第七話 エルザ、寝不足になる

「ふぁぁ~~~ぁああ」


 食堂スペースの隅の一角で、寝不足気味のエルザが人目を気にすることなく、大きく口を開けて欠伸をしている。目の下に隈が出来つつあるが、これから検証をするためにも今は寝ている暇はないのであった。


「エルザ殿も眠そうで御座るな。拙者も眠いで御座るが、なんとか堪えるしかないですなぁ」


 エルザの前に座る兼元も、同じように隈を作りつつある所からして、二人共が寝不足気味であった。船長との打ち合わせ後、コノハを連れにエルザが自室へと戻っただけで、二人は、この食堂スペースにてうたた寝等をして朝まで過ごしていた。


「船長との打ち合わせが無ければ良かったのだけども。こればっかりは早くしなければならないし」

「そうで御座るな。朝食が済んだら昼食時まで寝るで御座るよ」


 この甲板と同一レベルにある食堂スペースに、朝食の配膳が開始される遥か前より二人の姿があった。これは惨殺現場に現れた実行犯、つまりは真犯人に繋がる証拠を体に刻んだ者達を見付けようとしていたのだ。

 エルザの側で干し肉と格闘しているコノハが与えた傷が体に刻まれていればそれが証拠となる。あの時に耳にした会話では腕に傷を負っているとわかっている。その傷が見えれば犯人である可能性が高い。

 仮に傷が見えなくとも、この暑い中で強引に袖のある服や上着を着ていればそれだけで真犯人である確率が高いだろう。


「本当に傷を負っているのであろうか?」

「大丈夫じゃないかしら?この場で見付けられるわよ、きっと」

「そうであると良いで御座るが……」


 いつもであれば、深い深慮により適切な言葉を紡ぎ出すエルザであったが、重力に逆らえずに瞼が下りそうになっているこの状況では、何時もの深慮が見られないのであった。

 それは兼元も同じであり、否定的な意見を言おうとしても、それ繋ぐ言葉が喉から出てこないのであった。

 今は刺激的な飲み物を強引に煽り、眠気を押さえている状態なのである。


「もうしばらくの辛抱よ……」


 エルザは頬杖をつきながら目を瞑ると、”スースー”と寝息を立て始めた。

 余り寝ていないのであろうと、そのままそっとしておくことにして、兼元は眠気を振り払う様に干し肉と格闘しているコノハを撫でてみようと手を伸ばす。エルザが側にいる事もあって、コノハは兼元の手を受け入れるかと見えたのであったが……。


「いでっ!!」


 伸ばした手を鋭い嘴で噛まれてしまったのである。だが、エルザが親し気に話す姿を見ているからか、痕が残る程度の噛まれ方で済んだ様だ。コノハが全力で噛んでいたら、今頃は手の肉が引きちぎられ、お腹に収まっていただろう。

 噛み付いた本人、いや、本鳥は澄ました顔をして欲し肉との格闘を再開していた。


「少しは加減して欲しいで御座るよ……」


 噛まれた指に”フーフー”と息を吹きかけ”痛みを早く無くなれ”と祈る。その裏で眠気が吹き飛んだことに感謝の視線を向ける。ただし、痛みによって涙目になった視線をであるが……。


 それからしばらく、--と言っても十分程であるが--、過ぎた頃に、朝食を取る乗船客が見え始めた。何の変哲の無い一般客で、小さい子供を連れた親子であった。当然ながら、怪しい恰好も素振りも見え無かった。特に男親は兼元の背格好と似ても似つかぬ”でっぷり”とした腹を見せていたので、犯人でないと一目でわかってしまった。


「もしもーし、エルザ殿。起きるで御座るよ。朝食の時間で御座る」

「……あぁ…、あれ?眠って…た?」


 寝ぼけ眼で返事を返し、”キョロキョロ”と周りを見渡す。目の前の兼元はともかく、一組の親子が見えただけであり”ホッ”と胸を撫で下ろした。


「朝食を取る客が入ってきたで御座るよ。起き抜けに朝食と飲み物を貰って来ると良いで御座ろう」

「そうね、そうさせて貰うわ」


 テーブルの上で不思議そうに首を回していたコノハに干し肉を渡してから、エルザは配膳カウンターへ朝食を貰いに行った。




 それからしばらくは真犯人候補も見えず、二人共がトレイ上の朝食を綺麗に食べ終わってしまった。そのテーブルの上では、コノハも目を瞑り体をゆらゆらと揺すって眠そうにしている。


「いないで御座る。いや、いるで御座るがこの場に来ていないで御座るな」

「メモに書いた最後の一人ね」


 兼元がメモに記した違和感を抱いた最後の一人、マードックと呼ばれる男がこの場に現れていないのだ。いつもであれば遅くとも配膳開始から三十分の間に現れるはずであったが、この日はまだ表れていなかった。


「そうなると、確定で御座ろうか?」

「可能性はあるけど、確定とはならいんじゃない?」

「実際にこの目で見た訳では御座らんからか?」

するだけの証拠は無いもの」


 殆どの乗船客が朝食を食べ終わり人影がまばらとなった食堂スペースで、一向に来ない真犯人候補を待っていても埒が明かぬと、仕方無くその場を後にする。部屋の場所は船長から聞いており、いつでも話を聞く事が出来るだろうと、この時点では思っていた。


「ほら、帰るわよコノハ」

「ホーホー」


 コノハを杖の先に乗せると、挨拶もそこそこにエルザは自らの船室へと”ふらふら”とおぼつかぬ足取りで向かって行った。後ろから見ていれば”ふらふら”として危なっかしいが、本人はまっすぐ歩いているつもりなのだからたちが悪い。

 それは、見送った兼元も同じであり、エルザに遅れて立ち上がると、やはりおぼつかぬ足取りで自らの船室へと向かったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お前達、疑われているぞ。へまをしたようだな。なんで薬を使わなかったんだ?」


 壁を構成している板の隙間からわずかばかりの光が射しこむ薄暗い室内で、腕を組んだ男が静かな口調で怒りを込めた言葉を投げつけていた。テーブルの下に吊り下げられたランタンからのオレンジ色の光で、足元のみが照らされており、男達の顔はお互いに見る事は叶わなかった。

 ただ、高圧的な言葉で二人の男が委縮しているとだけわかるのである。


「だけどよぉ、ボスぅ。身代わり予定だったあいつが証拠を何処かへ隠してしまったんだから、違う手段を取るしかないだろう」

「そうっすよ。毒薬を使うのは無理っすから直接、るしかないっすよ」


 二人組の男は仕方なくと言い訳をしてくるが、出来の悪さに辟易するのだった。計画通りの実行しろと口を酸っぱくしているにもかかわらず、予定に無い方法で実行するなど、自ら墓穴を掘るのだと暗に示している様な物である、と。


「それによぉ、上手い事行ってるはずだぜ。他人の剣を使えばそいつに罪を被せられるぜ」

「そうそう。間違っちゃいねぇはずだ」


 こいつらは何もわかっていないと溜息を吐く。


「いいか、お前達の会話は聞かれているんだぞ。それにお前の腕の傷はどうした。それだって証拠になっているんだぞ。回復魔法ヒーリングが使える魔術師がいれば別だが、傷は隠せまい。そんな傷はどうやって出来たかは一目瞭然だろうよ」


 二人は顔を見合わせ、とんでもない事を仕出かしたと青い顔をする。そして、一人の男が自らの腕を咄嗟に隠すが、すでに見られているので今更隠しても遅かった。血は止まっているが、数センチにわたって深くえぐられた傷跡を消すのは今は難しい。


「まぁ、いい。お前達を嗅ぎまわっているのは二人だ。エルフの女と身代わりにしようとした異国の男だ。どうするかは任せるが、計画は予定通り実行しろよ」

「へい、ボス」

「わかりましたぁ」


 軽い返事を残して二人は闇の中へと姿を溶け込ませて行った。


(上手くやれれば御の字だが……)


 胸のポケットから葉巻を取り出すと、おもむろに火を付け口いっぱいに煙を吸い込むのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お集まりいただき、ありがとうございます。マレット婦人、そして、スターク夫妻にも感謝いたします」


 昼食時から一時間ほど経った食堂スペースで、エルザは華美な服を着込んだ三人に向けて深々と頭を下げていた。当然、兼元も同じ室内にいるのだが、少し離れた場所で見守っているだけなのでエルザに合わせて軽く会釈をした程度である。

 その三人とは、兼元が違和感を持ちメモに記した男女六人の内で生存しているヘレン=マレット婦人とトニー=スターク氏、ジュディ=スターク婦人の夫妻の三人である。

 昼時に船長を通して三人にこの場所へとご足労願った結果である。


「これから何をするのかしら?」

「下らない事だったら承知しないぞ!」

「折角の船旅で夫婦水入らずなのにねぇ」


 夫を殺されたマレット婦人はともかく、被害を受けてもいないスターク夫妻には何故呼ばれたのか、心当たりも無かった。


「皆様方に見ていただきたい事がありましてご足労願いました。ご協力いただけると船長、いえ、船会社からわずかばかりですが、謝礼が御座います。皆様方には雀の涙かもしれませんが、なにとぞご協力をお願いします」

「お願いするで御座る」


 エルザと兼元は三人に向かって深々と再び頭を下げ、協力を要請した。それと同時にこっそりとだがコノハも頭を下げていた。


「あなたのお話でしたら聞かない訳にも行きませんものね」

「そっちの人が協力するのら仕方ない、私も協力しよう。ただし、手短にな」

「私も夫と同じですわ」


 三人の言葉を聞き、二人は笑顔で頭を上げた。だが、三人が協力を受けたのは、エルザや兼元が頭を下げたからではなく、エルザの相棒のコノハが同じように頭を下げた姿がほっこりとして可愛らしかったのが一番の理由だとは、誰の口からも漏れる事は無かった。


「時間もありませんので、早速、ご案内いたします。こちらへ」


 エルザが先頭になって食堂スペースを出て行く。その後に華美な格好をした三人が続き、最期に兼元が無口で歩き出す。

 エルザ達が向かうのは甲板からみて三層下にある、最下層の船倉であった。途中、船内が暗くなる事もあり、エルザは生活魔法の灯火ライトを杖の先端に掛けて、光源を確保する。

 手すりも無く、取って付けた急な階段を降りた最下層に降り立った所でエルザの足が止まった。上を見て”こちらへどうぞ”と手招きをすると、残りの四人はそれに従いエルザの横へと降り立った。

 魔法の光に照らされた小さな部屋には、半分以上を占領する大きな台があり、白いシートで覆われていたが、起伏のある形状からその見た目通りであろう事はすぐにわかった。


「どうか、お気を確かにしてください」


 エルザの言葉と起伏のある形状から、マレット婦人にはそれが何かと察してしまい顔を青くする。ただ、どうにか倒れないようにと”ふらふら”と動く体を支えるために足に力を入れるだけしか出来ないでいた。


 それでも、ここで手を止める訳にもいかぬと、エルザはシートを一部分だけめくり、マレット婦人を初めとする三人に見せるのであった。


「「!?」」

「おい、これは何の真似だ!」


 婦人方二人は声を無くし、ただ震えるだけであるが、トニー=スターク氏は自らの妻を守らなければとの意思が働き、エルザに怒りを向けるのであった。


「申し訳ありません。重要な事ですのでご足労と、失礼ながら亡くなった方への面通しをさせていただきました」


 怒りを露わにするのは思っていた通りであり、言いだした自らの責任であると頭を下げる。


「面通しだと?それは私達夫婦には関係の無い事ではないか?」

「そうでしょうか?」


 エルザは胸に手を当て遺体に祈りを捧げると、最初に亡くなったマレット氏に近づき、頭髪を掴んだ。祈りを捧げ許しを乞うたとしてもその行為はやり過ぎではないかとスターク夫妻はエルザを止めようとするのだが、エルザの手は頭髪をつかむと躊躇なくそれを引っ張った。

 そこには本人の自毛と思っていたかつらを持ったエルザと、短い頭髪となったマレット氏の姿が現れたのだ。


「いかがですが?これはマレット氏が身に付けていたかつらです。当然ながら、……はい、このようにピアソン夫妻もかつらを身に着けています」


 かつらを身に付けていた事に驚いたのか、遺体に手を付けた事に驚いたのか、とにかく三人は驚き後ずさりした。


「これでおわかりでしょうが、お呼びしたお三方も当然かつらを身に付けておりますよね。申し訳ありませんが、一度外して頂けませんか?」


 マレット婦人は仕方ないと思い、スターク夫妻はお互いの顔を見た後一度頷いて、それぞれが身に付けていたかつらを取り去った。


「これでよろしいでしょうか?」


 三人を代表してマレット婦人がエルザへと答えを求める。


「ご協力ありがとうございます」


 再びエルザは頭を下げる。もう何度頭を下げているのかと数える事も忘れてしまっている程に。


「それで私達が何をしたというのか、聞かせてもらえるのだろうね」

「はい。これからお話しする事はとても重要な事となります」


 そして、エルザは一度大きく深呼吸をすると、兼元を含めた四人に向かって話を始めた。

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