第五十六話 怒りの魔術師

 スイールはわずか数十メートルの距離であるが、持てる力で石畳を蹴り体を前へと進ませていた。耳に届いた音は二つでその間は僅か数十秒であったが、同じような質量が加わって破壊された耳障りな音に胸騒ぎがしたのだ。


 そして、杖の先端に灯された魔法の光が照らす距離になると黒っぽい塊の正体がスイールの目に飛び込んできたのだ。一つは体を横にし背中を丸めて痛みに耐えるエゼルバルド。もう一つはうつ伏せに倒れ込みピクリとも動かず口元と下半身を汚すヒルダの姿であった。


「これはいったい……」


 まずはピクリとも動かぬヒルダの側へ急ぎ、首筋を手で触り”ホッ”と一息入れる。気を失ってはいるが、ゆっくりと動き続ける脈がスイールの手を伝わり生きているとわからせたのである。そのままでは拙いと体を横にして息が出来る体勢を取らせる。


「無事なようで安心しました。次は……」


 ヒルダの下を離れ少し離れたエゼルバルドへと足を向ける。そして近づき、エゼルバルドへと目を向ければ苦しそうにして目を瞑っている。命に別状は無さそうで再び胸をなでおろす。


回復魔法ヒーリング!!」


 おそらくこの場所であろうと、背中へと魔法を当てると息が楽になったようで呼吸が安定した。


「如何したのですか?エゼルやヒルダがここまでされる光景は思いつきませんが……」

「ゴホッゴホッ!!ヒルダも投げ飛ばされたのか?」


 痛みを堪え青い顔をしているエゼルバルドが良く知る男の声に反応し、まだ苦しいと思われる中で声を返す。外傷は認められないが、内臓にある程度のダメージを負っているはずだと、スイールはその姿に嫌悪感を覚えた。その証拠に咳をして口から飛び出した体液の中に赤い色が混ざっていたのだ。


「ヒルダも側で気を失っている。命に別状は無いはずだ」

「…そうか……、良かった…。何かが急にオレの後ろに現れて、頭を掴まれて投げ飛ばされた……」


 息が楽になった事で体を仰向けにしてスイールへ答える。痛みで動きたくないと体は微動だにしないが、スイールの持つ魔法の光に照らし出されるヒルダへ顔を向けるとエゼルバルドは安堵の表情を見せる。


「おやおや、まだ生きていますか?それに新たな獲物が現れましたか」


 エゼルバルドとの会話の最中に横槍が入り、強制的に会話が終了させられた。

 声の主へと顔を向ければ壁に開けられた開口部から、一人の白衣を着た男と、それよりも一メートルも高い全身黒っぽい毛に覆われた巨大な人の様な生物が這い出て来てスイールの視界へ入ってきた。


「お前達か?二人を投げ飛ばした元凶は!!」


 エゼルバルドの側に片膝を付き、般若の如き表情を相手に向けて向けて声を上げるスイール。特に白衣の男の横に並ぶ巨大な生物に警戒心を抱き、危険な相手であると認知する。

 それに白衣の男と対になるように化け物がいれば、その化け物を造り上げた張本人であると考えても良いだろう。そして、もう一つの化け物を作り出したDr.ブルーノと何か関係があるはずとスイールの脳裏は警鐘を鳴らすのである。


「いいえ、違いますよ。私の神聖な部屋に土足で踏み込んだ者達にお仕置きをしただけですよ。元凶などと何故言われなければならないのか?そちらの方がよっぽど私の敵であるように見られますね。それに……」


 神聖な部屋とはこの男が何を考えているのか、予想も付かないスイールである。だが、先程感じた危険な感情は正解であったと考える。白衣の男に危険を感じつつ、睨みつけるスイールであったが、白衣の男は顔を何処かへ向けるとさらに言葉を続けた。


「……それに、私のパトロンが何故あそこにいるのか?説明して貰いたいものですな!」


 白衣の男も怒りを内包しているのか、言葉を重ねるごとに語調が荒々しくなり、最後には命令する口調となった。


「パトロンですか。そうか、アドネの街が何故、税を多くとるのか、そして帝国やら教会から資金を調達した訳がわかりましたよ。すべて、その下らない人形を作りえる為だったのですね」


 スイールが指摘した通り、税収や帝国、そして教会から流れて来る資金は街の維持に使う他は目の前で怒りを内包しつつある白衣の男がそのほとんどを食い潰していたのだ。特に化け物を作り上げるための実験体を作り上げる材料を集める資金である。

 つまりは人などをさらって来る資金である。


「く、下らない人形だと?私の研究成果を馬鹿にするのか?」

「馬鹿にする?いいえ、違いますよ」


 内包しつつあった怒りを顔に出し、鬼のような形相を作り上げてスイールに罵声を浴びせる。自信たっぷりに二人を投げ飛ばしたと自慢すら出来るはずであったが、長年の研究成果を”下らない”と吐き捨てられれば怒りも湧くであろう。


「その研究にどれだけの人の命が失われたかと思えば、貴方はただの殺人者ではありませんか?馬鹿にするのではありません。生きる全ての者達の敵であると宣言するまでです!!」


 右の人差し指で白衣の男を指し、キッパリと言い放つ。エゼルバルドが投げ飛ばされたから?ヒルダが意識を失うまでダメージを受けたから?それとも全く違う感情を内包して、スイールは白衣の男に対峙している。


「言わせておけば!!私の研究により、どれだけの戦争が無くなると思っているのか?わかっているのか」

「ただの怪力が自慢の人を模した化け物を造り上げても戦争は無くならない。むしろ、その力に脅威や恐怖に感じ、争いを生み出すだけだ。それに、お前はどれだけの人や獣を犠牲にしたか、考えて見た事があるのか?」

「ふん、たかだか数百から千であろう。それだけの犠牲で戦争に勝てる兵士を手に入れる事が出来たのだ。感謝はされてもないがしろにされる事はあるまい!!」

「愚かな!その力が何になるのか、その手を胸に当て考えてみるが良い」


 白衣の男が生み出した研究成果は一国が持ち、圧倒的な力を見せつけてやれば対抗手段が生み出されるまでは、その国が支配を確立できるであろう。だが、今の様な中途半端な力であれば数の暴力や精鋭による正面突破で打ち砕かれるだけの呼び水に過ぎない。

 他国が持つ故の力に、力で対抗され悪戯に争うだけであるとスイールは言いたいのだ。


「それなら、お前がこの”不死の兵士”を討ち破ってみろ。そこの二人は手も足も出なかった様だがな」


 倒れているエゼルバルドとヒルダを顎で指し、自信満々に言葉を発する。スイールもその化け物をこの場から出す気は元々無く、挑発に乗りこの場で打ち倒してしまおうと考えた。

 たが、倒れているエゼルバルドとヒルダが邪魔であり全力を出す事が出来ないと困った顔をする。さらに白衣の男の後ろには、小屋があり調査が終わっているかわからず破壊するにはまだ早いのだ。


「いいだろう。その化け物が”下らない”と証明してやろう。ここでは邪魔になる場所を変えるぞ」


 エゼルバルドの側で片膝を付いていたスイールは、エゼルバルドに心配いらないと目配せして立ち上がり、最初に見つけたオレンジ色の光を出し続けるランタン目掛けて走り出した。


「追え!奴を倒すのだ!」


 背を向けてその場から逃げる様に走り去るスイールを追撃すべく、”不死の兵士”へすかさず指示を出す白衣の男。そして、”不死の兵士は”短い雄叫びを上げると、巨体を揺らしてスイールを追いかける。白衣の男も”不死の兵士”を追い掛ける様にゆっくりと歩き始めた。


 怪力の持ち主だとは言え、二・五メートルも身長があり、鎧や武器を体に纏ったエゼルバルドやヒルダを軽々と投げ飛ばすとなれば、体重も相当あるはずだ。その体重を受け止める足腰に筋肉とそれを支える芯となる骨は丈夫でなければならない。三百キロを超えると思われる体重と筋力から繰り出される力に負けぬ様にと全身の骨格だけでもかなりの重量を抱えているはずだ。

 巨体故の重量にそれほど敏捷に動けるはずもなく、外から見ればゆっくりと駆ける姿となる。だが、一歩が大きくなるために普通の人と同等かそれ以上の速度で駆ける。


 そして、周囲に何もないと見たスイールがその場で止まり、”くるり”と体を反転させると即座に魔力を練り始める。右手で握る杖の先端にはめ込まれた黒い魔石が青く変色を始め、スイールの周りには魔力が充満し出す。

 ”不死の兵士”は立ち止まった倒すべき敵をその目で見定めると、速度を落とす事なく突進しスイール目掛けて殴り付けようと腕を体の横へ引いた。


 あと数メートル、”不死の兵士”がスイールを挽肉ミンチにするべく腕を伸ばすタイミングを見計らう。その腕が伸ばされ、スイールの頭に命中したかとほくそ笑んだが、”不死の兵士”の拳は虚空へと力を解放しただけであった。

 巨体ゆえの死角の多さを逆手に取り、スイールは”不死の兵士”が近付くタイミングを見計らい、身を屈めて横へと飛び退いたのであった。


 魔術師とは言え、今はそれ相応の体力作りを欠かさずに行っており、紙一重で躱せはしないが、大きく身を躱す事は可能である。”のっしのっし”と走り来る巨体から繰り出される拳の一撃を躱すなど造作も無いのだ。


 拳が空振り、敵を見失った”不死の兵士”は敵を探すべく走り抜けたその場で止まり、周辺を見渡す愚行を犯した。


「私ではなく生みの親を恨むのですよ!火嵐ファイヤーストーム!!」


 スイールの杖が振られると同時に、”不死の兵士”を中心に直径一・五メートル、高さにして五メートルの炎の渦が巻き起こり、”不死の兵士”を閉じ込め動きを封じる。

 轟々と燃える炎の渦は周囲の空気を取り込み、赤からオレンジへと色が変わり始める。内部ではすでに”不死の兵士”が蒸され始めているだろうと予測を立て、その渦の範囲を狭め始める。

 オレンジ色の炎の渦の先にうっすらと人の形が浮か上がる。痛みを感じないのか直立不動で動かぬ巨体へと炎が近付き、炎はそれを自らに取り込もうと全てを燃え上がらせる。体を熊の様な体毛で覆われていた”不死の兵士”は即座に燃え上がり始め、体の外側から炭に変化させながら、命を文字通り燃やし尽くそうとしていた。


「恨みを抱かずに神の下へと旅立てるように……。そう思いませんか?」


 スイールが構えていた杖を下ろし、体を横に向ける。数メートル先には絶望を滲ませた表情の白衣の男が立ち尽くしていた。


「さて、貴方が頼りにしていた”不死の兵士”とやらはこの通り、神の下へと旅立って行きました。貴方はどうしますか?私としては貴方にも神の下へと旅立って、いえ、懺悔に向かって欲しいと考えているのですけど!!」


 燃え続ける自らが生み出した”不死の兵士”を一瞥した後、気持ちを切り替えてスイールへと向き直る。先ほどの絶望がにじみ出ていた表情から一変し、怒りを体全体で表す。


「私がこれぐらいで諦める訳無かろう。再度、”不死の兵士”を造り上げお前を倒して見せる!!」

「ですが!この場から逃がすとお思いですか?」

「……何だと?」


 先ほどのスイールの台詞通り、神の下へ懺悔に向かわせたいと考えている。この男が生きてる限り、第二、第三の化け物が現れ、世界を混沌の渦に巻き込むやもしれぬ、と。秩序をむやみやたらと乱れさせるわけには行かない、と。


 そして……。


風の刀ウィンドカッター!!」


 左手を振るい白衣の男に向かい魔法を打ち出した。よく使う空気を刃にした攻撃魔法であり、込める魔力によっては人の骨を破断するなど造作もない事であった。

 そのスイールの魔法が無慈悲にも白衣の男の脛へと吸い込まれ、鮮血を飛び散らせながら両足を切断した。白衣の男は体を支えていた両足を失い、仰向けに倒れ背中を石畳へと打ち付けた。


「えっ!!お、私の足がぁぁ!」


 今まで見ていいた敵が急に消え、暗闇を見上げる白衣の男は何が起こったのかと考えが及ばずにいた。すぐに足に痛みが走り立ち上がろうともがくが、脛から先を失った男は立ち上がる事も痛みをこらえる事も出来ずに石畳を転げまわる。


回復魔法ヒーリング


 白衣の男に近付き、止血のための魔法を両足に掛ける。すると痛みが引き、血の流れを止めた。白衣の男は涙目になりながら魔術師へと顔を向け声を上げる。


「お、お前、私に何をしたのだ!ただで済むと思っているのか?」


 見下ろすスイールは冷たい目を向け、突き放す様に言葉を返す。


「何をしたか?貴方が化け物を作った時に命を落とした人々の痛みや苦しみを恨みを乗せて貴方に返しただけです。それがどうかしましたか?」

「痛みや苦しみだと!私の研究の糧になったのだから喜びはあったとしても恨んでいるはずがない」

「そうですか、それならこれはどうでしょうか?」


 杖を左手に持ち替え、腰に帯びている細身剣レイピアを引き抜くと白衣の男の右太腿へと躊躇無く突き立てた。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 銀色の細い刃が男の腿へと突き刺し、体重を掛けて石畳まで刃を貫通させ、無慈悲にも細身剣レイピアを強引に捻り、肉を抉る。そして、抜け出た刃を伝って鮮血が”ポタリポタリ”と滴り落ち小さな血だまりを作り始める。男は何か悪夢でも見ている様な感覚に襲われるが、痛みを感じ直ぐに現実へ戻される。


「これは貴方が作り上げた化け物により命を落とした者達の痛みです」


 一言、声を浴びせると太腿へ足を掛けて細身剣レイピアを強引に引き抜く。刃が抜けた太腿からは鮮血が止めどなく流れ出て、血だまりを大きくして行く。

 痛みに顔を歪める白衣の男を見下ろすスイール。自らが感じ取った怒りはこれだけでは済まさないと冷たい視線を向ける


 次には右の肘に足を乗せ重心を掛けて腕を固定すると、絶望の表情を浮かべる男の二の腕に細身剣レイピアを突き立て、そして肉を抉る。

 再度の痛みに声を上げて痛がる白衣の男。スイールはさらに続けて声を浴びせる。


「これは化け物が……私の大事な子供であるエゼルを痛められたお返しです。エゼルが私を大切に思っているように、私もエゼルが大切なのですよ」


 さらに刃を抜き、白衣の男の左側に回り込むと今度は左の肘に足を乗せて腕を押さえつける。男は許してくれと嘆願の目を向けるが、男が行った行為に哀れみを感じぬスイールは、再び細身剣レイピアを左腕に突き立て、肉を抉った。腕が千切れ飛ぶかと思うほどの抉り方は今まで以上に恨みが籠っており、スイールの怒りが天を突く程になっている証拠でもあった。


「これはヒルダを痛められたお返しと今までに化け物に殺されて全ての人々の恨みです!」


 スイールの容赦ない攻撃に、発狂寸前の白衣の男は痛みの声を上げることなく、ただ暗黒の支配する虚空を見つめるだけであった。

 最後にスイールは杖を構えて魔法を発動する。


「神の下で己の行いを償いなさい。最期は一瞬で楽にして差し上げますよ」


 両足を失い、右足と両腕に細身剣レイピアを突き立てられ肉を抉られて声を上げることも出来ず発狂寸前の男は、何故自分がこのような目に合っているのかと今でも信じられなかった。スイールは少しでも反省の念があれば生かすと決めていたが、その思いは通じる事は無かった。


風の刀ウィンドカッター!!」


 スイールの魔法が白衣の男の首に吸い込まれると、頭と体が別れを告げた。

 白衣の男は苦悶の表情のまま時が止まり、鮮血をまき散らす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます