第八話 エルザ、物語の主人公に成りきる

「切っ掛けそこにいる兼元ががあるって一言からだったのよ」


 最初は乗船客に違和感がある、華美な服装だが貴族とは雰囲気が違う、その程度であった。その後、エルザが亡くなったマレット氏を調べる機会があり、違和感の正体を知り得たのだ。

 その後、兼元が違和感を感じた人物を上げて行き、エルザと共有した後でピアソン夫妻の斬殺死体を見つけた。亡くなった三人を調べてみればかつらを身に付けて変装していた共通の事実を見つけるに至った。

 かつらを身に付け、一人だけが自然な死を迎えるのであれば病死とも思われたが、マレット氏はその前に誰かと合って会話をしているし、ピアソン夫妻は剣で滅多刺しで斬殺されている。


「そこで、皆様に何か繋がりがあるのではないかと思ったのですが……」


 三人へとエルザは向き直り、”カツン”と床を杖で突いてさらに続けた。


「皆さまは……顔見知りではありませんか?」


 そのエルザの一言に三人は一瞬、顔をしかめるのであった。


「やはりそうでしたか」

「エルザ殿。拙者にはよくわからんが、そうなので御座るか?」

「それは、この三人が良く知っている事でしょうから」


 三人に目を向けると、おどおどとした表情をしておりどこか落ち着かぬ表情を露わにしていた。それもそうだろう、何らかの理由でかつらを身に付け、それとなくわからない格好をしていたのだ。ましてや、この三組はお互いが会わないようにといつも部屋に籠っているのだから。


「こうなってしまってはお話いたします。ですが、ここからのお話は内密にお願いします」

「ちょっと待ってくれ。そちらは本当にいいのだな?」

「私達は嫌よ。過去の事を根掘り葉掘り聞かれるなんて、堪えられないわ」

「私は……。長年連れ添った夫を無残にも殺した犯人を許せないのです。私だけでも協力いたします」


 三人の内、マレット婦人ただ一人が協力を申し出てくれた。当然、スターク夫妻は揃って反対していた。これはパートナーを殺され、少しでも復讐になればとの気持ちが勝った結果であろう。夫を殺された後は、生き残った自分を責め、身投げをするのではないかと甲板で出会ったエルザが思ったほどであった。


「お話しいただけるのであれば、お願いします。当然ながら、必要以上の話は内密に致しますよ。それに犯人を許してはおけませんし」

「拙者も感謝致す。拙者を犯人に仕立て上げようとした卑劣な奴らに鉄槌を下すで御座るよ」


 自らの過去を話す決意をしたマレット婦人に改めてお礼の言葉を告げた。マレット夫人の瞳には犯人への憎しみが写っており、出来れば犯人を自らの手で地の底に落としてやりたいと思っていた。


「まず、私達はあなたの仰った通り、顔見知りです。私達三組はとある街で、それなりに有名ない商売人です。分野は違いますが、互いに競争する好敵手なのです」


 マレット婦人が口を開き説明を始めた。エルザの思った通り、三組は互いに顔見知りであったと証言を引き出す事が出来た。とは言え、これが何と繋がっているかは、話の続きを聞かなければと黙って話の続きに耳を傾けた。


「ですが、数年前のある時、私達が売り込んだ貴金属、それはペンダントだったのですが、そこに付いていた宝石がどうも偽物だったらしく、亡くなってしまったピアソン夫妻に多大な迷惑を掛けてしまったのです」


 好敵手であればお互いに売らないのではと思うが、そういえば商売の分野が違うと初めに語ったなと疑問をすぐに払拭する。


「もう一つは、夫の趣味である美術品を購入したのですが、それが偽物だったようで、主人はいたく落胆しておりました。こちらはそこにいらっしゃる、スターク夫妻より購入致しました」


 さらにもう一組の夫妻の事も話に登場し、エルザの頭が混乱し始める。だが、頭を整理したいのだが話は止まらず、タイミングが悪い事にスターク夫妻が話に参加を始めた。


「ちっ、私達夫妻の事も喋りやがって。しょうがないな、確かに美術品はマレット夫妻に売ったさ。それとな、そこで冷たくなってるピアソン夫妻から売って貰った屋敷が使えなくてよ、辟易した時があった」

「ええ、主人の申し上げた通りですわ」


 スターク夫妻もマレット婦人との取引で損害を与え、ピアソン夫妻との間では被害をこうむった事になる。


「ちょっと待つで御座る。今の話を聞いた限りではお互いに商売上のトラブルを抱えてたって事で御座るか?」


 過去にあった取引のトラブルが原因で、三組の夫妻はお互いの存在を知られたくないと思い、変装してまでも船旅をしていたのではないかと兼元は考えたのだが、三人は兼元の考えを否定するのであった。


「いえ、それはすでに解決済みなのです。金銭的な面はそれぞれに保証済みです」

「それは私達も同じだ」

「ええ、お互いに騙そうとしていた訳ではなかったのです」


 金銭的なトラブルはすでに解決済みであり、多少ぎくしゃくした関係になってしまったが、お互いを憎むなどは無かった。


「そんな事があったので、余り顔を見せたくは無いのは実情ではありましたが、変装してまでお互いを避けるなど思いもよらなかったのです」


 頭の整理が追い付いたエルザが”コクコク”と頷く。三人から聞いた情報を整理した後で、さらに疑問をぶつける。


「なるほど。そんな経緯があったのですね。なぜ、この船に皆さまがお乗りになっているのですか?」

「お互いが乗船しているなど知る由もありませんでした。恐らくですが、偶然だと思います」


 偶然と、マレット婦人の口から漏れ出たが、本当なのだろうかと疑問に思う。偶然にしては出来過ぎている、と。


「亡くなった夫と二人、船旅でもと従業員から切符を渡されたのです。”ご夫妻は有名ですから変装をした方が良いですよ”とも言われ、信用ある従業員だったのでそれに従ったまでです」

「私達夫妻もそれは同じだ。変装をして方が良いとアドバイスを貰っている事までな」


 なるほどと頷きながら、エルザは口角を上げてニヤリと何かを掴んだ表情をした。


「お互いにこの船に乗船している事を知らなかったのですか……。なるほど、だんだん掴めてきましたね」

「拙者も何となく、概要が掴めてきましたぞ」


 エルザと同じように兼元も情報から何かを思いついたようだった。それが言葉だけでなく、表情にも現れ、エルザと同じようにニヤリと口元が緩むのであった。


「何かわかったのですか?」

「ええ、予測の範囲ですが……。まだ情報不足ですので、お話する事は出来かねます。それに、ここから先も狙われる可能性もあります。ですので、寝る際にはドアにバリケードやつっかえ棒をして、外から入れない様にして下されば、この先は大丈夫だと考えます」

「まぁ、快適な船旅とは遠くなるで御座るが……」


 ある程度、狙われた理由を予測できたが正しいかまだわからず、三人にはそれ以上の考えを伝えなかった。それよりも、狙われる可能性があり、防衛手段を持ちえぬ三人には、寝る時の注意点を言うに留めた。

 これで終わりねと、マレット婦人が口を開きその場から立ち去ろうと階段を上ろうと足を掛けた時である。


「あぁ、すみません。最期に一つ、お聞きしたい事がありました」

「まだ何かあるのかしら?」


 左手の人差し指を三人に見える様に立ててからさらに続けた。


「お互いに損をさせてしまった装飾品の偽物や使えない屋敷を購入したのは信用ある方からなのでしょうか?」


 そんな過去の事を今更、何の理由があって聞くのかと戻ろうとした三人は疑問に思う。殺されたのはこの船の中であり、今も犯人が自由に歩き回っているのだ。関係が無いと断ろうとするが、過去の事など隠しても仕方ないと口を開いた。


「何でそんな事を聞くのかしら……まぁ、今更だからいいけどね。確か、紹介だったわね。あれは教会の司教からだったかしら?だから信用したのよ。商売人には珍しい、がっしりとした男だったわね、銀髪の」

「私達も紹介されたな、アーラス教の司教に。確かにがっしりとはしていたが、私等の所には黒髪の男だったと記憶している」

「なるほど、がっしりとした男なのですね」


 これは重要な事だと、エルザはメモ用紙を取り出し、走り書きでメモを取るのだが、自ら書いたメモであるにもかかわらず、インクが飛び散り、汚い字面だなと溜息を漏らす。


「だが、アーラス教の司教が紹介してくれた男がまさかあんな酷い物を売りつけるとは思わなかったけ。のちに苦情を言いに行ったが、司教は国に帰ったとかでいなかったけどな」

「よく、わかりました。長い時間、ご協力ありがとうございます。お部屋にお戻りください」


 エルザと兼元の二人は、協力してもらったマレット婦人とスターク夫妻を見送り、横たわる三人の遺体へシートを掛けて元通りに戻し、手を胸に当ててお礼をする。


「これで、三組の事情はだいたいわかったのだが……」


 階段下から上の階を覗き、三人の姿が見えなくなった事を確認して言葉を続ける。


「エルザ殿はあの三組が何か隠していいると考えているで御座るか?」

「それは無いと思うわ。恐らくだけど、数年前から計画された事なのでしょう」

「数年前から……で御座るか?」


 予想だが、と断ってからエルザは小声で語り始めた。


「始まりは三組の商売人が騙された物を買った所から始まっているのでしょう。商売人として、ある程度成功していて財力を持ち、地位のある人からの話を信用する商売人を探していた。何人かにアーラス教の司教を出向かせて仲介人を紹介して取引を持ちかけ、どれだけの財を成しているかを確認した。それが、お互いに損をさせてしまった事件に繋がったのでしょう」


 エルザとしてはこの事件の始まりをその様に説明した。先ほどの三人から得た情報を加味した結果だった。


「お互いに商売をして損害を与えたのは恐らく偶然であるはずですが、敵はそれすらを活用したのでしょうね。”有名だからかつらを身に着けて変装してくれ”と、ね。要するに、三組が同じ船に乗船しているが、なるべくわからないようにしたのでしょう。かつらを身に着けて、一瞥だけではわからない程度の変装をさせて」

「エルザ殿、何故、同じ船に乗船しているとわからない方が良いのだ?」

「難しい事ではないわ。殺された人が顔見知りだとわかれば、次は自分達の番だと悟って部屋から出てこない可能性もあるでしょう」


 確かにその通りだなと兼元は頷く。


「後は、乗船客に装い、一組ずつ、恐らくだけどが、旦那さんだけを狙って殺す予定だったのよ。二組目のピアソン夫妻は気の毒だったけどね……」

「なぜ、旦那だけなので御座る?」

「そこです!そこなのですよ、兼元君」

「…ん?兼元君……?それは良いとして、それは何故で御座ろう」


 兼元の呼び方が変わった事にむず痒さを感じ背中がぞっとしたが、それよりも旦那だけを殺す目的を知りたかった。


「ハニートラップって知ってますか?」

「まぁ、人並みにはで御座る。敵の重要人物に異性を近寄らせ、親しくなって情報を得る、で御座ったかな」

「だいたい合ってますね。それでは兼元君、今回の被害者は旦那を殺されて失意の底に沈んでいるのですよ」

「確かにそうで御座るな。それと、ハニートラップと何が関係して……、あぁ!!」

「兼元君、声が大きい」

「申し訳御座らん」


 何かに気が付いた兼元が大声を出した所でエルザが五月蠅いと顔を歪ませた。こんな所でひそひそと会話を続けているのに、他人に気が付かれたらどうするのかと、冷たい目を向ける。


「だが、エルザ殿。これって本当で御座るか?」

「まぁ、推測の域は出ないでしょうね、兼元君。信用する店の従業員がいて、船旅を贈られたとすれば、その可能性を考えるべきでしょう」

「大胆な推測で御座るな。あと一つ、わからない事が御座るよ」


 推測はあっているのだろうと兼元は考えたが、一つだけ腑に落ちない事があった。エルザを見ながら言葉を続ける。


「何故、船長や船員は遺体を運ぶことに賛成してくれたで御座るが、それ以上、遺体に手を触れなかったので御座るか?調べようともしなかったで御座る」

「……!!」


 エルザはハッとした。兼元の言葉通り、遺体に手を触れて調べるどころか、腫れ物に触らない様にとシートを掛けただけで、何も調べていない。かつらである事は全身を調べればすぐにわかる事であったが、それすらしていない。

 次の港に到着し、接舷してから調査員を乗せて調べるのであれば遅すぎる。それに今は夏であり、涼しい場所へ安置したとしても遺体の損傷は進み、原因が特定できなくなるだろう。

 そこで原因と犯人がわかっても、港に停泊中の船からの脱出は容易だ。協力者が迎えに来れば、ボートで逃げる事も可能だ。


「なるほど、兼元君。面白くなってきましたよ」

「エルザ殿、その台詞はどうかと思うので御座るが……」

「そ、そうですね。私とした事が、急ぎ過ぎたようね」

「悲しんでいる御仁もおられますから、次からは気を付けるで御座る……ん?」

「何か気になった事でも」


 何かが気になったのか天井を見上げる兼元。隅々まで目を行き届かせるが、ある所でエルザへと視線を戻した。


「何ががいた気がしたで御座るが気のせいで御座った」

「そう……。何でも無ければ良いのだけれどもね。それよりも、喉か湧いちゃったわ、上に戻って何か飲みましょう」

「エルザ殿のおごりで御座るか?」

「べ・つ・べ・つ・よ!」


 おごりかと言われたエルザはぷりぷりと怒りながら別々だと返す。その後、二人は船倉から続く急な階段を上り、甲板にある食堂スペースへと向かうのである。




※船長室、操船室、乗客の船室等のドアは内開きです。廊下方向(外側)には開きません。トイレは外開きになります。

 考えとしては海外の玄関と同様の考えと思っていただければ(海外は防犯上、内開きになっていると聞いたので)

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