第五十七話 戦い終わりて……

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 スイールがヴルフ達から離れ姿が暗闇に紛れておぼろげになり始めると、ヴルフに棒状戦斧ポールアックスを突き付けられ気落ちしていたアドネ領主アンテロ=フオールマン侯爵は息を吹き返したように顔を上げ、暴言に似た言葉を吐き出した。


「あの男が完成させた様だ!お前達は身の破滅を味わい、我に手を出した事を後悔するだろう」


 ヴルフにしてみれば、後ろ手に縛られ刃物を向けられ、少しでも不穏な動きを見せれば自らの首が飛びかねないこの場で、命乞いをするでもなく逆に脅しを口にするとは気でも触れたのかと思うのであった。

 領主の話し方から、たった二回の破壊音を耳にして、この不利な状況を逆転させる要素が生まれたのだと彼は感じ取ったのだろう。

 ヴルフにも黒っぽい塊が小屋から投げ出された様子がはっきりと捉え、エゼルバルドとヒルダの二人だけに探索を任すべきでは無かったと後悔の念を抱くほどであった。


「そうか……。小屋にはまだ、お前の部下が残ってたのだな。ここにいる者達が全てだと勘違いしたわい。で、誰か残っていたのだ?」


 喜びの表情で勝ち誇ったかのように高笑いするアドネ領主を無視し、素直になった兵士達に話を振る。


「たしか、一番大きな部屋に誰か籠っていますね」

「何時、寝ているのか不思議な男です」

「確かに一人だけですね、今残っているのは」

「目撃したときには、白衣が赤い血でべっとりとかよくありますからね、あの人」


 口々に小屋の中に一人だけ残っていると肯定する兵士達。だが、残ったが何をしているのか兵士達は把握すらしていなかった。


「我々はあの部屋は立ち入り禁止ですから」

「許可無く入った兵士は挽肉ミンチにされて出て来たと聞いた事があります」

「中で何をしているのかは知りませんね」

「彼らの言う通りです」


 あの部屋と兵士達は口にしたが、その中で行われているは全く知らされていなかった。だが、領主の口ぶりを加味すれば、部屋の中で行われている事位、すぐに弾き出される。


「なるほど。お前達にも言えない様な化け物をあの部屋で作り上げているのか。それならばお前の自信も頷けるな」


 構えていた棒状戦斧ポールアックスを肩に担ぎ、それを杖の様にして腰を下げると、領主の顔を左手で”ペシペシ”と軽くはたいた。

 武器を持たずとも”お前の命は我が手の内にある”と暗に示したのであるが、少しでも逆転する要素が残されてると知った領主はそれに屈する様子も無く、ヴルフへと鋭い視線をむけて睨みつけた。


「ふんっ!そんな脅しに屈する我ではないわ」


 領主がヴルフを睨み返したその時である。三十メートル程離れた暗がりの中に、轟々と赤く渦を巻く炎が生まれた瞬間が彼らの視界に入って来た。

 その前に、魔法で作られた白い光が炎が立ち上った方向へ動いて行く光景をヴルフが目にしており、白い光の移動も、炎の渦も、味方にすれば頼もしい男が生み出したのだと真っ先に脳裏に浮かんだのである。

 それを思えば、辛辣な言葉が自然と出てきても不思議ではないだろう。


「お前の望みは叶わなかった……ようだな」


 轟々と立ち上る炎の渦へと視線を向けながら、アドネ領主へと呟くのであった。




 その数分後、もう一つの小さな炎が遠目に観察されるとヴルフとアイリーン達が待つその場へ、”コツン!コツン!”と石畳を突きながら、鬼にも勝る表情をしたスイールが帰ってきたのである。

 その魔術師の表情は今までに見た事が無い恐ろし表情だと二人は思ったに違いない。


 そして、掴んでいた一つの肉塊をアドネ領主へと投げ付けると、杖を石畳へ”コーン!!”と地下迷宮全体に響きわたる程に打ち鳴らしたのである。


「貴様はこいつに何をさせていたか、正直に話す義務がある。もし、嘘偽りがあれば、この場で首を刎ねる!!」


 普段、怒りの表情を見せず、のらりくらいとしているスイールであったが、鬼の形相をして殺気をみなぎらせる姿に、ヴルフもアイリーンも恐怖を感じざるを得なかった。その怒りが何処まで突き抜けているのか見当もつかない程であったからだ。


 その怒りの形相を見てしまったアドネ領主は顔を地に向けてしまったが為に、絶望する事態となった。

 先ほどスイールが投げ付けた肉塊は、その領主が頼みにしていた逆転の要素を作り出したと豪語した張本人であったからだ。


「こ、これは……」

「この男はこの世に存在させるてはならぬと、私が殺しました。この男が生み出した悲劇を痛みに変えて与えてからですが」


 先ほど、生み出した恨みを返してから首を刎ねた、白衣の男の首級であった。何をすれば、恐怖に歪み、目を”カッ”と見開いたままの表情で死を迎えるのかと領主は恐怖に震えるばかりであった。


「この男が生み出した化け物や、先程殺した巨大な生き物は、これでこの世から全て排除しました。そして、化け物となった人々の恨みや殺した兵士、そしてエゼルとヒルダの痛みをわからせる為に、この男に痛みを刻みつけてから首を刎ねたのです」


 何と惨い事をしたと、領主の背中を冷たい汗が伝い流れる。


「ちょっとまて、エゼルとヒルダはどうなったのじゃ?」

「多少内臓に損傷を受けていましたが、命に別状はありません」

「そう、良かったわ……」


 痛みを与えてから首を刎ねたと耳にし、殺されてしまったのではないかと身震いしたヴルフとアイリーンだったが、命に別状はないと聞いて”ホッ”と胸を撫で下ろすのであった。


「二人共、ヒュドラの鎧を新調しておいて良かったですよ。あれが無ければもっと酷い事になっていたでしょうね」


 エゼルバルドやヒルダが受けたダメージは、背中を主に打ち付けていたようで、革や金属製の鎧ではダメージを受け切る前に破損して内臓に致命的なダメージを蓄積させた可能性が高いと見ていた。それに加え、ヒルダの左半身にも打ち付けたられた痕跡が見受けられ、二人ともしばらくは激しい動きは控えねばならぬとも思っていた。


 内臓の損傷が少なかった事だけでも、ヒュドラを苦労して倒したかいがあったとスイールは告げるのである。


 そのスイールが漏らした、”ヒュドラ”との言葉に身震いをして反応した者がいた。

 アドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵その人である。


「ヒュ、ヒュドラの鎧だと?我が苦労して手に入れたヒュドラの剣、盾ではなく、だと……」

「何をわめいておるのだ!


 突然騒ぎ出した領主にヴルフがびっくりして押さえつけようとした

 それでも止めようとせず、目を大きく見開き、焦点は宙を彷徨いながら狂ったかのように語り始めた。


「は、はは、ははは。ヒュドラの鎧など、ヒュドラを倒した”ヒュドラ喰い”にしか作れん。我はに喧嘩を売ってしまっていたのか……。は、ははは……」


 その言葉を最後に、アドネ領主は野望の目が潰えたのだと衝撃の事実を感じ取ったのか、髪は真っ白に色が落ち、誰からの言葉にも反応せず、動く気配を微塵も見せなくなった。”ヒュドラ喰い”との言葉を最後に残して……。


「残念ですね。最後にヒュドラの素材で作った籠手の味を確かめてもらおうかと準備していたのですがね」


 天を突くような怒りを露わにしていたスイールだったが、抜け殻のようになったアドネ領主を見て意気消沈し始めた。最後に一発殴り付けようかと、両腕の籠手を”ガチン”と打ち鳴らしていたが、残念だと漏らしながら深く深く溜息を吐いた。


 ここに、アドネ領主が起こしたアーラス神聖教国で起こった内戦は、その領主の精神が破壊される結末で幕を閉じようとしてた。




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 それから、ダメージを負ったエゼルバルドとヒルダの処置、領主の処遇、小屋の捜索、そして、ちらりと見えた書物の処置を行うとスイールは指示を出し始めた。


「優先順位が高い方からです。あっちで倒れているエゼルとヒルダを何処かへ寝かせてください。小屋の中にベッドか何かありませんか?」

「それなら、入った直ぐ右に来客用の部屋があるから使ってみたらどうだ?」


 スイールの質問に兵士の一人が使える部屋があると提案をしてきた。領主も受け答えできぬ状態なら、この場所自体が使えなくなるだろうと思うと、最後に使ってやってくれとの事らしい。

 それなら遠慮なく使わせて貰うと即座に指示を出す。


「それは良いですね。では、ヴルフとアイリーンに二人の処置をお願いしても宜しいでしょうか?」

「いいぞ、任せてくれ」

「は~い、ウチも任せて」


 それでは二人に任せますと伝えると次の指示に移る。


「領主ですが、あの小屋には領主の部屋も当然ありますよね?」

「ええ、我々兵士は報告の時だけ入室を許されている場所があります」

「二人で、領主を部屋に運んで動かない様にロープか何かで縛って置いて下さい。それが終わったら、この地下迷宮の入り口まで行って、縛り上げている兵士を連れてきてください。くれぐれも逃げようとしないでくださいよ。逃げたらどうなるか……」

「あ、ああ、わかった。逃げないよ」


 兵士二人に領主の処置と地下迷宮への入り口と通路に残してきた兵士を連れて来るようにと伝える。本来であれば、自分が見張りとして付いて行きたかったが、エゼルバルドとヒルダが倒れて人手不足になってしまっではしょうがないと、兵士達を信用するしかなかった。


「そうそう、兵士達には働いてくれたお礼に金貨を一枚ですけど差し上げましょう」

「え、ほんとか?」

「ええ、本当です。将軍から頂いたお金もまだあるでしょうから」


 アレを使うのかとヴルフが渋い顔をするが、言ってしまった手前もあるが否定して人手不足のこの現状を解決できない方が拙いと思い、渋々と貰った袋から金貨を取り出し、兵士に渡す準備を整える。


「そして、戻ってきたらあのランタンの下で私と書物の整理です」

「あの山をか?」

「そうです、何か不満でも?」


 その、大量の書物やノート、資料などを運び出し焼却処分する予定であったために、また整理するのは面倒だと兵士達は嫌な顔をする。

 本来なら、もう二人ほど仲間の兵士がいるのだが、ヴルフに蹴飛ばされ未だに夢から覚めないでいた。


「いる、いらないを分けるだけですよ。それと、資金の流れを記した帳簿類を見つけたいだけです。化け物共を作り出す資料なんかは焼却処分としますがね」


 白衣の男の首を刎ねた後に、書物の山から数冊取り出して”パラパラ”と捲った時に幾つかの手書きのノートを見付け、それが化け物を作り出していた記録だったと確認していたのだ。それがあるのなら、領主が手にした資金の流れを記した証拠があるかもしれない、と。

 精神を病んだアドネ領主を尋問できなくなってしまった手前、実情を知る兵士以外での証拠を探しておかねばならぬとも考えていた。あれだけの書物が山となっているのであればエゼルバルドとヒルダが他に目にした可能性は低いであろうとも思っていた。


「それでは皆さん、宜しくお願いします。ヴルフとアイリーンは時間があったら小屋の中を探索しておいてください」

「人使いが荒いお方だ事、まったく」

「そこ!文句を言わない。人が少ないのですから……」


 ヴルフが嫌味を口にしながら重い腰を上げると、それぞれが言われた通りの役割を果たすべく、その場から散って行った。




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 スイールはヴルフが倒した二人の兵士に回復魔法ヒーリングを掛けると、小さくオレンジ色の光を放ち続けているランタンの下へと移動をしてきた。すぐ側には石畳を焦がした黒い塊が二つ見えるが、今回の目的はそれではないと、それを無視する。


「あの~、あの黒い焦げ跡って人が燃えた跡ですよね?」

「そうだね。化け物と白衣の男の鳴れの果てだ。二人とも消し炭だろう?」

「そうですね」


 兵士達は平然と話す魔術師に恐怖を覚え、この男だけは怒らせない様にしなくてはと心に刻みつけた。それから、逆へ視線を向ければ兵士達が運び出した書物やノートなどがうず高く積み上げられていた。


「それじゃ、頑張って分けちゃいましょう。資金などの数字が書かれているノート、化け物を作る関連の書物、日記等、そして、この地下迷宮に保管されていた資料の三つに分けましょう」

「「は、はい!」」


 スイール達三人はその山から一冊一冊を手に取って中をペラペラと捲り、分類ごとに分け始める。

 そして、一時間かけて分類された、三つの山からはアドネ領主が帝国から貰っていた資金の証拠となる帳簿や白衣の男が残した日記や観察記録が”ゴロゴロ”と出て来たのである。


 ざっと見ただけであるが、帝国から資金を貰い始めた時期と白衣の男が日記を書き始めた時期が同一で、おおよそ五年前から始まっていた。その後、帝国からは去年の戦争で負ける前まで続いていたと記されているとわかった。。


 白衣の男が残した日記は実験が成功したとか、どの様に肉体を繋いだかなど、気持ちが悪くなる事がほとんどで、これは見せてはならぬと処分すると決定した。この日記が世に出てしまえば、同じように実験する者達が現れ、数多くの人達や獣が殺される事態に陥るだろう予想するのだ。

 それに、人を合法的に殺すために冤罪をでっち上げ、処刑すると見せかけて実験材料に回すなども考えられる。


 アドネ領主が実験材料の人をどの様に手に入れたかは、帳簿の”奴隷”との記載から、この周辺国で唯一、奴隷の存在が許されている帝国から流れて来たのだと白衣の男の日記と合わせればすぐにわかってしまうだろう。


 帳簿を明け渡せば奴隷の事も判明してしまい、別の資料があったのではないかとスイール達も疑われてしまうだろうと、帳簿を含め全ての資料を焼却処分し闇に葬り去る事にした。

 アーラス神聖教国がこの技術を手に入れて、同じように”不死の兵士”や”リザードテスター”等の化け物を作り出し、戦争に乗り出さぬ保証も無ければ仕方がないだろう。


 本来ならば、全ての資料を欠ける事無く渡すべきであるが、未来に負の遺産を残すべきではないとすればやむを得ないと思うしかなかった。


「すまんが、この書物や帳簿関連は領主が証拠隠滅のため、全て燃やした事にする。お前達は領主にただ従っただけと余計な事は口にしないようにな」


 合流した兵士達にも合わせて告げると、スイールはその書物の山に向かって魔法を放ち、十数分後には全て灰燼へと帰すのであった。


 そして、兵士達にはもう一つ、スイール達が戦い骸となった三体の化け物と領主お抱えの魔術師を集めて貰い、書物の山の横で書物と同じように魔法で燃やし、神の下へと無事にたどり着くようにと胸に手を当てるのであった。

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