第四話 エルザ、ご婦人を励ます
※いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
いつの間にか20000PV達成していたことに驚いています。
これからもよろしくお願いいたします。
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兼元の船室を多数の船員にひっくり返されている時にさかのぼる。
エルザはコノハが運動をしたいとの我儘に付き合わされ、後部甲板へと姿を現していた。コノハはその小さな体に似合わぬ大きく羽を広げて颯爽と舞い上がり、自らの時間を満喫し始める。コノハを見上げるエルザであったが、視線を落とせば先客の姿が見えるのである。
「こんにちは」
「あ……、こんにちは……」
エルザが声を掛けるが口から漏れる言葉には力が感じられなかった。その女性はどこか悲しげな表情をしており、今にも海の中へ身を投げるのではないかと思う程であった。
それにもう一つ気になる事もあり口に出すべきか迷うが、目の前で身投げをされては何のためにいるのかと自らを叱咤する。
「どうされましたか?」
とりあえず、無難な会話に終始する事に決めて様子を探る事にしようと声を掛ける。
「……あ、いえ。悲しくて……。長年連れ添った夫が急にいなくなったので、つい……。初対面の方に話す事じゃありませんわね」
「それは、大変失礼しました。お悔やみ申し上げます」
外套のフードを取り、胸に手を当てお悔やみの気持ちを込めてエルザは頭を下げる。結婚をしていないエルザには長年連れ添った夫との別れはわからないが、両親を亡くす気持ちはわかっているつもりであり、それに近いのだろうと思うのであった。
「ありがとう。夫もあの世で笑っていられれば良いのにね……。まだ、笑って無いと思うから」
「ぶしつけな事をお聞きしますが、もしかして噂で聞きましたが、殺されたとの事であってますか?」
「…ええ、そう。殺されたみたいね」
未亡人となった女性を見て違和感を覚えたのだが、それを追求するよりも死んだときの状況が知りたいと失礼ながら聞いてみる事にした。
「でも、殺されたとか、何か思い当たる節でもあるのでしょうか?」
「それが皆目、見当が付かないのです。確かに、過去に主人が一度だけ、商売で相手に大きな損を与えてしまったと嘆いていましたが。でも、それも十年以上前の話ですし、頭を下げて謝ったと聞いております。他所なりとも補填をしたと……う、ううぅ」
かなりの年月が経っているために、その線での恨みの線はありえないのかもしれないと思いながらも、女性を気遣う。先ほどよりもさらに悲しい顔になり、今にも崩れ落ちそうなった女性に寄り添い体を支える。
「大丈夫じゃないみたいですから、お部屋までお送りしましょうか」
よろよろと、おぼつかない足取りで船室まで戻ろうとする女性を支える様に一緒に歩き出す。
「あぁ、ごめんなさいね。見ず知らずのあなたにご迷惑を掛けて……」
「気にしないでください。お部屋はどちらですか?」
「今朝まではB一〇二に泊まっていたのだけど、船長さんのご厚意でB一〇三の空いている部屋に変えて貰ったの」
「そうですか……」
B一〇一からB一〇八の甲板から一層だけ降りた船室は貴族やお金持ち等が利用する船室で、エルザや兼元が利用するその下のB二〇一からB二一六の狭い船室に比べれば広く、豪華な作りである。
その甲板下、第一層を利用している所から見ても、この女性はかなりの金持ちだと推測できる。先ほどの商売をしているとの話からして見ても、至極当然であろう。
エルザが女性に手を添えて歩き出した時にコノハが上空からエルザの後方一メートル程に降り立ち、”トットッ”と器用に飛び跳ねながら後を付いて行くのであった。
「どうもありがとうね」
「困った時はお互い様です。私はエルザと言います。またお話しできたらうれしいです」
「エルザさんね。私はヘレン、【ヘレン=マレット】ですわ。今日は気分転換できたわ、ありがとうね」
女性の船室へと送り届けた所で、名前を名乗った所で二人は別れた。ヘレン=マレットと名乗った女性がドアを閉めて船室へと籠った事を確認すると、隣のB一〇二の部屋が気になりだした。
「覗くだけなら、いいよね……」
色付きのロープがドアの前を塞いでいるが、立ち入り禁止とも書かれていないと確認すると、廊下を見渡し誰もいないと一度見渡してから、そっとドアを開けて中を覗いてみた。
片目で部屋の中を見える程しか開けていないので部屋全体を見渡す事は出来ないが、正面の船窓手前に人が床に寝そべっている姿がエルザの目に飛び込んできた。白いシーツを床に敷き、白い顔をした男が一人いるだけである。先ほどのマレット婦人にも思えたのだが、そこで寝ている夫にも違和感を感じる。血色が無く白い肌であればそれが顕著に見えて違和感の正体を感じ取ることが出来たのである。
「なるほどね、そういう訳だったの。でもなんでだろう?」
理由がわかった所で、エルザは考えを纏める為に、自らの船室へと戻った。後ろを付いて来たコノハは、定位置である杖の上に飛び乗り、目を瞑り満足気な顔をしていた。
部屋に戻ったエルザはドアにカギを掛けると部屋が荒らされていないかをまず確認した。兼元とは、まとわりつかれてうっとうしいとの認識をさせているはずで関係者だと思われていないだろうと思っているが、念のために確認は必要である。
バックパックの中を覗けば、兼元から預かった制服が手元にある事に”ホッ”と胸を撫で下ろす。
そして、メモ用紙とペンと墨壺を取り出し、先ほどの情報を纏める事にした。
まず、殺されたとの噂は確定していないが、マレット婦人は殺されたと見ている。時間はわからないが、四日目の夜の内とだけ記載をして置く。
次に、違和感があったマレット夫妻であるが、どうもカツラを被っていると見て間違いなかった。微妙であるが、髪の色と眉毛の色が違ったのだ。炎天下では誤魔化せても光が弱くなるとそれが顕著に表れる。特に、顔の色が白いと誰の目から見ても明らかであろう。これは、亡くなったマレットの主人を視認により確認した。
犯行に及んだ動機は不明だが、兼元と同じような体形で、百六十五センチ程の身長と思われる。体格は兼元よりも華奢であろう事は、彼より預かった制服で確認済みである。
そして、殺害に利用した道具、いや、殺害の手段は毒の粉薬であろう。制服のズボンのポケットから見つかった包みがそうである可能性が高い。殺害現場を見ていないのでどの様に服用したかは不明であるが、粉薬である事を考えれば水に溶かして飲んだのだろうと推測できる。
ここまで纏めると疲れた目にもう一働きしてもらおうと、目と目の間を摘まみ揉み解す。これが気持ち良いのよねと、しばらく摘まんでから船窓を見れば太陽が沈みこむ時間で、夜の帳に包まれる時間であった。
コノハはすでに目を閉じて眠っていて、エルザが声を掛けても起きる気配がない。それなら仕方がないと、テーブルの上を片付けて最低限の装備と鞄を持ち、夕食を食べに向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エルザが食事スペースへと入るとすでに満員で座る所は一か所空いているかいないかであった。その中でも幾分かまともだと思う席へ座る事にした。
「あなた、ここで何やってるの」
「ああ、エルザ殿か。先程まで船室を調べられててな、解放されたから夕食を食べようと思ってた所だ」
夕食を食べようと思ったにしては、兼元の目の前にはメモ用紙が散乱しており、他には飲み物のコップがあるだけで食べ物自体が無いのであった。
「肝心な夕食はどうしたの」
「あっ、調べるのに夢中で持ってきてない!」
「多分、あなたが最後よ」
”悪い悪い”とエルザに頭を下げながら、兼元は夕食を取りに配膳カウンターへと向かった。
「まったく、何を考えてるんだか……んん?」
男ってのは”調べ物をすると夢中になって周りが見えなくなるから駄目なのよね”と毒づきながら兼元が広げていたメモを”チラリ”と覗くと、気になる事柄が目に映った。全体的な文字は兼元の出身地の文字で書かれており、エルザには意味不明に見える。だが、その中でも共通の数字は見覚えのある文字で記されており、エルザにも意味は知ることが出来た。特徴をとらえた人の絵が数字と共に描かれていれば誰でもわかるだろう。
(はぁ~、なるほどね。良く調べているじゃない)
その特徴をとらえたメモを見て、エルザは感嘆の声を漏らした。
「いやぁ、遅くなったでござる」
兼元は夕食の乗ったトレイをテーブルに置くと、散らかしてあったメモを片付け鞄に仕舞い込んだ。
「全く……。駄目ね、他にも人がいるんだか、迷惑かけちゃ」
「面目ない。腹が減っては戦は出来ぬと言うが、腹が減っているのも忘れるとは拙者も
「まだ若いんだから、そんな事を言うもんじゃないでしょう」
兼元に嫌味を言いつつ、夕食に手を伸ばし始める。船上での食事はメニューも少なく、五日、六日と経てば、メニューもそろそろ一巡する頃である。それでも保存食になっている干した鶏肉を香草で焼いた鶏肉のソテーは見た目も味も良く、エルザの好きなメニューの一つでもあった。
実際は苦肉の策であるが、それでもコックの腕が良いのかエルザは満足するのである。
「ところで、乗船客に違和感があるって言ってたわよね」
「ああ、そうでござる。その正体はわからずじまいでござったが……」
誰が聞いているか、もしかしたら殺人犯がいるかもしれないと他のテーブルへ声が届かない程度の小さな声で兼元へと話をする。エルザも”これが正解かわからないけど、一つの例としてと”と付け加えて、言葉を続ける。
「恐らくだけど、その違和感の正体って、かつらじゃないかしら?」
「!!」
兼元は口にしていたパンが喉につかえたのか、顔を青くして胸を”どんどん”と叩き始めた。そして、急いでコップを手にして”ゴクゴク”飲み物を飲み、
慌てた兼元をエルザは”クスクス”と笑っていて、その光景がツボにはまったらしく、兼元が落ち着いた後もしばらく話にならない程であった。
「エルザ殿、笑いすぎでござる」
「くくく、ごめんなさいね。笑いすぎちゃったわ」
「でも、情報、有り難く頂戴いたす」
頭を下げたかったが、誰の目が向けられているか不明なため、言葉だけにしておいた。それも小さな声でである。
食事を続けながら兼元は記憶を呼び起こし、違和感の正体をあてはめて行った。そして出て来た答えであるが……。
「そうすると、男女のペアで三組が違和感の正体でござるな。後はもう一人でござるな」
夕食を急いで流し込みトレイを横へ退けると、真新しいメモ用紙を取り出し何かを猛烈な勢いで書き始めた。だが、その文字は兼元の出身地の文字であり、エルザには何を書いてあるのかやはりわからなかった。
「兼元!私のわかる言葉で書きなさい」
「そうでござったな。しばし待たれよ」
ゆっくりと食事を口に運ぶエルザとは対照的に、猛烈な勢いで筆を動かす兼元。自らのメモは縦書きで記され、それが終わるとエルザの分かるように横書きでたどたどしく、しかも辞書まで出して記載を始めた。
それを見てエルザは呆れるばかりであるが、一生懸命書き込んでいる兼元を見て笑うなど出来るはずもなく、静かに見守るだけであった。
「それでは、これを」
筆で横書きに書かれたメモ用紙をスッとテーブルを滑らせながらエルザの前に出す。視線だけをメモ用紙に落として記載されている事柄を見て、ボソッと呟く。
「この一番上に書かれているのはマレット夫妻の事ね」
「誰かに名前を聞いたでござるか?」
「いえ、偶然だけど彼女と話しをしたのよ。婦人が嘆き悲しんでいたからね」
エルザがマレット婦人と会話を交わしたのは偶然であった、それは間違いない。
マレット婦人の悲しみに暮れる姿を見て、話さずにいられなかったのだ。その後には部屋まで送り、お互いの名前までも交わしている。
それにより、マレット婦人は少しだけ立ち直り、船旅が終わるまでは気丈に振舞う事が出来るとエルザは信じていた。
「そうでござったか。それにしても、違和感のある男女のペアが三組も乗船しているなんて、偶然とは恐ろしいでござるな~」
「えっ?」
その一言にエルザはハッとした。
偶然で三組もの男女ペアが乗り合わせるかと考えれば、確率は低いであろうと考えた。しかも、その内の一組はリストからすでに除けられている。残りは二組の男女ペアともう一人。
二組のペアはお金持ちの第一層の乗船客であり、この場にいないと考えれば、最後の一人がこの場で目を光らせている可能性もある。その目をかいくぐり、偶然かどうかを見極めなければならないとエルザは思うのであった。
「日付が変わる頃にB一〇二に集合の事。灯りは点けては駄目よ。いいわね」
「わかったでござる」
エルザは兼元から貰ったメモを大事に懐へと仕舞うと、空になった皿のみが残ったトレイを片付けて、食堂スペースを後にし、自らの船室へと戻って行った。
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