第四十五話 教会跡地を見つけて……

 魔術師は雨の夜に気紛れに立ち寄った酒場へと足を向けていた。


 確かめる事は多々あるも、最終的には一つずつ確認せざるを得ないと結論付けた。

 その中でも全く情報が集まっていないのは官吏がどのような風貌をしていて、どんな性格なのか、言ってしまえばその人なりを全く知らない。

 意図的に集めなかったのもあるが、少しくらいは話が伝わっても良いと思っていただけに、余計な労力を使う事になってしまう、と。


 その官吏がどのような人なのかを見るために、とある伝手を使おうかと考えそこへと向かっているのである。


「えっと、ここでしたね」


 簡素なドアが魔術師の前に見えると躊躇なく開いてアルコールと焼けたソーセージの混ざり合う匂いのする酒場へと入って行く。


「こんにちは~」

「おや、雨の日に来た人だね。好きな所へ座ってくれ」


 夕暮れまでにはまだ時間があり、酒場のテーブルは人もまばらだった。ぐるっと見渡してみても目的の人物はまだ現れていない。

 何もせずにいるのもどうかと思い、まだ明るいのだが酒を頼む事にした。


「マスター、弱めで甘いのをお願いする」

「ああ、ちょっと待ってね」


 注文を聞き、マスターは壁の棚から数本の瓶を取り出すと、分厚いグラスにメジャーカップで計りながらお酒を注いでゆく。一瓶あたり、十五オンスから三十オンスの間で幾つか混ぜ合わせ、黄色い液体をいれ、バースプーンでゆっくりとかき混ぜる。

 最後に入れたのはどうもオレンジジュースらしい。


 確かに柑橘系のジュースで割れば甘く、口あたりもまろやかになるだろう。

 そう思っていると、マスターが魔術師の前へ”ツー”っとカウンターを滑らせて、グラスを流してきた。


「時間がある時しか出来ませんがね」

「いえいえ、見事ですよ。惚れ惚れする手付きです」


 受け取ったグラスを持ち、一度目の高さに持ち上げマスターへ傾けてからグラスを口へ運ぶ。その口当たりは予想以上に飲みやすいカクテルだった。マスターの腕前に感心しつつ、グラスをさらに傾けるのであった。




 それから、何杯か注文する頃には窓から見える景色が真っ暗になり、帳が降りているのが見えた。今日は目的の人物が現れないかと、そろそろ酒場を出ようかと魔術師は考えていた。

 その時である、酒場のドアが勢いよく開かれ、数人の男女が入ってきた。その中には魔術師の目的の人物もいたのだが、それとは別に軍服の男も見られた。


 軍服の男がいるとなれば、何らかの商談の最中だと思われて声を掛けるのを躊躇した。しばらく様子を見ようかと再び、マスターへと顔を向けてもう一杯注文しようと声を掛ける。


「マスター。もう一杯、お願いするよ」

「あんたも飲むねぇ。まぁ、弱いお酒だから当然か」

「彼は軍服と一緒に来ることはあるのかい?」


 お酒を注文すると同時に、先ほど入ってきた商売人と軍服達をこっそりと指し、この酒場で起こっていることならたいてい知っているだろうマスターへと尋ねてみた。


「う~ん、記憶にないねぇ。大体覚えているはずなんだけど、あの軍服は見てないね。はいよっと!」


 酒場のマスターでも見たことが無いと言われれば邪魔する訳にもいかず、お酒を煽りながらのんびりと待つことにした。




 それから、夕食を注文し食べ終わる頃になって、軍服達が魔術師の目的の人物へ、つまりは商売人へ挨拶を交わし酒場を後にした。その席にいた女性も軍服の男の左右に蔓延はびこらせていかがわしい雰囲気を醸し出しながら一緒に出て行った。


 ちらっとその人物を見てみると、何やらほっとしたのか、人目もはばからずテーブルに突っ伏し大きな溜息を漏らしていた。

 その姿を見て、絶好の機会だと弱いお酒の入ったグラスを持ち、その人物のテーブルへと移動していった。


「こんばんは」


 ”コツコツ”と足音を立ててテーブルまで近づき、隣の席に腰を下ろしてから声を掛けたのだが、突然振られたようにびっくりして飛び起きた。

 突然の事に驚いて、めをカッと見開き魔術師に顔を向けて来た。


「こんばんは。えっと、どちら様ですか……」

「……あの~、覚えてませんか?昨日カウンターで飲んでいたら、そちらから声を掛けられたんですよ」

「そうだったんですね、それはすみません。お酒が入ると、記憶を無くす、いえ、覚えていないみたいで」


 この男は酒を飲むと記憶が不明瞭になるらしく、魔術師に絡んだのも覚えていなかった。振出しに戻ってしまうかのかと残念がったが、頼みの綱はこの男しか今のところいないと考え、指輪を見せてみようと鞄から取り出した。


「それでですね、これを見た事ありませんか?」

「……んん?これは官吏が持っていたのだな。覚えているぞ」

「そうですか!これを返しに官吏と会いたいのですが、伝手で何とかなりませんかね?」


 魔術師の腕を掴み、目の直ぐ近くに指輪を持ってきてじっくりと眺めてから覚えていると告げた。それは重畳と早速目的をその男に伝えてみる。

 この町に来て明日ですでに五日である。出来れば早めに予定を片付けておきたいと魔術師は考えていた。


「これを返すのは理解するとしても、何故に私を?」


 男としては会ったばかりで怪しい人が何故、自分に行ってくるのかがわからなかった。自己紹介もしていなければ、官吏に会えるかどうかも怪しいはずだ。


「簡単です。昨日、ここで貴方に話しかけられた際に、マスターから官吏に会うほどの商売人と聞いております。それに、先程話をしていた軍服の方は官吏と親しい、もしくは、官吏に近い役職を持っているとお見受けしました」


 軍服の男と会話をしていた事から推測されたのはこの場では仕方ないとしても、マスターが自分の職業を余所者に伝えていたのは計算外だった。


「なるほど、それで私に話し掛けたのだな」

「そうです。この指輪を手ずからお渡ししたいと思いましてね」


 こんな、あからさまに怪しい行動をする魔術師自らをこの町の責任者の官吏に、会わせるなど言うはずも無く、商売人の男は首を横に振る。


「さすがに、会わせる訳には行かないな。これでも信用を勝ち取っているからね。言い方が悪いかもしれんが、何処の馬の骨とも言えぬ貴方を会わせる事は出来ない」

「そうですか……」


 残念そうにする魔術師を気遣う様に商売人はさらに続ける。


「私が届けてきてあげようか?少し離れているが、馬車なら今日中に訪問出来ると思うが……」

「邸宅に入れなくとも、馬車に同行させて貰えれば私としては嬉しいのですが……」

「それなら大丈夫だ。御者もいるしね。そうと決まったら早速行ってみよう」


 ”機を見るに敏”とはこの様な事を言うのだなと、魔術師は商売人の腰の軽さを内心で褒めたたえて、ほくそ笑んだ。

 そして、マスターに何杯かのお酒と夕食分の料金を支払うと、酒と肉の匂いが充満する酒場を後にして、商売人の男の馬車で官吏の住む邸宅へと向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「そろそろ、官吏の邸宅へ到着するぞ」


 石畳の上を快調に走り抜ける商売人の所持する馬車に揺られてすでに数十分程。豪華絢爛とは言えぬが、それ相応の作りの箱馬車はこの商売人の財力を物語るに相応ふさわしいと言えよう。

 王侯貴族の塗装よりも二段は落ちるが、漆黒の黒で塗られた外装に誰もが振り向くだろう。それに派手とは言えぬが金色のラインが前から後ろにまで描かれ、どこぞの御仁かと思われるだろう。

 それに、御者も中年とはいえ、りっぱな体付きに背筋をピンと伸ばして、厳しい訓練を乗り越えて来たと見られる。


 そんな、箱馬車の中で商売人が目の前に座る魔術師に到着する旨を伝えた。


「それでは、こちらをお願いします」


 鞄から色のついた紙に包まれた指輪を取り出し、商売人の手にしっかりと乗せる。


「おう、任しておけ」

「お願いしますね。それで一つ頼みがあるのですが……」

「ん?官吏に頼みか」


 本来なら直接会って確かめねばならぬ事柄である。だが、会えぬのであれば目の前に座る商売人に託すしかないと、申し訳なさそうに口を開く。


「その指輪を官吏に渡した人を聞いて来て欲しいのです。出来れば年齢や、風貌など細かく」

「なんだ、そんな事か。心配せずに待っていてくれ。ん、そろそろ入るぞ」


 商売人の馬車は、”パカパカ”とリズム良く走る二頭の馬車に引かれ、官吏の邸宅の玄関にするすると横付けされた。


「しばし、待たれい!」


 邸宅で働く玄関番が馬車のドアを開くと、商売人はステップを踏みしめ赤い絨毯へと降り立つ。そして、執事に案内され邸宅の中へと案内され消えて行った。


(本当は、邸宅の中をじっくりと見て回りたかったのですが、彼の報告を今一度待つとしましょう)


 魔術師は暇を弄ばぬ様にと鞄から一冊の薄い本を取り出し、組んだ足の上で開くと、それに目を落とし始めた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「行ってきたぞ」


 箱馬車のドアが大きな音と共に開けられ、商売人が軽やかにステップを踏みしめ中へと入ってきた。中で待っていた魔術師は膝の上に置いた本に目を通そうとしていたが、アルコールを摂取した影響なのか、すぐに寝てしまい商売人がドアを開けるまで気が付かなかった。


 しかも、ドアが開く大きな音に驚き、体をビクッと跳ねさせていたのである。


「はっはっは、寝ていたとはたくましい事だ」

「いや、疲れが出たのか、気持ちよくなって申し訳ない」


 床に落ちた本を拾い上げながら、商売人に顔を向ける。


「それで、聞いて来たぞ」


 彼が馬車に乗ると御者に合図が送られるとゆっくりと馬車が進みだし、例の酒場へと馬首を向ける。

 そして、商売人の嬉しい報告に魔術師は顔をほころばせる。


「それは喜ばしい事です。それで……?」

「ああ、指輪を届けてくれた事を感謝されたよ。どうも子供達からのプレゼントらしく、その中でも一番背の低い子が手渡してくれたらしい」


 商売人の報告を聞くと、魔術師の顔が途端に曇った。報告は嬉しいはずだったが、何かが脳裏の記憶に反応したのだろう。そして、一言、魔術師は呟きを吐くのであった。


「……一番背の低い子……!?」


 呟くと同時に、”カッ!”と目を見開き、商売人の両肩を掴んで前後に揺らしながら声を荒げる。


「教えてくれ!町外れに教会跡地があると聞いた。何処にあるか教えて欲しい、今すぐに」


 商売人は”ガクンガクン”と前後に凄い力で振られ、気絶しそうになるも済んでの所で意識をこの場に留めた。そして、魔術師の手を振りほどいて、やっとの事で解放された。

 しばらく頭を押さえていると、ふらふらしていた頭に平静さを取り戻した。


 御者が突然の揺れに何事かと馬車を停車させて中を覗き込んできたが、すでに商売人が頭を押さえている所であった。だが、何かあるといけないと、そのまま馬車は道の脇に停車させてままにされた。


「ああ、酷いな。教会跡地と言ったら、町の北側だ。そこしか無いはずだ」

「そうか、ありがとう」


 魔術師は杖を握りしめて、馬車のドアを開けて飛び出そうとした。


「ちょっと待て、そこに行くの……か?」

「ああ、そうだ。何かあるのか?」


 魔術師の突然の動きに、何があるのかと聞きたいと思ったが、首を突っ込んでも悪い予感しかしないと躊躇したのだ……。

 だが、好奇心が勝ってしまい、口から勝手に言葉が出てしまった。


「い、いや。そこは孤児院みたいに、小さな子供を集めているらしく、官吏が気にしている場所だ。もし出会っても敵対するなよ」

「そう言う事か、気を付ける事にするよ」


 商売人を横目で見ながら、”こくん”と一度頷きをしてから馬車から降り、すでに夜の帳の下りた町へと消えて行った。

 消えて行く後姿を見ていた商売人は魔術師の無事を祈るが、今日の事は忘れようと頭を切り替えるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 魔術師はどんよりと曇り、月さえも見えぬ暗い町中を”ひたひた”と早足で町の北側へと急いでいた。急いで移動しても、到着には一時間程は掛かってしまうだろう。

 細い路地が入り組んでいたり、足元が見えぬ暗がりを進まなくてはならぬためだ。


 生活魔法の灯火ライトで照らそうかと考えたが、街灯がポツンポツンと建っていて、何とか道を照らしているからと思いとどまった。ノルエガの様に密集して建っていてもよさそうだが、人口が少ない町ではどうする事も出来ないのだろうと諦めるしかない。


 魔術師が町の北側、教会跡地に到着したのは馬車を飛び出してから一時間程経ってからである。


 教会の尖塔にはアーラス教のしるしが見えず、ただの尖塔と化していた。

 寝静まっているのか、窓から漏れる灯りは確認できない。

 鎧戸を下ろしている可能性もあるだろう。


 だが、裏手に回って見ると、一か所だけ灯りの漏れる部屋を見つけた。

 灯りとは言え、煌々と眩く輝気を放つ光ではなく、どちらかというとひっそりと隠れて見つからぬ様に小さなオレンジのゆらゆらと燃える光が見えただけであった。


 普通なら見逃してしまうのだが、魔術師はふとした瞬間にそれを目に入れて、見つけてしまったのだ。しかも、台所か何かの様で勝手口が設けられているそれも。


 魔術師はその幸運に感謝しながら教会跡地の裏門からゆっくりと侵入し、灯りの付く部屋に近付き、勝手口のドアを軽くノックしたのである。




※薄い本と言っても、同〇誌や、その手の本ではありませんのであしからず。鞄に忍ばせられるという意味です。

 でも、その手の本を読んでいたら面白いのかも知れない(笑)

ジャンルは何でしょうね(違うって)

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