第十一話 とある男の悪巧み

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 エルザと兼元がマードックを捕まえ、尋問まがいの暴力リンチを振るおうとしてからすでに二日が経過していた。

 あと六日もすれば次の立ち寄り先へと入港し、犯人が逃走してしまう可能性が捨てきれず、何か手掛かりは無いかと船の中を隅から隅まで探索をしていた。それにもかかわらず、何の手がかりも得られず、気持ちが焦るばかりであった。


 マードックとの格子越しの面会でも一言も語らず時間だけがいたずらに過ぎ、悶々とした気持ちを胸いっぱいに育てるだけであった。

 格子に守られ触られる事も出来ぬマードックは、言葉を発しないばかりか、したり顔で挑発をしてくる始末である。その行為に、仏の顔をしていた二人であったが、堪忍袋の緒が切れたエルザは魔法でこんがりと焦がしてしてしまおうかと思えたほどであった。

 傍らにいた船員が気付き、寸前で止めさせたのでマードックは焼かれずに済んだが、魔法を放とうとしたエルザと、とばっちりを受けた兼元は面会禁止となってしまい、二進も三進も行かぬ状況に置かれてしまった。

 これ自体は身から出た錆であり、エルザは如何する事も出来ず頭を掻いて誤魔化すしかなかった。


 他の乗船客はと言えば、人が殺された事に無関心であった。話題には上っていたが、それ以上、噂になる事は無かったようだ。

 残されたマレット婦人とスターク夫妻の三人にとっては話題に上がらす”ホッ”と胸を撫で下ろしていた様であったが……。




 エルザと兼元の調査が進まぬところで、次の事件が起きようとしていた。エルザ達がマードックとの面会を禁止を言い渡されたその日の深夜の事である。


「ボスぅ。これからどうするんですかい?」


 いつものボスと打ち合わせをする、暗闇が支配する部屋の中、テーブルを挟んで男が二人向かい合っていた。一人は心配そうな表情をして指示を待っている様であり、もう一人は余裕を持ったニヤケた表情を見せて、葉巻に火を付けて煙を楽しみ口から吐きだした煙を輪にして遊んでいた。


「どうするって、お前たちが失敗したから悩んでいるんじゃねぇか。お前も何か手を考えろ」

「わかってるんですが、アレを使うのも失敗したし、武器も取られちまったから……」

「いつもはその場で武器を調達してるんだろう。その通りにしたらどうなんだ?」


 自らの獲物武器は使わず、何処かで手に入れた武器を手に寝首を掻くのが、この心配そうにする男の常套手段であった。その他にも仲間から貰い受けた薬を使った毒殺も手段として持ち合わせているが、今は毒薬をボスに取り上げられてしまい手段としては使えない。

 実際は一つだけ手元に残しているが、最悪の場合に自決用として残されているので使用出来ないのだ。


「でも、アイツら隙が無さすぎるんですよ。寝ていてもナイフを避ける奴に敵わないっす」

「今までだって同じように寝首を掻いて来ただろう。いつも通りに何故出来ない?」


 ”だって”や”でも”と言い訳をする男に、仕方ないとボスが重い口を開く。

 とは言いながらも、暗闇でうかがえぬボスの顔にはニヤリと口元が緩んでいたのであった。


「だったら、俺が手伝ってやる。武器を貸してやるから付いて来い」

「へい」


 そして、二人が向かった場所は、船の後部甲板である。しかも、そこは帆柱マストの見張りから死角になる場所であり、船員からの視線が唯一遮られる場所であった。


「ここを動くなよ。渡す獲物武器を持ってくるからな」

「わ、わかりやした」


 男は暗闇に消えゆくボスを見送り、誰もいない甲板で一人寂しくボスの帰りを待つのであった。

 暗闇が支配する夜の船上とはいえ、厚い雲に遮られては特徴のある二つの月からの光も期待できず、瞬く星も見えなければ切り裂かれる海の音に耳を傾けるしかない。その音に耳を向けて時間が経つのを忘れようとしたときに、男の後ろから”コツコツ”と耳慣れた足音が聞こえて来た。


「ボスぅ、何やってたんですか?遅かった……うっ!!」


 振り向いた男の頭に、鈍器が振り下ろされ、叫び声を上げる間もなく意識を失っていった。

 男が何を見て息をのんだのか、それは当然ながら視線の先に立っていた人物であろう。

 顔全体を隠す白いマスクに紺色の外套。そして、硬質な足音を立てる無骨なブーツを履いていれば、予想もしない姿に息をのむのも当然であろう。

 さらに、黒い鈍器は暗闇に溶け込み振り下ろされる軌道も目に写らないだろう。


 男が頭から”ドクドク”と血を流し甲板に横たわる姿を見て、白マスクは上手く行ったと満足気に息を吐いた。

 まずは、握った鈍器を処分しようと左舷から海へと力の限り投げ放った。

 黒い鈍器は暗闇の中、白マスクにしか認識できぬ綺麗な放物線を描いて、”トプン”と海に吸い込まれる。


 そしてもう一つ、甲板に横たわる男を処分すべく、今度は右舷に移動すると手すりを越え、男をゆっくりと海の中へと入水させる。”ドブン”と耳に届く音が聞こえたが、すぐさま身を隠したために白マスクの姿を見た者は皆無であった。

 身を隠した場所は自らの船室であったので、すぐさま白マスクと外套、そしてブーツを脱ぎ去り装備箱へ隠すと、ボスの姿に瞬時で変わると、寝間着に着替えてベッドで横になったのである。


 ここで彼は一つ、大きなミスを犯していた。だが、それがわかるのはもう数日先の事である。




 ベッドへ入り布団を被るとすぐに寝入ってしまい、目が覚めた時には寝過ごしたと慌てて布団を跳ね飛ばす。急いで飛び起き、靴も履かずに船窓に近づき、、そこを覗けば水平線がうっすらと白み始めた光景が目に飛び込み、予定が大幅に狂ったと呟く。

 紺色の外套と目元を隠す黒いマスクを被ると音の立ち難いブーツを履くと、幅広い剣と予備の鍵束を手に取り部屋を後にして、船の最下層にある牢へ急ぎ目指す。


 誰にも遭う事も無く牢へと無事に牢へとたどり着く。この時間は牢の入り口も閉まり船員の見張りは誰もいない。鍵束から目的の鍵を取り出し入り口のドアを開けて牢の前へと足を運ぶ。

 牢の中にはスキンヘッドになったマードックが毛布にくるまり、幸せそうな表情をみせて”グーグー”と鼾を立てている。寝入る彼に拳骨をめり込まそうと考えるが、これからしなければならぬ事を考えればそれは出来ぬと頭を落ち着かせる。


 鍵束から牢の鍵を選び出し、牢の鍵を開け中へ入り、マードックの側へと足を運ぶ。床板が”ギーギー”ときしむ音を立てるが、船体からのきしみ音が子守唄となってマードックを夢の世界へと旅立たせているので、耳に届いていない様であった。

 これは幸いとゆっくりと自室より持ちだした使い捨て目的で購入した湾曲した剣、--両手持ちのシミター--を鞘から抜き、柄を両手でつかむとマードックの胸の中央へと刃を向ける。


(悪いがお前はもう必要ないのだよ)


 シミターに体重を掛けてマードックの胸に突き立てると、あっと言う間に胸から背中まで貫通し床板へと到達した。体重を掛けた事でシミターが通過した体内では骨を切断し、心臓を真っ二つに切り裂いていた。

 当然ながらマードックは息を引き取るのだが、寝ていた為にうめき声一つ上げる事無く、安らかな顔のままで旅立って行った。


 突き刺さったままのシミターをその場に残し、開けた入り口二つを元に戻して、意気揚々と自室へと戻って行った。

 自室へ帰る彼は、軽やかな足取りと笑顔を見せていたが、誰にも遭わずにいたので気が付かれる事は無かった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「船長!!船長ぉー!!!大変です起きて下さーい」


 明け方に一仕事を終え、つい先程ベッドで寝入ったばかりの船長だったが、ドアをけたたましく叩かれ大声で叫ぶ声に強引に起こされた。自分を呼ぶほど事件が起こるはずも無く、寝入ってる時は副船長に報告するようにと指示を出していた筈だった。

 部屋のドアを叩いているのは副船長に指示されたとみるべきだろうと、仕方なしにベッドから起き寝間着の上に制服を羽織ってドアを開けた。


「どうした、何があった」


 まだ寝足りず、気を抜くと腑抜けた声を出しそうであったが、そこは上に立つ者の務め、”キリッ”と普段通りの顔をして、威厳たっぷりに答えた。


「船長、朝早くすみません。船倉の牢に入れていた乗船客が殺されましたぁ!!」

「な、な、何だとおぉぉぉぉ!!」


 船長は自らが保護し牢へと隔離したマードックが殺された報告に、驚いて見せた、しかも、大げさにである。

 わざとらしい船長の反応は、あまりの報告に予想もしなかった事だと思われたようで、船員は肯定的に捉えた様だ。沈着冷静で表情を表に現さない船長の驚き様にびっくりしたというのが正直なところであろう。


「やはり船長も驚きますか?それよりもです、殺され方が酷く胸を一突きにされているんです」

「それは大変だ、早速見に行かなければ!!」

「……??船長は見なくてもよろしいのですが……。本当に見るんですか?」

「あ、当たり前だ。私が保護したのだぞ。せ、責任者が見なくてどうするのだ」


 船員から現場を見るのかと聞かれ、”ドキッ”と心臓が跳ねるが、それを悟られないようにとどもりながら答える。船を預かる責任者としては、船長室や船橋を離れて欲しくないと船員は思ったのだが、船長が見ると言うのであれば反対できずに案内するしかなかった。

 ただ、この航海中に三人が死んでいるが、今回ほどの反応を見せた事は無かったと船員は思った。しかし、それより後を考える余裕は、船長の催促により訪れる事は無かった。




 その後に訪れた最下層の牢に船長とお供の船員は姿を現した。格子戸の間から手を伸ばしても届かぬ牢の奥に銀色に輝く刀身が刺さったままのマードックが横たわっていた。湾曲した刀身を持つそれはシミターと呼ばれ、ここよりも西方の地域で主に使われている武器である。

 ただ、ルカンヌ共和国でも数件の鍛冶師が造っており、珍しい武器ではあるが武器を扱う者達から見れば知識として知っていても不思議ではない。


「また、シミターとは珍しい武器を使っているのだな」

「これはシミターと言うのですか?」


 この船員はシミターを見たことが無く、珍しそうに突き刺さった剣を眺めている。そして、マードックの死体を調べた結果を報告する。


「今から十五分ほど前に見つかった乗船客の遺体ですが、発見時はまだ温かかったそうです。殺されてからそれ程時間は経っていないと。体もまだ硬直が始まっていない様でした。その事からこの方が殺されて二時間は経ってないとの事で、明け方に殺されたようです」


 報告を聞いて、よくそこまで調べたなと感心する反面、そこまで詳細にわかってしまうのかとの恐怖を覚えるのである。その恐怖が顔に出ていないかと心配して口元を手で押さえると何を勘違いしたのか、報告をする船員が涙を流して船長に言葉を掛ける。


「ええ、船長もお辛いのですね、わかります。この航海中に亡くなった乗船客はすでに四名。気丈に振る舞っていても船長もお辛い気持ちはよくわかります。私達、船員は仕事の合間ですが、全力を持って殺した犯人を捕まえたいと考えています。怪しい人物に心当たりがありますので、朝食後、船長室へお連れしますので一緒に尋問をよろしくお願いします」


 こいつは何を口走っているのかと思ったが、逆にこれは使えないかと頭を捻る。この船員が言う怪しい人物とはあの二人しかいないだろうと脳裏に浮かび、この機会を活用するべく行動に移そうと思った。


「良し分かった、お前に一任する。その前にだが、この遺体をここから運び出し、例の三人が安置されている暗所に移動しておけ。話はそれからだ」

「はい、わかりました。それで、この剣は抜いてしまってよろしいでしょうか?」


 ”はぁ~”と、溜息を吐いて怪訝そうな顔で答える。


「お前ねぇ、剣を抜かなければシートも掛けられないだろう。お前は剣が刺さったままシートを掛けて不自然なままにしておくのか?それに筋肉が固くなったら剣は抜けないぞ。移動する前に抜くんだ、いいな」

「はい、わかりました」


 呆れ顔をした船長は牢を出て階段を音を立てて上がり、船長室へと向かうのであった。


 その後朝食を食べ終わり、船橋で航路に異常がないとわかると船長室に戻り、怪しい者達が来るのを葉巻の煙をぷかぷかと浮かべながら待つのであった。



※第七章で”黒の霧殺士”がシャムシールと名前を使ってましたが基本は同じです。一応、シャムシールは湾曲しただけの武器で、シミターは先が三角状で刀身が太いと物語上は設定します。

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