第十四話 エルザ、事件を解決する

「ふっ、何を話していると思えば、人を犯人呼ばわり。大概にしてもらいたいですな!」


 人を馬鹿にしたような態度を取り、自らに向けられた言葉を否定する。

 それは当然であろう。証言と推理のみで犯人にしたてられるのであるのだから。


「だいたいな、何処の誰かも知らぬお前が、俺を犯人呼ばわりする事が失礼なんだよ。おい、お前ら、アイツを牢に閉じ込めておけ」


 その食堂スペースにいた船員数人がエルザを捕らえようと姿を現し、手を伸ばそうとしたが、エルザには届く事は無かった。


「ホイッと!!」


 エルザを捕まえようとした船員の一人が一メートル程に近づいた時である。彼女の後ろから音もなく姿を現した兼元が、船員の手首を掴み足を引っかけると、ものの見事にうつ伏せに倒し、腕を締め上げた。


 もう一人、エルザへ近づこうとした所、杖の上に陣取っていたコノハが迫り来る船員の顔目掛けて、勢い良く飛びつき、鋭い爪で引っかき回したのである。


 エルザはと言えば、陣取っていたコノハがいなくなった杖を両手で掴み、向かい来ようとする船員を蹴散らそうと構えたのである。


 たった二人であるが、あっという間に制圧されると、捕まえよう息まいていた船員も戦意を無くし、それ以上エルザに近づこうとはしなかった。

 そう、兼元に腕を締め上げられるのはまだしも、フクロウの鋭い爪に引っかかれるのは御免だと思ったのである。人であれば手加減も出来るが、手加減を知らぬフクロウであれば、顔が傷だらけ、血だらけで見るも無残な姿になってしまうと想像したのである。


「賢明な判断ね」


 兼元はそのまま船員を拘束していたが、エルザが杖で床板を”コンッ!”と打ち鳴らすと、コノハは騒ぎが終わった合図と見て、定位置の杖の先端へ”バサバサ”と舞い戻ってきた。だが、喧騒な雰囲気が続いている為に、体を膨らませて威嚇の姿勢を取り続けている。

 ”ギャーギャー”と鳴くコノハをなだめようと顔を向けるが、落ち着かぬ様子が続いており、しばらくそのまま放置する事にした。


「さて、話を続けさせて貰いましょうか」


 コノハへ向けていた顔を船長のベネット氏へ向け、先程していた話しの続きだと口を開く。


「確かに証言だけではちょっと苦しいわね。では、お聞きしますが、先程、私が皆様に見せた船員の服はどうでしょうか?兼元を犯人に仕立て上げるために鞄に忍ばせたみたいですが、誰が、どの様に用意できたのでしょうか?」


 兼元の鞄に忍び込ませてあった船員の服。恐らくはマードックか、もう一人の実行役が船室に忍び込んで鞄に放り込んだのだろう。だが、その制服は誰が用意したのかと考えればマードック等が用意したとは考え難い。


「もう一つ。五人目のマードックが殺された牢ですが、合鍵はどなたが管理しているのでしょうか?」


 そう、乗船客では牢を開ける鍵を借り受ける事も、開けてと頼み込む事さえ出来ぬのだ。そもそも、鍵を管理している船員は乗船客には秘密にされている。だとすれば、牢へ何の理由も無く進入出来る人は限られて来るだろう。


「まぁ、二つもあれば十分でしょうね。船員たちが自らの制服を着るには、船長から頂くしかないと証言もありますし、牢の鍵を持っている船員からは誰からも借りに来ないとの証言もありましたし」


 マードックが殺された後、船内を捜索するついでに、船員の生活や制服の入手方法、その他、規則なども聞いていたのだ。支給品であるがために、個人では複製は出来ても、全く同じ生地や裁縫を用いる事が出来ず、服の出所を断定出来たのだ。


「制服を用意できる立場で、マードックのいる牢へを開ける事が出来る。何よりも一人の時間が長い人物。これらすべてに条件に当てはまるのはやはり、船長!ベネット氏、あなただけです」


 エルザの言葉通り、複数の条件を兼ね揃えているのはもはや船長のベネット氏しかおらず、言い逃れが厳しい状況に追い込まれていった。


「もう、宜しいのではないですか?」

「認めてください、船長!!」

「そうです、どうしてこのような事を?」


 船員だけでなく、乗船客も船長のベネット氏の一挙手一投足に注目が集まる。

 彼はうつむき加減で床板を凝視し、肩を震わせている。腕を組んで何かを考えている様であったが、何も話さず悪戯に時が過ぎようとしていた。


 だが、その静まり返った空間にも終わりが訪れる。

 食堂スペースのドアが”バーン”と、勢い良く開かれると、一人の女性が何かを持って入ってきた。


「船長!!いい加減にしてください。素直に認めたらいかがですか?」

「あれ?副船長がいる」

「船橋はいいの?」

「誰が航路の指示を出しているんだ?」


 急ぎ入ってきた女性は副船長の【パール】さんであった。年齢もあと一歩で四十歳となるベテラン船員で、十代のころから船上で仕事をしてきた。その甲斐もあり、昨年、晴れて副船長へと昇格したのである。女性の船員が存在しない訳では無いが、結婚等により辞めてしまい、復帰する事が無いのである。

 パールはその珍しい復帰組であり、結婚し子供もいるのだ。


「船橋は航海士に頼みましたから、しばらくは大丈夫です。天候も波も問題ありません。それよりも、これは何なのですか?」


 五つほどの包みをベネット氏へと見せつける。

 それはエルザが取り出した包みと同じもので、睡眠薬と偽って渡したと見られる毒薬と同じであった。重要証拠とし見せつけられるが、ベネット氏は顔を上げようとせず、下を向いているだけである。


「副船長にお願いして、船長室を探しても貰ったのです。案の定、まだ残していたようですね。これこそが完全な物的証拠です」

「エルザさんに話を聞いた時は驚きました。ですが、人を殺していると聞き協力する事にしました。船長の机からこの包みが出た時は愕然としましたよ」


 この食堂スペースの会合の許可を取る為に船長と話をしていたが、その前に船長の犯した行為を告白し、船長室の捜索を打診していたのだ。それにより、食堂スペースへ船長が姿を現し、留守になった船長室へと入り込んでいたのだ。


「く、くく……」


 下を向いていたベネット氏が何かを呟くと、肩を震わせて大声で笑い出した。


「アーッハッハッハッハ!!ギャハハハ!!そりゃないわぁ!!」


 奇声に近い笑い声に目の前で包みを見せつけていた副船長のパールも何事が起こったのかとビクッと怯え、一歩後退りをした。それはパールだけでなく、そこにいた船員や乗船客も同様に怯えたのだ。

 それを見落とさなかったベネット氏は腰に隠し持っていた短剣ダガーを抜くとパールの首筋にピタリと付け、高い声で話し出す。


「まさか、僕の机をひっかきまわされるなんて思っても見なかったよ。パール君、さすがに君もやり過ぎたんだよ、わかるかな?」


 パールの首筋に短剣ダガーを突き付けたまま、彼女の後背へと回り込む。その時にうっかり手元が動いてしまい、四十路となるのにしわの無い綺麗な白い首筋にうっすらと血が滲み出る程の傷を付けてしまった。


「おっと、手元が狂った様だね。今のを見たかい?君達が動けばこの女の首に刃物が刺さるんだよ。動かないで貰いたいな」


 そして、パールを連れて食堂スペースを出て行こうとする。ドアの近くに陣取っていたために、誰の妨害も受けずに外へと出てしまった。

 動くなと言われたが、そのままでは拙いと思い、エルザと兼元はベネットを追いかける。その時に、乗船客や船員は追いかけようとするが、副船長のパールの命に危機が迫っているとして、その部屋に留まるようにエルザはお願いする。

 それを聞き、仕方ないと浮かべた腰を椅子に沈め直した。


 すぐに出ては副船長のパールの命が危ないと少し間を開け食堂スペースを出る。そして、ベネットの向かった先を見れば、後部甲板へゆっくりと歩む姿をその目に捉えるのであった。

 ベネットは全周囲に気を配っており、当然ながら食堂スペースから出たエルザ達にも気が付いていた。

 エルザには何か作戦があるようで、ベネットが視線から消えるまでその場で踏みとどまっていた。


「私は直接追いかけるわ。兼元は逆から回って欲しい。出来ればベネットから見えない様に行動してくれるとありがたいわ」

「承知した。エルザ殿が正面から囮になるで御座るな?」

「ええ、なるべく殺さずに捕まえましょう」


 それから、兼元と簡単な打ち合わせをすると、ベネットを追って後部甲板へと足を向けるのであった。




 後部甲板にエルザが到着すると、船尾付近でベネットがパールに短剣ダガーを首に突き付け、ゆっくりと歩み来るエルザを待ち受けていた。


「一人か?男はどうしたよ」

「あなたに答える義務は無いわ。それに、この船から逃げられないわよ、副船長を放して大人しく捕まりなさい!」


 この場にはエルザしか見えぬが、逃げる場所はこの船の中になく、捕まるだけだと悟らせようとした。

 船には連絡兼避難用の小型ボートが積まれているが、まだ沖合を航行中の船からは逃げられないだろう。

 もし、小型ボートで逃げたとしても、オールを漕ぐ力は有限であり、陸地までたどり着く前に空腹で力尽きてしまうだろう。


「だいたい、なんでこんな事をしたのよ。商売人の三組に信頼できる部下を潜り込ませるとか。手が込み過ぎているのよ!」

「ちっ!どこまで知ってるんだよ、お前は」

「三組の夫婦の旦那さんを殺して、奥さんを慰めてから再婚して、全てを奪う計画だったんでしょ。その位、わかるわよ」


 エルザが推測した計画はこの様になっていた。


 まず、三組それぞれを船に乗せる。

 本来は地元でも良かったが、密室になる場所、逃げられない場所を探したら船に行きついたのだろう。尤も、部下を纏めるボスが隠れ蓑として生活していたのが船員であり、出世して船長となっていたのだ。その地位を最大限利用したのが今回の計画の舞台であった。


 そして、三組の夫婦にかつらを身に着けさせる変装を促し、別々に出発させた。

 そして、ノルエガの街で観光等をして貰い、帰りにベネットが船長を務めるこの船に乗って貰う。


 ここまでは計画通りであり、順調に事は進んだ。

 それが狂ったのは兼元に犯人の役を押し付ける事に失敗した時からであった。


 本来であれば、三組の夫婦の旦那をあの世に送るつもりであった。一組目は上手く行ったが、犯人役を押し付けるつもりが失敗し、二組目の両人を殺してしまった。

 その後、エルザと兼元が事件を調べようと首を突っ込まれ、身動きが取れなくなって計画通りに全く進まなくなった。


 計画を進展させるにはエルザと兼元が邪魔だと結論になり、マードックともう一人を使い、二人を殺して計画を再び進めようとしたのだ。

 だが、これも失敗すると、二進も三進もにっちもさっちも行かなくなり、顔を見られたり、捕まった事から実行犯を手ずから屠ったのだ。


「とまぁ、これが私の推測なんだけど、間違っているところはあるかしら?」

「素晴らしい、見事な推理だね。まぁ、合ってると言ってもいいかな?」

「それはどうも」


 ちょこんと頭を下げて、すぐさまベネットへ顔を向ける。ベネットは言い当てられたと内心は怒りを孕んでいたが、この場で癇癪を起しても不利になるだけだと、平静を装う。


「さて、船長のベネット!」


 握り締めている杖を高く掲げ、杖をベネットに向ける。ベネットとの話に夢中であったエルザは、杖の先端にコノハが鎮座している事をうっかり忘れてしまい、杖を振ってしまった。そのおかげで、迷惑をこうむったコノハは天高く舞い上がり、円を描いて船上を飛び回る事になった。


「申し開きは無いのなら、大人しく捕まりなさい」

「断る!!というか、この状態で大人しく捕まるとでも思っているのか?」

「そうね、大人しく、副船長を放して貰えるとありがたいんだけどね」

「それは出来ない相談ってもんだね。魔法で僕だけを狙えるとでもいうのかな?」


 黒い魔石の付いた杖を振り回していれば、誰の目にも留まる。

 特に、エルザの持つ鈍い金色の杖は悪目立ちするのだ。

 そうなれば、当然、持ち主は魔法が使える事になる。

 しかも、隠し持つのでなければ、魔法の扱いに相当な自信を持つ事になる。


 だが、ベネットとパールが密着した状態で、威力を落とし二人同時に跳ね飛ばしたとしても、首元に突き付けられた短剣ダガーがパールの命を奪う可能性も捨てきれないのだ。

 すでにパールの首筋には赤い筋が付けられていて、船長の本気度を表しているのである。


 そんな中、エルザにはとある行動を起こした者が視界に入って来たのである。

 そして、エルザは大胆な行動に出るのであった。


「そうね、船長だけでもあの世に行ってもらいましょうか」


 杖を振り上げて”グルグル”と頭上で回し始める。ベネットはそれが魔法の合図かと体を強張らせたが、全く違う状況が訪れ、パールの首筋から短剣ダガーを放してしまう。


 ”ギャーギャー!!”


 ベネットに襲い掛かったのはエルザの魔法でなく、大空で円を描いていたコノハであった。本来は別の合図であったが、コノハの勘違いで攻撃になったしまった偶然なのである。


「ちっ!止めろ!!」


 コノハの襲来に驚いて、我武者羅に短剣ダガーを”ビュンビュン”と振り回す。

 コノハはすぐに危険が迫っていると本能で察知し、すぐに空高くに舞い上がった。そして、もう一つの人影が船長の後ろから突如現れ、首筋に手刀が綺麗に吸い込まれていったのである。


「ウグッ!」


 兼元の手刀により、ベネットは意識を手放し甲板へと倒れ込んだのであった。




※いきなり新しい人を出してごめんなさい。もしかしたら修正するかもです。(多分しないですwww)

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