第二十八話 偶然と言うか天然?

 パティパトリシア姫の指示とアンブローズからはっぱを掛けられ、急いで押し入った入り口から外に出て屋敷の裏手を駆け始めたアマベルとカーラ。

 被ったフードに容赦なく雨が打ち付け、その音で周囲の音が聞き辛くなっている。こうなれば目視に頼らざるを得ないだろうと、暗く雨の降る中に視線を向けた。


「カーラ、そっちはどうだ?」


 下に向けた剣の先から雨が雫となって何滴も落ちて行く。その間も目を凝らすがアマベルの視界には動く者の姿は捉えられない。


「こっちもだ。奴は何処へ行ったんだ?」


 ”きょろきょろ”と顔を動かし、視線も動かすが、降りしきる雨に邪魔をされ捜し人の姿は何処にも見えない。


「アンジュは裏だと言ったが、表に通じてるんじゃないのか?」

「それもあり得るわね。でも、この雨の中で音を聞きとれるんだから、彼女は信用できるわ……ん?ちょっと黙って!」


 カーラは人差し指を口の前に出し、静かにする様にとアマベルに目配せする。それを見て何か察知したのだろうと、アマベルも動きを止め視線のみを右から左、左から右へと動かし、微かに揺れ動く植物の動きをも観察し始めた。


「カーラ、あっちだ!」

「ん!」


 真っ先に動きを見つけたのはアマベルだった。前衛で敵の攻撃を見切るだけの動体視力を持ち得ていた事が幸い、カーラよりも先に、わずかに動く何かを視界の隅に捉えた。

 そして、アマベルが指差した方向には、アタッシュケースを持ち、雨に打たれて飛沫を上げながら逃げ去ろうとする男の姿が飛び込んできた。


 それを見て、雨粒の|帳<とばり>に身を隠して逃げ去ろうとする男を、アマベルとカーラは追い掛け始める。


 防水加工がしてあるとは言え、全力で走れば顔に冷たい雨粒が降り注ぎ、首を伝い体を侵食してゆく。火照る体に雨水が流れれば丁度良く冷却され、体力の続く限り走れそうではある。

 それはアマベル達だけでなく、追う男も同じであろう。

 屋敷でみた親玉はよわい五十を過ぎているかと感じていたが、二人から見た身体能力は二十代の彼女達と同じと思う程だった。

 しかも、黒いアタッシュケースを抱えながら走るのだ、驚異的な身体能力と思って良いだろう。


 だが、年齢の差は覆すには難しく男との距離が徐々に縮み始める。屋敷の敷地内から出て石畳を駆けて行くのであれば、常日頃から走り回るアマベル達に軍配が上がるのは必然だ。


 ところが、アマベルはまだまだ余裕があったが、彼女の横を追い掛けていたカーラはすでに青息吐息で限界が近く、すでにアマベルから十メートルも離れてしまた。

 カーラと歩を合わせていたら男を逃がしてしまうと、アマベルは思い切った行動に出る。


 握っていたミドルソードを大きく振り被り男へ向かって投げ付けたのだ。


 本来なら、自身の主とする武器を手放すなどあり得ぬ話である。

 だが、今回は逃がしたら次の機会は無く、石化症の薬をカーラの叔母に飲ませる機会は永遠に潰えてしまう。その為にも追い付かねばならぬと思った。

 ただ、アマベルの予備武器は刃渡り三十センチのナイフを腰に差しているだけで、相手の実力を測れぬ今は心許ないとしか言えない。


 それでも逃がしてたまるかとの気持ちが勝り、主武器であったミドルソードを投げつけていた。


 アマベルはナイフを投擲する訓練をした事は無い。街道に転がる石の礫を手持投石機スリングで投擲して訓練するくらいだ。

 その投擲初心者のアマベルが、刀身八十センチもあるミドルソードを投げつけたのだ、安定して切っ先を敵に向けて投げつけるなどできる筈も無く、”ぐるんぐるん”と横回転しながら男に向かって行く。


 複雑な回転をしたアマベルのミドルソードは逃げる男に迫り、そして、見事足を絡ませ転ばせる事に成功した。しかも、一生に一度しか出来ぬ神業の如く男の足を怪我させる事無くだ。


 男は冷たい雨が撒かれた石畳に腹ばいに転んで滑って行く。

 同時に、抱えていたアタッシュケースが腕の中から離れ、男とは違うベクトルで石畳を滑って行く。そのアタッシュケースは男から見ても大事な持ち物であったようで、転びながらもアタッシュケースが何処へ行ったかと”きょろきょろ”と見まわしていた程だった。

 そして視線にアタッシュケースが入ると、咄嗟に起き上がりそれを拾い上げようと駆け寄ろうとする、が……。


 転んだことでアマベルとの距離はわずか数メートルとなり、さらにアタッシュケースに気を取られた事で、紙一重の距離にまで詰められてしまっていた。

 さすがの男もアマベルがすぐ側まで来ていると気が付き、アタッシュケースに手を伸ばすのを一度止めて、胸元に隠してあったナイフを握りアマベルへ鋭い切っ先を向けた。


「おっと、危ない!!」

「ちっ!しくったか!」


 男の首に手を回して、拘束しようとしていたアマベルであったが、男が取った見慣れぬ動作を見て、咄嗟に体を捻ってナイフの一撃を躱した。

 もし、そのまま男を拘束しようと飛び掛かっていたら、アマベルの首筋にナイフが突き立っていただろう。それを考えれば、とっさの判断が正しかった事と、追っていた男がかなりの実力者だとわかり、戦慄を覚えた。


(コイツ、ただの守銭奴の親玉じゃないな)


 こめかみから流れ出す汗が雨粒と共に頬を伝う。

 一瞬、雨粒が顔にかかったかと錯覚したが、敵の圧力プレッシャーから考えれば間違いであると理解する。

 アマベルが男からの圧力プレッシャーを感じていたが、その男もアマベルから圧力プレッシャーを感じていた。


(あの一撃を躱すとは、生半可な訓練を積んでないな。無事に逃げ切れるか……)


 男もまた、アマベルを脅威に感じていた。


 そして、アマベルもナイフを腰から抜いて、男へ一撃を食らわそうと対峙する。

 じりじりと男との距離を詰めつつ、ナイフを突き出すアマベル。顔面に向かいくる切っ先を半身だけ体を動かして躱す男。

 お返しにと横に一閃し頸動脈を切り裂こうとするが、体をわずかに後退させ切っ先から逃れるアマベル。咄嗟に躱したからか、僅かに距離が足りず、うっすらと首筋に赤い筋が現れる。

 ”プク”っと鮮血の球が赤い筋の上に幾つか生まれるが、ほとんど痛みを感じぬためかアマベルは再びナイフを繰り出し始める。


 アマベルは切っ先が男に浅く突き刺さる程の距離までしか近付かずにナイフを繰り出す。男が一閃した先程の一撃を警戒していた。たった半歩、それだけの遠い間合いで、男の攻撃は難なく躱す事が出来た。

 あとは男を動けなくするだけだとアマベルは男とり合うのであった。




「あれ~、これは何ですか~」


 アマベルが敵の親玉と死闘を繰り広げているところへ、何とも間の抜けたカーラの声が耳に届いた。雨の降りしきる中だったが、二人の耳に届くのは容易である程に近かった。

 そして、その声に二人が同時に顔を向けるのだが、そこで思わぬ行動を起こしたのは相手の方だった。


「お、俺のケース、返せぇぇぇ!!」


 アマベルと敵の親玉が戦っているところにカーラが遅れて駆け付け、息を整えていると石畳に無造作に転がっていたアタッシュケースを見つけた。それを手に取り、まじまじと眺めてから、カーラが声を出したのが実情だ。


 それを見た男は、アマベルと対峙してた事も忘れ、しかもナイフをも投げ捨てカーラへと駆けて迫る。獣や盗賊を相手にしているが、この男が迫り来る恐怖にカーラが思わぬ行動を取ったのだ。


「きゃ~~!来ないで~、え~!」


 男の行動に今まで対峙していたアマベルは足を動かす事も出来ず、カーラへ手を伸ばすだけしか出来なかった。

 迫り来る男に身の危険を感じたカーラは思わず杖を高く上げて、咄嗟に振り下ろした。


 その一撃はカーラが今までに杖を振った中で最高の一撃となり、”ボカン!”と辺り一面に鈍い音が鳴り響き、男の頭に大きなたんこぶを作り気絶させてしまった。

 その光景に、アマベルは”あっ!”と息をのみ、唖然として立ち尽くすのみだった。




「あんた、いい音させたわね。偶然?」


 咄嗟に振り下ろした杖での会心の一撃クリティカルヒットを見て駆け寄ったアマベルが称賛を送る。

 いつもは離れた場所からの援護で、杖を振る事など無かったはずだとアマベルは思った。


「い、今の見た!ぐ、偶然じゃないわよ!!」


 無い胸を張りながら、さも当然とばかりに自慢するカーラだったが、偶然に起きた会心の一撃クリティカルヒットである事は、アマベルにはすでに承知だった。

 生暖かい視線をカーラに向けながら、”はいはい、すごいね~”と、生返事をしながら気絶した男を後ろ手に縛り、逃げられない様にさらに首にもロープを結ぶ。


 投げた剣を拾って鞘に収め、カーラへと向き直る。


「そう言えば、その鞄には何が入っているの」

「開けてみようか?」


 逃げた敵の親玉が大事そうに抱えていたアタッシュケースである事から罠の類は無いと考え、開けてみる事にした。

 鍵もかかっておらず、ただ閉じていただけのアタッシュケースはカーラの操作で容易にロックが外れ、二人の眼前にその中身が露になった。


「何?これ」

「鍵?だよね」


 大事にアタッシュケースに収められていたのは豪華な装飾を施された金色に輝くカギだった。クッションがアタッシュケース全体に敷き詰められ、鍵が収まるだけの凹みが作られていただけの特注品。そこに鍵が鎮座しており、中身を期待していた二人には、ガッカリして肩を落としていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「屋敷の中は全て調べた?アンジュ、隠し通路とか、隠し部屋とか無い?」


 襲撃した屋敷を制圧したパティパトリシア姫達は生き残った敵を後ろ手に縛り、一か所に集めた後、屋敷を調べる様に指示を出していた。

 二十人程がいたと思われる屋敷はそれほど広くなく、全てを探すにはほとんど時間を必要としなかった。


 それよりも、正面から突入した団長達がパティパトリシア姫の下へたどり着くまでの方が時間が掛かった程である。

 騎士団全員が欠けずにパティパトリシア姫の下へと姿を現した時に、”ホッ”と胸を撫で下ろした。


(あとは、あの二人ね)


 敵の親玉を”追い掛けて”と指示を与えた二人が無事に帰ってくる事を願い、”がさごそ”と騎士達が探し回る屋敷へと意識を向ける。

 パティパトリシア姫が騎士達の働きぶりに感心していると、アンジュが秘密のドアを見つけたと彼女の下へと報告に来た。


「パティ様」

「”様”は、いらないわ。それで、アンジュ如何したの?」

「隠してあったドアを見付けましたので見て頂きたいと……」


 アンジュは敵の親玉が逃げて行った最後の隠し通路に、隠されたドアを見つけたと報告してきた。通路の脇にある貴重品が飾ってある棚が動き、鍵がかかったドアをアンジュは見つけていた。

 ただ、正式な手順で開けなければこの建物ごと崩れ去る仕組みの様で、手出し出来ないでいただけだ。


 当初の目的のカーラが盗られた石化症の薬もまだ見つかっていない事から、そのドアの奥にあるのではないかとパティパトリシア姫は直感で感じていた。


「そうなると、ドアを壊すなんて出来ないのね」

「そうですね。開けるための鍵があると思うのですが……」


 騎士達が屋敷中を探し回っているが、パティパトリシア姫の視線の先にあるのはガラクタばかりだ。敵の使っていた武器や防具、賭け事に使い散乱していた硬貨にちょっと良いラベルの付いた酒瓶、そんなのばかりだった。

 情報通りの屋敷であればお宝の一つや二つが転がっていてもおかしくないと思っていたのだが……。


「だとすれば、逃げた親玉が持っていた可能性が……」

「…はい、その可能性が強いと考えます」


 両手で頭を抱えて、何で二人だけに向かわせてしまったのかと後悔するパティパトリシア姫だった。




「親玉、捕まえてきましたよ!」

「お待たせしました~」


 パティパトリシア姫が頭を抱えて後悔の念にとらわれている所へ、親玉を追って屋敷から飛び出していたアマベルとカーラが戻ってきた。

 驚いた事に二人はそれぞれがロープを肩に巻いて、男を引きずって帰ってきた。

 気を失っているとは言え、その仕打ちにはさすがのパティパトリシア姫も唖然とするばかりだ。


「無事に戻ってきたか。二人の顔を見てホッとしたのは良いが……。何で引きずっているのだ?」

「何でって、重いし、濡れるし、それに、敵だったから?担いでる時に目を覚まされて暴れられたら嫌だっし」


 無事に戻ってきたは良いが、捕まえた敵の扱いにパティパトリシア姫はあんぐりと口を開け驚く。

 これがアンブローズだったら、有無を言わさずに肩に担いでかけていただろうと考えれば、向かわせる人選を間違えたと、さらに頭を抱えてしまう。


「そうそう、こんなの持ってたんだけど何処かで使う?」


 カーラが”ゴソゴソ”と鞄から取り出した豪華な鍵をパティパトリシア姫に見せる。アマベルもカーラもそれが何処で使うのか見当がつかなかったので、この場の責任者であるパティパトリシア姫に判断を委ねようとしていた。


「こ、これです!」

「これか?これで良いのか」


 突然、傍で見ていたアンジュが叫び声を上げてカーラの手を掴んだ。彼女が探していた鍵が目の前に現れたのだ、騒がしいのも当然だった。

 だが、アマベルとカーラはそれに付いて行けず、頭の中で”疑問符”が飛び交い混乱していた。


 そして、混乱しているカーラから鍵を奪い取ると、最後の隠しドアの前に駆けて行き、鍵を差し込んで錠を解除してドアを開けて行った。



※えっと、よくあるパターンですね(笑)

 ちょっとご都合主義が入ってます(笑)

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