第五十四話 領主を尋問す

「ちょっと待って!」


 アドネ領主へと尋問を始めようとヴルフが視線を向けた所でエゼルバルドが声を上げた。


「如何した、エゼル?」

「アドネ領主の尋問はヴルフ達に任せるから、オレはまだ捜索してない、あの小屋を見て来ようと思うんだけど、いいかな?」


 領主を尋問する方が先ではないかとヴルフは思うが、小屋の中にまだ隠れている協力者がいるかもしれないと考えればエゼルバルドは適切な行動をしているのだと思える。それに、アドネ領主の首を刎ねようと刃を向けたエゼルバルドを同席させぬべきかもしれぬ、と一瞬思考して、”いいぞ”と返事を返した。


「それじゃ、わたしも行くわ。一人じゃ目が届かない所もあるでしょ」

「それでは、二人に任せましょう。無理はしない様にね」

「「は~い」」


 エゼルバルドの実力を持ってすれば一人で行動させても心配はいらないと思ったが、ここはまだ敵地であり、誰かを同行させねばと思ったところだった。

 ヴルフに代わりスイールが注意を促しながら二人に任せると告げると、エゼルバルドとヒルダはその小屋に向かって行った。




「さてと。何から聞くかのぉ」

「その前にですね……ちょっと待って下さいね」


 ヴルフが領主に問い掛けようと口を開けかけたところにスイールが間に割り込み、鞄から”ゴソゴソ”とノートと羽ペン、そして墨壺を取り出した。質問の内容と回答を書き留めようとする辺りは”抜け目が無いな”と感心するしかない。


「幾つかあるが、まずは帝国との繋がりじゃな」

「それから、化け物の話も聞かないといけないですし……」

「盗んだヒュドラの剣と盾の話もね」


 後ろ手に縛られ、両膝を付いたままでは痛かろうと石畳に胡坐をかく姿勢へと変えられたアドネ領主に向かい不敵な笑みを浮かべる三人。それぞれに手にはナイフやら杖が握られ、いつでも命を奪えるぞと脅しを掛ける事を忘れない。

 当然ながら身の危険を感じる領主であるが、情報を聞き出すまでは命までは取らぬだろうと安心していた。だが、目の前の三人は領主の切り札であったリザードテスターを単独で倒す程の猛者であり、さらにお抱えだった魔術師まで退けている事から、ただでは済まないであろうとも感じていた。

 それよりも、彼の後ろで大人しくしている兵士達が何を言うかが気がかりであり、何も喋らなくてもすべて筒抜けになってしまうのでは無いか、と考える。


「まずは帝国との繋がりか。帝国と言えば去年大規模な侵攻作戦があったが、それと関連しているのか?」

「知るか!もし、協力して攻めていたらあんなに無様な負け方はさせなかったさ」

「戦争には参加していないっ……と」


 ヴルフの問いかけにぶっきら棒に答える領主。自信を持った言い方に帝国に嫌悪感を抱いている様であったが、嘘は無さそうだとスイールはそのまま書き留める。

 十万の帝国兵士に数千のアドネ領からの援軍が出ても、勝ちを拾えるとは到底思えない。現実的に考えても帝国の指揮系統に入り込めるはずがないとの理由もあった。


「それでお前は帝国の何を嫌悪しているのじゃ?」

「嫌悪しているだと?我が?何のために?」


 ”帝国を嫌悪している”と領主の耳に届いた瞬間、ヴルフに怒りを孕んだ視線を向け、汚い言葉を投げつける。怒りを持って否定をするが感情を露にした事で肯定しているとされてしまい、逆効果であった。

 それを問い詰めようとした所で後ろで見ていた兵士の一人が手を上げ、恐る恐る声を掛けて来た。


「何じゃ?何か知っているのか」


 領主を問い詰める事を一時中断し、兵士に向かって声を掛ける。


「あぁ、すいません、話の腰を折ってしまって」

「別にかまわんぞ。知っていたら話してくれ」


 兵士の声を聴いた領主の口から小さく”チッ!”と舌打ちの音がヴルフ達の耳に届いたが、それを無視し兵士の言葉に耳を傾ける。


「実はアドネ領の予算は税収とあと二つほど収入があったのです。その一つが帝国からの援助でした」

「「「はぁ?援助」」」


 一兵士がどうして帝国からの資金の流れを知っているのかと先に疑問に思うはずだが、それよりも一国家が他国の一都市、しかも隣接もしていない飛び地であるアドネの街に何故、帝国からの資金が流れているのかと驚き同時に三人が声を上げた。


「何故、知っているんだ?」

「ここにいる兵士は皆、知っていますよ。領主の独り言が漏れていますし、何よりも帝国の使者が度々訪れていましたから。ですが、帝国が戦争に負けてからは援助はされていない様です」

「お前等!後で覚えておけよな!!」


 領主が兵士を罵るが、後ろ手に縛られヴルフ達にナイフを突き付けられ見張られているためにそれ以上は何も出来ないでいた。それに対し兵士達もアドネ領主を見限っているのか、辛辣な言葉で返す。


「お言葉ですが、今の領主は捕らわれの身で生殺与奪を握らている状態です。守るべき主人を失くした我々には自らの命を大事にするしか無いのですよ」

「それとも、領主がこの場で我々の命を救ってくれるのですか?」

「「そうだそうだ!!」」

「ぐぬぬぬ……」


 捕らわれの身となっている領主、しかも戦争を起こした当事者として裁かれるであろう事から抜け出る道はすでに無いと兵士達に言われれば臍を噛み唸り声を上げるしかない。


「だってさ。良い部下を持ったね~。全て話せば、命は助ける様に伝えるから安心してね」


 ニヤリと口角を上げ、止めとばかりに口撃こうげきを掛けるアイリーン。今の状態で領主がどんなに頑張っても拘束を解く事も出来ず、逃げ出す事も無理であろう。もし、拘束を解いたとしてもリザードテスターを独力で屠った者達が眼前にいれば腕力でも勝てるはずがない。

 自らを守るために連れてきた兵士達は保身に走り役に立たない。頼みの綱と考えていたミルカもこの場におらず、その側で微笑みを見せていたヴェラとファニーも戻って来ない。さらに、”黒の霧殺士”も契約が終了している。

 八方塞がりであり、衆目に晒されその後に裁かれるか、この場で舌を噛み命を終わらせるかの二つに一つであろう。だが、アドネ領主は自ら命を絶つ度胸は無く、押し黙るしかないと自らに言い聞かせる。


「黙ってしまったか、仕方ないな。帝国から来る資金のその後を知ってるのはいるか?」

「戦争で負けてからは何の音沙汰も無かったはずです。ねぇ、領主」

「しかも、教会からも同じだけ援助受けてましたね」

「お前達はぁ!!今までの恩を忘れたのか!!」


 雇われ主であった領主に再び辛辣な言葉で返す兵士達に、今までの恩を忘れたかと言葉を投げるが兵士達には暖簾に腕押しであった。恩を忘れたかとも言われたが、兵士達には働きに見合うだけの報酬を得ている訳でもなく、また、大事にされた記憶も無く、冷たい目を返すのみであった。

 そして、教会からも帝国から受けている援助と同じだけの援助を逆に受けていると兵士達の口から出ればスイールやヴルフも追求せざるを得ないだろう。


「あの司教からもかなりの金額が領主に流れていていたのか。よっぽどお布施の額が多かったのか?」

「知るか!あいつが麻薬で何をしていたかなんて、我が知る訳ないだろうが!!」

「麻薬?麻薬って言ったの?」


 麻薬と聞き、一番に声を上げたのはアイリーンである。調査でいかがわしい行為をされそうになったと思いだせば今でも顔が”カッ”と熱くなり赤面してしまう。尤も、最近は戦争に考えを取られていたので思い出す事は無かったが、久しぶりに聞いたアイリーンは恥ずかしそうにしているが、怒りを領主に向け誤魔化す事にした。


「ちょっと待て、その麻薬ってなんだ?」

「誰が麻薬などと申した?誰も口にしておらんだろうが!!」


 兵士達に袖にされ頭に血が上っていた領主がうっかりと口を滑らせ言葉を発してしまったのだ。うっかりとは言え、ヴルフ達や後ろで大人しくしている兵士達にも聞かれおり、知らぬと申すはアドネ領主、ただ一人であろう。


「今、口にしただろう。そのおかげでウチ等がどれだけ苦労したか!!」

「そうですか。どうして、アーラス教の信徒が麻薬を運んでいたのか、これではっきりしましたね。出所はこのアドネでしたか。そして、麻薬の栽培地は帝国であると」


 トルニア王国やスフミ王国に蔓延する一歩手前で防いだルートの一つが、アーラス教徒が運び入れていた供物に隠してあった事は確定している。それが何処からかはいまだに謎であったのだ。アドネ領主がうっかりと滑らせた一言で、全てが繋がり輸送ルートや資金の流れまでもが判明した瞬間であった。


「つまりは、帝国で栽培された麻薬が船でアーラス神聖教国のアドネの街まで運ばれ、そこから供物を収めるとの理由で各地のアーラス教の教会に運ばれ、密約を受けた司教がその麻薬を売りさばく。その資金を集めて帝国とアドネに戻していたのですよ。これだけでもこの場に来たかいがありましたね」


 ほくほく顔をアドネ領主に向け、内心でお礼を言った。

 トルニア王国でカルロ将軍の下で調査を行っていたスイール達であったからこそ判明したのだ。


「ど、どうして……それを」


 怒りにより頭に血が上っていたアドネ領主であったが、スイールの推理した一言で逆に血の気が引き、顔が真っ青になってブルブルと震え出す。力では敵わなずに無言を決め込もうとしていたが、うっかりと漏らした一言で帝国から受けていた金の流れにも気付かれ、成す術も無いと目の前の者達に始めて恐怖を感じた。


「ふふふ、図星のようですね。別にむずかしい話ではありませんよ。その調査に少しばかり手を貸していただけです。なんだか、私達の辿った軌跡のすべてにこの領主が絡んでいる気がしてきましたね」

「そんな訳あるまい」

「いいえ、大げさではないですよ」


 ヴルフの言葉を否定しつつ、絶望に似た表情を見せているアドネ領主を無視して鞄から一冊のノートを取り出しぺらぺらとページをめくるスイール。


「なんじゃ?それは」

「ウチも初めて見るわ」


 捕えてある兵士達に気を向けながら、そのノートの事を興味津々に尋ねるヴルフとアイリーン。スイールはと言えば、生活魔法の灯火ライトを自らの杖に掛けて光源を新たに作りノートを読み取っていく。


「これはDr.ブルーノの日記です。覚えていますか、ベルグホルム連合公国で化け物と殺りあったのを。あの時に見つけた彼の日記にこのような事が書かれています。”見知らぬ者達から、人体を結合する魔法を教わった”、と」

「そうか、あの化け物を作り上げたヒントをこいつが教えたって事か」

「恐らくその通りでしょう。でなければ、Dr.ブルーノの作り出した化け物がもっと強く、そして大量に存在していなけれが整合性が取れません。あの敵も”実験体伍號”と五番目の試作体にすぎなかったようですしね」


 にっこりと笑いアドネ領主に顔を向けるも、彼は全てが終わったと体から生気が抜け真っ白な顔色をしていた。

 さらに、兵士達を見やっても絶望の顔はしていないが、見透かされた事により驚愕の表情を浮かべている。


「そんな訳で、地下迷宮は領主の隠れ家であり、化け物を生み出す場所でもあったようですね。もしかしたら、この場から出た書物か発掘物にヒントがあったかもしれませんね」

「そこまでスイールは予想するのか?だとすれば、あの書物の山がヒントかもしれんな」


 この地下遺跡で始めに遠目で見た光景を思い出し、ヴルフがその書物の山を指し示す。小さくオレンジ色の光を放ち続けるランタンの側にその山があるのでヴルフも思い出し易かった。


「ええ、これは運び出したそこの兵士達に整理させるべきでしょうね」

「我々にお手伝い出来る事があれば、いくらでもお手伝いいたします」


 領主への忠誠が無くなった兵士達は、少しでも刑が軽くなるようにと手伝いを申し出て来た。

 スイールはあの書物の中に何が書かれているか気になっていた。Dr.ブルーノが残した日記や資料以外に役に立つ資料があるかもしれない、と。

 だが、あの化け物が造り出される程の記載があるのなら、調べるよりもこの世から消し去りたいと思う方が強かった。


 Dr.ブルーノの残した日記や資料の中で化け物を造りえる核の部分はすでに持ち出して鞄の中に保管してある。これだけを使い、化け物を生み出すなど到底出来るはずも無く、戦争も終わった今、トルニア王国の自宅へ帰り日記を処分したいと考えていた。


「ホントにこいつは仕方無わね。その場で射殺いころしてやりたいわ」


 各国に蔓延はびこる麻薬のルートを作り、化け物を造り出す技術を発掘、若しくは開発し、内乱を起こして安寧を乱す。そして、自らが欲した剣を手に入れるなどすれば、ヴルフやスイールもそうだが、アイリーンも怒りを爆発させる寸前であった。


 エゼルバルドが領主を尋問しようとしたところで小屋の捜索に回った意味をアイリーンは何となく分かり始めていた。彼女もエゼルバルドに付いていけばよかったと後悔し始めていたのだ。


「それで、”黒の霧殺士”の協力してもらい、オークションに出してダニエル氏が少しでも生活が楽になればと思っていた剣と盾をついでに奪ったのですか?こう見ると幾らでも余罪があるようですね。ですが、女性に乱暴しなかった事だけは褒められるべきでしょう」


 どれだけの余罪が出てくるか、頭が痛くなる問題がこの男にはあり過ぎ、後は戻ってからこの国のお役人に任せようとスイールは考えた。


”ガシャーーン”


 一連の考えを終え、ノートにペンを走らせようとしたところで、小屋の一室から黒っぽい塊が投げ出された光景が”ちらり”とスイールの視界に入って来たのであった。

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