術師が恐ろしいとは伝わっていない。
「そうそう、もう一つ尋ねますが、この館に女性が捕らえられてると噂に聞いたのですが知っていますか?」
一介の兵士では知る由もなく、兵士は首を横に振るだけだった。
兵士が知らないとわかると、官吏に会って確認するだけだと暗い館を進む為に杖に生活魔法の
「ここ……だな?」
先程の兵士に教えられた部屋にたどり着いた。
どの部屋とも変わらぬドアに拍子抜けするも、町で管理している館なのだから当然と言えば当然なのだろう。
官吏が個人的に設置するならともかく、余計な金が使われる事など無いだろう。それでも官吏の住まう館だ、あまりにも安っぽいと国としての姿勢を疑われかねない。それだけにある程度は重厚な作りをしていた。
ドアに近付き、レバー式のノブに手を掛けゆっくり押し下げ、慎重にドアを開けて行く。
部屋の中へ視線を向ければ、ガウンに身を包んだ一人の男が中央に立ってこちらに顔を向けていた。
ベッドがない事を見れば執務室と理解できる。そして、部屋にはもう一枚ドアが設けられ、その先が寝室などになっていると予想される。
「見た事が無い顔だな。何者だ?」
彼がこの町の責任者である官吏なのだろう。高級そうなガウンを着ていれば直ぐにわかると言うものた。
「しがない旅人ですよ」
「しがない旅人が、こんな夜更けに町の最高権力者である官吏の館に押し入るなど普通はするまい」
官吏はゆっくりと横に移動しひときわ大きな執務机に身を寄せて行く。魔術師は部屋に入り、ドアをゆっくりと閉めると官吏を睨みつけた。
「しがない旅人ってのは本当ですよ」
「嘘を吐くな」
「いえ、嘘ではありません。フラッと立ち寄った旅人とは本当ですから」
旅人と語ったのは本当である。ただ、それ以外に肩書があるのだが。
「官吏に幾つか尋ねたいことがありまして、こうして伺ったわけですが……」
「こんな夜更けに訪ねてきて、当たり前にに答えを聞けると思っているのか?」
だが、魔術師はさも当然とばかりにそれに答える。
「こんな夜更けに伺わなければ聞けぬ事もありましょう。例えば、三人を襲撃に送り出したとか……」
ゆらゆらと体をゆすり、眠そうにしていた官吏はその一言でピタリと動きが止まった。平静を保っている様だが、眉がピクリと動くのを魔術師は見逃さなかった。
「なるほど、しがない旅人
「その様になりますね」
ふふふと魔術師は笑みを作る。
それとは対照的に官吏は引きつった表情を見せ、生半可で行かない魔術師に恐怖を覚える。
さらに言えば、魔術師の手には血塗られた
「まず、何故、北の教会跡地を襲撃させたのですか?」
「それは私から説明しましょう」
もう一枚のドアが開かれ、別の男がその場に現れた。北の教会跡地に向かう前にあっていた商売人だった。
「君も官吏の仲間だったのか」
「一応、警告の意味で”出会っても敵対するな”と伝えたつもりだったのだが、無駄だったようだ」
「あれは、警告だったのか。逆の意味に取っていたな」
商売人は官吏がその力を使って潰そうとしているから、官吏には敵対するな、逆らう真似はするなよと言ったつもりだった。
だが魔術師は、教会はかなりの戦力を隠しているから敵対するなと取っていたのだ。
回りくどい言い方に商売人は失敗したと思うしかなかった。
「それにしても、三人も出して失敗するとは、予想外であったな」
「全くです」
官吏と商売人が自分達の見立てが弱かったと反省をしていた。
「なるほど、孤児院と言うか、小さな身寄りの無い子供を保護されると困るから潰そうとした、と」
「まぁ、そんな所だな。それにしてもよくわかったな?嗅ぎまわっているだけある」
「お褒めの言葉を頂きありがとう。とでも言っておけば良いでしょうか?」
町の情報を逐一聞いているのだろう、魔術師の動向は把握済みだった。
「それに、お前がノルエガからの依頼で動いている事も知っている」
「依頼内容も?」
「当然だ。我等の財産を調べるのであろう。直ぐにわかったさ」
「本当にそれが依頼内容だと本気で思っているのか?」
依頼内容くらい把握していると魔術師に自信をもって告げるが、言われた魔術師の方はそれは枝葉の事であり、本来の依頼目的では無いと暗に示した。依頼内容を喋ってしまうのは三流がする事であり、彼はうっかりと口に出す事もしなかった。
「それは官吏自身でお確かめください。さて、孤児院繋がりでもう一つ、子供達は何処にいますか?」
「なるほど、確かに調べている様だな。だが、重要な事を喋る事は出来んな」
”そうでしょうね”と、官吏に答える。そして、くるっと体を翻してドアを開けると廊下に躍り出る。
そして、廊下を玄関方向に少し戻り、持っている杖で壁を”コンコン”と叩き出した。その後を追って廊下に出た官吏と商売人は魔術師の行為を見て、顔面蒼白になっていた。
「ここらへんが怪しいのですが……」
「おい、止めろ!!」
官吏と商売人が”コンコン”と叩く行為を止めさせようと近寄ろうとしたが、魔術師が近付く二人に
「死にたくなければ黙って見ていて下さい。玄関を守る兵士達も同じですよ」
魔術師を遠目に囲って、官吏と商売人の他に痛みから立ち直った兵士達四人も見ていた。
移動しながら壁を叩いていたが、その内に”コンコン”から”コーンコーン”と空洞がある様な響く場所を見つけた。
「ふむ、ここですが」
”コーンコーン”と音を立てている壁を杖の石突きで思い切り突いた。魔術師の力が剣を振る騎士よりも弱いとは言え、金属の芯を持つ杖の石突きで一点に集中させて突いたのだ。壁に小さな穴が開くのは当然と言えよう。
「予想通りですね。さて、何があるか御開帳と行きましょう……っか!!」
その壁から後退り、向かいの壁に背を付けると魔力を集め出す。
杖の魔石が真っ青に変色し、魔術師の前に魔力が集まる。その魔力を空気の塊に変換すると同時に魔法が一直線に飛び出した。
「私の前にその全てを
たった数メートルの距離しか離れていない壁に空気の塊が勢いよくぶつかり、もうもうと埃を立たせた。その威力に官吏も商売人も、そして兵士達も顎を外すくらいに口を開けて驚いた。
「ケホッケホッ!少しやり過ぎましたかね?」
もうもうと上がる埃が晴れるのを待って魔法の光をかざすと、魔法が当たって壁が壊れ、通路が繋がっているのが見えた。
魔術師は”やはり”とにやけた表情を見せ、官吏と商売人は蒼白だった顔が真っ白に変わる。そして、兵士達は”我々の知らぬ事”と驚いていた。
「では、行ってみましょうか。兵士の方も一緒にどうですか?」
なぜ我々がと疑問を持つが、その内の一人、最後に降伏した兵士が魔術師に付いて行くと言い出した。
「その他の兵士の方は、官吏と商売人が何処かへ行かない様に見張っておいてください。では、行きましょう」
兵士に声を掛けると、瓦礫になった壁を乗り越え、通路に入って行った。
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