第三話 エルザ、知らんぷりをする

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「何か用?それとも、暇なだけ?」


 後部甲板でコノハが優雅に船の上を飛び回っている姿をにこやかに見上げているエルザの下へ兼元が姿を現した。辛辣な言葉を掛けられ、どよんとした表情が浮かんでいるのであるが……。


「確かに船の上では暇でござるが、面と向かって言われると落ち込むでござるよ」


 落ち込む兼元を見て、さすがに言いすぎだとエルザは思ったのか、”ゴメンゴメン”と小さく小さく呟く。それが兼元の耳に届いたのか、それとも船が生み出す波にかき消されたかはエルザの知る所では無い。

 がっくりと肩を落とす兼元を見れば、何時もと何かが違っていた。手には小さな布の包みを持ち、背にはエルザの知らぬ武器が背負われていた事であった。


「その、担いでいるのは何なのだ?」

「これでござるか?拙者の愛用している武器でござるよ」


 一瞬で立ち直った兼元は背負っている武器を抜き放ち、エルザに側面を向いて構えた。銀色に輝く刀身はわずかに湾曲しており、綺麗な模様が鍔から先端まで走っている。


「綺麗ね。それがあなたの国の武器?」

「そう、拙者の国では太刀たちと呼んでいる。こちらの腰に差しているのは脇差でござる。製法は共に同じであるが、長さが違うだけで名前が違うのでござるよ」


 そして、兼元は上段に構えてから膂力りょりょくをもって振り下ろすと、”ビュン”と風を切り裂く音がエルザの耳に届く。旅の仲間も同じように剣を振るえば風を切り裂く音が耳に届くが、この男はそれ以上かもしれない、とエルザは男の実力を見積もった。


「ところで、何か用があるんじゃないの?」


 兼元へと言葉を投げかけたところで、気晴らしに宙を舞っていたコノハが杖の上に下り立ち、”ホーホー”と餌をせがむ。”仕方ないわね~”と、干し肉を一切れ与えると、話の邪魔になると感じたのか船の手すりへとコノハは飛び移った。


「今朝話した、死んだって男の事なんだが……」


 太刀を幾度も振り下ろしながらエルザに話をする。船に乗ったきりで体が鈍ってしまうと太刀を振り続けながら。


「どうもきな臭い。殺されたかもしれないと船員が話していたのを聞いてしまったでござるよ」

「うん?殺された」


 エルザが首を傾げて不思議な顔をする。それならば、私達の出番はないじゃないと兼元へ返すのだが、さらに兼元は続ける。


「昨晩、帆柱マストの上で見張りをしていた船員が、死んだ男と別の船員が会話したのを目撃していたらしい。だが船員に話を聞くと、その時間に誰も己の持ち場から離れていないと告げていたそうでござる。それに、誰も船室から出ていないとも証言していたそうでござるよ」

「なるほどね。船員が関わっているとなれば、この船に乗るすべてが怪しく、私も、兼元もその船員に化けた可能性が高いって訳か。それなら、疑いのある人が、死んだ人を調べる訳にもいかないわね……」


 唸り声を上げて悩んだが、考えが進展する事なく時間だけが過ぎる。肩の力が入っていたと気が付き、腕を空へと伸ばし、気持ちを和らげた。

 そして、首を”ぐるぐる”と回すと一度、深呼吸をして素振りをしている兼元へ視線を向ける。

 兼元はそんなエルザの心境を察していたのか、素振りをしながらエルザに語り掛けて来た。


「その顔だと何も答えが出て来なかったでござるな」

「う、五月蠅いわね。入ってくる情報が少ないのよ」

「そうでござろう。良ければだが、犯人を挙げるってのも悪くは無いだろう、暇な船旅だしな」


 素振りを終えた兼元は太刀を鞘へと戻し、別に持っていた袋を見張りから見えない場所へと置くと、手を上げて挨拶だけすると、踵を返してその場から去って行った。


(全く、何が言いたいのよ?あれは……)


 兼元の意味不明な言葉と行動に、溜息を吐く。彼が去った後には布に巻かれたものが置かれているが、厄介ごとは御免だとそれを如何しようかとエルザは考るのだが、結論を出す前に、それに興味を持ったコノハが手すりから”サッ”と飛び降りると、巻いてある布を嘴でつつき遊び始めた。

 コノハが遊び半分でつついた布が捲れると、中に見慣れた服が出て来たのである。


「あら?これは……。なるほど、そんな事があったのね。だから、あの言葉が出て来たのね」


 エルザは兼元が置いて行ったそれを”まじまじ”と見定める。船員が揃って着ている制服と同じであり、兼元が仕入れた情報にあった、殺された乗船客と話していた船員の着ていた制服であろうと気が付いた。

 兼元のがっくりと項垂れていた様子から、何処で見つけて来たのではなく、真犯人が兼元を犯人役に仕立て上げる為の道具であると考えれば辻褄が付くだろう。

 恐らく、兼元が朝食へ出かけている最中に部屋に忍び込み、忍ばせたのだろう。殺しもする輩であれば鍵のかかったドアを一瞬のうちに開けるなど造作もない。

 朝食時に兼元が何も言わなかった事を考えれば、その結論に達する。


 まだ十日も船上で暇を弄ばなければならぬと滅入っていた所であったエルザは、犯人に一泡吹かせてやろうと、兼元の計画に乗る事にした。

 とりあえずは、その制服を持って誰にも気づかれずに船室に戻る事だ。そして、自らの持ち物の中にそれを隠し入れ、何食わぬ顔をしていればよいだろう。

 そう思うと、顔がほころび始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 時は昼食時である。

 お腹を空かせたエルザは食堂スペースで兼元と向かい合い昼食を取っていた。

 この日もまた、エルザの意思に反して、兼元が声を掛けて来たのである。


「今日も暇なの?絡んでも駄目よ」


 いつもの様に辛辣な言葉を兼元に投げつける。さも、迷惑そうな表情をしているのだ、話をしているとは言え仲の良い二人とは見えないだろうと思いながら。


「良いではござらんか。食事は美人と食べた方が美味しくなるでござるよ」


 ”はっはっは”と、乾いた笑い声を出してエルザへと話しかける。そして、トレイに乗った食事に手を付け始める。日持ちのするパンに肉のソテーに野菜のスープだ。船の上では新鮮な野菜や生の肉が保存しにくく、どうしても保存食だよりになりがちであるが、バランスを取ろうと船上コックも頭を悩ませているみたいだ。


「いい加減に何処か行ってよね」

「まぁまぁ、食事時だけでござるよ」


 同じような問答が幾度か続いた後に、二人の側へ制服を着た男達が現れた。昼間とは言え、側に何人も立たれれば光は遮られ手元が暗くなる。そうなれば、鮮やかな色の食事に暗い色を落とされ、美味しく感じられないだろう。

 そう思ったエルザは面倒そうに文句を言おうと思いながら男達を見上げるのであった。だが、男達の鋭い視線はエルザではなく兼元へと向いており、険しい表情から嫌な予感がするのである。


「お客様、少し宜しいでしょうか?」

「食事中でござる。終わるまで待ってくれないか?」

「大至急です。どうせ、船倉に閉じ込めねばならなくなりますから」


 兼元は”何を言ってるのか”、と顔を上げて男達を見る。兼元が見た印象は男が激怒する寸前の表情であると感じた。それが何を指すのか、薄々気が付いていたが、知らないフリをして真顔ポーカーフェイスで言葉を返す。


「拙者が何かしたとでも?」

「ええ、他の乗船客から情報がありまして、昨日の夜にあなたを甲板で見たという人が現れまして……」

「なるほど……。それで?」

「つきましては、とあるものをお持ちかどうか、船室を捜索したいのですが?」


 先ほど、兼元を犯人扱いした船員とは違い、しっかりと制服と帽子を身に着けた船員--恐らく船長である--は、丁寧に兼元へと言葉を選んで話をした。

 やはり、兼元を犯人に仕立て上げる手段に出たか、と傍らで聞いていたエルザは予想通りだなと内心で呟いた。兼元があの制服を渡してきた意図をしっかりと受け止めていたからこその反応である。


「わかった。だが、何も出てこないときは改めてこちらから話をするでござるよ」


 兼元は食事を半分ほど残して立ち上がり、男達に前後を固められて食事スペースを出ようと足を進めようとした。


「あれ?こちらの方は宜しいのですか」


 と、船長がエルザに声を掛けて来る。


「その男とは無関係です。いつもいつも声を掛けてきてうっとうしかったから、連れて行ってくれて助かるわ」


 エルザはさも迷惑だと手を”ひらひら”と動かし、邪魔だと告げる。実際は本気でその様な事を思ってはいないのだが、兼元と仲が良いと思われればエルザにも疑いの目が向けられてしまうと、連れない態度を取ったのだ。


「それなら、連れて行きますね」

「ええ、どうぞどうぞ。お好きなように」


 笑顔を見せるエルザを残し、船員と兼元は食堂スペースを出て、船室へと向かって行った。


「馬鹿な男ね……フフフ」


 他の乗船客に聞こえるか聞こえないかの”ギリギリ”の声で呟くと食事を続ける。


 エルザが兼元から預かった制服だが、船室へ一度戻った時に詳しく調べていた。

 まず、制服のサイズはエルザには絶対に着こなせないサイズであった。もし、着ようものなら、胸はすんなりと収まるが、おへそがしっかりと見えてしまい、制服と呼ぶには語弊がある程だった。それにズボンもはける事は出来るが、パンパンでお尻のラインが見えてしまうだろう。丈も短く、七分丈程の長さで船員に化けるには無理があった。


 その制服を見た時に、エルザの羞恥心が爆発し赤面する場面しか想像できなかったのは心の奥にしまっておくことにした。


 その制服からもう一つ発見した物があった。兼元は制服しか見ていなかったのか、ズボンのポケットから白い粉の入った包みが出て来たのである。真っ白い粉で別に異常があると思えなかったが、人が死んでいると考えれば致死性の毒であるだろうと推測したのである。

 兼元を犯人に仕立てようとして、真犯人があえて残したのであろう事は察しがついた。


 エルザが着れば誰からも注目を浴びるだろうその制服を着ることが出来、兼元と同じ体型だとすれば犯行に及べる者は限られるだろう。その中で怪しい行動を取っている者がいないか調べなければならぬとなれば、手が足りるはずもない。

 とりあえずは、兼元が無事に解放される事を祈っておこうと思うのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 兼元が解放され食堂スペースへと姿を現したのは太陽が水平線に隠れる程の時間になってからであった。間もなく夕食の時間になるが、半分しか昼食を食べておらず、船員の追及などで早く夕食を食べたいと、飲み物を飲んで空腹を紛らわせていた。

 夕食時になれば美人のエルザが現れると期待をしているが、それよりもあの船員共に一言、いや、ぐうの音も出ない程に暴言を吐きたい気分であった。


「それをやれば、同じでござるよな……」


 兼元の良心がそれを押し止めるのである。


『お前の荷物を調べる。船員の制服を盗んだ事はわかっているんだ』

『制服を何処に隠した!言え、言わんと船倉に閉じ込めるぞ』

『あの人を殺したのはお前だろう!さっさと吐け!』


 これらの暴言を船員から撒き散らされ、してもいない殺人の罪を着せようと躍起だった。制服の事はいろいろと暴言を吐かれたが、殺した原因については追及されなかった。

 殺したのだろうと言われたが、それ以上の言葉は聞かなかった。冷静になって考えてみれば、制服を隠し持っているはずだと誰かから情報が上がっていたのだろうと推測できる。その真犯人は殺す手段も知っているはずだがあえて船員に話さなかったのだろう。手段も話していれば、兼元の事を告げた男が真犯人だと自らが証明してしまっているのだ。


「そうだな、制服を着ていたと証言だけなら誰でも出来るからな」


 まもなく夕食が始まる時間の誰もいない食堂スペースで兼元はゆっくりと立ち上がり、入口から一番遠いテーブルへと移動をした。先程までは早く夕食にありつきたいと配膳されるカウンター近くへと陣取っていたが、ある考えが頭に浮かんだのである。

 そして、テーブルに紙と筆を取り出し、メモを取る準備を始めた。


 あの制服をエルザに預けたが、彼女が着たらどんな格好をしてしまうかと一瞬考えてしまったのだ。兼元が見たのは上着だけであったが、兼元でもへその下が隠れる位であった。それが二十センチ程も身長が高いエルザが着れば、へそ出しの如何わしい恰好になりかねない、と。

 その如何わしい恰好を脳裏に思いついた瞬間、背格好が兼元と同じか、それよりも小さくないと無理であると結論付けたのだ。そして、入り口から遠い所に陣取れば、入ってくる乗船客を簡単に観察できる、犯人を予想するのも容易いだろう、と。


 その兼元の考えは見事に的中した。夕食の時間が始まる少し前になると家族連れが、男二人組が、恋人同士が、そして、一人の旅行者が”わらわら”と食堂スペースに続々と入ってきた。入り口を潜る人達をこっそりと観察すれば、自分と背格好の似ている者達が数人見つかったのである。


(真犯人がその中にいるとは限らないが……)


 兼元の観察は空腹を忘れて続けられ、エルザが声を掛けるまで続いたのである。



※兼元の武器は刀身が100cmなので厳密には大太刀()です。

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