第五十八話 アドネへの帰着

「二人の様子はどうですか?」


 領主の付けていた帳簿や白衣の男の日記等、全ての資料を燃やし尽くしたスイールが来客用の部屋へ顔を出してきた。エゼルバルドとヒルダに命に別状は無いとわかっていたが、それでも痛い思いをした二人を心配せずにはいられなかった。


「っと、エゼルは動けそうなのですね、……あれ…?」


 二人共がベッドに寝ていると思っていたスイールであったが、一つのベッドをアイリーンとエゼルバルドが囲んでいる様子を見て不思議に思い、首を傾げたのである。

 まず、この場にヴルフが不在だと不思議に思い、次にヒルダの顔が見えないと不思議がる。


「そっちは終わったの?ああ、ヴルフは他の部屋を見に行ったわよ」

「なるほど、ヴルフは他の部屋の調査ですか。……無事に、終わりましたよ、世に出してはいけない書類の山でしたから、すべて焼却処分しましたけど」


 全てを燃やし尽くすなどスイールらしいとアイリーンもエゼルバルドも同じ感想を口にしていた。世に出せないとなれば、化け物関連の書類なのだと納得するのであった。


 アドネの街を攻めた時に百体の化け物兵士が現れた時には、戦力が足りるかと心配したほどである。あれの数がもっと存在していたらと思うと、これ以上増やさせない方が良いと思うのだ。


「それで、ヒルダは……?」

「目の前にいるじゃん」


 エゼルバルドが指した先を見れば、布団を鼻まで被り、視線が宙を彷徨っている姿が見えた。余り話題に触れて欲しくないのか、何処か余所余所しく思えた。

 その理由を知りたいと、部屋の中を視線だけ動かして行くと、洗い終え乾かしている最中のヒルダのズボンがアイリーンの横に置かれ、それが原因で余所余所しい態度をしていたのかと”ピン”と来たのだ。

 娘の様に見て来たヒルダだったが、そんな年頃なのだと嬉しく思うと、気付かないふりをして話題を変える。


「それで、エゼルはもう動いて大丈夫なのですか?」

「うん、自分で回復魔法ヒーリングを掛けたから動くだけは大丈夫。戦うのはしばらくは駄目だけどね」

「なるほど。ヒルダも同じと思っても?」

「うん、ヒルダも一緒。状態はオレより酷かったから強めに回復魔法ヒーリングを掛けたけど、同じく戦うのは無理だと思って」

「動ければ大丈夫ですよ。ヴルフが見回って何もなければ、お昼を食べて帰るとしましょう」


 その後、ヴルフが小屋内の探索を終えて戻ってきた所で、兵士達を交えて昼食となった。小屋の厨房にはあと数か月は生活出来るだけの食料が保存されていたために、この小屋を出て行くからと、量もさることながら領主へと出される料理の材料も使われ、思いがけぬほどの豪華な昼食を取る事になった。


「領主は駄目ですか……」

「ええ、起きてはいますが、言葉に反応すせずにそのままです……」


 念のために領主の部屋へと閉じ込めて逃げられない様にしていたが、ベッドに寝かした後にその場を離れても動く事さえしなかった。携帯食や飲み物を摂取するのだが、排泄物は垂れ流しで、赤子よりも手のかかる大人となり下がっていた。

 どうやってアドネの街まで連れて行くかとの問いかけに兵士達は、最果ての村に幌馬車が置かれているらしく、そこまで行ければなんとかなるらしい。

 逃げて来た時に使った馬は小屋の裏手に繋げてあるそうで、移動の足や荷馬車を引く労働力も確保できると願ったり叶ったりであった。


 ちなみに、スイール達が縛り上げていた洞窟を見張っていた兵士達であるが、簡単に無効化されたと恥じており、汚名返上だと他の兵士達と同じように協力すると告げてきた。

 仕えていた領主が罪人として指名手配され、おまけに言葉の受け答えも出来なくなったと聞けばなおさら協力的であった。




 各々が昼食を取り休息を終えてから二時間余り、スイール達とアドネ領主と八人の兵士は地下迷宮を出発し、アドネの街へと向けて進み出した。

 兵士八人とは、この暗闇でアドネ領主の側での無効化した四人、洞窟入口で気絶させた二人、そして、洞窟途中の門の側で無効化した二人の合計八人である。


 行きは五人だったが帰りは十四人の大所帯となったスイール達が洞窟を出て、地上へ姿を現したのは出発してから一時間後であった。太陽は西へ沈みだす時刻で、曇りがちな空を赤く染めだす時間でもあった。

 今は十一月の中旬であり、風が吹けば寒さが身に刻まれ始まる季節である。皆が外套を羽織っているが地下の安定した気温に慣れてしまった今は、寒さに抗えないと思う程であった。

 外套を手で押さえ、隙間からの風が吹き込まぬ様にと押さえつけるスイール達が最果ての村に到着した時はすでに太陽が沈み込み、全てが真っ暗な闇に取り込まれた後であった。


 そして、暗闇の支配する中で一軒の立派な屋敷のドアが”ドンドンドン”と叩かれると、一人の女性が顔を顔を出してきた。


「二日連続でこんな時間に来ないでよね……ってあなた達、もう帰ってきたの?」

「どうも、今朝方ぶりです」


 日も暮れてからの来客に怪訝な顔をした最果ての村の長を補佐する孫娘がしかめっ面で出てきた。ヴルフ達にとっては当日の朝に見送られた相手であり、馬や荷物を預けてあったために寄らざるを得ない場所でもあった。

 ヴルフ達の後ろには、その女性が見慣れた兵士の姿も見られ、ちゃんと目的を果たしたのだと一目でわかり、全てを応接室へと通した。


「お婆ちゃんはもう寝ちゃったわよ。お話する事はあるの?」

「いや、特にない。無事に目的は果たしたからスマンがもう一日泊めてくれんか?」

「だと思ったわ。部屋は空いているし、そっちの兵士達の部屋も領主用のが別棟にあるから自由に使っていいわよ」


 ただし、”食事は銘々が作ってね、お台所はお貸しするから”との有り難いお言葉を頂いたのであった。確かに、五人であれば何とかやりくりも出ようものが、十人以上も増えてしまえば食事の用意など面倒であろうことは確かである。それが簡単なスープなどの料理であってもだ。

 それでも一緒にアドネの街へ向かっている兵士達は、何の憂いも無くベッドで休めると喜んでいた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝、窓から突き刺さる太陽の光の眩しさでヴルフ達は目を覚ました。

 昨日、一昨日の曇りや雨の天候と違い、窓からは濃い青空が見え、晴れやかな気分とさせてくれる。

 寝付く前に一言言われた”食事はそちらで”との言葉を思い出し、仕方ないと誰かが起き出すと、それに続けと皆がベッドから起き出した。

 そして、兵士達と合流すると、何人かで朝食の支度を始める。手の空いた者は帰り支度を始める。特に担いでいた重い荷物を預けていたヴルフ達は、銘々で荷物を受け取った。

 兵士達もアドネ領主を運ぶための幌馬車を受け取り、振動を抑えるための布団と毛布を敷き詰めていた。


 それから、簡単な朝食を腹に詰め込めるだけ詰めると、お礼の挨拶もそこそこにアドネの街へ向けて出発するのであった。


「気を付けてね」

「泊めてくれて感謝する」

「色々とありがとうございました。アドネの街から使者が着いたら指示に従ってくださいね」

「ええ、わかっているわ」


 屋敷の外へ足を運ばない長に代わって、孫娘がヴルフ達に向かい、手を振りながら別れの言葉を告げる。たった二泊だったが、快適な寝床を思い出せば、まだ布団にくるまって寝ていたいと思えるほどであった。

 村の外へ出て各々が馬へと跨ると、手綱を取りアドネの街に向かって馬を進める。


 ヴルフ達は一人に一頭に跨っているが、兵士たちは二頭で幌馬車を引きそれに六人が乗り込み、別の二人が馬に跨るのであった。


 十一月も半ば、本格的な冬がまもなく訪れる前に、争いが終わった事はブルフ達に取っても、そして兵士達にとっても僥倖であった。領主がアーラス神聖教国から国土を切り取れずに戦に負けてしまったと思えば兵士達は気持ちを沈めるのだが、負け戦と知ってからの領主を知っている兵士達は負けてよかったとつくづく思ってたようである。


 もし、勝ったとしても、アドネ領を無事に統治できたかが不安だった。税率はうなぎ登りで上昇させ、人々の反乱から人口が減少した今では統治も何もできぬだろうと思っていた。


 もし、領主や兵士達が頼みにしていた、将軍ミルカがこの場、--要するに領主の元へ--、に戻って来ていたら、どうなったかだろうか?


 恐らくだが、地下迷宮の穴倉に逃げ込まず、ベルグホルム連合公告を経由し、他国へと亡命していた事は想像に難くない。帝国に亡命すれば、再び覇権を握ろうと兵を起こしたかもしれない。


 だが、それを意見する者達はすでに何処にもおらず、裸の王様となって、虚しく捕まるだけになっていた。

 尤も、戦いを制する力を優秀な人へ求めるのか、もしくは使い物になるかもわからない玩具へと求めるかによっても全く違うのであるが。


 ヴルフを先頭にした馬車列が幾度かの休憩を挟みながら馬を進める事数時間、一つの村が見えて来た。アドネの街から馬で二時間程の村である。

 時間はお昼を回った程度であり、村の者達には申し訳ないが先を急ぐのであった。


 それから、二度ほど休憩を挟んで南に馬を進めると、アドネの街が見えて来た。

 太陽もまだ沈むまでに余裕があるようで、西の空に赤々と巨大な丸い塊が浮かんでいる。あと一時間もすれば地平線の下へと巨大な塊が隠れるだろうが、それまでには厄介なアドネ領主をブラスコ将軍へと引き渡しておきたいと考える。それはヴルフだけでなく、スイール達も同じように思っているだろうし、地下迷宮から付いて来た兵士達も同様であろう。


 アドネ領主の捜索に一、二か月は掛かってしまうかと思っていただけに、わずか二日後に同じ門を通るなど思いもよらなかった。

 これで年内にはアドネの街からエルザとの待ち合わせ場所のノルエガへと移動し、休みを満喫出来るとヴルフ達は内心ほくそ笑むのである。


「お主たちは確か、アドネ領主を探しに行った者達だな?こんなに早くとはもう降参か」

「何を言っておる。見つけて捕まえてあるわい。あそこだ」


 門番へ、馬を降りながらヴルフは幌馬車を指し示す。手すきな門番が幌馬車へと近づき中を見やると、布団から顔を出した一人の男を見つける。ついでに揃いの鎧を着た四人の男達も幌馬車に見え、その鎧から領主直属の兵士であったと門番は見て納得した。


「なるほど、確かに領主だな。幌馬車の兵士は領主に付いていた兵士て間違いない。それじゃ、領主の館へと向かってくれ」

「すまないの。で、馬はどうすれば良い?」


 借りた軍馬をお返しすると告げるのだが、門番の兵士達は面倒くさそうな表情でヴルフ達を睨みながらも、”こちらで返しておく”とヴルフ達に貸し出された馬を引き取るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「し、失礼します。アドネ領主を捕まえて来たそうです」

「「本当か?」」


 戦後の処理を進めようと国軍の副将であるブラスコ将軍と、恐らく次代のアドネ領主に推されるだろうルーファス伯爵が話している間に伝令の兵士が息を切らせながら赤い顔で飛び込んできた。

 ヴルフ達もこんなに早くとは思っていなかったが、依頼を出したブラスコ将軍も同様にこの場に首が届くのは時間が掛かるだろうと予測をしていた程である。それが、僅か数日で捕まえてくるなどと誰が予想しただろうか?


「謁見室へと通しておけ、すぐに向かう」

「はっ!畏まりました」


 深々と頭を下げ、姿を消す伝令の兵士を見送る二人。そして、同時に大量の溜息を吐くと椅子に深く腰掛け天井を見上げる。


「驚いた。こんなにも早く騒動の中心人物を捕まえて来るとはな」

「全くです。カタナの街の戦闘が終われば憂いも無くなりますな」


 まだ湯気の立ち上る紅茶のカップを口元に運び、香りを存分に楽しみながら、舌でも味わいを楽しむ。戦いが終わったからこそできる贅沢に二人は微笑みを浮かべる。

 ここ、アドネの街から北西へ進んだ場所にある北の要所、カタナの街。ベルグホルム連合公国はともかく、何が起こるかわからないアルバルト国への守りを引き受けるカタナの街は早々に取り戻して起きたいブラスコ将軍。

 アドネの街が陥落し、領主が行方をくらましたと伝えてあるために降伏は時間の問題であろう。それに加えるのであれば、領主を国軍で捕まえたと宣伝できればすぐにでも戦いは終結する……はずである。


 それに、国軍が投入されたとはいえ、国力を消耗する前に戦いを終えた事が非常に大きい。戦場となった土地も農耕地は少なく、今から土地の整備を施せば来年には収穫も期待できよう。何より、大勢の農民が神の下へと旅立ったとは言え、この地でまた作物を育てる者達が自らの足で戻ってきたことが大きいだろう。


 将兵への論功行賞はその後の課題だなと考えつつ、二人の責任者は謁見室へと急ぐのであった。

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