第十三話 エルザ、お決まりの報告会を開催する
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エルザが小さく手を握りしめた日から二日、昼食が終わった食堂スペースに所狭しと乗船客が集まっている。一般の乗船客のみでなく、第一下層のお金持ちの乗船客もすべて集まっていた。
乗船客に加え、手隙の船員や船長も集まっていた。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
身長百八十五センチのエルザが挨拶と共に深々と頭を下げる。手にした杖にはコノハも乗っており、一緒に頭を下げるなど、可愛らしい仕草を見せていた。
船に乗ってすでに十二日目ともあれば、暇を持て余し寝るか釣りを楽しむか、その位しか楽しみが無くなってきていた。
その中で、興味深い話が聞けるとあれば、暇を潰すためだけに集まるのは当然であった。
「御託はいいからさっさと始めろよ!!」
イライラし始めた乗船客の中から野次が飛び始める。昼食を食べ終わり、そのままでは寝てしまうからと、話しを進めろとの合図でもあった。
さすがに寝てしまうのは集まってもらった乗船客に申し訳ないと、早速話しを始める事にした。
「それでは始めます。まず、この船で乗船客が何人亡くなったか、ご存知でしょうか?」
噂も含めてだが、その人数は乗船客の耳に届いているはずである。
「四人だろ」
「そうそう、四人って聞いたわよ」
誰が叫んだか、”四人”と叫び声が聞こえると、他の乗船客からもそれを肯定する声がそこかしこから聞こえて来る。
そう、噂は四人で正解なのである。だが、エルザはそれ受けて話しを続ける。
「それでは、答え合わせをしてみましょう」
”コツコツ”と足音を立てて、一人の女性に歩みより、口を開いた。
「一人目はこちらにおります、マレット婦人の旦那さんであるジェイク=マレット氏です。ご冥福をお祈りします」
そういうと、エルザはマレット婦人に頭を下げる。
「死因は毒殺です」
そして、エルザは元の位置に戻り説明を続ける。
「これが、その薬と同じ物です」
何処からか小さな紙の包みを取り出し、それを高く掲げる。大きさは手のひらに収まるほどで約三センチ四方だ。しっかりと包まれており、内容物がこぼれ出ないようになっている。
「何者かが船員になりすまし、ジェイク=マレット氏にこの包みを睡眠薬と偽って渡したと推測します。それを飲んで明け方までに亡くなったのです」
そして、一着の服を取り出し、それも高く掲げる。それに少しでも反応した者がいないか、乗船客に目を光らせる。とは言え、見張るのはただ一人で、全てを見渡すのはある種のカモフラージュであるのだ。
「これはそこにいる兼元を犯人に仕立てる為に、彼のバッグに押し込められた証拠品です。このポケットに包みは入っていました。一目見ればわかりますが、船員達に支給されている制服と全く同じです」
どれ程の体格の持ち主が適当なのかをわからせるために、一度兼元に合わせてみる。丈はピッタリであったが、筋肉質の兼元には少しキツイと見られた。
そして、その服を畳み、話を続ける。
「二人目と三人目は残念な事に、夫婦そろって凶刃の餌食となったピアソン夫妻です。誰かから盗んだ剣を使って凶行に及びました」
証拠の剣はエルザが持ち合わせておらず、船員が部屋の隅に置いてある箱から取り出した。遺体確認の後、抜いて船員が証拠として押収し保管していたのだ。証拠品とするために血を拭き取りもせずに。
長さが約六十センチの刀身を持つ剣を高く掲げると、一人の乗船客が声を上げる。
「あ、おれの剣だ。なんでそんな所にあるんだ?」
それは、兼元の隣の船室を割り当てられた乗船客であった。鞘を残して剣のみが何処かへ消えてしまったらしく、半分諦めかけていたところだった。だが、本人の知らぬ所で殺人に使われ、今更、腰に戻すには気が引けると戻されるのを断った。
彼は船を降りたら、剣を新調するそうである。
「そして、四人目となる訳ですが……。その前に」
そこにいる全ての乗船客をぐるっと見渡して、誰の耳にも届かなかった事実を話した、一人を除いて。
「この兼元と私、エルザは命を狙われました」
そして、誰もが驚愕の表情を浮かべ、ざわざわとその場が騒然とするのである。その中でも無表情のまま、涼しい顔をしているのは事実を知っているただ一人、この船の船長であった。
エルザは、船室に侵入されたが、その犯人を捕まえ
「船長にはお話ししましたが、私の部屋に進入した犯人は、四人目の被害者であるマードックと言う男でした」
ざわついていたその場が一瞬にして静かになる。誰もが息を飲み込み、エルザを見つめる。
「と、ここまでで四人の方が亡くなっています。四人目の死因は後に話すとしまして、もう一つ、重要な事を皆様に話さなければなりません」
エルザが勿体ぶった口調で一度、口を閉じて話しを止める。少し歩きまわって、そろそろいいかなと再び口を開く。
「実はもう一人、亡くなっているのです。当然、五人目なのですが……」
五人目と口にしたところで、その場にいた全ての乗船客と船員、そして、船長までが驚きの表情を見せたのだ。乗船客と船員はただ、五人もの人が亡くなった事に驚いたが、船長は別に意味で驚いたのである。
「四人目が殺された日ですが、海で何かの音がしたと見張りの船員が報告していたようですが、下らない事を報告するなと怒られたようです。そうですよね、船長」
「それが何だというのだ?たかが報告ではないか」
「ええ、ただの報告なのです。船長もそのように思われたのではないですか?」
報告は報告だ、それ以上でもないだろうと、”それが当然だろう”と船長は考えていたが、エルザはそれが当然とは思えなかった。
「ええ、ただの報告ですからね。ですが、
「それ以外に答えがあるというのか?」
「ええ、間違いなく。それではお答えしましょう。どの様な音なら高い
音が聞こえたのなら、それが正解なのだろう、と口を開くと”それがどうしたのだ”と冷たい目を向ける。
「まぁ、これは音の発生場所を示すだけの推測でしかありえませんよ。ですが、ここからもう一つの殺人があったと証明しなければなりません」
「そんな事があるものか」
「いえ、殺されたかどうかは不明ですが、確実に一人はいなくなっています、この船上から」
エルザは中央から移動し、兼元の側へ足を運ぶと、彼の肩に手を乗せて口を開く。
「で、最期の一人ですが……」
「ここからは拙者が説明するで御座る」
エルザに代わり、中央に兼元が陣取り話を続ける。先ほどまでのエルザと違い、身長が低いので、”見えないぞ”と、野次が飛ぶが、言われ慣れているのか無視して話を始めた。
「拙者も命を狙われたで御座る。それもエルザ殿の部屋にマードックが侵入した数時間前の夕食時にで御座る。この時、拙者は疲れてベッドで寝ており、夕食時になったと気が付かなかったのだ。そこへ、一人の男が鍵を開けて忍び込み、寝首を掻こうとしたので御座る」
そして、一本のナイフを取り出し、高く掲げる。
「これが侵入者が手にしていたナイフで御座る」
そのナイフ、一見しただけでは何処にでも売っているナイフであるが、実は使い込まれ、手入れも完璧だった。
「だが、このナイフで拙者の寝首を掻こうとした侵入者は、それから誰の目にも止まらず、存在自体が希薄となったで御座る」
ナイフを仕舞い、さらに続ける。
「そこで、見張りをしていた船員の証言を思い出し、当日以降の行動を当てめてみたで御座るよ。そうすると、乗船客の一人が部屋にも戻らず、船員の目からも逃れ、二日も何処かに隠れているなどあり得るだろうかと。食料も調達できなければ何処かで倒れていても不思議ではないで御座る」
「確かにそうだが、それと関係があるのか?」
「それにもう一つ、重要な証言を船員から手に入れたで御座る。お願いするで御座るよ」
食堂スペースの入り口へ向け兼元が声を掛けると、一人の船員、着ている服はボロボロで、服を支給されていないのではないかと思われるような格好をした男が出て来た。
「彼はこの船の清掃員として雇われたそうです。隅から隅まで掃除するのが彼の仕事だそうです。それでは、話をしていただけますね」
「はい」
食堂スペースに入ってきて、その場で重要事項を語り出した。
「清掃していた時の話です。当然ながら明るいときに清掃しなければ汚れが見えないので昼間に行うのです。二日前の事です。私は後部甲板を清掃する様に言われ、一生懸命汚れを落としていました。ですが、一か所、黒くなった血が甲板にこびりついているのを見付けました。清掃仲間にその汚れを知らないかと尋ねて見たのですが、誰も知らないと言われました。リーダーに報告しても、汚れが落ちたならいいじゃないかと言われ、私はそれで終わったのです」
多少、どもりながらも、証言して欲しい事は全て口から発せられ、結果に兼元もエルザも満足した様で、うんうんと頷いていた。
「彼の話を聞いたのは偶然で御座った。甲板を何気なく歩いていたら、彼がぶつぶつと何かを口にしながら清掃していたので御座る。申し訳ないと思いながらも聞き耳を立てていたら、汚れの事を口にしていて、これは話を聞くべきだと感じ、彼と話をしたので御座る」
清掃員との接触した経緯を皆に説明し、そこから導き出された結論を大げさな身振り手振りを加えて話す。
「どれだけ血が流れていたかは、彼の証言に基づき予想して見たが、かなりの血液を失っていたと想像できます。しかも、今、この船上にそれだけの怪我を負った乗船客、船員がいない事実だけが残りました」
清掃員の側にいたエルザが、彼の両肩に手を乗せながら事実を述べる。
「そこから考えれば、拙者を襲った侵入者は何者かに殺され、海に捨てられたと結論付けたので御座る」
最後に、兼元がそこから導き出した結論を皆に話す。
その場にいた全員が固唾を飲み、そんな事があった事など知らないとざわざわと騒ぎ出し、信じられないとの表情をしていた。
だが、最期の一人の遺体が見つからないのであれば、想像の範囲を越えないと疑う者も現れた。それは誰かと言えば、先程からエルザや兼元から質疑応答に駆り出されたこの船の船長である。
「遺体が無ければわかる訳無いじゃないか。だいたい、誰が
船長が一気に言葉を吐き出し悦に浸っていたが、冷静になって食堂スペースを見渡すと、何故か彼に向けられる視線が憐れむようであると気が付いた。
「さて皆さん。今の言葉をお聞きしましたね。私は殺されたと言いましたが、どの様な
一度言葉を区切ると、何処かから”そうだそうだ”との声が聞こえて来る。
「それに私と兼元が船長室で事情聴取を受けているときに、マードックが殺された状況を”
船長室のやり取りの一部がエルザの口から伝えられると、その場が喧騒に包まれ、船長へ向けて、”真実を明らかにしろ”と声が聞こえて来る。それに加え、兼元も、その場に同席していた船員も、そう言えば言ってたと思い出していた。
「それで、四人目と五人目に亡くなった者達ですが……。四人目は撲殺されて海に投げ込まれ、五人目は牢で胸を貫かれた殺されたのです」
そして、喧騒が収まり、エルザから船長に向けて最期の言葉が向けられた。
「申し開きは出来ません。ジェイク=マレット氏とピアソン夫妻を殺した実行犯を裏で操り、その実行犯二人を手ずから屠った犯人。それは、そこにいるこの船の船長、ベネットさん、あなたです!!」
エルザは指を船長のベネットに向けて、衝撃の一言を叫んだのであった。
※多少、文章に出てきていない人物もいますが許してください。
出しちゃうと、この文章が……。
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