第五十九話 騒ぎの元を断て!

 暫定的ながら、アドネの街の責任者となった国軍の副将であるブラスコ将軍と解放軍の旗頭あるルーファス伯爵が謁見室へと入ると驚きの表情を見せたのである。


 まず一つ目が、捕縛を依頼したヴルフ達とは別に八人もの兵士が控えていた事であろう。送り出したヴルフ達五人は良いとしても、何故にアドネ領の兵士がこの場で畏まっているのかが不思議でならなかった。


 次に、捕縛したと聞いたアドネ領主と思わしき人物の姿が、この場に見られない事であろう。通常、捕縛されたとあれば、後ろ手に縛られた人物がこの場で晒されているのが、この世界では常識であった。重戦争犯罪人として捕縛されれば正式な裁判を受ける事なく、指揮官や国家元首の元、即決で首が飛ばされる事すら珍しくないのだ。

 だが、当のアドネ領主の姿が見られなければどうする事も出来ぬし、捕縛したとの証明にもならぬのだ。


「ご苦労……と、言いたいが、わかっているのか?」


 ブラスコ将軍はヴルフに諭すように問い掛ける。”何が”と言い返したい所であるが、将軍が、何を所望しているかすでに想像の内にあるヴルフは”御意に!”とだけ将軍に返答する。そして、側で畏まるブラスコ将軍の衛兵達に目配せをすると、彼らは”つかつか”と謁見室のドアに歩み寄り、それを開け放った。


「これが証拠だ。確かめてくれ」


 ヴルフ達の入室したドアが開け放たれると、一人の男が車椅子に持たれるように座り、その場へと入ってくる。ブラスコ将軍はその男とは初対面であるために本当にアドネの領主かわからずにいたが、もう一人の責任者であるルーファス伯爵は、良く知る男だけに、顔だけを”パッ”と一瞥しただけで、アドネ領主その人だとすぐに判明する……のだが。


「確かに顔は領主であるが、何故、髪が白い?それに一言も話さないのはどういうことなのか」


 ルーファス伯爵が不思議がるのは誰の目から見ても至極当然の事であると理解できる。

 顔や体格がそっくりな犯罪者や、法律すれすれではあるが奴隷を連れてくれば同じようにも出来るはずだ。

 とは言え、そんな犯罪者や奴隷を探すにはもっと時間が必要になるはずだし、何よりも、ヴルフ達が犯罪者を手に入れる事は不可能であった。ましてや奴隷などアーラス神聖教国では取り扱いをしておらず、隣国も同様に取り扱いをしていない。唯一、帝国で扱っているがそこまで行って帰って来るには時間的に無理が生ずる。


「それをご説明したいのですが、宜しいでしょうか?」


 ヴルフに代わり、杖を床へと付きつつ、スイールが発言の許可を求めた。本来であれば依頼を引き受けたヴルフが説明すべきであるが、精神を病んだ最後の一言を告げた本人が説明すべきだろうと事前に打ち合わせていたのだ。


「ん、構わん。我々も聞く義務があるからな」


 口を開いたのは車椅子に乗せられた男をアドネ領主と断定したルーファス伯爵ではなく、その横でただ驚いていたブラスコ将軍だった。

 それは、この場での地位が最上位に位置すると、簡単な理由なだけであるが。


「それではご説明を致します。この領主ですが、我々が対峙した時はまだこのような白髪ではなく、まだ色も残っておりました。しかし、全ての障害を排除し男の野望が潰えたのだとわかった瞬間、怪奇な言葉を発すると同時に白髪へと変化したのでございます」


 その後に化け物を作り出す書物を処分したことを話すつもりであったが、とりあえず今はこの男の髪が白くなり、反応が亡くなった経緯を簡潔に説明するのであった。


「なるほどな。その件は後日改めて聞くとして、後ろの兵士達は何なのかも聞いておかないとな」

「彼等も密偵等ではなく、領主直属の兵士でした。ですが、領主には彼等の忠誠心を最後まで繋ぎ止めるカリスマは無かったらしく、早々に協力してくれました」


 ヴルフに切り掛かって来た事もあったが、それはあえて話さずに友好的な態度を取ってくれたと説明をした。話せないアドネ領主を覗いたこの十三人で事前に打ち合わせていた事でもある。


「では、領主が何をしていたかは見ていたと考えても良いな」

「ある程度は見ていたらしいですが、全てを見て来たとは申していないので知り得ぬ事もあるようです。その辺は考慮して頂きたいと、彼等は申しております」

「よくもまぁ、口が回る事だ。わかった、ある程度は考慮してやろう」


 ブラスコ将軍と最後に言葉を交わしたスイールへ、嫌味の一言を笑顔で告げると、その場はお開きとなった。

 そして、その夜、アドネの街のあちこちに、アドネ領主が捕まり罪人としての扱いへと変わった事と、代理の新しいアドネ領主にルーファス伯爵が就いたと記した立札があちこちに立てられ、それを境にアドネの街に安寧の日々が戻ったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「いや~、参ったよ。なかなか放してくれなくてさぁ~。肩が凝ったわよ」


 肩を”トントン”と叩き、首を”ぐるぐる”と回しながら、昨日までの数日間の出来事を思い出しながら毒を吐いていた。首を回すと特徴のある燃えるような赤髪が揺れ動き、鮮やかな色が目の奥に突き刺さる。

 訓練を欠かさず行っている事もあり肩こりとはほぼ無縁であるが、机の前に座らされ調書を取られては運動する暇もなく、体のあちこちが別の悲鳴を上げていた。特に、彼女はこの中でも胸が大きく、余計に肩が凝ったのである。


「それはアイリーン赤髪の女性それが原因でしょう?それとも、揉んで欲しいの?」


 彼女の横で”ワサワサ”と如何わしい手付きを見せながら、肩まである茶色い髪の女性がアイリーンを揶揄からかう。如何わしい手を見れば、何処へと向けられているかは一目瞭然であるが、あえて何処にしない所が同性であると言うべきであろうか。


「いいわねぇ。私もその半分は欲しかったわぁ。少し分けてくれないかしら」


 包帯で右目を巻く女性がベッドから上体を起こしてアイリーンへ、身を乗り出ながら揶揄う。ここ数日、リハビリで片目の遠近感覚を養うだけで退屈していた所に、丁度良い玩具アイリーンが来たと大はしゃぎをしていた。


「ちょっと、グローリア包帯で右目を巻く女性まで言うの!それにヒルダ茶髪の女性、その手は何なの?どこを揉むって?!!」


 揶揄われているとわかっていても、如何わしい手つきを見ればどうしても構えてしまう。それを武器に良い男が寄って来ないかとも思わなくも無いが、今ここではかまって欲しくないと両手を交差させて胸を押さえる。


「何処を揉むって決まってるじゃない!凝った所よ。何か勘違いしてる?」


 実際にヒルダの言葉は揶揄うために、あえて間違いを誘発させたので、大成功と言うべきであろうが、アイリーンからしてみればたまったもんじゃない。だが……。


「病室ではお静かに!!!他の患者さんもいるんだから静かにしてください。個室だからって騒いで良いわけでは無いですよ!!」

「「「ご、ごめんなさ~い」」」


 女性は三人寄れば姦しいと良く言うが、時と場所を選んで話をするべきであろう。特に、戦争で傷を受けた兵士達が担ぎ込まれている病院であれば猶更だ。

 この病室の主であるグローリアもそうであるが、からかい始めたヒルダも、それを真に受けたアイリーンも今回は同罪である。

 そこに、”バーン”と開け放たれたドアから、姦しい三人のお喋りよりも大きな叫び声で看護師の女性に怒鳴られた三人は”シュン”と小さくなっていった。


「……ウチ等よりも声が大きいじゃない……」


 ”ぼそっ”とアイリーンが呟くが、それが耳に届いたのか”キッ”と睨まれれば目を逸らさずにはいられない。そして、”ぶつぶつ”と何かを反芻はんすうしながら出て行く看護師を無言で見送るのであった。


「三人共、その位で宜しいでしょうか?グローリアも気分がすっきりしましたか?」

「ええ、ありがとう。ずいぶんと気晴らしになったわ」


 姦しい三人のやり取り井戸端会議を離れて見ていた男三人を代表して、スイールが話題を変えようと近付いた。さすがにあのままではまた看護師に怒られてしまうと危惧したのだ。




 その後、ブラスコ将軍や暫定アドネ領主のルーファス伯爵の部下から、元アドネ領主のアンテロ侯爵をどの様に追い詰めたのかや、知っている情報を根掘り葉掘り、個人別に聞かれた等、それはとても大変だったとグローリアに愚痴をこぼした。

 その中でも一番事情を知るのはスイールだったために、彼が一番時間を取っていた。それが終わり、傭兵待遇での戦争への参加、そして、精神を病んでしまったが、元領主を捕縛した事への報酬、一人頭、白金貨一枚と大金貨二枚を受け取ると、スイール達のこの国での仕事は終わったのである。

 彼ら以外の解放軍や国軍、そして、敗れはしたがアドネ軍の将兵への論功行賞がこれから数か月にわたって行われるはずで、グローリアもその中に入り、褒美を受け取る事になるだろうとグローリアに伝えた。


 そして……。


「これがここまで来た目的だったのよね」


 ヒュドラの素材を用い作成された剣と盾を眺めながらグローリアがしみじみと呟いた。元アドネ領主が持ち出したヒュドラの剣と領主館に残されたヒュドラの盾が、ルカンヌ共和国から追いかけて来た六人の前で揃ったのだ。二つの武具が大聖堂より持ち出され、捜索の依頼を受けた事から始まったと思い出さずにいられない。


「でも、グローリアは右目を潰されちゃったし、散々だったんじゃない?」

「ううん、そんな事ないわ。元々騎士に採用されたら、命を失う事もいとわないつもりだったし、何よりこれだけで国民を守れたのだもの、感謝こそしても恨む事は無いわ。解放軍で戦ったのは自分の意思だけど、騎士としての仕事は出来たからね」


 騎士としては立派な考えであるが、命を賭してとは問いかけたヒルダとしては少しだけ残念に思う。命があってこそ救える命があるのに、それが出来なくなってしまっては本末転倒であると。


「ですが、まだ命があるのです。前向きに生きる事を願っていますよ」

「当然よ!死ぬまで長生きして、人の役にやって見せるわ」


 ”死ぬまで長生きする”とは誰だってそうだろうと誰もが思い、何となく頭をはたいておかなければと手を振るが、病人であるとして真似だけに留めておくのだ。

 五人が一様に手を振る様をグローリアが見れば、何故、同じように手を振っているのかと不思議そうに首を傾げる。


”コンコンコン”


 話が一段落着いたところでノックの音が部屋に響いた。看護師以外が来る事は無いとグローリアは首を傾げるが、誰が来ても変わりは無いだろうとドアに向かい返事を返した。


「空いてますよ。どうぞ」


 グローリアが返事を返すと、ドアが開けられ、良く知る人物が顔を見せた。だが、その顔もこの場にいるはずが無く何故この場に存在するのかと不思議に思わざるを得ないのであった。


「よぉ、元気そうだな」

「ルイス団長!何故、ここにいるんですか?」


 よく知る人物とは、グローリアが所属する教国騎士団団長で、彼女の上司である。グローリアが出発した時はまだノルエガで他の騎士団と共にあったはずだった。


「お前が出た後な、隣の街であるノーランドに移動していたんだ。何時でも動けるようにと国境近くにな。ここに来たのは戦いが終わって、お前が怪我をしたと聞いて迎えに来たのだ」


 アドネの街が解放されて二日後に、教国騎士団の下へ戦いが終わったと高速連絡鳥で連絡を受けていたのだ。その報告の中に、グローリアが負傷したとも簡単に報告されていた。

 その為に、グローリアを教国騎士団で引き取るのだと、少数の護衛と共にここ、アドネの街へと昨日、到着したのであった。その他の騎士団員はと言えばノルエガへと戻り、船を聖都へ向けて出航させるよう、準備を指示していた。


「それでも団長が来ずとも良かったのでは?」


 グローリアを迎えに来るだけならば、教国騎士団団長自らが足を運ぶ必要はないのでは?と考えてしまう。


「ほら、ブラスコ将軍が出向いてるって知らせて来たから、挨拶にだよ、挨拶」

「は、はぁ……」


 笑顔を見せるルイス団長を前に、グローリアの顔は晴れずに曇ったままだ。こんなに明るいルイス団長を見た記憶が無く戸惑っているからでもある。一瞬、偽物かと思ったが、廊下で護衛に立つ、同じ教国騎士団の騎士が顔見知りの同僚であった事からもそれは無いと結論付けた。

 実際は、決裁文書など椅子に座る仕事があまりにも多くそれを副団長に任せて仕事から逃げて来たのが実情なのである。それを知らないからこそ、グローリアは疑ったのである。


「そうそう、グローリアには早いけど、褒美が出た。論功行賞の場で受け取れないだろうから、らしい。これを受け取ってくれ」

「あ、ありがとうございます」


 団長の見ている手前、寝間着姿は少し恥ずかしいのだが、ベッドから起き上がると跪き、両手を出してズシリと重い袋を受け取るのであった。


「それと、君達にもだ。話は聞いているよ、ヒュドラの装備を取り返したそうじゃないか。依頼は達成したのだろう」

「確かに。これがそうじゃ」


 ヴルフが剣と盾を揃えてルイス団長に掲げて見せた。剣は当たり障りのないブロードソードであったが、盾には見た事にない色の素材が使われており、ルイス団長は、なるほどな、と盾の表面を撫でていた。


「後はノルエガまで運べば依頼は完了だな。そうすれば報酬をだせるぞ」

「ノルエガまで?」

「そうだ。グローリアも一緒だ」

「でも、リハビリがあるって病院の先生が」

「それなら、大丈夫。出て行く許可を貰ってあるから。グローリアは遠回りだけど、聖都でリハビリだ」


 ヴルフやグローリアの予定を無視し、ルイス団長はすでに予定を決めてしまっていた。

 それは渡りに船と、余計な労力を使わずに済む馬車の移動をヴルフ達は歓迎するのだが、急な移動を命令され、グローリアは困惑気味だったが、上からの命令だからと諦めて従うのであった。


「それでは明後日の朝に出発するから、全員このグローリアの病室に集合の事」


 その様に伝えるとルイス団長は手を上げて、笑顔でグローリアの病室を去って行ったのである。

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