第十二話 エルザ、疑われる

 ぷかぷかと葉巻の煙を浮かべていると、ドアをノックする音が耳に入って来た。


「船長、お二人をお連れしました」

「おう、入ってもらえ」


 ガチャリとドアが開くと、船員と共に二人の男女、それも凸凹コンビが姿を現した。身長が百八十五センチもあるエルザとそれよりも二十センチ低い兼元の二人であった。


「二人はこちらへ座ってくれ。お前もそこで待機してろ」

「はっ!」


 船長のテーブルの前に二つの椅子が並べられ、指示をされた二人はそれに腰を下ろす。案内した船員は指示通り、ドアを閉め船長室の中で休めの姿勢で入り口を塞ぐ。エルザと兼元の二人が逃げ出さないようにとの牽制と、ドアから入られない用にとの配慮の為である。


「さて、お二人にお越しいただいたのですが、何故かわかりますか?」

「何かあの男が喋りましたか?」

「それだと良いのですがねぇ……」


 船長の口から漏れる言葉に何らかの意図を感じた。まさか、自分達が疑われているのかとエルザは考えるが、マードックを消し炭にしたでもなければ、食事時以外は部屋に籠っていたので疑われるのは心外であるとも思える。

 しかし、船長の口から出た言葉にエルザも兼元も驚きを隠せず、ただ、呆然とするだけであった。


「マードックが殺されたよ」


 船長が小さく吐き出した一言にエルザも兼元も目を大きく見開き驚きの表情を見せた。まだ何も喋っておらず、牢に保護されていたマードックが殺されるなど思いがけない事だった。

 それにもう一つ、船長の口ぶりから察すれば、疑われていると感じざるを得ず、今は口を閉ざすしかなかった。


「……何か言いたい事はあるか?」


 どの様に説明すればわかって貰えるかと、エルザも兼元も頭をひねり考える。

 何故、自分達二人が実行犯だと疑いの目を向けるのか?また、初めから結論ありきで呼ばれたのではないかとの疑問を持ち始める。

 先程は口を閉ざそうと考えていたが、起こしてもいない犯行を認めるほど、エルザも兼元も往生際が良い訳でもない。それに、おおよその犯人がわかっている今、ここで自由を奪われる訳にはいかなかった。


「一つお聞きしますが、何時いつ、マードックが殺されたのですか?」

「拙者もそれを知りたい。牢の住人に会わせないのはお主が命令した事であろう。それを我らが破るとでも思っていたで御座るか?」

「ふん、口では何とでも言えよう」


 ”ぷか~”と、葉巻の煙を吐き出し、再び命令口調で話しだす。


「知っているくせに聞くのだな」

「いえ、知らないから聞くのですよ。そもそも、マードックが殺されたなど、この場で初めて耳にしましたよ」

「それにで御座る、拙者らが殺して、何の利益になりましょうや?」

「ええい、口答えするな!」


 船長が兼元に怒りを向けるが、ドアの側に立つ船員からの珍しい物を見た様な目を向けられると、冷静になったふりをしてエルザの質問に答える。


「まぁ、いい。殺されたのは今朝方だ。当然誰もが寝静まっている時だ。場所は牢の中だ。胸を一突きに殺されていた」

「牢の中で殺されたのですか?」

「そうだ、所を一突きだ」


 兼元であれば胸を一突きにして相手を屠るなど造作も無い事だとわかる。エルザはどうかと言えば、男の胸を一突きとは少し無理があるかもしれない。魔法を使い燃やそうかと炎を手に出現させたまでは事実であったが、一突きに殺すのは無理があり過ぎる。


 それとは別に、ドアの前に立つ船員が一つ、報告していない事を、いや、確認できていない事実を船長が口にしたことに内心で驚いた。


「もう一つ、船長にお聞きしたいことがあるで御座る」

「ほう、何だね」

「一突きにした凶器は、何で御座ろうか?」


 聞くのが遅くなったが、疑いを晴らすためには船長が話さない情報を引き出す必要がある。疑っているのであれば積極的に話す事は無いはずだ。

 そして、船長の口からはたったの一言であった。


「シミターである」

「シミター?で御座るか?」

「そうだ」

「拙者は使った事ないで御座る。エルザ殿はどうで御座るか?」

「私も無いわ。武器はレイピアを使ってるだけだし。そこの船員さん、あなたは使ったことある?」


 刀身が湾曲していて肉を切り裂く武器であるが、兼元の使う太刀や脇差とも湾曲度合いや長さが異なる。それに頑丈さも異なり、丈夫な直刀などとの打ち合いも苦手であろう。

 兼元は知識としてシミターを知っていたが、胸を突き刺して殺そうなどしようとも思わぬのだ。それに、シミターであれば、振り回して首を刎ねた方が簡単と思っていたからである。


 さらに、エルザが顔を向けて話を振り、答えを求めた船員はどうのような答えを口にしようかと考えたが、嘘をついても仕方ないとありのままを口にした。


「私達はシミターと言う剣類は船の装備にはありません。船員はそのシミターを知る者は少ないはずです。私は……」

「おいっ!!お前は黙っていろ!」


 エルザの質問に答えている最中に、船長が大声で口を挟み発言を急いで止めた。

 エルザと兼元が大声の主に顔を戻すと、立ち上がって顔を真っ赤にした船長が鬼のような形相で睨んでいた。

 彼の怒号には怒りを孕んでおり、強引に何かを隠したいのかと思えるのだった。


「船長、何を隠しているのですか?」

「……」


 エルザが大声の主に答えを求めるが、椅子にもたれ憔悴しきり何も話したくないと天井を仰ぎ見ていた。そして、何も口から発せず、手を振り部屋から出て行くようにと合図を送った。

 エルザと兼元は船長室へと呼ばれ、マードックを殺した犯人と疑われた。そして怒号を浴びせられ散々な目に遭い、何も言う前に部屋を追い出される事になった。二人もそうだが、ドアの側で船長の一挙手一投足を眺めていた船員も怒りを向けられたことに戸惑い、そしていつもらしからぬ船長の行動に猜疑心を抱いていた。


「それでは、これで失礼します」

「失礼するで御座るよ。また話が出来ると良いで御座るな」


 顔を向けぬ船長へ一言ずつ言葉を掛けて船長室を後にする。

 そして、自室へと向かうかと思ったが、二人は同時に退出した船員を伴い、前部甲板へと足を向けた。


 青い空に真っ白い雲がぷかぷかと浮かび、青と白の優しいコントラストが目に入る。海を掻き分けて進む船は風も切り裂き、甲板にいる全ての者に等しく風が頬を吹き抜けてゆく。

 エルザの長い銀色の髪が風になびき、降り注ぐ太陽の光に輝き、それを見た誰をも魅了して行く。耳元の髪を指でそっと触ると、横から見上げる兼元でさえもドキッと心を揺さぶられる。


 魅せられてはいけないと、頭を振り頭の中からエルザの姿を忘れようとする。それでも頭から離れずにいると、仕方ないと別の話題に強引に切り替えるのだった。


「そう言えば、船員殿。幾つか聞いても良いで御座るか?」

「話してよい事であれば」

「それでは、失礼して」


 兼元は一緒に甲板に出てきた船員に、船長室で疑問に感じ船長へ聞けなかった事を質問する事にした。そして、メモ帳を取り出し、書ける準備をしてから口を開く。


「牢に入っていたマードックは牢の奥、その場で殺されたのか、わかるで御座るか?」

「ええ、その場所で殺されたと思います。流れ出た血がマードックの下にしかありませんでしたから」

「なるほど」


 兼元はメモ帳に筆を走らせる。マードックから流れた血液が、格子の側から奥に向かって痕跡が見えないとの事であるのだ。格子にマードックが体を添わせた状態で、胸を貫かれていないとわかればそれで良い。


「そうすると、牢へ入らないと殺せないで御座るな」

「ええ、そうです。ただ、牢に人を閉じ込めているときは、担当の船員が鍵を首からぶら下げているので侵入は無理ですね。船員を買収すれば別ですが」


 そう、牢の中へ侵入しなければマードックを殺すなど出来ないと証明しているのだ。

 それに加え、重要な情報を船員がうっかりと口にしたのだ。牢の中に入るには、鍵を持つ船員に借りなければならぬと。


「その担当さんって、決まってるの?」

「いえ、誰がなるかはその時に船長が決めます」

「それなら、事前に買収って出来ないわね」


 鍵を持つ船員がその時の気持ちで決まるのであれば、全ての船員を買収しなければ無理であろう。ただし、船長を買収できれば別である。

 だが、船長を買収するにはかなりの金額が必要になろう。報酬を何倍も上回らなければ買収は出来ないだろうし、それだけの金額を用意するにはエルザも兼元も無理だ。要するに、エルザも兼元も、船長はおろか、船員を買収など出来る筈も無いのだ。


「予備の鍵は誰が持っているのかしら?」

「それはお答えできかねます。それが知れたら、船の基幹部分に誰でも入れてしまいますから」

「そりゃそうよね」


 牢の鍵はともかく、船のいたる所にある解放厳禁でロックされたドアを開けるには鍵を解除する必要がある。

 たとえば、船橋せんきょうの操舵輪と船尾にある舵を結ぶ仕組みのメンテナンスハッチがそれにあたる。そこに入るには機関士長の持つ鍵が必要となっているのだ。

 機関士長の様に本来は責任者が持つのであるが、牢だけはなぜか船長がその時に決めた船員に渡す事になっており、船員も不思議と思っていた。船長が責任を持って管理すればよいのだが、船長だけを狙われる可能性があり、船会社の規定で決まっているらしい。ちなみに、牢の鍵を預ける人員は長の付く役職有の船員に限られるのだが、それは社外秘になっている。


(とすれば、怪しいのはやはりあの人だけね。なぜ、殺されたときの状況を知っているのか疑問だったけど、今なら理由がわかるわね)


 予備の鍵を持つ人物、それが誰だか、エルザは今までの情報でわかった様だ。

 マードックを殺した人物は、牢に何時でも進入出来、胸を貫く状況を知り得る人物である。うっかりと言葉を漏らしたようだが、しっかりとエルザは言葉を聞いたのだ。


 マレット氏を毒殺し、ピアソン夫妻を惨殺し、そして、マードックまでをも殺した、影から実行犯を操る人物が一人だけエルザの頭に浮かんだのだ。

 その人物とは……。


「そうそう、一つ思い出しました」


 その人物を頭に思い浮かべようとしたところを船員がエルザ達に向かって声を出した。エルザの思考はそこで途切れたが、重要な事を話し始めた。


「なにか気になる事でもあるで御座るか?」

「ええ、船長に報告はしたのですが、”気にするな”の一言で袖にされたので、あまり重要ではないのですがね」


 先程の船長の態度が気に食わなかったのか、愚痴を漏らした。


「昨夜の事ですが、何かが海に投げ込まれる音を聞いたと見張りが言ってましてね。それを報告したのですが、”下らない事をいちいち報告するな”と、怒られました。今朝の船長は心ここにあらずと見て取れまして、少し怖いと感じましたね」

「ふ~ん」


 その報告は確かに人が牢で殺されたことに比べれば小さな事であった。


 昨晩の日付が変わった頃である。帆柱マストで当直に当たっていた船員が進行方向左で、魚が跳ねた様な小さな音が耳に入って来たというのだ。船が進み風切音が常に耳に入ってくる様な状況で、小さな音が聞こえるのは非常に稀であろう。

 その音の主を見ようと海を覗き込んだが、その時は月明かりも頼れず波紋も何も見ることが出来なかったと言う。


 その後、見張りの後ろ、進行方向右に先ほどよりも大きな音が聞こえてきた。先ほどの音よりも大きく、もっと重い魚、釣り上げるのに労力を要するような巨大な魚が跳ねたのかと感じ、左の海から振り向いて、右の海を覗き込んだ。

 やはり、先程と同じで音の主を見る事も、波紋を感じることも出来ずにいたらしい。


 普段の見張りで音が魚が跳ねた音が耳に届く事は少なく、珍しいと思い日誌に書き込み船長へ報告をした。


「なるほど。珍しく見張りの耳に音が入ったから報告したと言うのか。少し気になるな」

「エルザ殿、何が気になるで御座る?拙者は何もわからなかったで御座るが」

「まぁ、説明しなければ、わからないでしょうね」


 ピンとこない兼元へ意地悪とも思える様に話す。尤も、最後の確認をしなければならず、説明するのはそれが終わってからである、とも思ったのだ。


「最期に一つ、確認する事が残っている。船員さん、最後に一つ、聞いても良いかな?」

「ええ、わかる事だったら」


 エルザは最後の確認だと、船員にそれを聞くのである。

 そして、船員の口からその答えを聞くと、うんうんと頷き納得するのである。


「やはり、そうだったのね。あの人が陰から犯人を操っていたのよ。さぁ、これから忙しくなるわよ」


 小さく手を握り締めると、エルザはニヤリと笑みをこぼした。そして、船長に次ぐこの船の責任者に協力を仰ぐべく、その場を急ぎ後にした。



※あと数話で決着です。

 あの人が首謀者ですよ。お分かりの筈ですwww

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