第二十九話 本当の敵は内にあり!内って何処だ?

「「「おおおおぉぉぉぉ~~~~!!」」」


 アンジュがドアを開き、そこからこぼれ出た光景を目にした一同から感嘆の声が漏れ出た。

 二メートル四方の小部屋に棚が作られ、そこかしこに金目の物が飾られていたのである。それが金色や銀色にキラキラと光り輝き、誰もがその光景に我が目を疑うばかりであった。


「ほほぉ。これは凄いな!!」


 アンジュの後方から身長百九十センチもある大男の団長が覗き込んではつたない語彙力を絞って感想を述べていた。大男でも、その光景に度肝を抜かれていた。


「あ!この宝石は去年、伯爵家から盗まれたものです!」

「こっちは長年行方不明になっていたペンダント!」

「それよりもこっちだ!宝石で飾られた箱を見てくれ!」


 早速バタバタと騎士達が部屋に入り込み棚に飾られていた品々を一品一品、確認し始めると、誰もが驚きの声を上げていた。

 それは、盗まれた品々のオンパレードであり、しかも、何年どころではなく古くは百年、二百年もの昔に表舞台から消えた物も多数存在していた。


 その中の一角、木の箱に大事に入れられた薬瓶を騎士達が見つけた。それこそが今回の目的である、カーラが盗られた石化症の薬瓶だった。


「ほら、カーラ。これはお前のだろう」


 騎士達からその箱を受け取ったパティパトリシア姫が、カーラへと手渡す。それを大事に受け取り、胸の中で抱きしめると彼女の瞳から涙が自然と溢れて一筋の道となって頬を伝った。


「まさか……。盗られた薬が戻ってくるとは思わなかったわ。これで叔母さんを治せる……」

「よかったな!カーラ」


 二度と戻らぬと思い、どうにか再び手に入れようと手を尽くそうとした実物が腕の中に戻ってきたのだ。感情があふれ出すのは誰の目から見ても当然のことだった。

 そして、カーラよりも喜んでいたのが、彼女を抱きしめ、同じく涙を流しているアマベルだ。


 幼馴染だけが理由でなく、カーラの叔母にはいつも迷惑をかけていた事もあり、その罪滅ぼしの意味合いも強かった。


「アンブローズ!アマベル達を送って行ってくれ。アンジュも今日はありがとう、助かったぞ」

「はい、お嬢様」


 アンブローズに、助けてくれた三人をそれぞれの自宅、もしくは仕事場へと送るように指示を出す。当然、それに従おうと三人を連れ出そうとしたのだが、釈然としないアマベルがパティパトリシア姫を睨みつけた。


「えっと、おれ達はここで用無しってことか?」

「何を言ってるのやら……」


 呆れてものが言えないと額に手をやり、どのように言葉を紡ごうかと深慮してから口を開く。


「用無しとは言ってないだろう。短絡過ぎると言われんか?ここは我々の仕事であり、お主らはそれを届ける必要があるだろうが……」


 パティパトリシア姫の指が差したのは、カーラが大事に抱えている木の箱だった。

 そう、パティパトリシア姫はその薬を持ち帰って喜ばせてあげて欲しいと考えた。

 ただ、言葉足らずでアマベルの気を損なわせてしまった事は反省材料であると心に刻み込む。


「も、申し訳ない。気を使って貰ってたとは」

「はぁ、用が済んだらポイって捨てる訳無いであろうに……」


 カーラの薬を取り戻す算段を付けた上に、気を使い早く帰って貰おうとした恩人になんて言葉を出してしまったのかと、咄嗟に謝り小さくなるアマベルであった。


「そう言う事だ。早く帰って喜ばせてやるがよい」

「「どうもありがとう」」


 アマベルとカーラはパティパトリシア姫に頭を下げ、感謝の意を伝えた。

 三人が踵を返し、アンブローズの後に付いて帰ろうとしたところで、パティパトリシア姫が声を上げた。


「おっと、一つ言い忘れた。明日も迎えに行くからそのつもりでな。時間は少し早めだぞ」

「えっと、それは……断る事は出来るんですか?」


 折角帰ろうと歩き出したところでパティパトリシア姫に止められたアマベル達は、嫌々ながら顔だけ振り向かせ、断れるかを一応、聞いてみる。


「うむ、拒否権は無い!強制参加だ」


 にっこりと笑みを浮かべながらパティパトリシア姫が答える。

 予想通りの答えに溜息を吐きながら、三人はトボトボとアンブローズの後について屋敷から姿を消すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌日、ワークギルドの中でテーブルに座り、ジュースの入ったジョッキを手持無沙汰の様に眺めているアマベルとカーラの姿があった。

 アマベルは昨日が遅かったために昼近くまで寝ていたので元気いっぱいだったが、カーラは目の下に隈を作る程に寝不足で、アマベルに会った途端、愚痴をこぼしていた。


 前日のパティパトリシア姫達の襲撃に同行し、無事に作戦が終わったのは良いが、帰宅したのは日付が変わってからだった。一人暮らしのアマベルはともかく、親戚と一緒に住むカーラは、何の伝言も無く遅くに帰る事になり心配されていた。

 だが、誰にも喋れぬ作戦とか、隠密行動だったとか、言い訳を信じて貰えたことでそれ以上は何も言われずに済んだ。


 カーラの思わぬお土産に同居人は喜びを露わにしたが、彼女が危ない橋を渡っている事に心を痛めていた事を告白した。

 病気で死ぬのは天運だと思うが、事件に巻き込まれ、自分らよりも早く死ぬ様な事にはなって欲しくないのだと。


 同居人からそのように言われたとしても、すぐに、”はい、わかりました”と言って、次の仕事に就く事は考えられなかったので、その場は答えをはぐらかした。

 命の危険の無い仕事が出来ればそれでよかったのだが、魔術師としての仕事も好きだったし、何より、幼馴染のアマベルと一緒に仕事ができる事が嬉しかった。


 その日は、無事に帰り、薬も取り戻した事、そして、夜遅くになった事でこの話は一度終わりにして、後日改めて話す事になった。


「って、事なのよ。酷くない?」


 木製のジョッキになみなみとジュースが注がれていたが、一気に飲み干しテーブルに叩きつけてはアマベルに同意を求めていた。


「でもさぁ、おれもその気持ち、わからなくも無いのよ」

「ええぇ、アンタが?」


 同意してくれるかと思ったアマベルが、カーラの同居人の様な事を口にするなど思ってもみなかった。一人暮らしのアマベルと、同居人がいるカーラとの差がここで出てしまったのである。


 カーラは同居人からの口出しを五月蠅く感じていたが、アマベルは同行するカーラの事を常に心配していた。

 二人で行動している事が多いアマベルは、もし、自分がここからいなくなってしまったら、いや、命を落としてしまったらどうするのか、それにカーラが消えてしまったら、と考えていたのだ。

 自分だけならまだしも、二人揃って消えてしまってはカーラの同居人に合わす顔が無いとも思っていた。


 今はこれで良いが、五年後、十年後を考えたら、このまま過ごせる訳も無いと考えるようになっていた。


「そうよ。カーラも少しは叔父さんや叔母さんを大事にしないとね」

「…うぐっ!わかってるわよ。だから石化症の薬を手に入れたんだし……」


 うつむいてテーブルに視線を落としてアマベルに口答えをするが、その口調はだんだんと弱くなって行く。一応はわかっている様なので、それ以上の事は口を閉ざす事にした。


「お二人共、よろしいでしょうか?」


 アマベルとカーラの話が一段落付いた所で、声を掛けられた。良く知るその声の主はあの”パティ”とか言うちょっと高飛車な女が従者にしている男だろうと、見上げればその通りであった。

 だが、恰好は昨日とは違い、外套で隠されているが明らかに装飾にこだわった鎧を身に着けていた。紺色の外套はともかく、内に隠された鎧は綺麗に磨かれ、縁取りにも金色の装飾が施され、明らかに儀礼用と見られた。


「えっと、アンブローズ……さん、よね?」

「ええ、仰る通り。お二人をお迎えに参りました」


 テーブルの横に立つアンブローズの姿と比べれば、明らかに見劣る恰好に恥ずかしさを感じ、外套をしっかりと前で押さえながら二人は立ち上がる。

 人が少ないとは言え、出入りの激しいワークギルドのロビーでは、アンブローズの恰好はかなり目立ち、その後ろを歩くアマベルとカーラも別の意味で目立っていた。


 ワークギルドから外に出て乗り込むべき馬車をアンブローズが示すのだが、それはホッとしていた。儀礼用の鎧を着込んでいるから、馬車もそれなりの家紋が描かれていないか不安だった。

 その不安は見事に外れ、飾り気のない馬車に喜びつつ、二人はそれに乗り込み馬車に揺られてゆくのであった。




 それから三十分程馬車に揺られてたどり着いた場所に、二人は足を”ガクガク”させながら馬車を下りる事になった。


「ちょ、ちょっと、これってどういう事よ」


 先に馬車から下り、下りるアマベル達の手を取ってエスコートするアンブローズに声を荒げて質問を投げつけた。

 高い場所からなら王都アールストどこからでも見える、アールスト城の真ん前に二人は立っていたのである。王侯貴族ならともかく、裕福でない出身の二人には一生縁の無い場所だと感じていた場所だ。驚くのは当然であろう。


「どういう事、と申されましても、昨日のお話の通りお呼びしたまでですが?それが何か」

「”それが何か”、じゃないわよ。なんでお城にいるのかって事よ」

「それでしたら、後程わかります。先にお二人をご案内いたしますので、武器だけはお預けください」


 キツネにつままれた気分で、傍に控えている兵士達に武器を渡し、アンブローズの後について城の中へと二人は入って行く。アンブローズを先頭にして、二人が続き、その後ろに長槍ロングスピアを担いだ護衛の兵士二名が続いた。


 廊下の途中途中で守りに就く兵士達が敬礼をしてくるが、慣れないその挨拶に二人は戸惑うばかりである。そして、床一面にふかふかな絨毯の敷き詰められた部屋に通された。


「お待ちしておりました。わたくしは本日、皆様のお世話をいたしますナターシャと申します。すでにアンジュ様もいらっしゃっておりますので、お入りになってください」


 華美な部屋といきなりのお世話をすると告げられ、アマベル達は目を丸くして動きがピタリと止まってしまった。王城に来ただけでも心臓がバクバクと鳴り、緊張しっぱなしであった事も影響していた。


「それではよろしく頼んだぞ」

「ええ、お任せください」


 アンブローズと護衛の兵士は廊下に残り、ナターシャは他の侍女と協力して入って来た小汚い格好をした二人を部屋の奥へと強引に引っ張りいれた。


 その後も二人はなすがままにナターシャを初めとする侍女たちに防具を、上着を、そして下着までも剥ぎ取られ、部屋の奥にある湯浴みの場へと連れて行かれる。そこには同じようにすべてを剥ぎ取られ、白い珠の様な素肌を洗われているアンジュの姿があった。

 そこで、アマベルとカーラの二人は我を取り戻し、アンジュへと話し掛けた。


「こんにちは。遅いご到着で」

「こんにちはっと、アンジュまでいるの?って、おれ達、これから何されるんだ?」

「アンジュ、何か知ってる?」


 強引に湯浴みをさせられ、体の隅々までを侍女たちに洗われ泡だらけになっているアンジュは、パティパトリシア姫の正体を知っている為に、これから何があるのかは予想がついた。だが、まったく理由を知らぬ二人には黙っておいた方が面白そうと思ったのか、答えをはぐらかすのである。


「多分、普段の訓練が楽と思える事よ、ふふふ……」


 二人にそう告げると、侍女たちの手が一層激しく動きだし、アンジュの顔は泡で見えなくなっていった。

 それを合図に、アマベルとカーラの二人も侍女達から激しく攻められ、体の隅々まで洗われ湯浴みをする事になった。




 湯浴みから上がると、三人そろって高級な下着を身に付けさせられる。当然ながら、サイズが不明だったので下着はかなりの種類が揃っていた。特にブラジャーに関しては三人ともがまったく違うサイズだったのでかなりの数をとっかえひっかえされ、侍女達の着せ替え人形とされていた。


 ちなみにだが、アンジュは一度、商人から結婚を約束された事もあり、容姿に関しては男共が黙っていない程であろう。

 アマベルは身長こそ百七十センチ弱と女性としては高身長の部類に入り、胸も大きい事からかなりの見栄えはするのである。

 その中でカーラだけは、百五十センチそこそこの身長と洗濯板と間違えられる胸元で子供じみた容姿をしているのだった。


「イタタタタ……」

「ウギャァ~~、肋骨がぁぁ!!!」

「クククク!!」


 それからの、侍女たちの攻撃はすごかった。コルセットを腰回りに巻いて行くのだが、侍女達は足をアマベル達の背中に押し付けながらコルセットの紐を縛り上げる。

 コルセットなど身に着け慣れていないアマベルとカーラの二人は、肋骨が折れるかと思われる程に締め付けられ根を上げる事になる。


 とは言え、コルセットは姿勢を保つようにとの事でトルニア王国では何かの晩餐時に身に着けるだけなので、そこまできつい事は無い。

 三人の中で一番きついのはカーラで、日頃の姿勢の悪さが影響していたのだ。アマベルほど体を鍛えておらず、さらに身長が低かったり、胸が子供じみていた為にコンプレックスを抱えて猫背になっていたのだ。その為に、背を伸ばさせる様にと見に付けさせたコルセットに殺されそうになっていた。


 アマベルとアンジュの二人はと言えば、そこそこある胸を強調させようと胸の下を押さえつける様に巻かれたので、それなりにきつかったらしい。


 コルセットを付け終わった三人は、胸元が露わになり、腰のクビレを強調した春らしいドレスを身に着けさせられるのであった。




※足蹴にしながらコルセットを付けて体を縛り上げるのできつい事はきつい筈ですね、はい。昔のヨーロッパ人は大変だったんですよ、全く……。

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